瓦解都市   作:匿名

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白い鳥

 夢を乗せた機体が、空を行く。

 

 それは、時空を超え。世界を超え。ありとあらゆる柵を、束縛を振り払って飛ぶ夢の飛行機……確かに。確かに、夢の飛行機であった。無謀な運転は乗客たちの体の崩壊を。夢を、希望を乗せた旅客機は、宝船は。死に絶えた、無数の骸を乗せた幽霊船のそれと化して。

 事故ではなく。操縦輪を握る手によって引き起こされた。人為的な終わり。人々の犯し続けた罪は、暴走した願望は。夢と称した欲望は。彼等の死、機体の放棄。その程度で、許されるはずも無く。

 

 旅客機は。かつての、夢の旅客機は。白い翼は。燃料すら失くした今も、尚。空を。その大地に足を着けることを許されずに。その身を埋めることを、許されずにいて。

 自身の汚した。否。その鳥に、罪などは無かった。巨大な鳥の手綱を引いた、彼等の手。そして、誰よりも。

 

 

 私の手。肉の削げ落ち、骨ばかりとなった、私の手にこそ。私にこそ、罪は在って。

 

 

 機体が、体を傾ける。見下ろすは、錆び付いた街。立ち上る排煙。閉じた瞳。無法の街。廃ビルの群れ。巨大な城。灰色の城砦。

 

 広い広い。深い深い、海。灯火の灯る海だ。小さな、小さな灯火が浮かび、流れてゆく様を。空から。私は、白鳥は。確かに、見詰め続けてきた。こんなにも汚れた世界で尚も眩く。美しく。儚く。強く、強く輝くその明かりを。最後に見た、隠れるように流された灯りの輝きを。未だ。

 

 憶えている。灯火の浮かぶ海だけではない。この街で。私達が狂わせて、私達が弄んで。結果、作り上げたこの街で紡がれた物語を。

 

 私は。白鳥は。全て、全てを。この、空から。肉眼など持たぬ私たちは、しかし。しかと、この目に映し続けてきた。

 

 こんな世界に絶望し、自ら命を絶つ子供達も。人としての生を投げ出した人々も。少年少女の過ちも。刹那の快楽に身を焦がす人々も。無生物に宿った心も。そんな心を愛した者も。同じ過ちを繰り返さぬと立ち続ける亡霊も。若者達の決意も。

 

 変わりつつあるのだ。この街は、この世界は。この街に根を張った歪への道は、彼の、戸開の重機が切り開いた。その道を辿り。乗り越える者が、きっと。きっと。

 

 

 

 空が捻じ曲がる。見知った光景だ。懐かしい光景だ。その光景を、私は。白鳥は、幾度も見詰めて来た。潜り抜けて来た。

 歪の向こうから飛び出したのは、一機の飛行機。私を、骸を乗せた飛行機と同じ型。恐らく、同じ名前の――

 夢を乗せた飛行機。過ちの塊。きっと、何処か。私達と同じように、並行する世界の何処かから訪れたのであろう、白鳥。人でなくなった今でこそ見える、その純白に纏わり衝いた、欲望の影。

 

 

 骨だけとなった手。傍らに置いた、冊子の表紙を静かに撫ぜる。あの時。この機体が、夢を運ぶ機体なのだと、信じて疑わなかったあの時も、こうして。この冊子を、機体を。愛おしく思ったものだ、と。

 

 操縦輪を握る。機体と繋がる。今、此処で。せめて、罪の欠片でも、なんて。

 本当は、分からない。償いのつもりか、只の自己満足か。何がしたいのか。何が目的なのか。しかし、それでも。

 

 変わりゆく、この街を。数多の心で満ち満ちる、この街を。今此処で、また、乱されるわけにはいかない、と。

 

 

 最後のフライト。これで、私の生は。白鳥と共に飛び続けた、この生は。本当に、終わりを迎えるのだろう。

 

 突撃。それは、彼のように。光への道を切り開いた彼のように。その、災厄へと機体を向ける。操縦席に座るのは、他でもない私で。

 私達を見たその瞳。淀んだその目に宿った、一つの光を。突撃する私達へと鼻先を向ける、その動作を。私は、見逃すはずも無い。

 

 彼も。あの日の私のように。ならば、ここで。この、海を見据えた空の下で、共に。

 

 

 迫る、迫る。青い青い空の下。灰色に濁った大気を。雲を切り裂き。今。

 

 

 

 

 

 二羽の白い、白い鳥は、互いに。その身を。この身を、砕いた。

 

 

 

 




 後書き、なんて。
 延々と短い話を連ねてきました、瓦解都市。唐突と言えば唐突ですが、この話で完結……と、なっております。
 半ば、自分の世界観の設定を作るために書いたお話。とても短い上に、大した山場もオチも無く。好きなように書けたので、満足はしております。
 完結は致しましたが、元々、各話、順序なんてものも特にはなく。もしかすると、また更新するやもしれません。しないやもしれません。

 では。短な短なお話でしたが、お付き合い頂き。本当にありがとうございました。

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