瓦解都市 作:匿名
吊るされ並ぶ提灯、灯り、無秩序に手を、枝を伸ばした看板の群れに、ネオン。酒の匂い、食事の匂い。油と、肉と、香辛料と、木の匂い。食器が打ち鳴らされる音は、時折その存在を主張しながらも、上がる上がる笑い声、喚き声に呑み込まれた。
空に掛かる雲、汚染された霧。薄く水を張った、玉虫色の水を張った、眼下。食べきれなかったというのに、未練を払えず片手に握ったままの肉と、酒。見るからに蒼ざめた、最早、白色と言っても良い顔をした彼に肩を貸し、それでも尚次の店を探す。
俺たちにはもう、時間が無い。時間が無いのだから、と。
汚染された空と海と、そして雨と。あめ、あめ、あめ、回る回る水の循環、其れは総て毒を孕んだ。故に俺は、そして、彼は。こんなにも奇妙な姿で生まれ落ちたのだ。こんなにも余分で、こんなにも欠けた身体。足りないものを分けて欲しい。要らないものを引き取ってやりたい。そうすれば、俺たちも。不完全な此方側では無い、完全な向こう側へ。こうして、一生を掛けて貯めた……短かな生を費やして貯めた、僅かばかりの大金を、こうして落としていく側では無く、搾取する側に回れたのに、と。
生まれ落ちたその時には、既に決まっていたことで。終わる終わる生の最後に、愉快な気持ちで死にたいと。汚泥を啜って生きてきたのだ、死ぬ時くらいは、酒と、肉と、そして女に触れたいのだと。
合成の肉と、安価な酒と。人工的に作り出された、人の形、人の姿。完全に真似たアンドロイド。嘗ては天を突いた楼閣、巨大な遊郭も貧富の分け隔て、姿形の分け隔て無く門を潜れたのだと聞く。無論、落とせる銭の数だけ、上等な持て成しを得ただろうが。
今は此処。下層を這って生きる俺たちに充てがわれた、俺たちの為の街だけが、畸形――汚染された水、汚染された大地の象徴。穢れの象徴として払い除けられ――俺たちの楽園で。決して、慈善、慈愛に依って形作られた街ではない。一生を掛けて終わりの瞬間に備え続け、そして、溜め込んだ金を全て落とさせる為の街。搾取の為の巨大な機構。まるで農場か何かのよう。生まれてから10と、片手が埋まるか、否かの人生……俺の場合は二つ足りず、彼の場合は二つ余った。同じだけの時を生き、二人で此処に来ようと誓った。死ぬために生きる、その事からは目を逸らして。
俺たちももう、いつ死んだっておかしく無い。俺が先に死ぬか、また吐き散らした彼が死ぬか。力の入らないその身体の、俺より重い重みを預かり、歩く、歩く。此処に来て二日が経った。酒も飲んだ、肉も食べた。人工物であるとは言えど、完全な姿の女も抱いた。そうして遊び、遊び疲れて、消化しきれなかった食事の形がそのまま混ざった吐瀉物に、赤い色が混ざって溢れる。最後の夜になるのかもしれなかった。
「なあ」
彼が声を吐く。伏せた顔、表情は分からず、只、嗚呼と答え。答えたままに次の言葉を待ち、待てども、声は聞こえずに。
そうして、彼が息を吐く。深い息。荒い息。顔は伏せたまま。何事かを呟いているようにも、呼吸に合わせて、自然、開口しただけにも見える。矢張り表情は分からないまま。何かを頼まれたようにも思えるし、何かを問われたようにも思える。
だから、只。朦朧と。今にも俺の肩の上。眠らんとする彼へと向けて。応えとして。
只。嗚呼とだけ、答えた。