真・綾子†無双   作:はるたか㌠

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五・日々修練

「もっとしっかり腰を振れ!」

「こ、こうですか?」

「まだまだ!」

 

 今日は、末莉(韓当)さんに馬術を教わっている。

 っても、この時代は鞍も鐙もなく、あるのは手綱だけ。

 それなのに馬を自在に操る末莉さん、流石だわ。

 あたしは何とか振り落とされないようにするのがやっと、駆けさせるなんて夢のまた夢だなこりゃ。

 

「しかし綾子。お前、本当に乗馬は経験ないのか?」

「見ての通りですよ。心得があったらこんなに四苦八苦しませんって」

「だよなぁ。けど、馬がよくお前の言う事を聞いているなって思ってさ」

 

 末莉さんは、相手にお世辞を言うような性格じゃない。

 実際、あたしの下手な手綱捌きにも、馬は大人しく従ってくれているけど。

 

「この馬が賢いか、大人しいんじゃないですか?」

「う~ん、賢いかどうかはわからんけど。少なくとも、殆どの連中は跨がる事すら出来ない馬だぜ?」

 

 え、それは意外だな。

 

「驚いてるな?」

「ええ、まあ」

「綾子が、西涼とか匈奴の出ならわかるんだけど。オレは、幽州出身だから小さい頃から慣れてるし、それが当然なんだがな」

「確か、唯(程普)さんとは昔からの友人だったんですよね?」

「ああ。頭じゃアイツには勝てないけど、馬術だったら負けないぜ?」

 

 そう言って、笑う末莉さん。

 

「でも唯さんって、普段は冷静なのに時々熱くなりますよね?」

「アイツは、人一倍仲間思いなのさ。だから、信じる奴を侮辱されたりすると途端に爆発するのさ」

「末莉さんはどうなんですか?」

「オレか? 唯ほどじゃないけど、真名を預けるような相手に何かあったら、何としてでも助けようとするかな」

 

 そうだろうと思う。

 言葉遣いはがさつだけど、末莉さんは本当にいい人だからな。

 

「勿論綾子、お前も……と言いたいところだけど。もう少し、見させて貰うぜ?」

「当然です。あたしはまだ、何もしてませんから」

「ま、純蓮(孫静)さんや雪蓮嬢が見込んだんだ。期待してるぜ?」

「あははは……」

 

 さりげなくプレッシャーだよな、それも。

 

「さ、もう一度だ。行くぜ?」

「はい!」

 

 うん、まだまだ慣れないけど……末莉さんの指摘通り、馬があたしに合わせてくれている感じはする。

 つぶらな瞳がカワイイので、初対面でいきなり抱き付いたのが効いた……のか?

 

 

 

 昼は、蒼(魯粛)が城下の店に連れて行ってくれた。

 予想はしていたけど、中華料理の店ばかり。

 

「あ、ここよ」

 

 飲茶の店らしく、なかなか繁盛しているみたいだ。

 

「子敬さん、いらっしゃい」

「こんにちは。奥、いいかしら?」

「どうぞどうぞ」

 

 顔見知りなのか、店員も気さくな接客だ。

 独特の香辛料や油の香りが、店の中に充満している。

 此所にいるだけで空腹になりそうだな。

 

「菜譜はこれね」

 

 メニューを見ると、炒飯にラーメン、小籠包、かけごはん……見慣れた名前が並んでいる。

 勿論、日本語じゃないけど何とか読めるな。

 

「あたしは、海老炒飯と焼売、あと苦瓜湯かな」

「なら、私は牛肉麺と焼小籠包、杏仁豆腐かな」

「へい、少しお待ちを!」

 

 店員はオーダーを受けると、店の奥に駆けていった。

 

「勉強の方はどう?」

「何とかやってるよ。純蓮さんが、根気強く付き合ってくれてるから」

「そう。純蓮さん、面倒見がいいからね」

 

 柔らかな笑みを浮かべる蒼。

 なんつーか、美人揃いだよな香蓮(孫堅)さんトコって。

 

「蒼の方は?」

「この長沙郡も、香蓮さまが赴任してから治安は良くなってるけど。でも、やる事は山積みね」

「人手不足って事か?」

「それもあるわ。聞いたでしょ、純蓮さんから」

「ああ。将と兵を自前で、って話だろ?」

「そう。だから、規模の割には少ない兵しか雇えていないの。とても、この長沙郡満遍なく行き届くだけの人数は無理なのよ」

 

 そう言いながら、蒼は辺りを見回す。

 

「この城だけなら何とでもなるわ。でも、田畑を耕したり、漁をしたりする人々が全員此所に住める訳じゃないわ」

「……だな」

「特に最近は、綾子も見たように新たな賊が出没するようになったわ」

「黄巾賊、だっけ?」

「正しくは、黄巾党ね。正体不明なんだけど、急速に勢力が広がっているって話よ」

 

 確か、太平道だったっけか?

 張角がトップで、弟の張宝と張梁がいて……後何だっけ?

 その程度の知識しかないのに、あやふやな情報を伝えても意味がない。

 もう少し、実態が判明しないとな。

 

「討伐令は出たりしないのか?」

「今のところは、そんな動きもないみたい。天子さまはともかく、周りの廷臣に危機感がない証拠ね」

 

 やっぱ、漢王朝も末期だからなのかね?

 ロクに仕事もしないで高給ふんだくって、とかそんな光景が浮かぶ。

 そのくせ、どうせ庶民からは税を搾り取ってるんだろうし。

 そりゃ、賊にでもなるしかない連中も増えるわな。

 

「それに、文官も足りている訳じゃないわ。誰でもいいって訳でもないし」

「そりゃそうだ。バカをいくら集めたって何の役にも立たないからな」

「綾子、あなたって結構はっきり物を言うわね」

 

 蒼が苦笑する。

 

「だってそうじゃね?」

「そうでもないわよ。例え無能でも、与えられた指示をきっちりこなす人は必要よ?」

「ああ、何だっけか。有能な怠け者とか無能な働き者がどうとかって奴?」

「あら、何それ? 面白そうだから聞かせてよ」

 

 そっか、この時代じゃまだその理論はなかったんだっけか。

 

「えーと、確か人は四種類に分類できるって理論だな。有能な怠け者は司令官に、有能な働き者は参謀に、無能な怠け者は兵士に、無能は働き者は死刑にしろ……だったかな?」

「へぇ、言い得て妙じゃない」

 

 蒼は、うんうんと頷く。

 

「本当に、いろんな事を知ってるのね」

「そんな事ないって。あたしは、見ての通り武一辺倒だぜ?」

「そうかなぁ。冥琳も、綾子の話は聞きたがってるわよ」

 

 いや、かの周瑜に物を教えるとか恐れ多すぎるってば。

 もっとも、それを言うなら誰にだってそうだけどさ。

 

「勿論、(ごう)さんもそう思っているわよ。口には出さないけどね」

「……誰それ?」

「あ、そっか。真名を交換してなかったわね、子布さんの事よ」

「え。ははは、まさか」

 

 明らかに胡散臭い眼で見られてるじゃんか。

 あのじーさん、未だにまともに口をきこうともしないんだぜ?

 香蓮さんが認めているから仕方なく、ってオーラ出まくりだもの。

 しかしまぁ、こんなに的確な真名もねーよな。

 ……とか口に出したら、それこそ一生口聞いて貰えそうにないけど。

 

「あら、疑うの?」

「当たり前だろ。あたしが何したって言いたいぐらいなんだぜ?」

「それは仕方ないわよ。剛さんに認められるってのは大変なのよ? 私だって、最初はそうだったんだからね」

「そりゃ意外だな。蒼は冥琳のお墨付きだろ?」

「それでもよ。あの人は、自分の眼で見て納得しなければ気が済まない性格なのよ。そして、その基準が高いわね」

「ハァ。聞いてるだけで気が滅入るよ」

「大丈夫だって。もっと自信を持っていいのに」

「へい、お待ち!」

 そこに、頼んだ物が運ばれてきた。

 

 炒飯はエビがゴロゴロ入っているし、焼売はほかほかと湯気を上げている。

 うん、美味そうだ。

 

「冷めないうちにいただきましょ」

「ああ、そうだな」

 

 割り箸じゃなく、竹の箸がトレイに載っていた。

 当然、レンゲもある。

 炒飯を一口……お、美味い!

 焼売も肉がぎっしり詰まっているし、苦瓜スープは身体に良さそうだ。

 

「うん、今日もいい味出してるわ」

 

 にこにこしながら、蒼も小籠包を頬張っている。

 

「へえ、そっちも美味そうだな?」

「美味しいわよ。次は試してみるといいわよ?」

 

 そうだな、どうせ今日明日に元の世界に戻される事もなさそうだし。

 ただ、給料貰えるようにならないとダメだけど。

 今はまだ見習い扱いだから、食事は城で出してくれる物しか口に出来ない。

 決して不味い訳じゃないんだが、やっぱりその日の気分で食べたいものってのはあるしな。

 

「子敬様!」

 

 あれ、文官が駆け込んできたな。

 

「お食事中申し訳ありません。至急、ご覧いただきたい書簡が届きまして」

「う~ん、仕方ないわね。綾子、お会計済ませておくからゆっくり食べててね」

 

 蒼は杏仁豆腐を食べ終えて、席を立った。

 ホント、忙しそうだな。

 アイツには悪いけど、あたしはのんびりさせて貰うかな。

 

 

 

「おお、来たの」

「お待たせしました」

「いや、良い良い。では、始めるぞ?」

 

 昼過ぎから、祭さんに弓を教えて貰う事になった。

 勿論一緒にやって来た和弓ならば扱えるけど、はっきり言ってありゃ実戦向きじゃない。

 鎌倉時代みたいに武士が名乗りを上げてから一騎打ちするような世界ならともかく、この時代はそこまで悠長じゃない。

 純蓮さんを助ける時には偶々役立ったけど、

 

「お主の弓、鍛錬には良いが……合戦では無用の長物じゃな」

 

 弓の達人、祭さんからはバッサリ。

 なら、その当人に教えを請おうって訳。

 

「儂の弓は特注じゃからの。まず、これが良いじゃろう」

 

 そう言って、祭さんが弓矢のセットを差し出す。

 思っていたよりもコンパクトだし、軽い。

 

「あまり、飛びそうにないですね。威力も小さそうだ」

「まずは射てみよ。まずはそれからじゃ」

「わかりました。では、お借りします」

 

 射法は……いいや、あたしの知っている通りにやろう。

 弦の張りを確かめて、狙いをつける。

 的までの距離は、凡そ三十メートルってとこか。

 近的競技と同じ条件だな、まずはやってみよう。

 構えて、狙いを定めて……っ!

 矢は、的を飛び越えて向こう側に落ちた。

 

「やっぱり、軽いですね。もう一射、いいですか?」

「無論じゃ」

 

 祭さんに確かめてから、矢を番える。

 軽くて反動が少ない分、狙いが定めにくいみたいだ。

 今度は……えいっ!

 カン、と軽い音がして、的にしている板に色がついた。

 

「ほう。二射で当てるとはな」

「いやいや、失敗ですよ。的の端じゃないですか」

「当てるだけ大したものじゃが。ならば、もう一射やってみせい」

「はい」

 

 だいぶ感じは掴めてきた。

 このぐらいかな……よっと。

 カツンと、今度は真ん中あたりに命中。

 

「やるのう。静殿を見事救い出しただけの事はあるわい」

「いえ、これじゃ。他の弓を貸して貰えますか、出来ればもっとしっかりしたのを」

「ならば、儂のを使ってみよ」

「え? いいんですか?」

「構わぬ。ほれ」

 

 無造作に、祭さんは弓を差し出した。

 あたしの和弓ほどじゃないが、それでも大弓には違いない。

 これもきっと、業物なんだろ?

 いいのかね、あたしなんかが軽々しく借りちゃって。

 

多幻双弓(たげんそうきゅう)じゃ。儂は、これで一度に二本の矢を放つ」

 

 どんなチート武器ですか、それは。

 いや、チートなのは祭さんか。

 

「ちょっと見せて下さいよ。あたし、二本同時なんて見た事ありませんし」

「ふむ、良いじゃろう」

 

 祭さんは頷くと、的から遠ざかり始めた。

 メジャーがないから正確にはわからないけど、あたしがさっきまで射ていた距離のざっと三倍ぐらい。

 遠的競技で六十メートル、あれでも結構あるのにそれ以上かよ。

 自然な動作で構えに入り、祭さんは二本の矢を番えた。

 そして、カンカン、と甲高い音が二度響く。

 確かめるまでもないんだろうけど、あたしは的に駆け寄った。

 あたしがさっき色をつけた場所よりも、更に中心に命中。

 しかも、九十メートル近い距離からだぜ?

 三十三間堂の通し矢じゃないけど、事も無げに的の中心に当てるなんて……パネぇな。

 

「凄いです、流石ですね」

「この程度で感心されてもこそばゆいが。この距離ならば必中じゃの」

 

 サラッと言ってくれるねぇ。

 

「さ、次は綾子の番じゃぞ?」

「やっぱ、あたしも?」

「当たり前じゃ。弓を教えるのに儂だけ射ても仕方ないわ」

「ご尤もで……」

 

 祭さんの得物を借りて、弦を引いてみる。

 って何だこりゃ?

 ピアノ線みたいな弦じゃねーか、これ。

 少しいじったぐらいじゃビクともしねぇ。

 

「あの。道具を使ってもいいですか?」

「お主のか? 構わんぞ」

 

 ふう、助かった。

 こんなモン、素手で扱ったら手の皮が大惨事になる。

 弓掛(ゆがけ)をつけて、と。

 しかしこれ、引くだけでもえらい重労働だな。

 持ち主みたいに二本まとめて放とうなんて思わないし、無理。

 構えて……クッ、硬い!

 これなら多少手荒に扱っても壊れないだろ、そう思い直して右腕に力を込める。

 しかも、的に近づいていいかどうか聞くのを忘れていたので、祭さんと同じ位置からの射になっちまった。

 遠的ですらあまりやった事のないあたしに、この距離は厳しいぜ。

 もういいや、当たらなくてもともとだ!

 居直ったあたしは、とにかく射てみる事にした。

 

「はっ!」

 

 矢は一直線に的に……向かったけど、途中で失速。

 五十メートルぐらい飛んだところで、地面に突き刺さった。

 

「おおっ!」

 

 周囲からどよめきが起こる。

 あまりにみっともなくて笑われるかとも思ったけど……そうでもないのかね?

 

「扱い難しいですね、これ。やっぱ祭さんは凄いですよ」

「……ふむ。やはり、お主は尋常ではないようじゃな」

 

 あれ、祭さんが神妙な顔をしてるぞ?

 

「何かおかしかったですか?」

「おかしいと言えばおかしいの。その弓を、儂以外に扱える者はこの長沙にもおらぬのじゃがな」

「……またまた、冗談でしょ? 香蓮さんとか扱えそうだし、蒼だって弓が得意でしょ?」

「確かに堅殿の強力ならば、引くだけは可能じゃ。引くだけならば……な」

 

 遠い目をする祭さん。

 

「どうかしたんですか?」

「そう、引ける筈じゃと思って貸したがの。……よもや、弦を力任せに切ってしまうとは計算外じゃったわい」

「はあ?」

 

 このピアノ線もどきを引きちぎるって、どんだけ馬鹿力なんだよ。

 つか、根本的に弓の扱い間違ってるだろ。

 

「じゃあ、蒼はどうなんですか?」

「あ奴は、そもそも非力じゃからの。弓も、先ほど貸したものに多少手を加えた程度じゃ」

 

 つまり、祭さんはそれだけ力があるって事……だよな。

 怖くてとても口には出来ないけど。

 

「じゃが、お主は的には届かずとも確かに引けたのじゃ。ふふ、真に意外じゃ」

 

 う~ん、随分嬉しそうだな。

 

「よし、決めたぞ」

「何をですか?」

「決まっているじゃろう。お主がこの多幻双弓を自在に操れるまで、儂が徹底的に鍛えてやろうというのじゃ」

「へ?……マジですか?」

「当然じゃ、儂はこのような冗談は好かんぞ?」

「でも、あたしなんかの為にいいんですか? 祭さんだって仕事がある訳ですし」

「そのような事、気にするではない。静殿と同じ……いや、違うかの」

 

 祭さんはフッと笑みを浮かべた。

 

「儂のような年寄りばかりがいつまでも前に出てばかりではの。綾子のような若い者が育つのなら、儂も嬉しいのじゃ」

「ですが……」

「ええい、細かい事は気にするでない! 兎に角、明日よりそのつもりでいるが良い」

 

 なんか、すっごくノリノリなんだが……。

 

「静殿と義公には儂から話しておこう。読み書きと馬術修練の合間に、此所に来るのじゃぞ?」

「……わかりました。お願いします」

「うむ、良い返事じゃ」

 

 まぁ、弓はもともと不得手だったし。

 祭さんみたいなプロ中のプロに教わるのなら、間違いなくあたしにはプラスだもんな。

 いつまでこの世界にいるのかわからんけど、折角の好意を無にしないようにしなきゃ。

 うん、悪くないかもなこの世界も。

 ……あたしの手で、他人の命を奪う覚悟さえ出来れば。

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