なんやかんやあって、風呂に入ると僕は布団に入った。風呂に入ろうとすると「金ちゃ~ん、一緒に入りましょ~」とか抜かしてきたのでドアの鍵を閉めて入浴したんだけど、その後妙に悲痛な泣き声がぐすぐすと扉越しに聞こえたのが印象的だった。無視したけど。
僕は携帯ゲームの電源を起動した。今頃姉はシャロの部屋で春のホラー映画感謝祭でも開いてい事だろう。シャロさんが叫んでる横で姉が舟を漕ぐように目を閉じているのが目に浮かぶ。今から部屋に行けば参加できるだろうけどまあ、あまり参加する気にはなれない。僕もホラー苦手だし。それに僕らはそんな親しい関係だっただろうか、深夜まで仲良く遊ぶような仲だっただろうか。脳裏をチリチリ、どうしようもなく焦げ付いて離れない。こんな不安が浮かぶのも深夜だからだろうか。考えても無駄なのに、止めることは出来ない。
ポテトチップスを咥えると、少ししょっぱかった。
そのまま夜は寝て、朝起きると何だか布団の中が暖かった。いや、暖かいのは当然だ。布団は僕の体温によってほくほくとしている。しかしモコリと僕の布団にもう一つ、大きいナニカがすやすやと音を立てて鎮座していた。ふとその物体は身じろぎをして、僕の手とその物体が触れ、暖かく柔らかい肌みたいのが当たる。というか胸だ、というか姉だコレ。
「……ええっ」
と、冷静に手をどかし、起き上がろうとして僕の反対側を見るとまたそこには一つ、金色の影があった。と言うかシャロさんだった。
「……ええっ」
思わず先程と同じような声が漏れてしまう。いやでも仕方ないだろう、何でこの二人が僕の部屋にいるんだ。何?ラノベ主人公的展開?申し訳ないけど実姉とその幼馴染はノーサンキューなのでお引き取りもらえないだろうか。と言ってもその二人は未だ気持ち良さそうにすうすうと眠っているが。シャロさんに至っては「200円……税込み216円……」なんて侘しい寝言をぶつぶつ言っている。ちょっと頭をゲシッと蹴りたくなった、やらないけど。
可愛らしく寝込む年上二人を放置して起き上がると、体を伸ばす。
「金ちゃ~ん……」
そう、姉の口から発せられ思わずそちらへと視線を向ける。瞼は閉じている、どうやらまた寝言のようだ。揃いも揃って仲良いなぁ、なんて思いながら布団を這い出るとそこは間違いなく僕の部屋。僕の携帯ゲーム機はちゃんと寝た時に置いた場所に依然ある。それに寝掛けに食べていたポテチが床に散らばっている、てか寝た時よりも中身が少なくなってるんだけど。残り枚数2枚しかないんだけど。何なの、バレないと思ってんのこの天然姉は。
「108円……8円って端数すぎるわよ~……」
「うおわぁ!?」
何かが足に引っかかるような感触と転倒し、おでこに激痛が走る。痛い、畳のひんやりした温度が頬を通して伝わる。足元を見ればシャロさんの指がものの見事に僕の右足に絡まっている。ていうかそこそこの力で握っている。いや何でさ。
そういえば何時だろう、そう思って時計を見ればまだ午前5時だった。未だ太陽すら昇ってない。普段ならもう二時間くらい経った頃に起きるのだけど、こうなった以上仕方ない。それに暑い、人三人が一枚の布団に入るようにはこの世界は出来てないんだって。
それにしても。話を繰り返すけど、何でこの二人は僕の布団にいるのだろう。昨日は確かに僕は一人で寝たはずだし、その記憶に間違いはない。でも現実にこうして姉とシャロさんはここで呑気に寝ている。……ホラー映画見てて怖くなったから男である僕に寄り添ってきたとか?いやぁないない、何だかんだ二人ともメンタルは強い方だ。リアルに何かあったならともかく、作り物如きに怖れを抱くような柔な心臓をしてない。……シャロさんに限っては僕らの普段の揶揄のせいかもしれなけど。
でもまあ、どうでもいいか。二人より先に起きた事だし、これで姉から揶揄われることも回避できた。シャロさんには
そうして洗面所で顔を洗い、窓から覗き見るまだ薄暗いながら徐々に明るくなりつつある暁天に一日の始まりを感じ───着替えようとして部屋に戻って気付いた。
「すぅすぅ……」
「……こんげつのー……エンゲル係数……うぐっ……」
「……まあそりゃいるよね」
まだ快眠中であるからして、部屋で着替えることは出来ないようだった。異性の寝ている前で着替える趣味のない僕はしょうがなく、甘兎庵の和服だけ取り出してトイレで着替えようと足を一歩踏み出したところで。
「グエ……!」
我ながら見事な潰れたカエルの鳴き声っぷりだと思う。潰れたカエルの鳴き声選手権があったなら最優秀賞間違いなしの出来だ。いやそんな事言ってる場合じゃない。
足元を見てみればまたと言うべきか。シャロさんの白くて細い指が僕の足首を掴んでいる。がっしりと。そう、またしても僕はシャロさんに転ばされてしまったのだ。……果たして、シャロさんは僕に何か個人的な私怨でもあるのだろうか。いやはや心当たりは全くないんだけど。嘘だ。現在進行形でシャロ虐の数々が脳裏でフラッシュバックしてる。でも虐められてる時のシャロさんの表情面白いし、何より可愛いからしょうがない。アレ、何かこれだと好きな女の子をついつい虐めてしまう思春期過渡期の男子に起きる病気みたいだ。違うけど。
しかしこう何度も転ばされると僕としても見過ごすことは出来ない。後年下いびりをするシャロさんを見たくないという諸事情もあって、僕はシャロの身体を揺さぶることにした。
「シャロさんシャロさん」
耳元で囁くように呼びかけると、眠そうに「ちやぁ?もうあさなのぉ……?」と呂律の回っていない眠たげな様子で瞼を開く。全ての動作が鈍重で、何と言うのだろう。ツンデレのツンが無い……そう、それは普段のシャロさんとは真反対の姿だった。僕があまり見たことの無い光景だ。
───これならサブリミナル効果も期待できるかもしれない。そう思った僕は好機逸すべからず、そんな偉い人の言葉にあやかり早速行動に移すこととした。
「お姉ちゃんじゃなくて僕です僕、貴方の金時ですよ」
出せる限りのイケボを出し、何とか誤解を生もうと努力をする。最善を尽くして成果を出そうと頑張った、これはもうある種のアスリートと言っても同義ではないだろうか?オリンピックに出ても許されるのではないだろうか?それは無いか、うん。
───数分後、僕はこの行動を後悔することになる。
「金時……好き」
寝ぼけたシャロさんは斯く言った。……いや、え?待て待て待て、ウェイトだ僕。赤信号だ僕。沈まれ暴走した脳内。よし、落ち着いた。……これはアレだ、つまり良くハーレムわっしょいアニメで見るアレだよアレ。朴念仁のイケメン主人公が「おう、
それにシャロさんは本当に日本語で「好き」と口に出したのだろうか?本当はスキーだったり、鍬だったり、もしくはsue key、和訳すれば鍵を告発する!的な事を言ったのかもしれない。意味不明だけども睡魔に満ちた思考で発する言葉に意味なんて9割9分9厘存在しない。ならばじゃあ残り一厘は真実か……?なんて問いも、ナンセンス極まりなく何故なら僕を意識して紡いだ文字群である事かどうか不明瞭だからだ。
……ああ、もう!そもそも毎回のようにシャロさんを弄ってる僕がそんな対象になるはずないだろ!グシャグシャになった頭の中を理路整然とした結論で無理矢理引き戻す。ホント、何で唐突にこんな恋愛小説みたいな悩みを抱えなきゃならないんだ。神がもし存在してたら一発ぶん殴るまである。
なんて髪の毛を掻いていたら、シャロさんはある程度起き上がったようでぱちくりとコチラを見ている。けれどまだぽわぽわとした雰囲気は健在だ。
「……あ、金時じゃない。おはよう……」
「お、おはようございます……」
緊張からか、ついドモりが出てしまう。接客業を生業とする人間としてはあるまじき失態だ.......なんて、考える余裕すら今の僕には存在しなかった。
シャロさんは怠そうに立ち上がると、再びぱちくりと瞬きする。一秒で20回くらいしてるのではないか、僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。いやそんなのはどうでも良くて。そしてシャロさんはアワアワと震え始めた。
「あ、な、な……!」
顔をリンゴの様に真っ赤に染める。その湯立ったような頬の色は色はほの暗い室内では殊目立つ。……もしかしなくとも、先程の自分の言葉を憶えているのだろうか?それってもしかしなくとも非常に気まずい状況なのではないだろうか?今も尚安心しきった表情で寝の一手に走っている姉が恨めしい。絶対僕の部屋に連れてきたのアンタなんだからこの状況どうにかしてくれ、心の中で思わずそう愚痴ってしまう。
「……ちょっとお茶飲みません?」
何とか僕から絞り出せたのはそんな、逃げの一手だった。
桐間紗路にとって宇治松金時は親友の弟だった。
最初の出会いは最早覚えてない。多分千夜がある日紹介してきたとかそんなんだと思う、確か小学高学年になった頃だったような気がする。まあもう昔の話だし、それは大したことじゃない。
問題は金時に……その。告白……まがいの発言をしたようなしてないような、曖昧模糊な思考だったからハッキリ思い出せないけど。夢の可能性もあるけど。でも、夢見心地の気分のまま、……愛を囁いた気がする。
「……いや違うから!?アレは事故!そう事故なのよ……!」
「お茶を持ってきましたよシャロさん……って何必死に呟いてるんですか」
「な、何でもないわよ……」
いつの間にかお茶を淹れに行っていた金時が戻ってきていた。不思議そうに首を傾げている相貌を見て、何となく顔の温度が熱くなったのを感じて思わず目を逸らす。無理だと思った。どうしても当人を前にすると意識してしまう。いやそれは当たり前かもしれない、そういう異性との経験は今まで皆無なのだから。
「まあいいですけど……はいシャロさん、緑茶です」
「それ、変なもん入ってないわよね……?」
訝し気に訊ねてみれば、「心外だなぁ」といつもと変わらない表情で返してくる。
「僕がお姉ちゃんみたいな事をすると思います?」
「自分の胸に手を当てて考えなさい」
「……温かいけどペッタンコですね、まるでシャロさんの……いえ何でもないです」
「朝から私が気にしていることぶっこまないでくれる!?」
あまりに普段通りの言葉に本能的に突っ込んでしまった。自分だけあの朝の事を意識しているのが馬鹿みたいだ───そう思うと何故だろう。逆にムカつく。きっと金時はあの出来事を有耶無耶にしようとしているんだと思う、そこにあるのは純粋な善意だ。ロマンチックも在りはしない状況でやってしまったあの目も当てられない失態を無かったことにしようとしてくれている。でもこっちだけ慌てて、向こうは何気ない顔をして日常に戻ってるのは何だか気に食わない。不本意ながら発したとはいえ、あの言葉に何も感じなかったのだろうか。そう考えると更にムカつく。
「ねえ金時」
「何ですかシャロさん……!?」
だから、気が付くと隣に座って身体をくっつけていた。互いに半袖の寝間着で、素腕が触れる。ほんのり暖かい。
「い、いきなりどうしたんですか……?」
寄ってもポーカーフェイスをあまり崩さないのは流石と言うべきなのか、素を見せても良いよと言うべきなのか。
金時と千夜は色々と似ているように見えて違うところも多い。例えば千夜は考え無しで人を驚かせることが多いけど金時はちゃんとアフターも考えてドッキリを仕掛ける。一見千夜の方が見切り発車だから厄介と感じるかもしれないけど、金時は金時で被害を考慮してそれが大丈夫と思ったら見境なくやるから実際は五十歩百歩だ。しかし決定的に違うところが一つ……それは、自分の予想外の事が起きた時の表情。千夜はその表情を大きく変化させるのに、その一方金時はそんな時でも重厚な仮面を被っているかのようにピクリともしない。かと言って日常生活において喜怒哀楽が無い訳でもなく、だからこそ奇々怪々、だからこそ異質。そんな風に思ったことも無かったと言えば嘘になる。
じっと金時の目を見てみれば、彼は最初こそ自然体だったけど、けれども少しすると顔を赤くして照れたように視線を下にした。
「しゃ、シャロさん……?」
戸惑ったような金時の言葉はそこはかとなく心地よかった。ちゃんとそういう表情も出来るんだ。間違いない、金時はさっきの事を意識している。そう、意識……して……。
「あのシャロさん?そんな頬紅くして.......無理してまでやらなくていいんじゃないですかね?」
「紅くなってない!それを言うならアンタだって紅いじゃない!」
「それはシャロさんが妙なことをするからじゃないですか!?大体根源辿れば好き……とか無節操に言っちゃうシャロさんが悪いんですよ!」
「ちょっと!?今までその事は無かったことにしようとしてきたんじゃないの!?諦めるんじゃないわよ鬼畜愉快犯!」
「最終鬼畜姉と一緒にしないでくださいよ!?僕は至って健全かつ安全と影響を考えたサプライズしかしません!」
「余計質が悪いわ!」
ぜえぜえと互いに呼吸が荒くなる。アレ、何でこんなことをしてるだろう。全然分からない。なんて、息を整えていたら金時が口を開いた。
「もう何か空気もへったくれも無いんで聞いちゃいますけど結局あの言葉って何だったんです?深層心理では僕にぞっこんだったり?」
「そんな訳ないでしょ……。と言うか何でそんな自信満々みたいな体で聞いてくるのよ……」
「いやでも僕はシャロさんの事好きですよ?」
「その心は?」
「揶揄うと面白いですし」
「やっぱり」
「でも可愛いのは本当ですよ」
「不意打ちで口説こうとするな!」
やっぱダメでしたか……と悪びれる事も無く呟く金時。今のさっきで勘違いの再生産を行う気なのか。しかし結局のところ互いに本音は言ってないので真意は闇の底……。まあ世の中はっきりと解決せずに有耶無耶にした方が良いこともあるのかもしれない……と達観した気分でいると、「てか話は戻りますけど、全ての元凶ってやっぱ僕の姉じゃないですか?」と思いついたように口にした。
「シャロさん、もしかしなくとも昨晩カフェイン摂取しましたよね?」
「ええ、千夜に謀られて。……そう言えば良い感じに言いくるめられてアンタの部屋に行ったような……」
「……犯人はどうやらこの場ににいないようですね」
何故だろう。何か、奇妙な一体感を感じる。風、確かに吹いている、西から東へ。
「早くしないと太陽が昇っちゃいますし.......行きますか、シャロさん」
「そうね、行くしかないわ」
もうそろそろ夜明けだ。窓の外から流れてくる春暁の肌寒い空気に身を委ね、私は金時と共に廊下を歩く。向かうのは千夜の部屋、目的はこの悪戯への真っ当な仕返しだ。
こんな面倒事を引き起こしておいて、タダで済むとは思わないわよね千夜?
サブリミナル効果って怖いね。
Ps.作者の活動報告にこの作品に恋愛っている?みたいな内容の意見箱がありますので目を通して戴ければ幸いです、コメントしてくれるととても嬉しいです。……規約に引っかかってないよね。