瓦解都市   作:匿名

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笑う顔

 

 揺れる瞳が、仮面の作る瞳に覗く。宝石塗れの無機質の影か、光輝く灯りの影か。何れにせよ、その。上下と淵を切り取った、丸い硝子の抱いた本来の色は。私の目には、捉え切れずに。紅だか、緑だか。橙だか、青だか。そこに沈んだ彼女の色は、私の映したどの色でもないのかも知れない、と。

 彼女の重みを。機械の人形とは思えぬ程に軽い、その重みを。この腕の中で遊ばせながら。似合わぬステップを踏み、その、完璧な足先の後に続く。

 

 形は、人によく似ていた。形は、である。その肌の色は、鈍色。関節は、球体の――――この街の外、海の向こうで作られた人形のそれで。この街にもまだ、これだけ精巧な人形を。芸術品を作るだけの技術が残っていることに幾らかの感心を抱きながら。その美術品と手を取り合い、踊る、踊る、踊る。

 

 宝石、絹糸、細かな装飾。素顔を隠した仮面から零れる、整った……整えられた、口元。変わる事なき表情、鉄の貌。歪むことのないその顔は、必要性のない仮面の下。隠す為ではない、装飾の一環としての仮面の下にあっても、尚。雲の先、空想上の月のように……等。

 私には似合わぬ。そんな、例えを、胸の内。奥深くへと飲み込んで。

 回る、回る。この手を、無機質の腰に回し。その手は、私の掌の中。回る景色に、暖色の灯りが線を引き。

 私の仮面、彼女の仮面。向かい合った二つの仮初めの顔は互いに。移り変わる世界、視界の中で、動かず。消えず、見つめ合って。

 

 彼女は、人ではなかった。夜に遊ぶ彼等でもなかった。メーカーは、人工の肉と……それにしては随分と硬く、冷たい……人工のお姫様(アンドロイド)だ、などと。大層な文句を掲げて、彼女達を売り出した。

 

 目の前の彼女は、その内の一体。この巨大な遊郭の一角、舞踏室に備えられた、人形の一。胸に、赤い薔薇を付けた……

 

 この部屋に溢れた、欲と、野心と。金を持った者同士が、出会いを求めて訪れる、この舞踏、この社交。人形と踊るは、相手を見つけることの出来ぬまま、壁の染みとなってしまった者たちで。そんな者達の体裁を取り繕う為に用意された、人形達。花は、男が摘み。染みの相手は、人形にさせる。成る程、この空間においては、男の価値などその程度。対する女の価値はと言えば、また。互いに、背後に積み上がった金にしか興味などないのではあるが。

 

 そんな、踊る肉を見て。知らず知らず、顔を顰めた私を見てか。

 

 人形は、笑う。歪むはずの無い唇を曲げ。仮面の下の瞳を輝かせて。私のしかめっ面に向けて、お前も同じだと言わんが如く。

 

 目を疑う光景。有り得ぬ、しかし、目の前の彼女は、確かに。笑っているのだ、私を見て。口を歪ませ、目に、光を称えて。嘲るように、憐れむように。この、白髪。老いた私を見て、小娘の姿は、物の癖に。愉快そうに笑っているのだ。

 

 おかしいか、と。私は、思わず問い。

 

 おかしいわ、と。彼女は、鈴の鳴るようなその声で。答えるのだ。私の問いに。彼女は、鉄の人形は。確かに、彼女の声で。

 

 そして、その言葉は。こんな、蝿の集った塵箱のような。見た目だけが絢爛な塵山の中で見つけた――――宝石に他ならない。

 

 決して安価とは言えぬ。しかし、この部屋にいる者ならば。手の届かぬ程のものではない。腐る程の金を両の手に握り締めた彼らならば……私ならば。手元に置くことも、容易い。

 

 彼女の手を強く引き、主催……この舞踏室の管理人の元へと歩き出す。舞踏のそれではない。それは、とても強引な。恋い焦がれた者を無理に引き寄せるその手つきで。

 驚いたような、彼女の顔。彼女に生じた感情は、笑い袋のそれよりずっと、上等なものらしい。それが、無性に。私の心を擽って。

 

 彼女を強く抱き締め。懐から出した金を――――途方もない金を。彼女の元の売値を、遥かに超えたその金を、燕尾服へと押し付ける。彼奴は、理解出来ぬと言った顔で。しかし、それも一瞬。その顔は、直様。下卑た、笑みに変わり。

 

 深々と下げる頭。そんなものに興味など無い。これ以上、こんな場所に居る必要もない。取り零した金を拾う音に、何事か、喜悦に塗れた声を背中に受けながら。

 

 未だ、理解の追いついていない。そんな、無垢な影を残した表情の、人形を抱いて。無機質に宿った心を。彼女を、抱いて。

 

 この、巨大な遊郭の。その、入り組んだ廊下へと、この歩を、進めた。

 

 

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