その為、以前公開していたものに若干修正が入っています。
「うし、ログアウト、っと」
カチッとマウスをクリックし、画面を閉じる。
そして、大きく伸びをする。
ゲーム好きのあたしが、今ハマっているのが、三国志を舞台としたオンラインゲー。
ちょっと前まで名ばかりのブラウザ三国志ゲーもやっていたけど、実質ただのカード集めと作業ゲーで引退。
で、今はこっちばかりを進めている。
しかし、今日はちょっとやり込み過ぎたかな?
時計は、既に午前二時を過ぎている。
今日も朝練があるし、いい加減に寝ないとな。
パソコンの電源を切り、ベッドに潜り込む。
ではでは、おやすみ。
「……さま」
「…………」
「……しゅ……さま」
「…………」
「ご主人様、ねぇ、起きてん♪」
……?
誰かがあたしを呼んでいる……らしい。
あたり一面、靄がかかったように真っ白。
「あら、やっと起きたのねん♪」
……で、あたしの目の前に、巨木が立っている。
……じゃない、大男だ。
全身ムキムキの筋肉に、何故かビキニパンツ一枚の。
「……い……」
「おはよう、ご主人様」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ、変態!!!!!!!」
「だぁれが、ムキムキマッチョで見るのも悍ましい変態ですってぇ?」
そこまで言ってないし!
てか、自覚してるのかこいつは。
「だ、だ、誰よ、アンタ?」
「うふ、よくぞ聞いてくれたわね。私は、
「ちょ、貂蝉? 貂蝉っていや……」
さっきまでやっていた三国志ゲーのイベントに出てきた名前だ。
え~と、確か董卓と呂布の仲を引き裂くために、身を犠牲にした絶世の美女……だったよな?
……うん、どこをどう見てもイメージが一致しないんですが。
「で、その自称貂蝉が、一体何の用?」
「あん、酷いわ酷いわ。あたしは正真正銘の、貂蝉よん」
くねくねすんな、キモイわ!
「……で、もちろん用があるから来たのねん。ご主人様」
「その、ご主人様って何だ?」
「う~ん、詳しい事は話せないの、ごめんなさい。ただ、ご主人様はこれから、外史の世界に行って貰うの」
「外史?」
「そう。ご主人様、三国志の世界はご存知ね?」
「あ、ああ。あたしが知っているのは、ゲームの世界ぐらいだけど」
「概ね問題ないのねん、それでも。でも、外史の世界は、ご主人様が知っているのとは結構違うの」
何を言っているのかわからないけど、貂蝉の目は真剣だった。
「でね、ご主人様にはその世界を救って欲しいの」
「世界を救う? なんであたしが?」
「それはおいおいわかると思うのねん。ただ、一つだけ注意しておく事があるから、それを聞いて欲しいのねん」
「注意?」
「そうよ。外史の世界では、『真名』というものがあるの」
「『真名』? 何だそりゃ?」
「その名のとおり、真の名前よ。ただし、外史の世界では命に等しい神聖なものねん。本人の許しなしに迂闊にそれを口にする事は、決して許されないものなの」
「…………」
「だから、相手を呼ぶときは、本人が許さない限り、絶対に真名は使っちゃいけないのねん」
「ふ~ん。じゃあ、あたしはどうすればいい?」
「ご主人様は真名がないから、そう言えばいいのねん」
……わからん。
あたしが世界を救うとか、真名だとか。
遠坂や氷室あたりなら、何か推定できるんだろうけど……あたしの頭じゃ無理だ。
「じゃあ、また会いに行くから、頑張ってねん、ご主人様♪」
そして、ウインクをする貂蝉。
うげ、吐きそう。
……と思った瞬間、あたりは光りに包まれ……あたしは意識を失った。
「……ん……?」
鳥のさえずりで目が覚めた。
なんか、変にリアルな夢を見た気がする。
貂蝉とかいう変態に迫られるとか、どんな悪夢だよ。
さて、朝練に……あれ?
ベッドに寝ていたはずなのに、そこは地面の上。
そして、あたりは……森?
お気に入りのキュートなパジャマを着ていた筈なのに、何故か制服姿だし。
おまけに、ご丁寧に通学カバンと愛用の薙刀、弓矢が隣に置かれている。
とりあえず、誰かに連絡してみようか。
ポケットを探ると、買い換えたばかりのケータイが入っていた。
ケータイというよりもデジカメにしか見えない形状で、ソーラー充電タイプだから電池切れはあまり心配要らない。
……ただ、電話として使えれば、の話。
液晶に映っていたのは『圏外』の表示。
どんだけ田舎にいるんだ、一体?
もちろん、メールもダメ、となれば……。
しょうがない、とりあえず人を探しますか。
持ち物一式を手に、あたしは立ち上がった。
勘を頼りに歩いて行くと、やがて視界が開けてきた。
……で、何だここ?
一面に広がる草原に、遥か向こうにそびえる小高い山。
前に蒔寺の家で見た、水墨画みたいな風景。
そして、空気がえらく澄んでいる。
合宿で行った、高原の空気も爽やかだったけど、その比じゃない。
……ふと、人の気配を感じた。
振り向いても誰もいない……いや、違う。
大木の上に、誰かいる。
「……誰かいるのか?」
「…………」
シュタッと何かが、目の前に降り立った。
……へ、忍者?
あたしよりも小さいけど、その身長ほどの刀を背負い、脚絆に手甲を付けた、髪の長い女の子。
「よく気づきましたね。……何者ですか、あなたは」
「そりゃ、こっちの台詞だけど」
「…………」
無言で、彼女は背負った刀を抜いた。
殺気からすると、冗談ではないみたい。
白刃が木漏れ日を受けてキラリ、と光る。
「ちょ、ちょっと。あたしは別にアンタと遣り合うつもりは……」
「…………」
女の子は、剣を下げる気配がない。
参ったなぁ、こんなところで殺陣をする気もないんだけど。
でも、隙あらば斬りつけてくるのは、どう見ても間違いない。
……仕方ない、身を守るか。
あたしは手にしたカバンを置き、弓矢を下ろした。
そして、薙刀の包みを解く。
その間にかかってくるかな、と思ったけど……待ってくれるのか様子を見ているのか、とにかく女の子は動かない。
「お待たせ。その前に……、名前を聞かせて貰えないか? あたしは、美綴綾子」
「……姓は周、名は泰、字は幼平」
「周泰、ね。なら、勝負!」
同時に、周泰は横へ飛んだ。
素早い動きだ。
……でも、あたしの目には、ちゃんと追えていた。
そのまま横に払われる刀を、薙刀で受けた。
ガキン、と金属同士がぶつかる衝撃が伝わってきた。
「……!!」
彼女の目が、驚きで開かれた。
が、それも一瞬。
今度は突きを入れてくる。
それをかわしながら、周泰の動きを観察。
見た目の通り、パワーよりもスピードで勝負するタイプみたい。
とは言え、その一撃はなかなかのもの。
どう見ても真剣だけに、間違っても喰らう訳にはいかない。
突きのラッシュをかわされ、彼女は一度間合いを取るべく、下がった。
「やりますね」
「アンタも。それだけ遣う奴は、久しぶりだよ」
ヘルプで出場した剣道の全国大会でも、ここまでやる相手はほとんど覚えがない。
……当然だけど、その大会はあたしが優勝した。
ただ、剣道はルールがあり、防具をつけて竹刀での試合だけど、今は違う。
それだけに気は抜けないけど、あたしは緊張感と同時に、高揚感も味わっている。
「ですが、ここまでです!」
そう言うと、周泰は素早く動き出す。
そして、あたしの周りをぐるぐると。
……不思議な事に、あたしの目は彼女を見失う事が、なかった。
動体視力にはそれなりに自信はあったけど、それにしても何かがおかしい。
「……そこっ!」
あたしはその刹那、薙刀を一閃。
ガンと大きな音と共に、周泰の刀が宙を舞った。
「あっ!」
声をあげた彼女の喉元に、薙刀を当てる。
「勝負あったね」
「……の、ようですね」
観念したように、周泰は目を閉じた。
「なら、あたしの質問に答えてくれるか?」
「…………」
「黙秘するのか。なら、ここは、どこ?」
……と、周泰が目を開いた……というか、驚いている。
「どこ、とは……?」
「いや、気がついたらこんな場所にいるんだけどさ。で、やっと人がいた、と思ったらいきなり襲われるし」
「…………」
「明命。そのぐらいにしなさい」
と、草原の方から声がした。
見ると、馬に跨った女性がひとり。
……いや、もう一人いる。
……二人とも、全く隙がない。
「雪蓮様、冥琳様!」
周泰は、片膝を付く。
どうやら、この娘の主人……かな。
「ねえ、あなた。名前は?」
と、最初に声をかけてきた、桃色の髪をした女性。
この中では、一番の遣い手と見た。
「あたしは、美綴綾子。アンタは?」
「私は、姓は孫、名は策。字は伯符よ。で、こっちは周瑜」
「……周瑜公瑾だ」
今度は、あたしも即座に反応してしまった。
「……えーっ! 孫策に周瑜って、呉の小覇王に美周郎!?」
と、孫策は不思議そうに、
「呉の小覇王? ねぇ冥琳、私、そんな風に呼ばれてるの?」
「さあな。私も美周郎とは……。幼平は聞いた事あるか?」
「わ、私も初耳です」
あれ、人違いかな?
……ふと、気がついた。
周泰も、呉の有力武将じゃんか。
……でも、何でみんな女性なんだろう?
「まぁ、いいわ。でもあなた、相当腕が立つわね」
孫策は、何故か楽しそうだ。
そして周瑜は……こっちも何故か、こめかみに手を当てている。
「明命を簡単にあしらうなんて、並の腕じゃ無理よ」
確かにそうだろう。
あたしも、何故あんなに簡単に勝てたのかが不思議なぐらいだし。
「雪蓮様、申し訳ありません。私の腕が未熟なばかりに」
「それは違うわよ、明命。わたし、ううん、母様でもその人に勝てるかどうかわからないもの」
そして、孫策はあたしを見て、
「とりあえず、わたしのところに来ない? いろいろと聞きたい事もあるし」
「雪蓮! 不用心過ぎるぞ」
周瑜は、あたしを警戒してるっぽい。
まぁ、普通はそういう反応するよな。
「いいじゃない。これだけの凄腕、武勇伝も多そうだし。そのあたりも聞きたいなぁ、って」
「だが、どこかの間者かも知れんのだぞ」
「ん~。でも、悪い人には見えないのよね~。それに、わたしの勘が大丈夫、って言ってるし」
「ハァ~……」
すると、周瑜、大きくため息を一つ。
「全く、言い出したら聞かない奴だ。ただ、雪蓮の勘働きは外れがないからな……。わかった、好きにしろ」
「わ~い、ありがとう。冥琳♪」
孫策、満面の笑みだし。
……まぁ、このままいても途方に暮れるだけだし、申し出はありがたいんだけどさ。
一向に連れられ歩く事、数時間。
程なく、大きな城壁が見えてきた。
「うへ~、流石は孫策。大きな城持ってるね」
すると孫策、微妙な顔つきで、
「残念だけどあれ、わたしの城じゃないの」
「我らは今、袁術の食客でな」
周瑜も苦い顔。
「あれ? って事は、もう都が長安になったって事?」
「え?」
「は?」
「……あ、あの……。美綴、何の事でしょう?」
一同が呆気に取られているけど……あたし、何か変な事、言った?
「……孫策、あのさ。変な事、聞いてもいい?」
「変な事って?」
「洛陽の井戸から、アンタのお父さん、何か拾ったりしてない?」
「父様が? 冥琳、知ってる?」
「いや」
惚けている、という雰囲気でもない。
「ねぇ、何の事言ってるの?」
「あ、いや……」
どうやら、武将が女性ばかり、というだけじゃなく、歴史もあたしが知っているものとは違うらしい。
となると……迂闊な事は言えないな。
未来から来たから知っている、なんて……どう考えても危険過ぎる。
「……。ごめん、いろいろと混乱してて」
「……そう。まぁ、今日はゆっくりと休む事ね」
幸い、それ以上はツッコまれなかった。
「姉様、お帰りなさい」
「雪蓮姉様、お帰り~」
城下町を過ぎ、城門のところで、よく似た二人の女の子が出迎えていた。
ちょっと雰囲気こそ違うけど、どうも姉妹っぽい。
「ただいま、蓮華、小蓮。変わった事はない?」
「はい。……それより、その者は?」
蓮華と呼ばれた娘が、訝しげにあたしを見る。
……まぁ、バリバリ不審者なのかもね、あたし。
「じゃ、自己紹介して貰える?」
孫策に促され、あたしは頷いた。
「美綴綾子。字とかなくて、姓が美綴で、名が綾子ってんだ。よろしく」
すると一同、ほぉ、という感じ。
「字もないのか。では、この大陸の生まれではないのか?」
「そうなるかな。生まれ、って意味では東の島国出身になるけど」
「東の島国? すると、蓬莱の国か?」
う、知らん、その名前は。
「どうだろう? ただ、地理的に言えばそうなる」
「……そうか。私は姓は孫、名は権、字は仲謀だ」
「シャオは孫尚香だよ!」
孫権に孫尚香、か。
孫権は言わずもがな、孫尚香は確か……ああ、劉備と結婚するんだっけ。
どうやら、性別が皆逆、という訳じゃないんだな。
「とにかく、今日はもう休むといいわ。明命、部屋に案内してあげて」
「はい!」
「それじゃ美綴、また明日ね」
孫策はそう言って、城の中へ。
「では美綴様、どうぞこちらへ」
「あ、うん。ありがとう」
「では、何かあれば呼んで下さい」
「わかった」
バタンとドアを閉める。
ベッドと机だけしかない、シンプルな部屋。
もっとも、外には人の気配。
まぁ、見張りを立てるのが当然だろうし、気にしててもしょうがない。
ドサッと固いベッドの上に、あたしは身を投げ出す。
「ハァ、何がどうなってるんだか」
あの筋肉達磨の言う通り、あたしは三国志の世界に来ちゃったらしい。
ただ、出会う武将は皆女性ばかり。
城下町にいた人は男もいたから、女性だけの世界、って訳でもなさそうだけど。
あたしもゲームを通してだけど、ある程度の知識は持っているつもり。
……でも、歴史からしてそもそもが違っている。
「一体、あたしに何をさせようってんだろうねぇ……」
疲れていたあたしは、そのまま目を閉じた。