スイーツに砂糖は要りません、いや本当に   作:金木桂

7 / 13
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

今回はまた前回の続きです。


腐れ縁とポテトチップス

 

夕空に照らされたこの石畳と木造りの家で並んだ町は、幻想的で、まるで自己というものが無抵抗に溶かされ撹拌されるようなそんな感覚に陥ってしまう。風景の一部にブレンドされるのではなく、ただただ主観的な感覚を忘却してしまいそうなのだ。例えるなら夢の中、忙しなく滑稽な自分を俯瞰しているような気分。だけどどうにも、自我の消失というのを僕には嫌いになれなかった。

 それはきっと僕が僕を嫌いとか、そんな生易しいものが理由じゃないのだろう。厭世感、その単語が一番ピッタリと隙間なくこの疑問に嵌め込まれるのかもしれない。瞳に映る景色は欺瞞と文明で満ちていて、僕は眼球をくり抜きたい衝動に駆られた。

 

夕焼けの下に佇むこの街は確かに美しい。だから僕は町に呑み込まれたいとつくづく思い、缶コーヒーを煽りつつ思った。世界がもっと良くなりますようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ると、同じく今帰ってきたばっかだろう姉とバッタリ出くわした。

 

「あら金時、今帰りなの?」

 

「うん。お姉ちゃんこそどこか行ってたとかなんか珍しいね。インドアなのに」

 

「それブーメランよ」

 

「僕 は そのブーメラン を 掴んで シャロさん に 投げた」

 

「シャロちゃんに100ダメージ、シャロちゃんは死ん……」

 

「でないわよ!」

 

姉の背後、良く見るとシャロさんが頭を抑えながら蹲っていた。道端なのに。

 

「……一応聞きますけど何してるんですか?トイレ?」

 

「シャロちゃんここでしちゃダメよ」

 

「そんなわけ無いでしょうが!」

 

憐れにもハイエナに狙われた子羊のようにぷるぷると震えているシャロさんに、何となく僕は察しがついた。

 

「もしかしてアレですか、あんこですか」

 

「あんこならここにいるわよ〜」

 

「やめてーー!」

 

姉が店の暖簾から僅かに顔を覗かしていたウチの放浪うさぎを抱えるとシャロさんは更に丸くなった。……この街で生活するにはあまりにも過酷すぎる体質だ。

 

「ほらほらシャロちゃん、もうあんこはいないわ」

 

「ほ、ほんとうに?」

 

「当然よ。私、ウソだけはつかないの」

 

「う、うん……ってやっぱりいるじゃないぃぃやぁぁぁ!」

 

「やっぱりシャロちゃんって面白い」

 

「私は面白くない!」

 

流石は当店の鬼畜担当、でも流石にウチみたいな純和喫茶での需要は残念ながら無さそうだ。もうちょっと個性溢れる喫茶店なら輝きそうなのになあ、まあ性癖喫茶なんて無いか。東京ならまた別かもしれないけど。

 

「そろそろあんこ離してあげなよ、シャロさん可愛そうだし……」

 

僕がそう諌めると、姉は不思議な顔をした。

 

「いつもならもっと、「そろそろシャロさんにはうさぎへの耐久値が必要ですよね!なので僕もこの街中のうさぎをかき集めて来ます!」くらい言いそうなのに……おかしいわね」

 

「確かに……金時なら言いかねないわね……」

 

ウンウンと、蹲りながら器用にも頷くシャロさん。全くもって非常に心外である、僕は姉と違って鬼畜畜生ではないのだ。

 

「いやいや、言いませんって。ただそろそろシャロ虐も飽きたなぁ……って」

 

「シャロ虐!?」

 

「金時がシャロちゃんに飽きた!?」

 

何故か二人ともどもガツンと頭をハンマーで打たれたような表情をした。てかおい姉、その言い方は止めろ。ご近所さんに勘違いさせるでしょうが。実際いま道行く人から一瞬視線が集まったし。

 

僕は姉からあんこを優しく奪い取ると、暖簾を手で払った。

 

「それより中に入ろうよ、春でも日が落ちたら冷えるよ」

 

「そうね、シャロちゃんいらっしゃい」

 

「シャロ虐……シャロ虐……」

 

約一名、幽鬼のようにフラフラと千鳥足だが僕も姉も気にせず店内奥へと歩く。

 店内から従業員スペースを抜けた先に我が家の生活スペースが存在する。ラビットハウスとは違い残念ながら平屋なのでそこまで広くはないのだが、そもそも暮らしている人の数が少ないためにスペースにそこまで不自由は無かったりする。僕も姉も個室を持っており、何故かシャロさんの個室まである。まあかなりの頻度で泊まってるので誰も気にしないんだけど。

 

奥の姉の部屋に着くと、畳まれた布団の上に僕と姉は座った。シャロさんは椅子に座らせた。

 久しぶりに姉の部屋に入ったけどいつ見ても女の子っぽいグッズの横に渋いものが所々置いてあって中々にミスマッチしてない不思議な空間である。特に兎のぬいぐるみの側に陣取っている戦国武将の鎧や兜は大変重厚感を部屋に放っており、一言で言えば異質だ。これでこの春から女子高生の私室と言うのだから世の中全く分からないものである。

 

一分くらい経ってから最初に沈んだ面持ちのシャロさんに言葉を放ったのは姉だった。

 

「そう言えば今日はバイト無いの?」

 

「……うん。何か最近お客さん少なくて閑散としててそこまで従業員要らないって」

 

「……色々と大丈夫なの?」

 

「……ちょっとマズイかも。本当にシフト少なくなっちゃったし……」

 

「もしかしてリストラの危機?」

 

「それは無いと思う……多分」

 

姉の質問にブツブツと答えるシャロさん。先程のテンションも残ってるだろうけど、何やら他にも悩みがありそうだ。……と言っても、シャロさんの悩みはここまで聞けば大体想像は付いてしまう。恐らく生活費だろう。

 

「……暫く甘兎庵泊まり込む?」

 

「一日二日なら大丈夫だけど流石に長期間は……あんこもいるし……」

 

そうぼそぼそと呟く。全く、さっきまでのうさぎに対しての威勢の良さはどこへ行ったんだか。

何だかごにょごにょと話が進まない気もしたので、僕は立ち上がってシャロさんを指差した。

 

「いえ、シャロさんは暫く甘兎庵に居るべきですよ!というか今のシャロさんを野に離すのは不安です!」

 

どこからどう見ても今のシャロさんは少々情緒不安定気味で、さながら亡国のプリンセスみたいな虚ろな雰囲気すら感じさせる始末である。このまま野放しにしたらどうなってしまうか分かったもんではない。最悪三日三晩野草で暮らす可能性すらあり得る。

 姉も恐らく僕と同じような見解に至ったのだろう。続けざまに立ち上がって言った。

 

「そうね!シャロちゃんは甘兎庵にいるべきよ!何なら一週間パックにしましょう!」

 

「漫画喫茶!?いや、でも迷惑じゃ……」

 

「大丈夫ですよ、お婆ちゃんもシャロさんには優しいですし何より心強いセラピーうさぎのあんこもいます!」

 

「それがイヤなの!!」

 

もう、我儘なんだからウチのシャロったら。ラビット討伐隊とか言って特攻服に袖を通してブイブイ言わせてた頃の姿はどこ行ったんだか。まあそんな時期無かったけど。

 

「まあまあ、なるたけあんこは近づけないようにしますから」

 

「……本当?」

 

「ええ勿論ですとも、甘兎庵の喫茶店員は嘘を吐かないと巷で有名なんですよ。ねえお姉ちゃん?」

 

「ええ、実は私こう見えて嘘は吐いたこと一度も無いわ」

 

「アンタはさっきも嘘吐いたでしょうが!しかも良く人を陥れるような発言もするし」

 

「詭弁使って直ぐに人を嵌める性癖あるからなぁ鬼畜和菓子だし……」

 

「前なんか新作の栗羊羹出来たとか言ってカラシ入りのを食べさせられたし……」

 

「……正直言って僕よりタチ悪い行動を起こすよね……」

 

「……あれ!?何か私が責められる流れになってる!?」

 

よよよよっ……と嘘泣きながらワザとらしく女の子座りで倒れ込んだ。いや事実だし、受け入れないとこれからの人生前に進めないよ鬼畜姉さん。……あと「アンタ自分でも質悪いの自覚してるのね」とか呟いてるの聞こえてますからねシャロさん、ご褒美に次ウチで夕飯食べるときにシャロさんだけお茶碗に白餡を二郎並みに盛ってあげよう。1キロくらい。ダイエット頑張ってください。

 

「……まあ、と言う訳でまずはシャロさんの部屋を片づけましょう!このところシャロさん日帰りでしか来なかったんで少し散らかってるかも知れないです」

 

「いつの間にか泊まることが確定してるし……まあいいわ。でも私が甘兎庵で働いてる間はあんこは……」

 

「分かってますって、僕が責任をもって外で散歩させてきますよ。ラビットランで」

 

「そんなドッグランもどきな施設この街にあったっけ……」

 

「……ねえちょっと?無視しないで?」

 

確信犯の姉はさて置いて僕とシャロさんは二つ横にあるシャロの間に歩みを進めた。姉は何だかんだ忙しく着いてきた。

 シャロの間の襖を開けると、床には開いたポテチの袋か転がり開きっぱなしの漫画がほったらかしになっていた。更に言及するならば炭酸飲料の空きボトルがボーリングピンの様に何本も並べられており、空き缶がさながらピサの斜塔の如く連なり聳え立っている。窓際に陳列された兜はさながら骨董品店のようで、その下には段ボールが捨て置かれている。……うん、一言で表せばゴミ部屋である。シャロさんは絶句した。

 

「……ナニコレ」

 

「あ、ごめん。これ僕だ」

 

「何やってんの!?」

 

いやいや、健全な中学生男児として空き部屋があったら活用したいでしょ。加えてそれが人の部屋ならこう、カタルシスがバリバリに出ちゃうしつまりはしょうがないね。

 しかし、どうにも僕が散らかした量よりも更に多い気もするような……。そう思っていたら姉が「あっ」と何かを思い出したような声を上げた。

 

「私も兜、観賞用にって段ボールから出して並べちゃった……」

 

「私、帰るわ」

 

「待って待って」

 

「ちょっと千夜!髪を引っ張らないで!」

 

姉が無理矢理止めているが、このままだと心無いシャロさんは直ぐにあの物置小屋みたいな部屋に帰ってしまうだろう。実際シャロさんの視線が普段より数℃冷たい、別に僕は悪くないのになぁ。多分。

……そう言えば。

 

「……この部屋、お婆ちゃんが前に腐れ縁から貰った高級なカップをどこかに仕舞って以来見てないとか言ってたけど、ホントどこにあるんだろうなぁ」

 

瞬間、シャロさんの目の色がピカーンと光った。機転の勝利である。

 

「何やってんの千夜!金時!さっさと片づけるわよ!」

 

「流石シャロちゃん、気の取り直し早いわ」

 

おい姉、シャロさんじゃなくて僕を褒めろ。

 

 

 

 

シャロさんは意気揚々と、まずは押し入れの扉を開けた。きっとカップを早々に見つけたいのだろう、確かにそういう食器類はこういう収納に入ってそうだ。

いや待てよ……確かあの押し入れの中には……。

 

「気を付けてくださいシャロさん!そこには……」

 

「ギャアアアアアァァァァ!!」

 

「シャロちゃん大丈夫!?」

 

シャロさんの金切り声と共に押し入れの中の沢山の箱買いして突っ込んでおいた様々なお菓子が雪崩を起こしてその小柄な体に襲いかける。……スイマセン、これも僕ですね。何せ昨日そこに新作ポテチを箱ごと投げ込んだばかりだし。

 

シャロさんは頭を少し揺すりながら落ちてきた段ボール群を見てぱちぱちと瞬きさせる。

 

「何でこんな段ボール箱ばかりあるのよ……しかもポテチ」

 

僕はすぐさま視線を逸らした。僕ではない、僕は何も知らない、分からない。何なら今日食べた朝ごはんが何かも覚えていない。いや毎朝パン食だからそれは無理か。

と無関心を装っていると、さりげなく姉が一言。

 

「そう言えば金時が良くここに大人買いしたお菓子運んでたわ」

 

余計な事を……!

さり気なくシャロさんを盗み見てみると、ムスッとした表情でこちらを見つめていた。そしてそのまま数瞬すると、大きくため息を吐いた。

 

「……まあ良いわ、金時。分かってるでしょうね」

 

「はい!反省の印としてそのお菓子は全てシャロさんの夕飯にさせて頂きます!」

 

「いらないわよ!そうじゃなくて自分の部屋に持ってけってこと!」

 

「分かりました!あ、1箱くらい要りますか?大量にあるのでお一つ良ければお家にどうぞ」

 

「早く持ってって!あとありがとう!」

 

「一応貰うのね……」

 

ボソッと姉は意外そうに言った。ただシャロさんの生態に一番通じているのは間違いなく姉だし、これくらい腐れ縁パワーで知ってるはずなんだけどなぁ……。

 

「ともかく金時はお菓子を退かすついでにゴミ袋を持ってきて!千夜は掃除道具!後私のお菓子は家の前に置いといて!」

 

「流石シャロちゃん、図々し……太々しいわ」

 

「う、うるさい!いいから早く動いて!」

 

何でこの二人がこんなにも長く腐れ縁をできているのか僕も偶に疑問に思う事がある。

 ともかく、僕はまずこのせっせとキリギリスのように貯め込んだお菓子を運ばなくてはならないだろう。何せ量が量だ、正直一人では辛いものがあるがシャロさんは既にゴミの分別に身を投じているし、姉もささっとどこかへ散ってしまった。頑張るしかない。

 

そこで箱を持とうと手を段ボールの窪みに触れたところで一つの疑問が脳裏に浮かんだ。シャロさんに与えるお菓子をどれにしようか、という一見下らないようで重大な問題だ。実際シャロさんには好き嫌いと言うのが環境の影響か分からなけど全くない、しかし多少苦手な食べ物はどうやらあるようで昔お土産であげたものは夜こっそり覗きに行ったら真剣な眼差しで恐る恐る口にしていた。いや、シャロさんの家をこっそり覗く趣味なんて僕にはないしその時もただ隣の晩御飯的なノリで遊びに行こうとしただけなんだけども。

 

ともかくシャロさんへのお菓子選びは非常に責任重大で緊要な問題である。選択を間違えたら今日明日とシャロさんはずっとお通夜の雰囲気で我が家の飯を召す形になってしまう。幸いなことにここにはポテチしかないが、そうは言っても味は多種多様だ。当然選ばれるべきなのは女の子らしいとされる味だろう。そう思って目を落とすと、ハバネロ味にうすしお味にコーヒー味……、どれも微妙ながらシャロさんが普通に食べれる種類だ。一応あげる以上僕として喜んでもらいたいのでもう少し良い感じなのを探す。

 すると、ショコラ味とかいう舐め腐ったポテチとしては冒涜的なものがダンボールの隙間から覗いているのが僕の視界に入った。買った覚えは一切無い、無いのだが恐らくまとめ買いをした時に誤って発注してしまったのだろう。第一そもそも僕はショコラだって嫌いである。何なのあの甘ったるいカカオに無理矢理砂糖をブッ込み撹拌した感じのチョコを塗ったくったようなスイーツは。カカオ100%のでも食べてろ。

 

まあしかし、だがしかし。シャロさんならばこのあほんだらチップスでも喜んで食べることだろう。何ならチョコ味のソース焼きそばでも貴重なカロリー源として手放しで喜ぶまである、多分。……アレ、なら結局は選ぶこの行為自体に意味無いじゃん。考えて損した。じゃ僕が嫌いなこのショコラポテチでもどっさりあげよ。純粋たる押しつけである。

 

僕はポテチが詰まった段ボールを全て空き部屋に置くと、その足でシャロさんの家にショコラポテチを放置した。その後は言われた通りに大きめのゴミ袋を持ち、シャロさんの部屋へと向かう。

 にしても、シャロさんが宿泊するのは恐らく一年ぶりくらいだ。去年は受験生として中々に忙しく過ごしていたから泊まって遊ぶと言う発想すらシャロさんの頭の中にはなかったようで、何時見てもその期間は勉強していたほどである。その分推薦で決まったので姉よりは数カ月早く決まったけども。姉なんか三か月前からようやく僕とシャロさんに言われて本腰を入れた受験勉強を始めたくらいだし。……いま考えたらあのおっとりマイペースの姉がホントよくもまあ受かったまである、特に苦手教科は本当に駄目なのに。何せ当時中学一年生だった僕に数学を教わる始末である、うん。やはり姉の勉強生活はまちがっている。いやマジで。

 

 

僕がシャロさんの部屋の前に着くと、どこか先程よりも騒がしい。何と言うか、多分アレだ。はちゃめちゃにテンションが上がって騒いでいるシャロさんの声だ。

僕は恐る恐ると襖を開けると、何故か豆を沢山持ったシャロさんがキレ良くポーズを決めながら。

 

「イエ~~イ!今からここで豆まきやるわよ~!千夜に金時は強制参加ね!」

 

「シャロちゃん落ち着いて!今は節分じゃないわ!」

 

いやそうじゃないだろ。

それとなく下に視線を向けると何故かコーヒー味のポテチが乱雑に、しかも踏まれて残骸として散らばっていた。……間違いなくこれが原因だ、ひょっとすると姉が勝手に空き部屋に置いたポテチを家族共用のと勘違いした上に更に偶々コーヒー味を持ってきたのかもしれない。まあこれでコーヒー酔いするシャロさんも相当だけどもともかく。

 

……これ、どうすんの?

 




金時はポテチ好きなジャンキー野郎って設定。箱買いとか相当だよね実際。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。