スイーツに砂糖は要りません、いや本当に   作:金木桂

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主人公、かなり面倒な性格してますね(今更)


甘兎庵次期店主の座の行方

 

僕は教室の片隅で小難しい本を気取って読んで生きてきた人間だ。良く宇治松金時と言う名前を名前負けだと言われることもあるけど、それは僕自身が一番自覚している。それは疑いようもなく真実で、人と関わることも得意ではないからだ。学校にも友人は少ないし、クラスで最大手のグループにも属しても無ければ接してもない。限られたコミュニティで細々と生きているのみだ。お婆ちゃんからも「アンタはあまり社交的じゃないから、今いる友人を大事にしなさい」と釘を刺されるくらいには人付き合いは苦手で、とにかく日々教室ではあまり人とは接さず読書に時間を費やしている。それは春休みになった現在も変わらず、基本的に馴染みの図書館や本屋と自宅を往復するだけの生活である。それが嫌な訳じゃないけど、少し退屈だなぁと思ってしまうことくらいは当然ある訳で。

 

そんな訳で、奮発してゲームを買ってみた。

新しいゲームソフトだ、勿論この町にはゲームショップが無いので電車で数駅移動してそれなりに時間をかけて買ってきたのだが、ゲームを買うなんて経験は初めてだからか。自分でも凄く興奮しているのが分かる。パッケージの包装フィルムだけでも人の気分を昂らせる不思議な魔力があるように思える。

 

じゃあ……早速開けよう。こんにちわ非日常、僕はこれから夢の世界に旅立つんだ……!

 

「金ちゃん!暇ならお姉ちゃんと遊びましょ!」

 

生唾をごくり飲み込み、包装フィルムを剥がす刹那。襖がガラリと、滑るように開いた。多分その時の僕を他の人が見れば、絡繰り人形のようにギシギシと関節が不器用に動いていたことだろう。

 

「どうしたの金ちゃん?まるで新しいおもちゃを取られたお人形さんみたいよ?」

 

流石実姉、僕の客観的な評価と全く同じ表現を口にするとは。……って今完全に僕の現状を言い当てたよね、流石にそれは怖い。怖いけどどうしてか不思議には感じない、これが姉パワーか。

 

振り向いた先にいたのは、既に13年と長い付き合いを続けている実の姉である宇治松千夜だ。黒く清廉な髪に端正な顔つきは弟の僕から見ても和風美人と言う言葉が見事に当てはまっており、学校でもそれなりにモテてそうだ。まあそんなのには一切気付かずに自由気ままな高校生活をしている姿がとても目に浮かぶけど……。

しかし、そんな事はどうでも良い。ここまでの言葉は全て僕とお姉ちゃんとの関係を言い表すのには全く持って不完全で、欺瞞だ。そもそも僕とお姉ちゃんとの関係はそこまで複雑なものでなくもっとシンプルで、何なら漢字一文字で言い表すことさえ出来る。

 

「まあいいわ!金ちゃん。今日はどちらがより甘兎庵の良さをピックアップした広告を作れるか、勝負よ!」

 

「望むところだよ!そして僕こそが次期店主だ!」

 

「それはこっちの台詞よ!」

 

そう。甘兎庵次期店主の座をめぐる、敵である!

 

 

 

 

 

安直だった。無思考だった。思わずそんな後悔の念が心に過る。

何時ものことながら僕は甘兎庵の事となるとどうにも後先考えずに物事を判断する傾向があるらしい。毎回こうならないように気を付けているのだが、果たして血が勝手にざわめくのか。確かに甘兎庵の店主は僕にとっての将来の目標でお姉ちゃんはそこに立ちふさがる最大の宿敵ではある。だけど春休みくらい休んだって良いじゃない、人間だもの。

きっとあの姉もその僕の無意識の闘志と言うか、野望と言うか、それを感じ取って僕に毎回勝負を持ち掛けてくるのだろう。お姉ちゃんは一見天然に見えるが、中身は天然の皮をかぶった権謀家だ。いや権謀、何て御恐れた単語を使うかどうかは正直議論の余地が僕の中では残っているのだが、それでも僕と同じく店主の座を虎視眈々と狙っているのは同じだ。名前は体を表すというが、千夜と言う名前からも姉の腹が黒い事が分かる。一方金時と言う名前からすれば僕の腹は金色だ、黄金色だ。つまり名前対決では僕の方に軍配が上がっているのは自明の理であり最終的に僕が勝つのは当然の帰結だろう。……ってそんな事は今考えるべきことでは無かった、反省しなくては。

 

結局姉の唐突過ぎる提案によってこれから広告を作らなくてはならなくなった。ゲームをやりたかったが仕方ない、放りだすのは僕のプライドが許さないのだ。それに放りだしたが最後「甘兎庵の為に広告すら作れないなんて、やっぱり私の方が店主に相応しいわ!」と卓袱台の上に乗ってキメ顔をするに決まっている。うん、想像しただけで腹立たしい。然らば一刻も早くお姉ちゃんを超える広告を作ろう。それもう、甘兎庵が全国店舗数一万を超える超巨大老舗チェーン店に一晩でなるような素晴らしい広告を作ろう。

 

そう意気込んで机に向かって考えてみる。

まず考えるべきなのは主にどの層に向けてマーケティングをするかだ。例えば10代、20代の女性を対象にするならばポップで可愛らしいテイストの絵柄が好ましいだろう。しかしそれだと若い女性の中での甘兎庵の知名度を上げることは出来ても、新規の客層を開拓することは出来ない。それに知名度の向上と言っても新規のサービスを開始するならばともかく、現状のままで店の宣伝をする以上新規の顧客にインパクトを与えることも出来ない。よってやはりここは新規の男性層を狙うのが良いだろう。幸いウチの店の内装はきゃぴきゃぴとした、カラフルでロリポップなものでもないから男性客も入りやすい。

そこまで思考を進めれば後は簡単だ、男性が好みそうなシンプルなデザインで明瞭に事実を書き記せばいいだろう。

 

二時間ほどかけて白紙のA4用紙にペンで書き上げると、一息付く。まだ完全には終わっていないが、ある程度構想は練れた。目標である広告一つで甘兎庵全国チェーン計画は流石に無理だろうが、それでもある程度の顧客は見込めるのではないだろうか。

 

……何だか急に風に当たりたくなってきた。

 

そう一旦思うと部屋にいるのも億劫になるほどで、溜まらず上着を着こんで身支度を整える。目的地はこの町唯一の図書館だ、そしてそこは僕のお気に入りの場所の一つでもある。

 

外に出ると、どうやら本日は暗澹たるお天気模様のようだ。灰色に澱んだ分厚い雲によって陽の光は遮られ、春に似合わぬピリピリとした冷気が身を凍らせる。確かにまだ三月中旬とは言え、ここまで寒気を感じるのも珍しい。見れば街中を歩く人たちの服装も、三月にしては少々厚着に思える。もう少し厚着をして来ればよかった、僕は微妙に後悔した。

 

駆け足気味に冷えた外気の風を肩で切って図書館に着くと、館内は暖房が良く効いているようでとても暖かい。そして仄かに香るように漂う、本の匂い。なるほど、ここが天国か。

受付の人と一度会釈して奥に入る。まずは席を確保しなければならないだろう、何故か図書館にはいつ行っても多くの受験生らしき人間がその机を占領しているのだ。受験シーズンの過ぎたこの時期でも人はいるだろう。僕も再来年には受験と考えると気が鉛のように重くなるがそれはそれ、これはこれ。とにかく席を取らないと落ち着いて本さえ読めない。

 

階段を上って一番大きな読書スペースに辿り着く。予想通り、そこには疎らに受験生と思わしき人影はいた。だが僕の思っていたそれよりははるかに少数である、時期が良かったのだろう。

 

そんな中、一際目を引く女の子がいた。外側にカールの掛かったショートカットの金髪、翡翠色の瞳。胸は控え目で小柄な体格。

……うん。

 

「シャロさんこんにちわ。今日は家が寒くて寒くて叶わないから温まりついでにここで勉強しているんですか?」

 

図書館なので、控え目に声を掛けると「ひゅわっ!?」とまるで悪夢から目の覚めた時のような素っ頓狂な声を上げた。これじゃあ僕が気を使ってボリュームを絞った意味が無いじゃないか。

 

「シャロさんシャロさん、周りから注目を浴びてます。もうちょっと声を小さく……」

 

「……一応聞くけど、何であんたそれが分かったの?」

 

「実は僕、エスパーなんだ」

 

「分かりきった嘘を吐かない!」

 

「じゃあ僕、ホントはシャロさんの生き別れの兄なんだ」

 

「だから嘘を止めなさいって!しかも何であんたが兄なのよ!年齢的に私が姉でしょうが!」

 

「え?つまりこれは僕は遂にシャロさんの弟になれたって認識でいい……の?」

 

「そんな訳ないでしょうが……!」

 

何だか疲れながらそうツッコむシャロさん。因みにシャロさんの行動が分かったのはただの推理である。シャロさんの家、冷房も暖房も、況してやストーブすら無いし。

 

つい見かけたから声を掛けてしまったが、桐間紗路は僕の友人、と言うよりかは僕の姉である宇治松千夜の親友である。姉とは幼い頃からの友達で、家が近いこともあってか普段から姉とは遊んだりしていた。それは今も変わらず、別々の高校に進学した現在も良く遊んでいる。

しかし僕とシャロさんとなると話は別だ。僕も姉の繋がりでシャロさんとは古い付き合いといっても過言ではない程には話したり遊んだりしているが、それでも友達かと問われると返事を澱んでしまう。僕からすれば仲の良い近所のお姉ちゃんで、だけど向こうからすればどうなのだろう。精々親友の仲の良い弟、くらいだろうか。少なくとも僕とシャロさんは常に姉である宇治松千夜というレンズを通して互いに接している。レンズを通した視界を共有している僕たちは、どちらも虚像を見ているのかもしれないのだ。

 

……いいや、変な事を考えるのは止めよう。僕とシャロさんは長らくの知り合い、それだけで充分じゃないか。

 

「それでお姉ちゃん」

 

「止めなさい。そういうのは千夜だけに言ってあげなさい」

 

「シャロさん、暇だし話しません?」

 

「べ、別にいいけど……私も勉強そろそろ疲れたし……」

 

そう言いながらシャーペンをノートに置いた。そのペンは一瞥しただけでも百円均一の、安いものだと分かってしまうのが何だか切ない。……誕生日に文房具とかをプレゼントしてもいいかもしれない。

 

「それで、何話しましょうか?」

 

「話振ったのはあんたの方でしょうに……」

 

「こういうのって何か、じゃあ話しましょう!って言って会話を始めるもんでもないじゃないですか。あまり具体性を持って言えませんけど会話って、リンゴが木から落ちるみたいに自然に、スルスルと進む時は進みますよね」

 

「何でニュートンの法則……でもそうね。話したいと思って話そうと思ってるとき程話し辛いこともないわね」

 

「あ、そう言えば高校特待生で受かったんですよね。おめでとうございます」

 

「今までの話を無視!?しかも今更!?先月に千夜と私とあんたで高校合格の祝賀パーティーしたの忘れてない!?」

 

「忘れてないですよ、楽しかったですねアレ。特にシャロさんの腹踊りはとても凄かったです」

 

「してないわよそんなの!!」

 

ゼー、ハーと息を荒くして疲労感を露わにするシャロさん。何かあったのだろうか。

 

「シャロさんシャロさん」

 

「……何よ」

 

ジロっと、訝し気な視線を感じる。何だろう、怖い。あ、自重しろということですか。分かりました。

 

「さっきまたお姉ちゃんと甘兎庵の長の座を賭けて勝負することになったんですけど、ちょっとアドバイスして欲しいなぁと思いまして」

 

それを聞いたシャロさんは呆れたように溜息を吐いた。

 

「またやってるの……?それで、今回は何よ」

 

「広告ですよ。どちらがより良いチラシを作れるかどうかの単純明快な一本勝負です」

 

「なるほどね……ちょっと待って」

 

そう言うとシャロさんは少しの間、顎に手を当てて頭を悩ませるような仕草をする。実際シャロさんは才色兼備を備えた、世の女子高生界隈でもトップクラスに頼りになる人と表しても過言ではない人物である。その生活ぶりはともかく、容姿や振る舞い、知力などに関してはどれをとっても本物のお嬢様に引きを取らない人柄だ。

 

考えが纏まったのか、シャロさんは顔を上げた。

 

「……そうね。まず一つ、金時はどの層をターゲットに設定したの?」

 

「若い男性です。ウチは女性客は多いですけど男性客はそこまで多くないので、新しい客層を獲得することでジェンダー無きネオ甘兎庵が出来ると思います」

 

「駄目ね。それは不可能よ」

 

シャロさんは僕の意見をばっさりと、それはもう容赦なく切り捨てた。

 

「まず広告形態はチラシのようだから、配る地域は当然甘兎庵周辺よね。つまり、いま私たちが狙うべき新規の客層は他のお店の常連客、或いは甘兎庵の存在を知らない人たちに限られるわけ。ここまでは良い?」

 

「はい、でもそれが若い男性をメインターゲットにしちゃならないのとどういう関係が?」

 

「それは簡単よ。喫茶店、男性の利用客は少ないのよ」

 

「……はい?」

 

「ほら、この町にはほぼ企業なんてないでしょ?だから多くが平日昼間の間は別の町にいる。そして休日も疲れて家でくつろぐかどこかへ行くか、少なくとも喫茶店で優雅なティータイムを過ごそうと思っている奇特な人は少ないわ。だから必然的に普段は女性の方が喫茶店を利用しているのよ」

 

「……なるほど」

 

シャロさんの説明はいつも明々白々としていて分かり易い。

喫茶店とは本来、少しの空き時間に使われるものだ。それは女性の場合は家事の合間の休憩や友人とのお茶会といった感じなのだが、それが男性の場合になるとまた別の用途に変化する。営業でのティーブレイク、仕事の打ち合わせ、重要なのは男性の場合どれも仕事が中心になっていることだ。この木組みの町には殆ど企業オフィスが存在しない、なのでサラリーマンの利用も殆どないということだ。

 

「でも男性を新規客として向かい入れるのは間違ってないと思うわよ。もし男性をメインターゲットにするなら、明確に学生かお年寄りのどちらかを視野に入れたチラシを作るのが最善だと思うわ」

 

とても現実的なアドバイスだ。理想論ではなく、当に今を考慮して最大の効果を秘めたチラシの指向性を、シャロさんは少ない情報に時間で考えだした。やっぱりシャロさんは凄い。

 

「あの、将来甘兎庵ホールディングスのCEOになりませんか?年収は弾みますよ?」

 

「気が早すぎる!?そもそも経営最高責任者が何か分かって言ってるの?」

 

「いや、正直額面以上の事は分かりませんけど。でもシャロさんなら信用も信頼も出来るので」

 

例え僕とシャロさんの間にレンズが挟まっていて、ピントがずれていようとも、シャロさんの人格と能力だけは本物だ。かく言う点なら僕は、シャロさんの事を全面的に信じられる。

シャロさんは恥ずかしそうに、ロールしている癖毛の髪の毛を弄り始めた。

 

「ま、まあそんな先の事を話しても仕方ないでしょ!取り敢えず千夜との勝負、頑張りなさい!私は図書館から見守ってるから!」

 

「はい!頑張ります!」

 

と、僕が意気揚々、気合十分の返事をしたところで唐突にシャロさんからブルブルと何やら振動音のような音が聞こえてきた。シャロさんはポケットから携帯を取り出すと、手慣れた手つきで二つ折り携帯の画面を開いた。チラリと外部液晶が見えたのだが、どうやらお姉ちゃんからのようだ。

 

「金時との勝負の審判のために甘兎庵に来て、今なら栗羊羹あるわよ……つ、釣られないんだから……!」

 

「……一緒に行きます?甘兎庵」

 

「……ええ。そうするわ……」

 

その時のシャロさんの目は何かを悟ったような、諦めたような、何とも言い難いオーラを纏っていた。

 

 




宇治松金時、宇治(松)金時、宇治金時……。
ネーミングセンスが欲しい……。

この話は多分次回まで続きます、多分。
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