瓦解都市   作:匿名

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リトル・エゴ

 幽かな炎が、水面に浮かぶ。小さく、しかし、眩い芯を持って強く、熱く輝くそれらは、黒く広がる海の上。風に吹かれて、波に引かれて。遥か彼方、水平線を目指し行く。

 それは、死者の魂を模した炎の群。この、文化の壊れた世界でも尚伝わり続けた、慰霊の風習。小さな小舟に火を灯し、海の向こうにあるという楽園、常世の国へと送り出す……

 この地に生きる人々の、年に一度の小さな祭り。祭りと言えども厳かに。慎ましやかに、静かに。一つ、また一つと、静寂の海へと、小舟は繰り出し。沈黙の闇へと、火は呑まれて。視界から、世界から、消ゆ。

 

 この地に生きる、人間達の風習。人に非ぬ者には、関係の無いこと。しかし。

 隠れるように海岸に現れた、小さな、一体の人外。辛うじて人の形をした彼女は、その手にまた、小さな小舟を抱えていて。

 

 不恰好な小舟。継ぎ接ぎだらけでも、頑丈そうな船体に乗せた、小さな皿。薄い油。人では無い彼女にとっては、それは。中々集まらぬ材料、手に入り難いそれらを掻き集めに掻き集め、丁寧に、苦労してこさえた自慢の船だったのやも知れない。世界を牛耳る――そう、思い込んでいる人間たちからしてみれば、極小の、取るに足りない塵芥であったとしても。

 

 送る炎は、人間の魂。彼女が想うその相手も、また。彼女とは異なる、人の体と、心を持った、一人の男、一人の人間で。

 人に非ざる、不可思議な存在。夜になれば何処からとも無く湧き出でては、街を徘徊し、影に潜み。腕を伸ばして人を食う、彼ら……呼び名すら定まらぬ、彼らの、一が。人との恋談を紡ぐとは、本当、分からないものだと。零した笑みは、誰に向けたものか。蠢く海を見つめる彼女か、それとも。最後まで彼女を見つめ続けた、彼か。

 

 しかし。そんな彼も、既に。過去の人。思えど、想えど。その身が帰って来ることなどは。この、狂った世界においても、有り得ぬこと。

 

 

 指先に、火を灯す。青い炎は、そのまま。油に浸したこよりに燃え移って。

 

 常世の国なんてものに。人間達が目指す、その癖、彼らさえ名前しか知らぬ楽園などに、魔物が行けるのかなどは、知りもせず。しかし。彼女の想うその人はきっと、その、何処に有るかも知れぬ、得体も知れぬ……それでも、安らぎに満ちた楽園に迎え入れられるのだと言うことを、信じて。

 

 人の身でない、自分の代わりに。彼の手を引き、その、楽園にへと連れて行くため。彼女は。その小さな灯火を、海へと、流した。

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