瓦解都市   作:匿名

3 / 26
ライ麦畑

 

 暗闇の中で、紅に咲く。

 黒に溶けゆき、沈む空は、赤、橙、黄、そして、紅に、染められて。久方振りにお目にかかった空の青と、夕日の赤。混ざり合った紫の境界を不気味に浮かび上がらせた空は、微かに、しかし、着々と暗い帳を降ろしていって。

 誰もいない鉄塔。一人きりの鉄塔。腰掛けた無機質は冷たく、コートのポケットに突っ込んだ手は、悴み。態々こんなところにいなくても良いのに、と。自嘲しながらもこの場から、離れるようなことも無い。

 何故、こんなところにいるのか。何を考えて、こんなことをしているのか。マフラーに埋めた顎を、更に深く沈み込ませながら、暗くなりゆく空を見つめ、自身の目的を再度、思う。

 私は、監視をしなければならないのだ。誰に頼まれた訳でもない、唯、私のエゴに突き動かされただけの行為。何を監視するかと言えば、なんてことはない。ここから飛び降りようとする阿呆を引き止める為、である。若しくは、ここで遊び、足を滑らせ落ちてしまうような子供を捕まえるため。ここはライ麦畑などではないが、それでもこの不恰好な鉄塔は、子供の目から見れば格好の遊び場らしく。よじ登っては真っ逆さまに落ちてゆく、気の毒な子供が後を立たないのも、また、事実。自殺志願者、不慮の事故。何れにせよ、この瓦礫の塔は人の血を吸い過ぎた。何の目的があって立てられたのかも知れぬ塔。そんな塔の手すりに腰掛け、一人。私は、現実味の無い、灰色の世界を見渡す。

 

 手を掴む事も無ければ、誰かと出会う事もない。今日も、こうして日が暮れる。何事もなく終わっていく一日に、ほうと一つ、溜息を吐いて。この、不気味な建築物に思いを馳せる。

 

 私が生まれた頃には既に、この不可思議な塔は、こうして街を見下ろしていて。それが、何の為だったのかは誰も知らず。機械のようなものが備わっている所を見る限り、何かしらの目的があって立てられたのは間違いないのではあるけれども。もしかしたら、未だに。私たちの知らない内に。この塔は、その身に秘めた機能を以って、稼動し続けているのかもしれない。それを確かめる術なんて、私は、知る由もないのだけど。

 いつの頃からか。自殺の名所、なんて。不名誉な称号を得たこの鉄塔。見た目はガラクタの寄せ集め。突き出た鉄骨は、やはり、その姿形を見るばかりでは、なんの機能を果たしているのかも分からなくて。張り巡らされたアンテナも、街を見下ろす巨大な球体も。本当に、なんの為に作られたのかも知れぬ鉄塔は、いつしか。人を彼岸にへと誘う桜の影に成り果て。その桜の花も、もう。本の中だけの存在と成ってしまったけれども。

 桜の木の下には、死体が埋まっているのかも知れない。もしそうだとするならば、この塔は。無機質な桜は。花の一つもつけぬ大樹は……なんて。考えたところで、笑いが漏れる。こんなに大きな墓標を立てる阿呆がいたのだとすれば、それはそれで、愉快ではある。

 

 小さな笑みを顔に貼り付けた私を置いて、夕日は、沈む。紅い夕日は、まるで、巨大な爆発か、火山の噴火か。どちらにしても、遠巻きに見る分には美しいことには変わりない。

 

 死の境界で、腰を上げ。つい先ほどまで座っていた無骨な鉄骨、手すりの上に立って、遠い、遠い海を見つめる。

 もしかしたらこの塔は、この夕日を見る為に作られたのではないだろうか。遥か昔、この地で暮らした人々が、眼下に広がる歪な街を……こんな現実を忘れさせてしまうほどに強く輝く、綺麗な。綺麗な夕日を見るために、私たちに見せるために作ったのではないか、なんて。少々……いや、本当に、浪漫に過ぎた思考を振り払おうとし、しかし、叶わず。結局、そんな一時の感情が生んだご都合主義な妄想に心を鎮めて、私は、夕日を見据え続け。

 

 暗く閉ざされた世界は、その色を失い。

 

 一人、残された私は。あの日、此処で過ちを犯した私は。いつまでも、いつまでも。もう、生きた目で見ることも叶わぬ夕日に、この視線を向け続けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。