香蓮(孫堅)さん達の奮戦もあり、蜂起した湖賊は各個撃破された。
区星も祭さんと蒼(魯粛)が奇襲をかけ、散々に打ち破ったようだ。
残念ながら区星は取り逃がしたみたいだけど、これで当面は引き籠もるしかなさそうだって。
で、あたしはまた長沙城で自身の勉強と部隊の鍛錬の日々へ戻った。
「綾子、調子はどう?」
純蓮(孫静)さんが、激務の合間を縫っては様子を見に来てくれる。
大規模な戦闘の後なので、やる事がいつも以上に山積しているらしい。
いつもは政務を純蓮さんに丸投げ気味の香蓮さんも、流石に逃げられずに書類の山に埋もれているしな。
「すいません、お忙しいのに」
「いいのよ。息抜きにもなるしね」
あたしよりも年上なのに、このタフさはどっから来るのかね。
戦闘には不向きだけど、ある意味香蓮さんよりも逞しい気がする。
「まぁ、何とかやってます」
「ちょっと見せてみて」
あたしもサボる訳にゃいかないので、書き取りはなるべくこなしているつもりだ。
今なら、漢文のテスト出されてもそんじょそこらの奴には負けないかも。
「だいぶ覚えてきたわね。後は応用かしら?」
「そうですか?」
「ええ。もう少し、基礎練習を続けてからだけどね」
ま、予想はしていたけどさ。
「アネキ。入るっスよ」
皐月(丁奉)の声がした。
「ありゃ。お邪魔っスか?」
「いいえ、私は様子を見に来ただけだから。あら?」
おや、皐月が何やら皿を手にしているけど。
「アネキに教わった料理、作ってみたんスよ。味見して貰おうと思ったっス」
「あら、綾子が考えた料理?」
「いえ、あたしはただ作り方を知っているだけで。皐月が作ってみたいってんで、レシピを」
「れしぴ、ですかー。で、どんな意味ですかー?」
ぬうっと風が現れた。
うん、もういい加減に慣れて驚かなくなったな。
「またメモか?」
「ですねー。お姉さんの言葉は大変興味深いのですよ」
「ったく。ま、いいけど……レシピってのは、この場合は料理の作り方って意味だな」
「なるほどー。おおっ、話の腰を折ってしまったようで申し訳ないですー」
全然済まなさそうじゃないんだが、純蓮さんも皐月もただ苦笑するばかり。
当の本人はそんな空気を察しているのかいないのか、熱心に竹簡に書き込んでいる。
「でもアネキ、この料理塩の量多すぎないっスか?」
「そうかな? あたしの知ってる限りじゃそんなモンだけど」
「塩も高いんスよ? それに、これじゃ塩辛い気がするんスよね」
どうも納得がいってないらしいな。
「とりあえず、試食させて貰うぜ」
「はい、お願いするっス」
皐月の奴、緊張してるな。
別に失敗したっていいと思うんだけどな、初めて作るんだし。
あたしは箸を受け取り、それを千切って一口大にする。
「へえ、いい匂いね」
「何とも食欲をそそりますねー」
口に運んでみたが、生っぽさもないし上々かも。
「うん、いける」
「本当っスか? 良かったぁ」
嬉しそうな皐月。
「純蓮さん達も食べてみますか?」
「そうね。じゃあ、ちょっとだけ」
「風も是非是非ー」
あたしが箸を渡すと、二人は興味津々と言った風情で食べ始めた。
「あら、香ばしいわね」
「なかなか味わい深いのですよ。お姉さん、ちなみにこれは何と言う料理なのでしょうー?」
「鶏肉の燻製さ」
「燻製?」
聞いた事がないのか、二人とも首を傾げている。
「別に鶏肉じゃなくても、魚とか卵でもいいんだけど。食材を燻す調理法さ、アウ……野外で遊ぶ時なんかに何度か作った事があってさ」
本当は醤油とかあるといいんだけど、何故かこの世界にはないんだよな。
豆板醤とか辣油とかはあるってのに、訳わからん。
醤油とか味噌の製法がわかりゃいいんだけど、流石に知らないし。
「皐月も食ってみろよ」
「それじゃ、いただくっス。……お、こりゃいけるっス!」
「お姉様。……あ、良い香り」
菖蒲(徐盛)が、匂いにつられたのか入ってきた。
「菖蒲もどうだ?」
「宜しければいただきます。あ、そうじゃなくってお客様です」
「客? あたしにか?」
「はい」
珍しいな、あたしに客だなんて。
「御免!」
のそっと入ってきたのは、張昭のじーさん。
あたし、何かしたっけ?
「あら、剛(張昭)じゃない。どうしたの?」
「い、いや……。その」
珍しく言いにくそうにしてるんだが、そんなにヤバい事か?
ん、チラチラと皿の方を気にしてるな。
「子布さん。もしかして、これが気になりますか?」
「な、何を戯けた事を!」
ムキになって怒鳴るって事は、図星だなこりゃ。
「純蓮さん。子布さんって、もしかして」
「うふふ、お見通しみたいね。そう、剛ってこの長沙では一番の美食家よ」
「純蓮殿!」
「この匂いには誘われても仕方ありませんねー」
「うぐぐ」
「まあまあ、子布さん。折角ですから、どうぞ」
あたしは新しい箸を菖蒲に持ってこさせて、張昭のじーさんに差し出した。
「食べないの、剛? とっても美味しいわよ」
「し、仕方ありませぬの。純蓮殿がそこまで仰せならば、やむを得ませぬな」
張昭のじーさんは箸を取り、燻製を千切って口へ。
「……む。むむ、おい美綴!」
「何ですか?」
「この料理、お前が考えたと申すのじゃな?」
「いや、考えたんじゃなく作り方を知ってたってだけですけどね」
「なんと! し、しかしこのような風味が」
何やら、一人で唸ってる。
「……一つだけ尋ねる。他にも、このような未知の料理を知っているのじゃな?」
「ま、まあ、未知っていやそうなりますかね。あたしも全部は知らないですけど」
「よし、ならば一通り用意してみせよ。ワシが試して進ぜる」
「あらあら、そんな事言って剛が食べたいだけじゃないの?」
「じ、純蓮殿! 何を仰せか! ワシはただ、香蓮殿の耳に入る前にですな」
「はいはい、姉さんには私から伝えるわよ。で、どうだった?」
「……悪くありませぬな。うむ、悪くはないですがな」
素直じゃないねぇ、全く。
「美綴!」
「あ、はい」
「他にも何品かワシに試させよ。無論、必要な材料は申せ」
「え?」
「そ、それから。特別に、ワシの真名を許す!」
何じゃそりゃ。
あたしの事、明らかに蔑んでなかったか?
「うふふ、やっと剛も言えたわね。綾子の事、前から認めたくて仕方なかったのよね」
「な、何を仰せか! ワシはですな、この燻製とやらに敬意を表して」
何か、可愛いところあるなこのじーさん。
ともあれ、受け入れてくれたのならそれに越した事はないし。
「わかりましたよ、剛さん。あたしの事も、綾子で構いませんから」
「うむ、わかったぞ美綴」
やれやれ。
流れで、菖蒲や皐月、風まで真名交換となった。
……しかし、風達はどうすんのかね。
その夜。
あたしが記憶を元に作ったり作らせたメニューが食卓に並んだ。
「主。このピーマンの肉詰めはなかなかですな」
「このころっけという揚げ物もいいですね」
星や禀にも好評だったし、皐月と菖蒲は心底感激してるっぽい。
風も頷きながら食べているし。
遠坂や衛宮みたいな料理上手じゃないので、殆どは皐月にレシピを教えて作らせたけどな。
どういう訳だかわからんが、あたしは大量に作らないと味が良くならないんだよなぁ。
材料が揃うかどうかわからんけど、出来たらカレーでも作ってみるかね。
……この時代に何でピーマンとかジャガイモとかが普通に手に入るのか、それは今更考えない方がいいだろうな。
「これで酒があれば言う事はありませぬな」
「っても、あたしは呑めないし」
「ほう。主にも弱点がおありとが意外ですな」
目を丸くする星。
「いや、少なくともあたしの世界じゃ飲酒自体この歳じゃ違法なんだよ」
「ふむ、では呑まれた事がないと仰せなのですな?」
「そういう事」
「それはいけませぬぞ、主。物は試しです」
そう言って、あたしの前に杯が置かれた。
「いや、だから」
「それとも、私の酒では召し上がれませぬかな?」
未成年の飲酒は身体に悪影響があるって言われてるけどなぁ。
特ににあたしみたいな体育会系だと……卒業したら呑むんだろうけどさ。
こっそりワインとかシャンペンぐらいなら口にした事もあるし。
うん、ちょっとだけ試してみるか。
「なら、一杯だけな」
「流石は主。ささ」
星がすかさず杯を満たす。
濁り酒っつーか、どぶろくかな?
香りもあるけど、これがいいのか悪いのかはわからん。
あたしは杯を取り、口に含んでみた。
「ブッ!」
「キャッ!」
「アネキ、汚いっス」
思わず噴き出してしまったあたしに、菖蒲と皐月は驚いたらしい。
「お口に合いませぬか?」
「いや、そうじゃなくって。これ、薄くね?」
例えて言うなら、米のとぎ汁みたいな感じ。
確かにアルコール分はありそうだけど、初詣の時に飲む甘酒ともまた違うし。
それに、やたらと酸っぱいけど腐ってないよな?
「はて。禀、風、どう思う?」
「私は、至って普通の酒かと思いますけど」
「風も同意ですねー」
色合いから見て日本酒もどきかな、と思ったけど……まるで別物だなこりゃ。
雑味もあるし、酔っ払うには相当呑まないとダメっぽい。
張飛とかガブガブ呑んでいる描写あったけど、ありゃ酒自体が薄いから出来た事かな?
「主の国では、どのような酒があるのですかな?」
「えっと。ビールに焼酎、日本酒、ワイン、ウイスキー、ブランデーとか。国や地域によって種類もいろいろあるらしいけど、あたしはそこまで詳しくないからな」
風はまたメモを取ってるけど、一体どうしたいのかね?
飲んでみたいって言われても、流石に酒なんて造れないぜ?
「美味なのでしょうな、さぞや」
「う~ん、どうなんだろ?」
「国に戻られる事があっても、その際はお供しますぞ。酒だけではござらぬ、主と共にあると決めた以上はそれを貫きたいのです」
「そ、そうか」
趙雲なんて連れて帰ったらどうなっちまうやら。
その時は、藤村先生あたりと勝負して貰ったら面白いかも知れないけどさ。
ま、そもそも帰れるのかどうかもわからんがね。
「お姉様、私もお忘れになっては困りますよ」
「そうっスよ。アネキには一生ついていくって決めてるんスから」
「おい、しがみつくなって」
慕われて悪い気はしないけど、あたしはそっちの気はないんだからな。
どーせなら素敵なナイトでも現れてくれりゃいいが、この世界じゃそんな雰囲気もなさそうだしねぇ。
「あら、盛り上がってるわねー」
「酒の肴があるなら、儂らを呼ばんか馬鹿者」
雪蓮と祭さんのお出ましか。
「二人とも、どっから嗅ぎつけたんですか一体」
「ぶー。人を犬みたいに言わないでよね」
膨れる雪蓮。
「なに、剛の奴が妙に機嫌が良かったのでな。綾子が異国の料理を振る舞っているというではないか」
「……で、酒持参でやって来たって事ですか」
「そうじゃ。呉の酒はひと味違うぞ」
そう言って、祭さんはドンと大きな壺を置いた。
ちょっと変わった壺だけど、酒専用なのかな?
「ほう、呉の酒ですか?」
「この長沙ではなかなか手に入らぬがの。どうやら、綾子もいける口のようじゃな」
祭さん、目敏くあたしの手元にある杯を見つけたらしい。
「いや、これは星が勧めてくれたので試しにと」
「なら、儂の酒も受けて貰えるのじゃな」
断りにくい言い方するな、全く。
「わかりましたよ、折角ですから」
「ね、ね。綾子、料理もいただいちゃっていい?」
「ああ。これ以上拗ねられても困るしな」
「うー、何だか綾子、冥琳みたい」
失礼な、あたしはあんなに冷酷じゃないぞ。
壺の蓋が開けられ、ふわっと酒の香りが漂う。
注がれたそれは、やっぱり白濁している。
とりあえず一口。
……お、こっちはかなり酒っぽい。
甘酒みたいだけど、よりアルコールらしさを感じる。
口当たりもいいし、美味いかも。
「雪蓮、これは米の酒か?」
「あら、良くわかったわね。その通りよ」
「なんと。米の酒があるとは話には聞いておりましたが……これは美味ですぞ」
星の奴、心底美味そうに呑んでるな。
「そうじゃろう。お主らが普段呑んでいる粟の酒とは比較にならん筈じゃ」
「ただ、長沙で買うとどうしても高いのよね。孫家の悲願、早く達成したいわね」
そう言いながら、雪蓮はあたしの杯に酒を注いだ。
「おい、もういいって」
「いーからいーから。美味しいでしょ?」
「いや、確かに美味いけどさ。そういう問題じゃなくってな」
「主。勧められた酒を断るのはあまりに失礼ですぞ」
「そうじゃ。滅多に呑めぬ代物なのじゃぞ?」
くそ、酔っ払い相手じゃ分が悪い。
「はいはい。それじゃいただきますよ」
自棄気味に、あたしは杯を傾けた。
さっきの酸っぱいだけの酒と違い、こっちは少々キツい。
身体が火照ってきたし、頭もクラクラする。
って、おい。
「菖蒲、皐月!」
「はい?」
「なんスか、アネキ?」
何でお前ら普通に呑んでるんだよ!
「美味しいですね、雪蓮様」
「そりゃそーよ。わかってるじゃない?」
「久々っスねぇ、こんな酒は」
……もしかして、おかしいのはあたしの方なのか?
いやいやいや、どう見ても二人はあたしより年下だし。
「綾子殿。もしやこれに似た酒をご存じなのですか?」
賑やかな面子の中で空気だった禀、しっかりと杯は重ねていた。
「どうしてそう思う?」
「表情ですよ。最初の酒はあからさまに未知だったようですが」
「ですねー。それに噴き出してませんし」
「……知ってるっつーか。これに近い酒は確かにあったな」
「え? なら綾子造ってよ」
「うむ。そうとなれば話が変わってくるの」
「ちょい待てお前ら!」
抗議も空しく、話がどんどん妙な方向に進んでいく。
「知ってるのと造れるのは同じじゃねぇ!」
「大丈夫じゃ。綾子には才がある、のう策殿?」
「うんうん、綾子なら出来るわよ。そうすれば、こうして母様の目を盗んで持ち出さなくて済むし……あ」
「え?」
雪蓮の爆弾発言に、一同フリーズ。
星は慌てて杯を置くし、菖蒲と皐月は顔が真っ青だ。
「祭さん。まさかあなたまで?」
「い、いや、知らんぞ儂は。策殿が良い酒があるからと」
「あーっ、ずるいわよ祭。あなただって、一壺ぐらいわからないからって言ったじゃない」
「……要は、二人とも共犯って事ですか」
これ、香蓮さんに知られたら大変じゃないのか?
そう思った刹那、背筋がぞくっとした。
「雪蓮。今すぐ戻して来い!」
「え? あはは、大丈夫だって」
「何が大丈夫なんだよ!」
香蓮さん、勘が鋭いんだからすぐにバレるって。
気が気ではなく、あたしは酒壺を取り上げた。
「今からでも返してくる! 祭さん、これは一体何処にあったんですか?」
「それはじゃな」
と祭さんが言いかけた時、とてつもないオーラが迫ってくるのを感じた。
「ま、まさか」
「ごめん、わたし急用を思い出しちゃったから」
「策殿! 年寄りを見捨てていくつもりか!」
「ちょっと放して祭!」
あ~あ、仲間割れ始めちゃったし。
そして……大魔神降臨。
「雪蓮、祭。これは何の真似だ?」
「え? あ、か、母様じゃない」
「い、いや、これはの」
「私とて味わいたいのを我慢していたというのに……。覚悟はいいだろうな?」
ブリザードが吹き荒れてる。
間違いなく、この部屋の気温が三十度は下がってるぞ絶対。
「綾子。まさかとは思うが、これがどんな酒か知っての上か?」
「違います! 雪蓮がいい酒だからって」
「ぶー、綾子。わたしを裏切る気?」
「裏切るも表返るもねーよ!」
「これはな、勅使や客人を迎えた時の為に取っておいたものだ。値も張って当然だが」
そう言うと、香蓮さんは雪蓮と祭さんの襟首を掴んだ。
「話なら、城で聞いてやる。朝までじっくりとな!」
「いたたた、母様痛いって!」
「堅殿! 年寄りをいたぶるでない!」
当然だけど、そんな二人に手を貸そうとする奴などいない。
つーか、今の香蓮さんに逆らうのはマジで死ねる。
「勇敢なる二人に、敬礼っ!」
引きずられていく二人に、何となく。
何が何だかわからないだろうけど、菖蒲たちもあたしに倣う。
「この薄情者ーっ!」
雪蓮の絶叫が、夜の街に木霊した。
……いや、卑怯って言われてもね。
翌日、厳重な監視付きで机に向かわされる二人を城内で見かけた。
うん、触らぬ神に祟りなしだな。