「ふぅ……とりあえずこんなところでしょうか?」
買い物を終えた帰り道、両手に大きな袋抱えながら、頭の上のティッピーに話しかける。
周囲に人もたくさんいるためティッピーも声は出さずにコクコクと頷いている。
食材や細々とした日用品や消耗品の補充もほぼ完了です。
……ちょっと大きい物や重い物はいつもココアさんが手伝ってくれてますが、今はいませんので、またお父さんにお願いするしかないですね。
リゼさんがバイトに来てくれるようになったり、ココアさんに振り回されるようになって、これでも昔よりは体力がつきましたけど、まだまだですね。
あと数年もすれば、きっとココアさんよりも大きく、リゼさんの様に逞しく……いえ、そこまではいりませんね。
「ちゃんと大きくなれるかな?」
「そのためにもせっかく買ったニンジンやピーマンも食べないといかんぞ」
独り言のつもりだったのに、頭上から手厳しいつっこみが入ってくる。
ココアさんが苦手なトマトは私は平気ですし、ニンジンやピーマンだって細かく刻んでしまえば食べられるんですから。
「わかってます。ちゃんと苦手意識を克服して見せます。家じゃないんですから、あまり喋らないで下さい」
「そうじゃの。知らない人が聞いたら驚いてしまうかもしれんからの」
いつかおじいちゃんの事もみんなにちゃんと話した方がいいのかな?
どうしてティッピーとおじいちゃんがこんな風になってしまったのかはわかりませんが、
仲良くしてくれてる皆さんに隠し事をしてしまっているのは少し心苦しいです。
きっと皆さんは受け入れてくれるとは思うけど……おじいちゃんやティッピーを怖がられたりしたら嫌だな。
「焦らずとも、いずれ機会もくるじゃろ。それまでワシも今の生活を楽しませてもらっておるよ」
「そうですね。今は私の腹話術ということのままにしておきます」
それっきりまたティッピーは何もウサギらしく何も喋らず、頭の上でたまにバランスを取るようにゆらゆらと体を揺らすだけになった。
おじいちゃんに言われた事をぼんやりと考えながら、帰り道を歩く。
突然話しても驚かれてしまうだけですね。
特にココアさんとマヤさんやメグさんは怖がらなくても変に大騒ぎをしてしまいそうです。
リゼさんは少し堅苦しい話し方になってしまうかな?
千夜さんは甘兎庵のおばあさんに話してしまったら、きっとまたラビットハウスと甘兎庵とのライバル関係が再発してしまうかもしれません。
シャロさんは……おばけとか怖い話が苦手らしいので、ちょっと心配です。
たびたび思う事はあっても、やっぱりどうするのが一番なのかはまだわからない。
わからないなら、お父さんやおじいちゃんの言うとおり、自然のままにその時が来るのを待っていた方がいいのだろう。
もしかしたら、いつまでもその機会が訪れないのかもしれないけど、それはきっとそのままの方がいいという事なんだ。
……たまに青山さんの前でとか、バータイムの時に好き勝手に話してるみたいな気もしますけど、多分それも自然の流れでなんですよね?
行く途中でシャロさんと出会った通りまで戻ってきたが、ビラ配りをすでに終わった後らしく姿はなかった。
少し残念ですが、シャロさんもお仕事頑張っているんですから、私も見習って頑張らなくては。
「後で来てくれるんですし、しっかりおもてなしをしないといけませんね」
今日も来てくれるお客さんに美味しいコーヒーを提供できるよう頑張らないと。
「そこの壁に向かってバリスタの練習はせんでよいのか?」
「~~~~!! そ、それはもういいんですっ!!」
うぅ。思い出したくなかったのに……せっかく気合を入れ直したのにジャマしないでください。
頭の上のティッピーを両手でぽかぽかと叩くと、痛い痛いと言いながらも、どこか楽しそうに笑っている。
あとで、私の機嫌を直そうといっぱい話しかけてくるおじいちゃんの相手をしながら、歩いていたらあっという間に家に着いてしまった。
「ただいまです」
「息子よ戻ったぞ」
「おかえりチノ。親父。昼飯は簡単な物を作っておいたよ」
「ありがとうございます。さっそく頂きますね」
「あぁ。ココア君がいないが、午後からはリゼ君と一緒に頼んだよ」
買ってきた物を三人で分担しながら各場所へしまっていく。
ふと、庭の方をのぞいてみたけど、予想通りお父さんの洗濯物は自分で干し終わっているようだった。
その後、お父さんについて行くように三人でリビングへ向かう。もちろん途中で手を洗うのと、うがいをするのを忘れない。
席に着いたところで、ざっとお昼ご飯を確認――よかった。朝と違って苦手な物がない。
「しっかり食べて午後からは頑張ってもらわないとな」
「いっぱい食べて大きくなるんじゃぞ」
うぅ……苦手な物がないのはいいんですが、なんだか子ども扱いされてる感じがします……
なんだか素直に喜べないです……
「いただきます」
でも、二人の言う事ももっともです。午後からもお店の仕事を頑張らないと。
食器を片づけてから更衣室で制服に着替え、お仕事モードに気持ちを切り替えていく。
まだ皆さんみたいに上手くはできませんが、お仕事中は頑張って笑顔でいるようにしないと。
「こんにちはー!!」
カウンターでコーヒーを淹れようとミルで豆を挽いていると、お店のドアが力強く開け放たれ、凛々しさを感じる聞き慣れた声が店内に響く。
「リゼさん、こんにちはです。今日もよろしくお願いします」
「おっチノ。今日もよろしくな。さっそくコーヒーを淹れてたのか?」
「はい。ちょうど食後でしたので……よかったらリゼさんもいかがです?」
「あぁ。それじゃもらおうかな」
コーヒーを淹れてる様子をおじいちゃん以外にじっと見られるのは少し恥ずかしいですが、すごく優しい目で見てくれてる気がします。
時折うんうんと頷きながら、私のやり方を観察してるようです。
淹れ終わって一緒に一口飲んだところで何かを諦めたように溜め息を吐きました。
「淹れ方は覚えたつもりなんだけど……私とチノの淹れ方の違いが見分けられないな。やっぱ年季が違うんだろうか」
「リゼさんは上達がすごく早いと思いますけど」
未だに銘柄を全然当てる事ができないココアさんよりもずっと。
「うむ。何事も日々訓練あるのみだな。日々の積み重ねがいずれ私を真の境地へと導いてくれるはずだ」
コーヒーを飲み終わったところで、また一人で何か納得したように頷きながら、制服に着替えに行きました。
真の境地って、この場合バリスタですよね? リゼさんはそれでいいんでしょうか?
いえ、嫌というわけではなく、できればいつまでも三人でこのお店で働けたらと……!?
無意識に心の中で願ってしまった内容に思わず赤面してしまう。
……い、いえ。でもそのためにもまず無理でしょうけど、ココアさんにコーヒーの銘柄を当てられるようになってもらわないと。
そう思った瞬間、思わずため息が出てしまい、高ぶってしまっていた気持ちも急に落ち着いてしまった。
銘柄当てに失敗したにも関わらず、いつも通りヘラヘラと笑っているココアさんの顔が真っ先に思い浮かんできたからだ。
ホント、ダメな姉を持つと妹は苦労しますね。
「お待たせー。それじゃ、お店を始めるとするか」
「はい。あ、そういえば、シャロさんがバイトが終わったら来てくれるそうでしたよ」
「シャロが? ここ最近よく来てくれるけど珍しいな。カフェイン苦手なのにさ」
「きっとリゼさんに会いにだと思います」
いつも学校で会ってるのに? と不思議そうに首を傾げている。
やっぱりどれくらいシャロさんがリゼさんに憧れているのか気づいてないんでしょうね。
私もシャロさんに憧れている気持ちを上手く伝えることができませんし、想いや気持ちを伝える事ってやっぱ難しい事なんですね。
「ま、それじゃシャロを待ちながら――」
「はい――」
――ラビットハウス営業開始です。