瓦解都市   作:匿名

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ピュア

 

 無限の段差、続く螺旋。何処まで続くのかも知れない、何処まで登ったのかもしれない、延々と重なる無数の、角。上がる呼吸、強まる鼓動。痛む足を、軋む腰を摩りながらも、段差に足を掛け、重みを預け。一つ、また一つと、登ることを止めることは、なく。

 廃ビルの群、月を目指す楼閣。何処まで登ろうが、高い高い天に届きはしないことを。登らずに這いつくばった所で、そこに希望がないことを。どちらもしってしまっているから、せめて。自分の、知らない方へ行こうと歩み出した、安直な思考。

 どうせ、どうせ。何も生まない。何も無い。何処にも通じてなどはいない。この世界から逃げ出すならば、せめて、少しでも天に近付いて。この街を見下ろす、その場所で、なんて。

 まるで、子ども。幼い思考の挿さったままの頭は、なるほど、出来損ない。希望が、愛が、夢が、理想が、と。幼子の望むそんな幻に付き纏われ、心を壊し。ついには、こんな。こんな、幽冥の境。

 

 しかし。響く、声。鳴り止まぬ、音。

 

 この笑い声は、何処から聞こえて来るのだろうか。この廃ビルに響く声は、振動は、寂しげな狂気は。一体、何処から漏れ出したのか。誰も居ないはずの廃ビル。半ば崩れ落ち、鉄骨を覗かせた灰色の塔。象牙でもなければ、目には見えない怪物の巣食う聖者を待つ塔でもなく。宇宙へと通じる宇宙樹でもなければ、世界を見渡す粉挽きの目も備えてはいない、唯の、バベル。

 こんな所に。用があるものなんていない。用がある者がいるとすれば、片手に縄を握りしめた、疲れ切った顔をした男の一人くらいの者。少しでも高く、少しでも見つかり難いような、そんな、自分の無様を晒さなくても済むような場所を探す、男くらいのもの。

 

 コンクリートの階段を登ると共に、笑い声は近付く。一人、二人。そう、二人だ。二人分の声が、もぬけの殻となった崩れた高層ビルの中に木霊し、俺の鼓膜を揺らして居るのだ。

 幻覚なのかもしれない。幻聴だと言われれば、そのまま納得してしまいそうな、美しい声。鈴のなるような。硝子を割るような。何処までも何処までも、この街の何処にもない程に済んだ、澄み切った二つの声は螺旋を描き、懐中電灯に浮かび上がる薄暗い階段、そこに居る俺を包み、しかし、包みながらも俺のことなど、知らぬとばかりに。

 

 階段を駆け上がる。声の正体を。この、二つの、絡み合う音を。もっと近くで。もっと鮮明に。この、何の束縛も、拘束も無く、穢れにも、絶望にも染まらぬ声を。聞き取るのだ。聞き取るのだ。

 自身の目的さえ忘れ、草臥れた革靴で冷たい階段を叩きに叩き。走る、走る。足を縺れされながら。転びそうになりながら。吐き出した息が乾き切った喉で詰まり、思わず、目に涙を溜めて咳き込みながら。汚らしい呼吸の音、駆け上がる喧騒。そんな中でも鳴り止まぬ幻奏。こんな雑音などには掻き消すことなど到底叶わない、高く高く。澄み切った――――

 

 走り、走り。走りに走った、その、先に浮かぶは、崩れた壁と、浮かぶ、馬鹿のように大きな月。そして。

 

 

 萎れた、花束。埃の積もった、枯れた花弁の落ちた床。花瓶。

 そして、月明かりの中で、黒く映える。二つの縄。ぶら下がる縄。その先に、それぞれ、揺れる。

 

 二つの、輪。だけ、だった。

 

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