真・綾子†無双   作:はるたか㌠

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六・初陣へ

 あたしがこっちの世界に来てから、早一週間が過ぎた。

 日々、いろんな人達にしごかれている……気がする。

 読み書きはまだまだだけど、弓と馬はだいぶ感じが掴めてきた。

 勿論、これで満足どころか一流にはほど遠いレベルだけどな。

 なので、自主練は欠かせない。

 朝早く起きて、弓の練習をしに調練場へやって来た。

 今日こそは、六十メートル行きたいぜ。

 

「おはよ」

 

 と、小さな女の子が先客だった。

 

「お、おはよう」

「初めまして、だよね? シャオはね、孫尚香だよ」

 

 孫尚香……誰だっけ?

 孫氏という事は、香蓮(孫堅)さんや雪蓮と関係があるんだろうけど。

 肌とか髪の色とか、顔つきも似ているし。

 お、手に何か物を持ってるな。

 あれ、チャクラム……だよな?

 確か、古代インドの武器じゃなかったっけか。

 ホント、この世界は何でもありだな。

 

「え、えーと。あたしは美綴綾子だけど」

「じゃあ、綾子お姉ちゃんだね。シャオの真名は小蓮だけど、シャオって呼んでね」

 

 いきなり真名?

 何者だ、この子?

 

「いいのかよ、見ず知らずの相手にそんな」

「だって、雪蓮お姉ちゃんも、純蓮(孫静)おばさんも綾子お姉ちゃんは信頼できるって言ってるし。シャオもそう思うから」

 

 って事は、雪蓮の妹か。

 にしちゃ、ちょっと幼すぎる気はするんだけど。

 ま、可愛いからいいけどさ。

 

「それよりさ、弓の練習に来たんだよね? シャオにも見せてよ」

「そりゃいいけど。小蓮、じゃないシャオもそうじゃないのか?」

「うん。でも、シャオはお姉ちゃんの弓が見たいな♪」

 

 上目遣いであたしを見るな。

 可愛らしくて、頬ずりしたくなるじゃないか。

 ……まぁ、そんなコトして嫌われたくないからやらないけどさ。

 

「見ていても構わないけど、笑うなよ?」

「ぶー、シャオがそんな事するように見えるの? 酷いよそれ」

「ああ、悪い悪い」

 

 どうにも調子が狂うな。

 いいや、とにかく集中集中。

 

「頑張ってねー」

 

 ……うん、集中しようなあたし。

 いつもの場所に立って、構えて……と。

 ゆったりと構えて、呼吸を整える。

 スッと頭の中が冷えていくのがわかる。

 よし……行ける。

 

「はっ!」

 

 あたしの手を離れた矢は、まっしぐらに的へと向かう。

 そして。

 カツン、と小さな音が響き渡った。

 

「あ……」

「すごーい! 的に命中したね、綾子お姉ちゃん!」

 

 自分のコトみたいにはしゃぐシャオ。

 そう、矢は確かに的に命中している。

 

「ただ、端っこだけどな」

「ううん、当てるだけ凄いよ! それに、届いたって事だしね♪」

「そ、そうだな」

 

 今までは届きすらしなかったんだ、格段の進歩には違いないか。

 おし、この調子で頑張るか。

 

「何をしている、小蓮!」

 

 と、空気がビリビリ響きそうな大声がした。

 向こうから、雪蓮や香蓮さんによく似た女の子が歩いてくる。

 雪蓮を堅物にしたら感じ、かな?

 

「あ、蓮華お姉ちゃん」

 

 あれ、この娘もシャオの姉さんか。

 となると……たぶん、孫権だな。

 

「貴様か。最近、母様やおば様が麾下に加えたというのは?」

「麾下、なのかどうかは知らないけど。香蓮さんからは力を貸してくれって言われてるな」

「ふん。小蓮、迂闊に素性も知れぬ者に近づくなと申した筈だぞ」

 

 孫権は鼻を鳴らす。

 なんか知らんけどあたし、嫌われてる?

 

「アンタ、仲謀さん?」

「……人に名を尋ねる前に、まず自分から名乗ったらどうだ?」

 

 ツンツンしてるなぁ。

 

「あたしは、美綴綾子。字とかはないよ」

「……孫仲謀だ。さ、行くぞ小蓮」

「もう、お姉ちゃんったら!」

「いいから来い!」

 

 そのまま、シャオはずるずると引きずられていく。

 おかしいな、初対面だし嫌われるような真似した覚えはないんだが。

 ま、みんな揃ってフレンドリーって訳にもいかないか。

 

 

 

「あら、それは災難だったわね」

 

 純蓮さんの部屋で、日課の手習い。

 孫権とのやり取りを話すと、純蓮さんは肩を竦めた。

 

「蓮華は悪い子じゃないんだけどね。ただ、雪蓮や小蓮みたいに気さくじゃないのよね」

「まぁ、シャオは気さく過ぎですけどね。いきなり真名預かるとは思いませんでしたよ」

「うふふ、あの子は天真爛漫だからね。でもね、綾子」

 

 と、純蓮さんはあたしの顔を覗き込む。

 

「な、何ですか?」

「誤解のないように言っておくけど、小蓮は誰にでもああって訳じゃないの。綾子を直感で信頼できると思ったからこそよ?」

「また勘ですか……」

 

 思わず溜息をつくあたし。

 香蓮さんはそうでもないが、雪蓮は勘が鋭い。

 つーか、鋭すぎて勘だけで動く事が結構あったりする。

 

「ま、あの子なりに人を見る眼もあるしね。だから、小蓮の事は気にしない方がいいわ」

「はぁ、そんなもんですか」

「ええ。蓮華は……剛もそうだけど、成果で信頼を勝ち取るしかないわね」

 

 前途多難だな、こりゃ。

 純蓮さんや蒼(魯粛)なんかは買ってくれているけど、やっぱりあたしに文官としての才能があるとは思えないんだよな。

 となると、腕っ節で認めて貰うしかないんだけど。

 ……それも、雪蓮や祭さん以下化け物揃いだから自信を持てってのが無理だし。

 

「ほらほら、そんな顔しないの。さ、続きをしましょ」

「はい」

 

 うだうだ考えても仕方がない。

 とりあえず、筆を動かそう。

 

「失礼します!」

 

 そこに、兵が入ってきた。

 

「どうかしたの?」

「はっ! 太守様がお呼びです。至急お越し下さい」

「姉さんが? わかった、すぐに行くわ」

「それと、美綴様も一緒にとの仰せです」

「あたしも?」

 

 兵の様子からすると、急いで行った方がいい感じがする。

 にしても、見習いのあたしにまで一体何の用だろ?

 

「とにかく行ってみましょう」

「あ、はい」

 

 香蓮さんの事だ、ぐずぐずしていたら雷を落とされそうだしな。

 

 

 

「来たか」

 

 謁見の間には、武官の皆さんが勢揃いしていた。

 明命も緊張の面持ちで、列に加わっている。

 純蓮さんは香蓮さんの隣に腰掛けたけど、あたしはそうはいかない。

 場所がわからないので、とりあえず列の一番端に立つ事にした。

 

「では明命。報告を」

「はっ! 郡南部にある邑が、盗賊による襲撃を受けているとの知らせが届きました」

「数は?」

「正確ではありませんが、凡そニ千名ほどの事です」

「うむ……」

 

 腕組みをする香蓮さん。

 

「明命、その邑にはどの程度の戦力があるのじゃ?」

「正規軍はいません。周囲の邑から集めた分を合わせても、義勇兵が三百程度のようです」

「むむ……。それでは長くは持たぬの」

 

 祭さんの言葉に、末莉(韓当)さんや唯(程普)さん達が頷く。

 

「事は一刻を争います。速やかに出兵が必要です」

 

 と、冥琳。

 

「それはわかっている。しかし、すぐに出せる兵となると……」

「香蓮様、せいぜい五百ですな。この城を手薄にする訳にもいきませんし」

 

 そう話す唯さんの表情は暗い。

 いくら賊軍でも、四倍の数を相手にやり合うのは相当至難の業だってのはあたしでもわかる。

 

「だが、手をこまねいている訳にもいくまい。……祥(祖茂)」

「はっ」

「お前が指揮を執れ。いいな?」

「御意。副将は誰を?」

「そうだな」

 

 香蓮さんは、一同を見回す。

 

「綾子」

「は、はい?」

 

 いきなり名指しされたので、声が裏返った。

 

「お前、祥の副将として討伐に当たれ」

「あ、あたしですか? けど……」

 

 まだ馬にも慣れたばかりだし、弓だってまだ修行中だし。

 第一、実戦経験は純蓮さんを助けた時だけだぜ?

 

「生憎、他の者はそれぞれに手が離せぬのだ。いい機会だ、祥について戦を見てこい」

「母様! まだ海のものとも山のものともつかぬ者を、このような事態に使うおつもりですか?」

 

 孫権が、あたしを睨みながらそう言った。

 やっぱ、嫌われてるとしか思えないんだが。

 

「蓮華、私の判断が誤っていると?」

「そ、そうではありません。ですが、それならば他に適任者がいる筈です」

「では、誰が望ましいというのだ? 言っておくが、今の長沙郡がどういう状況にあるかを知っての事だろうな?」

「……そ、それは……」

 

 香蓮さんは、厳しい目を孫権に向けた。

 

「此所で議論している暇はない。祥、綾子、直ちに支度にかかれ」

「はっ!」

「は、はい!」

 

 有無を言わせぬ口調に、思わずあたしは返事をしてしまう。

 けど、躊躇している暇がないってのは事実だろう。

 ……あたしに、人が殺せるんだろうか?

 と、バシンと背中を叩かれた。

 

「綾子、行くぞ?」

「あ、わ、わかりました!」

 祥さんの後を、あたしは慌てて追いかけた。

 

 

 

 一時間ほどで準備が終わり、祥さん率いる五百の軍勢と共に城を出た。

 

「祥さん、その村までは遠いんですか?」

「いや、急げば三刻から三刻半というところだろう」

 

 手綱を取ったまま、祥さんが答えてくれる。

 祥さんとあたしは将という事で馬に乗り、他の兵はみんな徒歩だ。

 あたしも徒歩で良かったんだけど、そういう決まりらしい。

 得物は刃を取り替えた薙刀と、祭さんから借りた弓。

 他の武器は扱い方を覚えている間もなかったし、

 

「もう的に当てられたようじゃな。ならば実戦で試すのも良かろう」

 

 と、祭さんに無理矢理持たされてしまった。

 矢も調練用のじゃなく、本番用の物。

 ……当然、殺傷能力がある。

 

「まだ不安か?」

「……ええ。本当に、あたしの手で人の命奪えるのかなって」

「そうか。……だがな、綾子」

「はい」

「迷うのも悩むのも仕方ない。だが、ひとたび戦場に立てばそんな事を考えている余裕などないぞ?」

「…………」

「戦はどんなお題目を唱えようとも、結局は殺し合いでしかない。当然、その場にいる以上は自分だけが何もせずに生き存える訳じゃないんだ」

 

 祥さんの言う事は正論だ。

 相手を殺したくない、傷つけたくないなんて思っている間に、こっちがやられちまうだろう。

 それは、あたしが今までに経験していた武道と同じ。

 違うのは、リアルに生死がかかるというトコだけだ。

 

「ましてや、今度の相手は賊だ。お前が躊躇う間にも、罪のない庶人が次々に殺されていくんだ」

「……はい」

「その覚悟が出来ないのなら、何もしなくていい。戦のけりがつくまで、後方で待機していろ」

「でも、それじゃ副将の役目が果たせません」

「ああ、その通りだ。わかっているだろうが、将の役目は敵を斬る事じゃない。兵に死んでこいと命令する事だ」

「そ、それは……」

「違うか? 無論、我は一兵たりとも死なせたくはない。だが、戦に臨む以上は犠牲は避けられない」

 

 祥さんは、空を仰ぎ見る。

 

「兵には死ぬ事を命じて、自分はのうのうと安全な場所にいる。それはもはや将でも何でもない」

「祥さん……」

「武官として生きるつもりなら、それは最低限覚悟しておく事だ。そうでないのなら、我はお前を認める事はできん」

「…………」

 

 覚悟、か。

 いきなり訳のわからん世界に放り出されたあたしに、はいそうですかと返せる事じゃない。

 でも、現実はそんなあたしを待ってくれたりはしない。

 ……いっそ、逃げてしまったらどうだろう?

 でも、あたしを信じてくれた香蓮さんや純蓮さん達を裏切ってもいいのか?

 第一、何処へ行けばいいのかもわからないし、アテもない。

 少なくとも此所にいる限り、ひょっとしたら元の世界に戻れるかも知れない。

 

「祥さん。一つだけ、聞いてもいいですか?」

「ああ、いいぞ」

「初めて戦に出た時、祥さんはどうだったんですか?」

「初陣か……」

 

 祥さんは、苦笑を浮かべる。

 

「酷いもんだった。今回と同じように賊討伐だったんだが、指揮を執った奴が阿呆でな」

「アホ……」

「そうさ。賊を見た途端、策も何もなくただ闇雲に突撃をかけてな。初陣で膝が震えてたけど、恐ろしいなんて考える間もなく大乱戦さ」

「でも、無事に切り抜けたんですね?」

「無事に、というか気がついたら無事だった……という感じだな。もう無我夢中で剣を振り回していただけだったよ」

「…………」

「で、我に返ると周囲は死体だらけ、血の海さ。それから胃の中身全部吐き出したっけな」

 

 今はこんなに貫禄のある祥さんにも、そんな時があったのか。

 いや、唯さんや末莉さんだってそうだったのかも。

 そもそも、生まれつき殺人鬼だったとか嫌過ぎる。

 

「例外は、香蓮様と雪蓮嬢かな」

 

 ボソリと、祥さんが呟く。

 

「例外って?」

「綾子は知らないだろうけど、香蓮さんは若い頃は無茶苦茶だったんだぞ? 一人で敵の艦に飛び込んで無双やったりとか」

 

 それって、確かあたしの知ってる孫堅も似たような事やってたような。

 海賊船に一人乗り込んでどうのこうのって。

 そこまでやっても傷一つ負わないってのも凄いけど……。

 

「今は流石にそんな無茶はしなくなったけどな。それでも時々先陣を切りたがるから、抑えるのが大変なんだ」

「でしょうね。祭さんの弓の弦を引きちぎっちゃうような人みたいですし」

「……まあな。その血を一番濃く受け継いだ、いや却って悪化したのが雪蓮嬢だ」

 

 ふう、と祥さんは溜息をつく。

 

「普段はそんな事ないんだけど、戦場で血を見た途端に……とにかく歯止めが利かなくなるんだ」

 

 いわゆるバトルジャンキーって奴かよ。

 しかし、仮にも香蓮さんの後継者がそれでいいのかね?

 

「だから、香蓮様や雪蓮嬢を前線に出さなくても済むようにしなければならんのだ。我らの働きでな」

 

 なんか、格好いいよ祥さん。

 ……あたし、ウジウジ悩むのが何だか情けなくなってきた。

 

「祥さん」

 

 あたしの呼びかけに、今度は祥さんが振り向いた。

 

「……あたし、やります。見ているだけなんて真似、したくありませんから」

「いいんだな? 後戻りは許されないんだぞ?」

「覚悟の上です。カッコつけるつもりはないんですけど」

「……よし。ならばその言葉、働きで証明してみせろ」

「はい!」

 

 

 

 やがて、軍は村の近くに辿り着いた。

 行く手に見える、幾筋もの煙。

 戦場は、すぐそこに迫っていた。

 

「全員、抜刀! 無辜の民を襲う輩を蹴散らすぞ!」

「応っ!」

 

 やるさ、やってやるさ。

 あたしは、手にした薙刀を握り締める。

 もう悩まない、振り向かない。

 絶対に、生き延びてやるんだ。

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