瓦解都市 作:匿名
警棒と、拳銃を、腰に。一人、台車を押して独房を行く。
日の届かぬ地下、最悪の衛生。公安達は……俺たちは此処を、ゴミ溜めと。此処に収容される物を、人としてすら扱うことなく。
男も、女も。殺人犯も、思想犯も。一緒くたに、同じ檻に。中で何が起きようと、知ったことではない、と。
名前さえ。存在さえ。犯した筈の罪さえ、忘れられ。何のために囚われているのかさえ分からぬほどに、彼等、彼女等は。どうでもよい、どうなろうが構わない、と。文字通り、ゴミ溜め。其処に、底に落とされた塵芥と同じ扱いを受けていて。
そして。この中に囚われている者の中には。罪など、犯してすらいない……公安側の利益の為に。搾取の為に放り込まれた者も、少なくは無く。彼らが日の光を浴びる事など、二度と。
鼻に届き始める腐臭。死臭。病に伏していた彼は、遂に死んだらしい。
台車に乗せた、皿の群れ。使い古した食缶。不味く、少なく、栄養価など端から考えてすらいない……そんな、残飯のような食事を、一人、一人。こんなものでさえ、彼らにとっては、命の綱。唯一の刺激。
どうせ、皆々殺されるのだ。生かしておく理由など、在りはしないと。ここは、殺されるのを待つ者を放り込む、そんな、ゴミ溜めなのだと。
囚人達は、分かっている。故に、荒れ。故に、沈み。暗い暗い、地下牢の中。微かに灯った灯火を見つめ、虚な視線を投げるのみ。
ぶら下がった体。同じ牢の囚人達が、寝ている間に逝ったのか。コンクリートの壁の影。光の当たらぬその場所に浮かぶ。
酷い世界があったものだ。宗教人の説く地獄とは、此処の事なのだろうか、などと。信者でもない俺が、彼等の描いた死後の世界など、知るはずも無く。きっと、逃れる術も、明るい死後の楽園も、存在しているのだろうと。どれだけ、どれだけ説かれた所で。
その楽園への。道を知らない俺たちには。死んだ先にもこんな未来が待ち受けるのか……なんて。
考えた所で、どうにもなりはしない。魂など無く、死後などなく。楽園は、地獄は。この世にしか存在し得ないのだ、と。
そう。現実のみに世界を閉じた所で、彼等、一度切りの人生で、この世の地獄に引き摺りこまれた者達が。その地獄しか知らずに、生を断たれた者達が。そして、それを縛り付ける、自分自身が。
何処までも、惨めで。唇を噛み締め、手は、震え。しかし。
懐に収めた、鍵束。鉄の輪に連なる、鉄片。牢の鍵、少しだけ違った未来へと繋がる、扉の鍵。歩いただけで、鈴の音にも似た声を上げる、それに向けて。この、震える手を。手を。
伸ばす、勇気は。覚悟は。
俺には、無かった。