瓦解都市 作:匿名
眠れや、眠れと。
雨の降る夜に泣き止まぬ、小さな小さなその姿。何がそれ程悲しいのかと、問うた所で返事は、嗚咽に紛れ。続く、続く、押し殺した鳴き声。固く閉じんと結んだ口の、端から漏れ出る、苦しげな息。
泣くな、泣くなと。悲しいことなどありはせぬと。慣れぬ笑みを向けてやったところで、この子の。求める顔なんぞは、持ちはせず。あやせども。さすれども。幼子の頬に、涙は消えぬ。この私には、涙は消せぬ。拭えど、掬えど。救えはせぬと。自身の声は、何処からか。鼓膜を震わせることなく、この、私に告げるばかりで。
指先で、背を叩く。出来うる限り、優しく。伸び放題だった爪も、短く切り。この子の為だ、仕方なしと。あの日の決意は。この子とした約束はまだ。果たすことはまだ、出来てはおらず。泣く泣く声に、自身の力の及ばぬことを。悟り、諭され。しかし、放ってしまうことなど出来る筈も、ない。
小さな、小さな。赤子の為の寝台に。刻まれた名を読み上げる。この子の名だ、この子だけに捧げられた言葉だ。この子の抱いた、唯一の親との絆。永遠に残れと願い、祈り。哀れな童を、胸に抱きしめ。
唄う。この街で。あの国で唄われた、その歌を。錆び付いた歌だ。優しげな寝付けの唄ではない。はよう眠れと子に吐きかける、子守の唄だ。
私には、そんなものしか唄ってやれぬ。唄ってやれぬ私を、憎めよと。その代わりに、本当の母を。本当の父を。顔さえも知れぬ、お前の親を。どうか、どうか愛して欲しいと。
私の思いなど、忘れても構わぬと。願い、願い。独りで、唄い。
いつか、私に。その恨みを。怨嗟を。吐きかけ、罵り、荒んだとしても。それで、それで良いのだと。見たこともない顔を恋し、泣き荒ぶならば、それでも良いと。しかし、今は。この手の中で。代わりにもなれぬ手の中に収まる、その間は。
せめて眠れと。今は眠れと。子守の腕の中で。私の腕の中で。せめて、せめて眠っているのだ、と。許しなどは、求めず。何一つとして、お前の願いを叶えてやれない私の。ただ、守り続けることしか出来ない私の、この腕の中。
涙なんて流さずとも良い、夢の中で。朧げな顔をした、母の手に抱かれ、眠っているのだ、と。
唄い、唄い。私は唯、只管に。只管に、唄い続けるばかりで。
雨は降り止まぬ。延々と続く雨音を聞くのは、嗚咽の止んだ、この子ではなく。瞳を閉じて、寝息を立てる。小さな小さな、この子ではなく。
独り。唄い続ける、私だけで。