真・綾子†無双   作:はるたか㌠

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三・尋問

 スズメの囀りで目が覚めた。

 今、何時だ一体?

 随分早朝みたいだけど、朝練の時間まではもう一眠り……って。

 ガバッと起き上がり、現実に戻った。

 そういや、あたし異世界に飛ばされてたんだっけか。

 部屋は純蓮(孫静)さんに案内して貰った場所だし、部屋の隅には薙刀と弓が立てかけてある。

 ……一晩寝たら夢でした、って事にはならなかったか。

 ともかく、顔でも洗うか。

 本当は熱いシャワーでも浴びたいけど、この時代にそんなモノはないだろうし。

 ベッドを出ようとして、手を突いた場所が妙に柔らかいのに気づいた。

 一体何が……え?

 

「スーッ、スーッ」

 

 あたしの隣で、それは安らかな寝息を立てている。

 ……って。

 

「おい! 何やってんだ明命!」

「んん……?」

 

 薄目を開けた明命、次の瞬間に跳ね起きた。

 

「はうあっ? あ、綾子お姉さま?」

「びっくりしたのはこっちだ!」

「……あ」

 

 状況を理解出来たのか、明命の顔がみるみる赤くなっていく。

 真名を預かったとは言っても、あたしはまだ信用されていないって事か。

 いや、明命とはまだ出会ったばかりだけど、この娘はそんなに猜疑心の塊じゃない。

 寧ろ、それとなく警護していてくれるつもりだったんだろう。

 間諜としては一流なんだろうけど、素のこの娘はとても純真だ。

 

「お猫様が……」

「猫がどうしたんだ?」

「は、はい。お姉さまがお休みになった後で窓から入ってこられまして。そのまま寝台でお眠りになったんです」

「……で、猫につられてあたしの隣に来てしまい、気づいたら寝ていた、と」

「……はい」

 

 猫好きなのはわかるが、危なっかしいような気もする。

 あたしがそれに気づかなかったのはともかくとして、逆は拙いだろ。

 

「明命。まだまだ修行が足りないぜ?」

「うう……。反論の余地もありません」

 

 あたしは思わず苦笑し、明命の頭に手を置いた。

 

「綾子お姉さま……?」

「あたしだって偉そうに言える立場じゃないけど……ま、頑張ろう」

 そのまま、わしわしと撫でてやる。

 

「はふぅ……」

 

 なんか、艶っぽい溜息出さなかったか?

 目は虚ろになっているし、口元は緩んできてるし。

 これはやばいと思ったあたしは、慌てて手を引っ込めた。

 

「なんか、悪かった」

「い、いえっ!……もう少し、あのままでも」

 

 不穏当な発言は気のせいだろう、うん。

 つーか、残念そうな表情すな。

 

 

 

 朝食後、部屋に雪蓮が尋ねてきた。

 見覚えのない、何人かの女性が一緒だ。

 ちなみに明命は、別命を受けたらしくだいぶ前に出て行った。

 

「やっほー」

「相変わらずノリが軽いな」

「ノリ?」

 

 首を傾げる雪蓮。

 

「それよりも、一緒にいる人達を紹介してくれないか?」

「ええ、そうね。なら、各々で名乗って貰いましょう」

「周公瑾だ。香蓮様の下で軍師を務めている」

「儂は黄公覆じゃ。見ての通り、武官じゃの」

「我が名は程徳謀。祭殿同様、武官を任されている者だ」

 

 周瑜に黄蓋、それに程普。

 見事に呉の大物ばっかだな。

 

「美綴綾子です。姓が美綴で、名が綾子です」

 

 黄蓋さんと程普さんは明らかに年上なので、タメ口は控えた。

 いくら何でも、あたしもそこまで礼儀知らずじゃないし。

 

「策殿から聞いたが、お主なかなかの腕を持っているそうじゃの」

「いえ、そんな事は。現に、雪蓮に負けてしまいましたし」

 

 あれ、三人が驚いているような。

 

「美綴とやら。貴様、雪蓮殿より真名を預かったのか?」

 

 程普さんが、凄むように言った。

 

「ちょっと唯(ゆい)。綾子を脅すような言い方しなくてもいいじゃない」

「しかし、真名は神聖なものですぞ。それを」

「もう、わたしが許したに決まってるじゃない。ごめんね綾子、唯はちょっと堅苦しいところがあってね」

「雪蓮殿こそ、今少し世子としての自覚をですな」

「よせ、徳謀。今に始まった事ではあるまい」

 

 黄蓋さんに諭され、程普さんはしぶしぶ黙り込んだ。

 

「美綴。見ればこの辺りの人間ではないようだが、何処から来た?」

 

 周瑜が、あたしの全身を見回しながらそう聞いてきた。

 さて、どう話すべきだろうか。

 正直に、未来からタイムスリップして来たって言うべきか?

 いや、そもそもこの時代、どう見てもあたしの知っている歴史の過去じゃない。

 こうなる直前に見ていたアニメの世界、その方がまだ説明がつく。

 けど、目の前にいる周瑜や黄蓋さん達が偽者とは思えない。

 周瑜は眼鏡のせいもあるけど知的な顔立ちだし、黄蓋さんと程普さんは幾多の修羅場をくぐり抜けてきたというオーラが出まくりだし。

 

「ねぇ、綾子。なるべくなら、本当の事を話して欲しいの」

 

 あたしの迷いを見透かしたように、雪蓮が言った。

 

「あなたにも事情があるとは思うの。でもね、あなたとは何故か不思議な縁を感じるの」

「縁?」

「そう。若しくは、わたしの勘って奴かな?」

 

 あはは、と雪蓮は笑う。

 あれ、他の三人……随分真剣な顔つきになったような。

 

「雪蓮、確かか?」

「勿論よ」

「策殿がそう思われるのなら、こやつはただ者ではないという事になるの」

「……だな。雪蓮殿の勘は、香蓮殿並の鋭さがあるからな」

 

 え?

 なんか、向こうで勝手に納得してるけど。

 

「とにかく、お主の素性を話してみよ。そうでなくては始まらん」

 

 ずい、と黄蓋さんが身を乗り出してくる。

 近くで見ても、綺麗だわこの人。

 ……とと、そうじゃなくって。

 とりあえず、正直に話してみよう。

 たぶん、信じて貰えないだろうけど。

 

 

 

 で、三十分ほど話した……と思う。

 時計があった訳じゃないから、実際はもっと短かったかも知れないけどさ。

 その間、四人とも身じろぎもせずに聞いていた。

 

「……と、こんなところです」

「……話はそれだけか?」

 

 程普さんの声、なんかドスが効いているような。

 

「え? ま、まぁ……」

 

 その途端、程普さんがツカツカと詰め寄ってきた。

 

「貴様! 我らを愚弄するにも程があるぞ!」

 

 そう言いながら、あたしの胸ぐらを掴もうとした。

 思わず、その腕を掴んで……投げ飛ばしちまった。

 

「ああっ!」

「唯!」

 

 慌てて、その身体を黄蓋さんが受け止める。

 名の知れた武将、あれぐらいで怪我をする事はないだろうけど……やっちまったな。

 

「な、何をする!」

「そりゃ、あたしの台詞です!」

「何を!」

 

 いきり立った程普さん、剣に手をかけた。

 

「止さんか、唯!」

「そうよ。あなたらしくもないわよ」

「祭、雪蓮殿、そこをどいてくれ! 人が真剣に聞こうとしているのに、このような滑稽無糖な作り話を聞かせよって!」

 

 まぁ、無理もないわな。

 

「……唯殿。本当に、そう思われますか?」

 

 程普さんに向かって、周瑜は静かに言った。

 

「では冥琳。貴様はこの者の話、信ずるに値すると申すか!」

「信じる信じないかではなく、証拠もないのにでっち上げと決めつけるのはどうか、と」

「証拠だと? おい美綴とやら、ならば証拠を見せてみろ!」

 

 証拠ねぇ。

 薙刀はともかく、和弓はこの世界にはないだろうけど……あれが未来から来た証拠です、なんてのは通じないよな。

 スマホとか、携帯ゲーム機とかでもありゃ、それを見せて信じて貰えたんだろうけどさ。

 ……待てよ。

 あたしの知識が正しければ、こいつらの事を当ててみるってのはどうだろ?

 全員が野郎じゃなくて女性だってのは気になるけど、多分辿る歴史そのものはだいたい同じだろうしな。

 ……よし、一か八かだ。

 

「えっと、公瑾?」

「ふむ、私か?」

 

 不敵に笑う周瑜。

 ったく、あたしが何を言い出すか、完全に愉しんでるな。

 

「アンタさ、身体の具合悪かったりしないか? 例えば、時々血を吐くとか」

「今度は口から出任せか!」

「だから落ち着けというのじゃ、唯」

「しかしだな、冥琳がそのような……冥琳?」

 

 周瑜の様子がおかしい事に気づいたのか、程普さんが固まってしまったようだ。

 

「公瑾。まさか、事実だと言うのではないじゃろうな?」

「…………」

 

 黄蓋さんは当惑していて、雪蓮は何を思うのかジッと冥琳を見つめている。

 

「……美綴。何故、そのように思うのだ?」

 

 呻くように言う周瑜。

 

「だって、あたしの知っている周公瑾は……早逝するからさ」

 

 そう言った途端、程普さんがまた剣に手をかけようとした。

 

「クッ、放せ祭!」

「ええい、黙って聞けぬのかお主は!」

 

 黄蓋さんに羽交い締めにされながら、めっちゃあたしを睨んでるよ。

 う~ん、程普ってもっと冷静だった印象があるんだけどなぁ。

 

「唯殿。少し、黙っていていただけないでしょうか?」

「……ふん」

 

 不満そうに鼻を鳴らす程普さん。

 

「全く、唯は仕方ないわね。それで綾子、続きは?」

「ああ。……呉はこの後、大きな勢力を誇るようになるんだ。そして、魏とぶつかる事になる」

「魏じゃと? 大昔にあった国の名ではないか」

 

 そうだったっけ?

 あたしは蒔寺みたいに、歴史オタクって訳じゃない。

 この時代の事を知っているのは、全部ゲームの設定から得た知識があるだけの事だし。

 ま、いいや。

 

「えっと、そうじゃなくって。その魏とは、曹孟徳がトップ……主君なんです」

「曹孟徳? めーりん、知ってる?」

「ああ。確か、宦官であった曹季興殿の孫にあたる御仁だ。なかなか才気に溢れているという噂だ」

「ふむ、全くでたらめの名を申した訳ではないのじゃな」

 

 あたしはウソなんかついてないってば。

 でも、まだ程普さんは疑いの目で見てるしなぁ。

 

「多分、その曹孟徳で間違いないと思う。孟徳はその前に河北を制圧して、強大な戦力を持っていたんだ。そして、天下統一を目指して呉に決戦を挑んだんだ」

「その呉とやらだが、王は誰が務めているのだ?」

「……孫仲謀です」

「れ、蓮華様だと?」

 

 またあたしに詰め寄ろうとして、程普さんは黄蓋さんに押し止められた。

 

「母様じゃなく、蓮華がねぇ。でも、あの娘なら王に相応しいかもね」

「何を言うのだ、雪蓮!」

「だってそーじゃない? それより、続き続き」

 

 随分楽しそうだな、雪蓮。

 その前に、お前さんも死ぬんだけど……。

 

「数の上では圧倒的だったけど、呉は劉玄徳って奴と同盟を組んでこれを打ち破ったんだ。その後、暫くしてから公瑾は病に倒れる」

「…………」

 

 周瑜は、腕組みをして難しい顔つきになる。

 

「じゃあ、その後はどうなるの?」

「えっと、天下は三分されるんだ。魏、呉、それから蜀に」

「三分だと?」

 

 今度は、周瑜が血相を変えてあたしに迫ってきた。

 

「二分ではなく、三分なのだな!」

「あ、ああ。さっき言った、玄徳って奴のところに諸葛孔明って軍師がいて、そいつがそうなるように戦略を立てたんだ」

「……そうか」

 

 頭を振りながら、周瑜は腰を下ろした。

 

「じゃあ、天下はそのまま三分されてずっと続くって事?」

「いや。蜀は玄徳が死んでから、何度か孔明が魏に戦争を仕掛けたんだ。けど、結局勝てなくて最後には孔明も死ぬ。そして、蜀は攻め込まれて滅んだ」

「……呉は、どうなったのじゃ?」

「仲謀が皇帝に即位して、存命の間は国を保っていました。ただ、その死後に滅びへの道を歩む事になりましたが」

「……では、その魏とやらが天下を統一する事になったと?」

 

 程普さん、今度は冷静に尋ねてきた。

 

「すいません、あたしもそこまではうろ覚えなんです。ただ、魏も結局は滅んだと記憶してます」

「つまり、全員退場って訳ね」

「……そうなるな、雪蓮」

「そっか。……綾子、もう一つ聞かせて」

「ああ」

「冥琳、いえ周公瑾が早逝しちゃうのはわかったわ。じゃあ、孫伯符はどうなったの?」

 

 勿論、孫策の最後は知ってる。

 しかし、それを当の本人にそのまま言っていいのか?

 迷っていると、雪蓮があたしの顔を覗き込んできた。

 

「いいから話して。あなたの知っている結末が、必ずしもわたしの運命とは限らないんだし」

「それは……そうかも知れないけどさ」

「どんな末路でも驚かないし、あなたを咎めたりしない。この真名に誓ってね」

 

 そこまで言うのなら、もうあたしは頷くしかないじゃないか。

 また、程普さんがキレなきゃいいけど。

 

「……祭、冥琳」

 

 黄蓋さんと周瑜が頷き、程普さんの両腕を押さえる。

 

「何をする?」

「言わなければわかりませんか、唯殿?」

「心配するな。この者の話、出鱈目ではないと思えてきたところだ」

 

 フッと程普さんは笑みを浮かべる。

 

「なら問題ないわね。綾子」

「……わかった」

 

 気は進まないけど、仕方ないな。

 

「孫伯符は……毒矢を受けて、それが原因で死んでしまうんだ」

「毒矢だと……?」

 

 周瑜が、呻くように言った。

 

「余程、策殿を恨んでいる者の仕業という事じゃな」

「うむ……」

 

 その場の空気が、更に重くなった気がする。

 だから話したくなかったんだけどなぁ。

 

 

 

 翌朝。

 

「おはようございます、美綴様」

「ああ、おはよう」

 

 兵士が、あたしの部屋を訪ねてきた。

 勿論、いきなり乙女の部屋に入ってくるようなデリカシーのない男じゃなかったけど。

 まぁ、そんな真似をしていたら蹴り倒してたけどな。

 

「朝食の支度が整っています。食堂へお越し下さい」

「わかった。すぐに行く」

「はい。それから、太守様がお呼びです。食事がお済みになりましたら、ご案内します」

 

 文台さんが?

 直接来ないのは忙しいからだろうけど、それにしても何だろ?

 

「では、また後ほど」

「あ、ああ。宜しく頼むよ」

「はっ。では」

 

 兵はそれだけを言うと、去って行った。

 ……わからんけど、行くしかないだろ。

 今のあたしには、選択肢なんて存在しないんだし。




◇程(普)徳謀
真名は唯(ゆい)。
祭らと並び、香蓮の信任厚い武将。
普段は知勇兼備の優れた人物だが、仲間を大切に思うあまり暴走する事もあり。
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