瓦解都市   作:匿名

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走光性

 

 回転する首の群れが空を切り無数の足の生えた車輪が柔らかな肉をアスファルトに押し付けながら大地を這う。飛び回る耳障りな羽音にしがみ付く餓鬼が中空を埋め転がる塵芥に飛びかかっては飲み込み吐き。

 人間とは随分と異なった姿形を、朽ちたビル街、その、名も知らぬ草が彼方此方で跳ね回る大通りの闇に浮かばせながら。魔物の群れは、その行進は、醜いながらも煌びやかに。騒々しくも、奇妙な魅力を伴って。深夜の街の片隅を行く。

 美しい、と。見つめる彼が、本の一時。その姿を見た、その一時に感じたのは、何故か。理由も知れぬその思いは、吐き出す事なく、喉の奥、胸の奥へと、呑み込み。

 奇怪な行列。これが仮装や作り物、見せ物、偽物の類では無いことは、この街に住む誰もが……無論、この光景を、実際に見たことがある者などは、数える程ではあるのだが……皆々、理解していることであった。

 

 飛び出した鉄骨、崩れたコンクリート。割れた窓硝子の破片が放つ煌めきは、彼らの足の下、腹の下。引きずり、突っかかり、鋭利な欠片が突き立った所で、彼らの肌は。傷付く程に、柔では無く。

 ひたひたと。無数の足の生えた車輪、メリーゴーランドの様に回る幾つもの首の連なる輪。カタカタと音を立てるのは、脇腹に備えた顎の震えか。背には歯車、首には札。何を伝えたいのかも知れぬシルエット。徐々に近寄るそれを見下ろす少女は、悪趣味だと笑い。男は、恐ろしいと顔を歪め。滑稽と言えば滑稽な、不気味と言えば、また、そう。何とでも取れる、如何様にも見える、その姿。何を思ってそのような、奇怪な姿を取ったのか。回る首が何を考えているのかも、それを眺める彼女には。彼には、知れず。

 回る首の怪物の、背後。闇から湧き出す、奇妙な形の生物の群れ。無数の、人外達の行進。繁華街の灯りも届かず。無法地帯の静けさも無く。人の居ない廃ビルの間。殺風景なアスファルトの海。赤子の落書きと対して変わらぬ姿を引き摺り、這い回り、飛び跳ねながら。この街の生んだ純粋なそれは、夜の世界を練り歩く。

 

 怖いかと。少女は言う。答えなど分かり切った、疑問とも呼べぬ問を乗せて。

 投げ掛けられた言葉を拾い、苦味のある笑みを浮かべるは、男の顔。其れなりに整った、しかし、何処か疲れた様子の……肉体的な疲労では無い。生に疲れた者の顔に浮かぶ、明日にはもう、何処を探しても見つからぬのではないかと。何処か、知らぬ場所で首でも吊っているのではないかと思うほどに影の差した、その貌。貼り付けた苦笑いと共に、握り締めた少女の手。加わる力も、増すばかりで。

 この程度では、痛みなど。感じることなどありはせず。彼女もまた、連なる魔物の群れと同じく、人の身ではなく。その、男のそれよりも小さな手は。柔らかな手は。冷たく、夜の闇にぼんやりと浮かぶ雪洞のように。夜灯のように、美しい、白で。

 

 廃ビル、二階、通りから見て右から四番目の、硝子の抜け落ちた窓。二人の居る窓の前を、首が回り。怖がらなくてよい、と。告げた少女の言葉の通り、回る顔と男の目が合うも、顔は微笑み。また、過ぎて。

 魔物は、人を取って食らうのだ。その、腕だか、顎だか分からぬ肉を伸ばして。摘まんで。口に押し込み、噛み潰すのだと。そんな常識は、何処へ消えたのか。否。

 彼の……彼女やもしれない……回る首の浮かべた笑みは、何処までも優しげで。

 

 やっと。やっと、気付く。彼は、そう。自分の辿った、その道を。

 喧しく、騒がしく。醜く、悍ましく。そんな、そんな行列を。百を越える魔物の行進を。

 

 本の少し。本の少しでも、美しいと思ってしまった。あの時には、既に。この身は。人だった身体は。

 

 もう、逃げられないよ。と。少女は告げる。その笑みもまた、魔物のそれ。しかし。逃げる理由も必要も、また、既に。疾うの昔に、失くしたままで。

 手を伸ばす。その先に浮かび、待ち構えるは、白い、白い。妖しく、華奢で、美しい、その手を。

 もう、離しはせぬと。強く、強く握り返した。

 

 

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