瓦解都市   作:匿名

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降雪

 

 眠気眼で。膝の上に重みを預けて眠る、白い毛玉をぼうと見下ろす。伝わる温もりは、毛玉の放つそれではない。私が持って歩いてきた。厚手の布で包んだ金属管、中の湯のそれで。

 袖の中の時計、見れば、既に。朝食の時刻は過ぎた後。溜息を吐けば、それも、白く。見れば、彼か、彼女か。毛玉はいつの間に起きたのか。起こした私を恨めしげに見上げていて。

 

 恨めしいのはどちらだと。その恨み言、吐き出すことも億劫に。私は。

 

 そっと。無生物のそれではない。生き物の温もりを、この手で、撫ぜた。

 

 

 

 

 積み木の上に雪が降る。

 油塗れのパイプ管、錆びた鉄板、黴塗れの壁、隠すように。張りぼての要塞、朱色の塗装。色付き硝子に金箔、橙の灯り。緑の酒は、呑み込む人の目を曇らせて。行き場を失い、只々その場で枝葉を伸ばしたその城は。不恰好に、歪に。不安定に勇壮に。只管に、上へ、上へ。何処までも何処までも高く高く見下ろしたならば、いつか天にも届くだろうと。木製の壁、過度の装飾。がいつしか目指した。遠い遠いその場所、苦しみのない地、享楽の世。夢見た姿を思い浮かべて。

 

 そんな。そんな、瓦礫の搭に。

 目指した空から。遠い空から、柔らかな。今日も氷の粒が降り注ぎ。

 

 時計を見れば、朝食の時間はまだ先で。幾らにこの地、この場所とは言え、日の出始めた薄暗の朝。そんな時間から遊び、酒宴に浸る者も、僅か。全くに居なくはならないところは、流石というべきなのだろうか。時折聞こえる笑い声、話し声。聞き慣れた声も、ちらほら。甘い囁き、交す言葉、躱す言葉。障子一枚、薄壁一枚。隔てた先では、どのような。恋物語……酷く、色鮮やかなそれが。花を開いているのだろうか、なんて。

 朝腹から。聞き耳立てて張り付くほど。私も気力に満ちてはおらず。色恋沙汰の甘みより今は、噛んだ白米から滲み出す、それの方が恋しくて。広い廊下を、眠気眼、擦りながら。羽織った丹前、足袋を突き抜け走る冷たさ。腹に抱いた湯の温もりを糧に、糧にと、冷え切った廊下、歩き、歩き。右も左も白の紙、細木の格子。見慣れた景色を追い越し追い越し、食事を求めて彷徨い歩き。

 こうして、態々出歩かずとも。裏で待っていれば食事は出て。けれども、食事の時間はまだ先。居れば出されるが、居なければ出されない。そもそも寝てる者の方が多いのだから、食べても食べなくてもよいといった仕組みであるので、嫌に早く起きてしまった私は、食事の時間を待つことも無く。木床、石畳。空の見える広場、出てみれば、浅く降り積もる白。埋まる雪駄と裾から流れ込む冷気。自棄に寒いと冷えると思えば、屋根の下では。だだっ広い室内、窓は遠く。もっと早く気付いていたならば、暖かな布団から這い出すことも無かっただろうにと、胸の内で恨み言を呟いて。低く唸る自販機、酷く痛んだそれ、申し訳程度に植えられた緑、視界に納めつつ。目当ての場所へと歩き、歩き。

 

 階段、廊下、曲がり道。欲に忠実に増築を繰り返した大要塞である。湯屋も在れば、遊技場も在り。今は階段を下り下り。上り行けば、劇場。更には舞踏場なんてものまであって。何を目指しているのかも分からないほどに膨らんだ城。食事を取れる場所だって、無いはずが無く。只、この時間。基本的に朝は、誰も彼もが眠る時間。夜通し開き続けるのだから無理も無く。次第に諦め、次の店。私の知らない店だって有るとは言え、探し回る気力も無く。屋根の無い空間、開けた場所。辿り着いた私は、視線を雪の降る様に向け。手近な長椅子に腰掛けて。

 

 暫く待てば。例え拒んでも食事の時間が訪れる。眠い目を擦り、長い長い廊下を抜けて。此処までやってきた意味は嗚呼、大して珍しくも無い降雪。面白みも無い、杯も無い。雪見に消えて。

 

 息を吐く。白く、白く。吐いて曇らせた視界の先で、落ちる雪を眺め続ける。見慣れた、煙草の煙混じりのそれとは異なる。只々、あるのは。形を変えた水ばかり。

 

 否。あるのは。

 

「おいで」

 

 白い白い雪に紛れ。向かいの屋根の下、置かれた長椅子、その真下。見上げれば屋根はあるだろうに、椅子を屋根代わりに。何処から忍び込んだかも知れない。誰かの飼うそれかも知れない。

 丸々と座る、白い猫。尾は長く。私を見据える両目、色の異なる眼を向けていて。

 

 おいでと私が声を投げたところで、彼……彼女かもしれない猫は、動かず。その場に座り込んだまま。私が猫であったならば、まあ。見知らぬ人間などに呼ばれて、着いて行くことなどしないだろうと……恐らく、しないであろうと。ついで声をかけることも、追い迫り、首を摘むこともなく。ただ、視線を交し続けるに留め。その白い毛玉を膝にでも乗せたならば、それなりに暖も取れるだろうと。今は、布を巻いた金属質。中の湯が揺れるのを感じながら――猫を乗せたつもりで撫ぜたところで、何の面白味も無い。面白味などないけれど、こうして。その白い丸まりと向かい合い。何も考えずに座り続けて居るというのは。この空腹さえなかったならば、嫌いではなく。背もたれに背を預けたまま瞼を下ろす。

 

 静かに、静かに。雪の降る様、紛れる白を。瞼の裏に描き、描いて。

 聞こえる音は。遠く、遠く、何処か、換気扇の回る音か。雪の降る庭、場違いなのかもしれないけれど、聞きなれてしまえば寧ろ、聞こえることに安堵して。

 夜になれば。この城中がお祭り騒ぎ。この城の、この静けさを知るのは、私達程度のもの。もの、と。

 そんな。ことを、思い。思って。

 

 本の、一時。僅かな時間、少しだけ、と。

 

 

 この、微睡みに。意識を、落とした。

 

 

 

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