瓦解都市   作:匿名

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大籠城

 

 

 並ぶ煙突。木造建築。

 風雨に晒され、汚れ、古び。しかし、それでも。天に向かい。空を穿ち。無数の柱を、僅かに覗いた月明かりに。緑、紅、朱、金と。絢爛な装飾を街灯りに浮かばせながら。

 

 城に見えた。否、実際、城なのだろう。此処に巣食う人々にとって。此処に入り浸る人々にとって。この大建築は。周りに広がる歓楽街は。この街での、唯一の娯楽。全てが等しく、客として扱われる――――出すものさえ出せば――――この世の楽園、とは。この街においては、この城を呼ぶためだけに存在して。

 ここでは。男だろうが、女だろうが。公安だろうが。餓鬼だろうが。金さえ出せば皆々平等に。

 

 大遊郭。地を掴み、天に聳える。よくも、まあ。これ程の規模の。これだけの人々を呑み込んだものだと。提灯の群、暖簾の迷宮。この酒の香、食事の香の漂う場所ならば何処にいようと。空を仰げば、其処には、彼の城の影。約束された自由と、色に溢れる夢幻の魔都。立ち上る煙は。実際に鼓膜を震わせることなどない、しかし、確かに。この胸の其処へと響き、揺らす嬌声に。此処が既に、灰色の。色を失った『街』では無いことを思い知らされて。

 酔いに酔った男。頬を染めた女。不安げな少年。それ等の中心にいるのは、何時でも。着飾り、化粧をし、美しく、妖しく。香を振りまき、色に魅せ。人々の手をそっと取っては引き寄せる、娼婦、男娼。

 息を詰まらせる程に。彼女等は、彼等は。美しく、美しく。その視線が自分だけに向けられたものではないと知りながらも、それでも。触れんと。奪わんと手を伸ばさざるを得ない、そんな、そんな。

 

 色欲だけではない。遊郭に並ぶ、豪勢な。街を包み込む、鼻腔を擽る食事の香りは。香しさは。この場所の他で味わうことなど無い贅沢な――――無論、金の続く限りしか味わえぬ――――夢に見るような生活は。誰も、誰もが憧れて。

 

 歪んだ世界であった。何処までも何処までも狂わされたこの街の、歪みに歪んだその歪が象徴。世界の歪みは邪魔な、倫理も道徳も。全ての距離を縮ませ、繋げ。何処までも欲に忠実な。何処までも、真っ直ぐな。愚直なまでに快楽のみを追い求める広大な魔境を造り上げた。

 

 欲望の街を、歩く。傾奇者、と言うには。この街は、この世界は。そんな、珍妙奇天烈な姿形に溢れていて。斯く言う自身も、また。普通が何かさえも分からないこの街においては、何が正しいも、何がおかしいもないのだが。

 皆々。自身の物差しで物事を測り。誰もが。自身の背丈を愛していて。それさえ出来ない者が、この街で生きていける筈なんてないのだ。

 だから、か。この遊郭街は。前時代の異物、廃墟、廃ビルの立ち並ぶ灰色の森とは似ても似つかぬ華やかさを。昔々の世界とは余りにも異なった道に進んだのは。それが良いか悪いかなど、歴史を知らない自分には、判断することなんて出来やしない。

 

 只。視界に入った、艶やかな。煌びやかな。華奢な、妖美な、そして、耽美な。古い古い、幾重にも重なるその紅い衣に身を包んだ、その姿。白く白く、言い表す言葉さえも見つからぬ程に美しい、その顔を。

 その手を。取ることが出来る、この世界は。この街は。

 

 愛するに値するものだと。取ったその手に、口を付け。心から、そう思った。

 

 

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