「お~し、全員あと五周!」
正式に一手の将となったあたしに、香蓮(孫堅)さんから部隊を任される事になった。
部活とは違い、これは仕事。
勿論、部長だって適当にやっちゃいかなかったが……やっぱ、訳が違うわ。
総勢百名とは言っても、こいつらの生死はあたしの指揮にかかっている訳で。
しかも、修羅場をくぐり抜けてきた精鋭が割り当たる筈もない。
それに、もともとどこかの隊に所属している兵を配置転換する訳にもいかない。
なので、こいつらは全員が新兵だ。
「調練の方法はお前に任せる。思うようにやってみるがいい」
……そんな訳で、現在その真っ最中だったりする。
とりあえず、何事も体力からとまずはマラソンから始めてみた。
基礎体力もないのに、剣を振るうのは無理もいいところだしな。
「はぁ、はぁ……。お姉様、なかなか厳しいですね」
「ま、まだ余裕あるのかよ……ぜぇ、ぜぇ」
ついでなので、菖蒲(徐盛)と皐月(丁奉)も調練に加えてみた。
二人も将候補とは言え、ついこないだまでは素人だった訳だし。
ちなみに、最初は体力作りからってあたしが宣言すると、あからさまに不満の声が兵らから上がった。
なので、連中に模擬剣や木剣を持たせて相手をしてやった。
あたしは素手で、参ったと言わせたら好きにしていいって約束で。
……ま、全くの素人に負けるようなあたしじゃないんだがね。
結果、あたしの方針に異を唱えるような奴はいなくなった。
「主。次はどうなさるのですかな?」
「……あのさ。やめねーか、その呼び方?」
「そうは参りませぬ。私は主を仕えるに相応しい御方と見込んだのですぞ?」
さも当然と言い放つ星。
一応、香蓮さんに許可は貰ってあるけど……にしても、あの趙雲だぜ?
普通に仕官すれば何処でも歓迎されるだろうに、当面給料も払えそうにないあたしに仕えてどうするんだっつーの。
……とは言ったんだが、頑として聞き入れようとしねーんだなこれが。
劉備の名前出しても聞き覚えがないの一点張りだし、かと言って公孫賛のトコに行く予定もないらしい。
給料も、あたしが出世したら貰うからそれまではいいとか言い出す始末。
菖蒲とか皐月が何と言うかと思ったけど、それも杞憂に終わったらしい。
つまり、何を言っても無駄みてーだわ。
「次か。休憩挟んで腕立て伏せと腹筋かな」
「腕立て伏せ?」
星が首を傾げる。
「あれ、知らないのか?」
「はい。宜しければご教示願えませぬか?」
「いいけど……」
あたしは腰の剣を外すと、俯せになった。
地面に手を突き、
「腕の力で身体を上下させるんだ。こんな風に」
実演して見せる。
「ほお。では、私も」
星があたしの真似をして、腕立てを始めた。
「むう、なかなかに腕に来ますな」
「だろ? ちなみに、腹筋はこうな」
「ふむふむ」
興味を持ったのか、星はあたしに続いて腹筋も始めた。
「ああ、足を上げちゃダメだぜ?」
「むむ、難儀ですな」
「だから、こうやって二人一組で……片方が足を押さえてやるのがいい」
「なるほど、効率的ですね」
「だからお姉さんはお強いんですねー」
禀と風か。
ちなみに、二人の真名だけど勝手に呼んでいる訳じゃない。
星があたしに許した後で、それならばと二人も預けてくれた訳。
「綾子殿。これは綾子殿の独創でしょうか?」
「んな訳ねーだろ。あたしの国じゃ、普通のトレーニングだよ」
「とれーにんぐ、ですか。お姉さん、どのような意味でしょうー?」
こまめにメモを取る風。
そんなに横文字が興味あるんかねぇ。
「鍛錬、かな。他にもまだあるけど、追々みんなにも教えるつもりさ」
「なるほど」
禀はクイ、と眼鏡を持ち上げた。
「例え普遍的な知識を用いているだけにしても、綾子殿の発案には違いありませんね」
「ですねー。皆さんの仰る通り、お姉さんをただの武官にしておくには惜しいと思うのですよ」
……純蓮(孫静)さんや蒼(魯粛)達に何か吹き込まれたのか、こいつら?
「あのさ。悪いんだが、今調練の最中なんだ。話なら後にしてくれねーか?」
「ああ、そうでした。もし宜しければ、調練を見学させていただけないかと思いまして」
「え? けど、あたしはまともに軍の調練なんてやった事ねーぜ? 見たいんなら、祭さんとか祥(祖茂)さんの方が」
「いえいえー、お姉さんのやり方に興味があるのですよ。それに、風達で良ければ助言もして差し上げられるかとー」
あ、なるほど。
軍師志望の二人なら、兵をどう動かすかとか陣形とかも詳しいよな。
あたしは個人の武道ならともかく、集団戦闘になると素人だしな。
ゲームみたいに作戦コマンド入れたらその通りになる訳じゃねーし。
「そういう事ならいいぜ。けど、アドバイスの方も宜しくな」
「あどばいす? 助言の事ですか?」
「ああ」
そして、またメモを取る風。
う~ん、横文字使わない方がいいのか?
何か、変な影響与えそうな気がする。
「つ、疲れましたぁ」
「アネキの調練、結構しんどいっス」
調練を終えて家に戻ると、菖蒲と皐月はもうバテバテ。
いくら二人でも、本格的に身体を鍛えた事がないとこんなものかねぇ。
「とりあえず、汗流して来いよ。っても、シャワーはないか」
「しゃわー、ですか?」
「そ。あると便利だけど……」
この世界って妙に現代的なトコもあるけど、だいたいは時代を感じさせるよな。
ラーメンとか肉まんはあるのに、ガスとか電気はないとか。
風呂を沸かせばいいだけっても、当然ボイラーもないから薪を使う事になる。
だいたい、風呂場そのものがある家が少ないんだ。
つまり、それだけ贅沢品って事。
「良くわかりませんが、とにかく水浴びしてきますね」
「アタシも行ってくるっス」
フラフラしながら出て行く二人。
う~ん、大丈夫かねぇ。
「まだまだ鍛え方が足りませぬな。致し方ござらぬが」
一方、星は涼しい顔だ。
「綾子殿や星と比較するのは酷だと思いますが?」
「ですねー。それでお姉さん、しゃわーの事を詳しくお聞かせいただけますかー?」
やれやれ、興味津々だな。
つーか、いつまでついてくる気だ?
「ま、それは置いといて。星、腹減ってないか?」
「そうですな。夕食には些か早いですが、確かに何か食べたい気分です」
こういう時、冷蔵庫がないのはマジで不便だよな。
まぁ、あったとしても冷凍食品とかがない以上はあまり意味ねーか。
かと言って電話やネットもないから、デリバリーも無理だろうし。
ホント、現代ってつくづく便利な世界だったよな。
となれば外食するぐらいしかねーけど、まだまともに給料貰ってないあたしにはあまり無駄遣いは出来ない。
純蓮さんに頼めば貸して貰えるかも知らんけど、あまり迷惑かけるのもちょっとな。
となると、自炊だが。
「なあ、星は何か作れるのか?」
「私は特に。酒とメンマさえあれば十分ですぞ」
「……次。禀はどうだ?」
「私ですか? 野宿に際して空腹を満たせる程度の物であれば何とか」
要は大した物は出来ませんって事か。
「じゃ、風は?」
「ぐー」
うん、期待したあたしがバカだったよ。
菖蒲はヤバいらしいし、皐月はかなりバテバテだったからなぁ。
……やっぱ、あたしが作るしかねーか。
とりあえず、二人が戻るのを待とう。
「失礼します! 美綴様、ご在宅でしょうか?」
おや、来客か?
あたしが応対しようとすると、星がすかさず先に立った。
「座ってろよ、あたし一人で大丈夫だって」
「いえ、そうは参りませぬ。如何に城下とは申せ、仮にも主は一隊を率いる将ですぞ?」
「ま、いいけどさ」
面倒だねぇ、人の上に立つってのも。
あたしは人任せにするよりは、自分で動きたい方だからなぁ。
玄関に出ると、兵が立っていた。
あたしに気がつくと、手を組んで頭を下げる。
「太守様がお呼びです。至急、城にお越し下さい」
「香蓮さんが?」
至急って何だろう?
今日の調練で何かヘマでもやらかしたか、あたし?
「どんな用件か聞いてねーか?」
「いえ。兎に角、取り急ぎ美綴様をと」
「わかった、すぐに向かうと伝えてくれ」
「ははっ!」
そう言うや否や、兵は駆け足で去って行った。
「星、何だと思う?」
「見当がつきませぬな。ですが、余程の事が起こったのでしょうな」
「だな。禀、風!」
「はい」
「なんでしょうー?」
あたしが呼ぶまでもなく、二人はついてきていたようだ。
「悪いけど留守番していてくれ。あと、菖蒲と皐月が戻ったらあたしに構わず休んでいろって伝えてくれ」
「わかりました、伝えましょう」
「ではでは、行ってらっしゃいー」
ぐずぐずしていたらどやされるし、さっさと向かうか。
「おっ、来たか」
玉座には、主立った顔触れが揃っていた。
雪蓮や孫権達も香蓮さんの傍にいるな。
「お待たせしました」
「いや、調練を終えたばかりで済まんな。さて、全員揃ったな。冥琳、始めてくれ」
「はい」
冥琳は眼鏡を直し、頷いた。
「綾子はまだ知らないだろうから改めて説明するが、長江には大小の湖賊がいる」
「湖賊?」
「そうだ。海ではなく、河あたりに出没する賊だ。だから湖賊と呼んでいる」
それなら、川賊とか河賊じゃねーの?
ふとそんな事を思ったが、話の腰を折る雰囲気じゃなかったので黙っている事にした。
「連中は河を行き交う船から通行料を徴収したり、時には襲って金品を奪う事もある」
「やってる事は山賊と同じって事か。それで?」
「無論、いずれは討たなければならない存在だが、今はまだそれだけの力がない。区星の討伐ですら、官軍の支援は望めない現状ではな」
「……なあ。その説明をする為だけに非常招集かけた訳じゃねーんだろ?」
「勿論だ。その湖賊が、一斉蜂起したのさ。それに、付近の山賊だけじゃなく、区星まで呼応したらしい」
その場にいた面々が、一様に表情を硬くする。
「つまり、儂らの十倍近い敵が暴れ始めたという事じゃな」
「そのようだな、祭。そして、それに対処しなければこの長沙も危ういという事でもある」
腕組みをしながら唸る唯(程普)さん。
「ですが母様。兵をかき集めても二万、いえ一万五千がやっとかと。如何に相手が烏合の衆とは言っても差があり過ぎます」
「その通りだ。だが、洛陽に援軍を求めても無駄だろう。かと言って、近場で頼れる奴が他に居るか?」
「……それは無理ですな。そのような勢力があれば、そもそも我らがここまで苦労する羽目にはなりません」
頭を振る末莉(韓当)さん。
「それならば、集結する前に各個撃破するしかないでしょう。冥琳、策は?」
「はい、祥様。まず、湖賊を叩くのが宜しいかと存じます」
「なるほど。まず、敵の補給線を断ち切るのね?」
蒼がすかさず反応した。
やっぱ、頭いいよなコイツ。
そういや戦争は補給が第一、って何かで見た気がする。
ゲームだと殆ど再現される事はないけど、人間は食わなきゃ戦えない。
いくら将の頭数を揃えて、兵をたくさん連れてきたところで飢えれば終わり。
これだけ賊が蔓延るのは、政治が腐敗している事よりも食えないからってのが大きいみたいだし。
幸いこの長沙郡は比較的食糧事情がいいらしいが、他は悲惨なんだって蒼が言ってた。
で、食えなくなればどーにもならんのは賊だって同じ。
この辺じゃ食糧集めるのが難しい以上、他から持ってくるしかない。
それを請け負うのが湖賊、ならそいつらを叩き潰しちまえば……そういう事なんだろうな。
「でも冥琳。さっき、湖賊を叩くにはまだ力不足って言ったばかりよね?」
「そうだ、雪蓮。ただし、いつもの賊討伐と同じようにやるなら……という話だがな」
「まさか冥琳。全軍で湖賊に当たるつもりではないじゃろうな?」
あ、張昭のじーさんが真っ青になってる。
「そのまさかですよ。香蓮様、如何でしょうか?」
香蓮さん、獰猛な笑みを浮かべてら。
「流石冥琳だな。俺が好みの策を立ててきたか」
「な、香蓮様なりませぬぞ! 完全に博打ではありませんか」
「剛(張昭)、ならこの俺に籠城でもしろっていうつもりか?」
「まだその方が宜しいですじゃ。この城は防備に優れていて、将兵も強者揃い。賊如きがいくら攻め立てようとも、落とすのは容易では」
「話にならん。じゃあ、その間城外の邑が荒らされるのを指をくわえて見てろとでも?」
「い、いや。しかしですぞ」
「しかしもかかしもない。それじゃ、勝ったとしても庶人から俺への信頼は完全になくなるだけだぜ?」
「ぐ……」
今度はじーさん、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「第一、最初から守る事前提では俺の性に合わんさ。戦が長引けば田畑は荒れるし、貴重な食糧を浪費する事にもなる」
「…………」
「冥琳、お前の策で行く。細かいツメは蒼と二人でやれ」
「はっ!」
「わかりました」
香蓮さんは頷くと、視線をあたし達に向けた。
「純蓮、小蓮、末莉、祥、それから蒼と剛は城の守りを任せる」
「ぶー。シャオも戦いに出たいよ」
「我が儘言うんじゃない、それに城を守り抜くのも重要な役目だ」
シャオは不承不承頷いた。
「他の者も良いな?」
「御意ですわ、姉さん」」
純蓮さんが、守備チームを代表する形で応えた。
「雪蓮、冥琳、祭は俺と来い」
ありゃ、あたしはお呼びじゃないのね。
ま、兵の調練も終わってないし戦力外って事か。
「蓮華」
「はい!」
「お前には唯と明命、そして綾子をつける。別働隊を率いろ」
「母様? お言葉ですが、唯と明命はともかく何故美綴なのですか」
いや、あたしを睨みながら言わないでくれ。
あたしだって、香蓮さんの意図が読めないんだからさ。
「不服か?」
「そうではありません。乾坤一擲の戦いに臨むのに、経験の浅い美綴がいては足並みの乱れに繋がるかも知れないと」
「経験ならお前だって他人の事は言えないじゃねぇか。いいな、これは命令だ」
「…………」
「それとも冥琳。別働隊は不要か?」
話を振られた冥琳は、フッと笑みを浮かべた。
「何故おわかりなのですか、香蓮様?」
「ハッ、勘だな。お前が全軍を一纏めにするような事はないって、そう告げてるんだよ」
「……全く、香蓮様には敵いませぬな」
「決まりだ。皆、すぐに準備にかかれ」
「御意!」
いや、決まりって……あたしはどーすりゃいいのさ。
つけて貰った兵だって、まだまだ実戦に出せるレベルじゃねーし。
他の人達が続々と玉座を出て行く中、あたしは混乱したまま立ち尽くていた。
「どうした、綾子?」
「いえ。あたしはどうすりゃいいのかな、って。兵はまだまだですし」
「ああ、その事か。祥と末莉の隊から兵を回す、お前の隊はその間二人に調練を続けさせればいい」
「……わかりました。星と菖蒲、皐月は連れて行きます」
「勿論そうしろ。なんなら、あの二人組も同行させたらどうだ?」
禀と風か……ま、聞いてみるか。
と、孫権があたしに近づいてきた。
だから、あたしを睨むなってーの。
「美綴。母様のご命令だから従うよりないが、作戦中は私の指示に従って貰うぞ?」
「わかってるって。あたしもそこまでバカじゃないさ」
「フン。万が一独断専行するような真似をしてみろ、厳しく罰するからそう思え!」
そう言い捨てると、孫権は肩を怒らせながら出て行った。
やれやれ、嫌われたモンだね。
「綾子、蓮華様に含むところもあるだろうが抑えろよ?」
「わかってますよ、唯さん」
「蓮華様に認めていただけるかどうか、それはお前次第だ。肩入れは出来んが、間に入ってやるぐらいの事はするからな」
ポン、とあたしを肩を叩く唯さん。
「頑張りましょう、綾子お姉さま!」
「ああ、絶対生きて帰ろうな。明命」
「はいっ!」
そうさ、こんなところで死ねるかよ。
それから数日。
城内は上を下への大騒ぎだった。
「でも、こんなに騒ぎになって大丈夫なんでしょうか?」
「そうっスね。城が殆ど空だって知られたら、こっちに向かってきそうっス」
菖蒲と皐月は不安を隠せないらしい。
「公瑾殿程の御方が、それを考えていない筈もないかと」
「禀ちゃんの言う通りですねー。公瑾さんのお手並み拝見なのですよ」
この二人にどうするか聞いたところ、即答でついてくるとの事だった。
危険は承知の上だし、万が一策が露見すれば残っていても同じだからと。
それに、必要であればアドバイスぐらいはしてくれるらしい。
香蓮さんに仕えている訳でもなし、あたしの部下でもないから軍議の場とかじゃ無理だけどさ。
「主。義公殿と大栄殿の兵が集まったとの事ですぞ」
「おし、わかった」
孫権の事とか、あたしも内心では不安だ。
でも、それを顔に出す訳にゃいかねーしな。
あたしの知る歴史じゃあり得ない、新たな戦いの始まりだった。
区星は字がわからなかったので、そのままとしています。
三國志は字不詳の人物が意外に多いですよね、馬岱とか華雄とか。