南陽城、謁見の間。
雪蓮以下、将が勢揃い。
ドタバタしていたけど、菖蒲(徐盛)も正式に雪蓮への仕官が認められた。
あたしの下に配置されているから身分的には陪臣って事になるらしいけど、本人が喜んでいるので何も言えない。
もっとも雪蓮の事だから、それで差別をしたりって事はなさそうだけど。
「さて、今後の方針だが」
進行役は冥琳。
つーか、他に適任者がいない。
「まずは、この南陽の建て直しだな。なんせ、前の太守がアレだったからな」
「ですねぇ。民の皆さんも疲弊していますし、治安も良くしないと」
袁術は民に重税を課していたが生活自体が贅沢だったから、城には思いの外蓄えがないらしい。
もともとは人口が多く豊かな土地だったのに、あまりの統治の酷さに逃散する民が多い上に戸籍も当てにならない状態ってんだから……。
「ふむ。袁術を打倒してみると、想像以上に難儀な状態だった、という事か……」
「冥琳さま、穏さま。復興のための資金も、決して潤沢とは言えません。それに、兵も養わなければなりませんし」
祭さんに亞莎も、難しい顔つきだ。
「こうなると、袁術の兵力がそっくりそのまま手に入った、というのも考え物ね……」
「う……すまん」
「あ、いや、綾子が悪い訳じゃないわ。それとこれとは、また別の話よ」
蓮華は慌ててフォローしてくれるが……まぁ、多かれ少なかれ、みんな同じ思いなんじゃないか、これ。
「……となると。この兵力を活かせるうちに、地盤を固める必要がある、って事ね」
「その通りだ、雪蓮。それに、この地に留まるならば、守りの問題が出てくる」
あたしも地図を見せて貰って気がついたんだが、ここ南陽は、大陸のほぼ中心。
都にも近いから、他の勢力と争いになった場合最悪は包囲されてしまう。
それでも豊かなままであればまだ良かったが、今は建て直すのも気が遠くなるレベル。
「あの……。打開策はお持ちなのでしょうか?」
菖蒲が、遠慮気味に言った言葉。
その言葉に、皆の視線が冥琳に集まる。
「……なくもない。ただ、覚悟は必要だが……。綾子、わかるか?」
って、なんでそこでまたあたしに振る!
「冥琳。わかってやってるだろ?」
「何の事だ? 私はただ、綾子の意見を聞いたまでだが?」
うー、ニヤニヤ笑いながら言われても、説得力なさ過ぎだろ。
……さっきから黙っている思春も明命まで、あたしが何か言うのを待ち構えているし。
「あ~、ゴホン。 雪蓮に聞きたいんだが。……まず、漢王朝は、どう見てももう保たない。それはいいよな?」
「ええ。末期の病人状態ですものね」
「それでだ。仮に漢王朝が倒れて群雄割拠の時代になったとして。もし、国を作るとしたら、その名前は決めているのか?」
「名前?」
キョトンと、あたしを見る雪蓮。
「名前、ねぇ。……冥琳、蓮華、どう?」
「……考えていないのだな」
「姉様。その振りはどうかと思いますが」
「だってそうじゃない。だいたい綾子、それが冥琳の質問とどう関係があるの?」
矛先が戻ってきたか。
別に話を逸らした訳じゃないぞ、うん。
「例えばだけど、ここから江東の地を支配していく……とか。つまりは、呉の地だな」
「江東か。しかし、無人の地という訳ではないぞ? 劉ヨウや王朗もいる」
「全くの無抵抗で、ってのは無理だろうけどさ。でも、この面々がいて、質は今ひとつでも、兵は揃っている。それに、北に比べて南はまだ、余裕があるんだろ?」
「そうだな。河北は袁紹に曹操、公孫賛……他にもいろいろとひしめいている。それに、ここからなら江東の方が近い、か。ふふ」
「どうしたの、冥琳?」
「いや何。綾子が、期待以上の答えを返してくれたのでな。つい」
「……やっぱり、わかって言わせたな?」
「いや、江東への侵攻はともかく、呉の名前までは予想していなかったな。相変わらず、読めない奴だ」
「って事は……。孫家の呉だから……孫呉! 何故かはわからないけど、とてもいいと思わない?」
「うん! シャオもいいと思う!」
「私も小蓮と同じです。まだ先の事かも知れません。けど……呉の国を……我らの理想とする国を目指しましょう!」
あらら、なんか三姉妹で盛り上がり始めたんですけど?
……うわ~、ますますみんなの見る眼が……とほほ。
そして、トントン拍子に話は進み。
南陽は最低限の守備隊を残して、実質放棄に決定。
江東の地を制してそっちで勢力を築く、という戦略で落ち着いた。
「……で。冥琳、あたしをどこに連れて行く気だ?」
「何。戦略が決まれば、後は物資の手配ではないか」
「それはわかるんだけど。それとこれと何の関係が? だいたい、冥琳だって落ち着いているヒマなんてない筈だろ?」
そう。
翌日になり、あたしはいきなり冥琳に連れ出された。
城内の整理でも手伝わされるのかと思いきや……何故かそのまま城外へ。
で、そのまま馬に揺られている、という訳。
そして、ほど近い邑に。
「すぐにわかる。それ、着いたぞ」
「着いた……って。塀しか見えないぞ?」
「何を言っている。こっちだ」
「こっち……って、何じゃこりゃ?」
冥琳の前には、でっかい門。
って事はこれ……屋敷か?
それにしても、でかすぎだろこれ。
前に見た、武家屋敷どころの規模じゃない。
「千花はいるか?」
「あ、これは周瑜様。お嬢様なら中におられます」
と、門番らしき男。
「そうか。綾子、入るぞ?」
「え? あ、ああ」
戸惑いながらも、冥琳の後に続く。
門を潜ると、そこもやっぱり豪邸そのもの。
「ふえ~。この家、めっちゃ金持ちじゃないのか?」
「その通りだ。このあたり、いや、江東でも三本の指に入る富豪だろうな」
想像もつかないけど、とりあえずは大金持ちらしい。
こんなところの主人って、どんな奴なんだ?
……貧相なあたしの想像力だと、どうしても小太りで葉巻を持って着物を着ているイメージが……。
「あ。冥琳さん、いらっしゃい」
「うむ、しばらくぶりだな、千花」
縁側に腰掛けていたのは、紫色の髪をした少年。
……北郷以外で、男を見るのは久々かな?
もちろん、街の人々や兵士にはいるんだが……。
「二人は知り合いか?」
「ああ。千花、紹介しよう。我が軍きっての猛将、美綴綾子だ」
「ブホッ! こ、こら冥琳! 知らない人が聞いたら誤解するだろ!」
「おや、私はそう思っているのだがな」
こんだけ人外揃いの中で一番の猛将とか……あり得ないだろそりゃ。
「あ、どうも~。私は姓が魯、名が粛、字を子敬と言います。よろしくお願いしますね」
何だかほわほわした子だなぁ。
……でも、魯粛って言えば、周瑜亡き後の呉の軍師じゃないか。
「ん? どうした綾子。私の顔に、何かついているか?」
「あ、いや何でもない。……そうか、魯粛か」
「私の事、ご存じでしたか?」
「まぁ、こやつは洞察力もあるし、意外に人物に対しての造詣も深い。千花ぐらい知名度があれば、知っていても不思議ではない」
「おやおや、随分と私も知られているんですね~。なんだか光栄ですよ」
「で、冥琳。あたしをここに連れてきた訳は?」
「その前に、用件を済ませたい。千花、頼みがある」
と、冥琳は居住まいを正した。
「どうしたの、冥琳さん。改まって?」
「実はな。雪蓮を旗頭に、江東の地をまとめる事になった」
「なるほどなるほど。それで?」
「将も兵も揃えられたが……。軍資金と兵糧に事欠いている始末でな。千花に、援助を頼みに来たのだ」
「なんだぁ、そんな事でしたか」
と、ニコニコ笑う魯粛。
「なら、あの蔵ごと、使っちゃっていいですよ」
「蔵ごとって……どわっ!」
屋敷の中に、ひときわでかい蔵が、二つ。
……これ、南陽城の蔵よりもでかいんじゃ……。
「千花。援助してくれるのは有り難いが……しかし……」
冥琳も流石にそのまま受け取るのは躊躇いがあるようだ。
だが、言い出した本人は相変わらずニコニコしたまま。
「いいんだよ。冥琳さんの役に立つなら」
「しかしな……」
「それだけじゃ納得できないかなぁ? じゃあ、そちらの美綴さんの為にも、と言う事でどうかなぁ?」
「……へ?」
そこで何故、あたしの名前が出る?
「冥琳さんが、意味もなく人を連れてくる筈がありませんから~。それに美綴さん、貴女も英雄の相がありますし」
「英雄の相? 何だそれ?」
「流石は千花、気づいたか。本来なら、英雄並び立たず、って奴なんだが……。不思議と、雪蓮と並んでもぶつかり合う事がない」
またな~んか、えらい事言われてますよ、あたし?
「これだけの人物にお会いできたんですから、蔵の一つぐらい安い物ですよ、はい~」
魯粛はニコニコしながら、
「でも冥琳さん、ずるいよね~」
「ふっ、何の話だ?」
「わかってるくせに~。こんな人にお会いしちゃったら、私が断れない、ってわかってるくせに」
「……え~と、何のお話をしていらっしゃるのでしょうか、お二人様は」
怪しい敬語になるあたし。
「私は、一角の人物を見るのが大好きなんですよ~。冥琳さんも、最初にお会いした時はとーっても感激でしたから」
「そ、そうなの……」
「ダシにしたようで悪かったな、綾子。だが、お前にも千花は紹介しておきたかったんだ。それで千花、前にした話は、考えてくれたか?」
「う~んと、冥琳さん達のところで、お仕事するって話かなぁ?」
「そうだ。お前は野に置いておくにはあまりに惜しい。富豪としての地位もあるだろうが、そこを曲げて頼みたいのだ」
何となく納得するあたし。
まぁ、あの魯粛と同一人物なら、相当に優秀……なんだよな、きっと。
「ん~……。そうですねぇ」
何故か、あたしを見る魯粛。
「じゃあ、賭をしましょう~」
「賭?」
「そうですよ~。美綴さんが私の私兵に勝ったら、冥琳さんについて行きます」
「……ちょっと待て。どうしてそうなる?」
「だって~、孫策さんのところで一番の猛将、って聞かされたら、見てみたくなるじゃないですか~」
「冥琳! だから言わんこっちゃない」
「……すまん、綾子。だが、悪い条件ではない」
コラー! あたしの意思は無視かい!
結局、なし崩し的に勝負するハメになった。
「では、勝負の判定方法ですけど~。美綴さんが、無事にこの森を抜けられたら、美綴さんの勝ちとしますね~」
あたしの前には、村はずれに広がる森があった。
「無事ってのは?」
「捕まらなければいいですけど~。もちろん、大人しく通れるようにはなっていませんけど~」
……ハァ、気が進まない。
「冥琳。帰ったら覚えてろ」
「……恨まれたままでは敵わん。結果はどうあれ、戻ったら相応に報いさせて貰うさ」
クソ、ならやってやろうじゃないか。
もう、矢でも鉄砲でも持ってこい!
あたしは意を決して、森に飛び込んだ。
結構深い森。
迷ったら出るどころじゃないだろ、と思っていたんだが、時折目印がついている。
一応、順路はあるらしい。
突如、ヒュンと風切音がした。
「!!」
飛んできた矢を、薙刀を振り回して払いのける。
鏃は潰してあるようだけど、当たれば痛い。
間髪を入れず、木立の間からの槍衾。
全部叩き付け、穂先を折ってやる。
「そこだっ!」
慌てる槍遣い達に、石突きで一撃を入れる。
「グウッ!」
そして、間断なく飛んでくる矢は、かわしながら発射地点を探す。
太い枝の上に、影が見えた。
「そこっ!」
ビームライフル……はないので、携帯用、というかおもちゃの弓を放つ。
鏃はもちろん潰れているのと、命中するとすぐにわかる。
何故なら、
「キャッ! な、なにこれ?」
樹上にいた弓遣い達が、パニックを起こして落ちてきた。
潰した鏃に、小さな袋が付けてある。
命中すると袋が破け、中に詰めた食紅が飛び出る仕組み。
食紅だから害はないが、真っ赤に染まるので誰がどう見ても命中、という訳。
……子供の玩具として軽い気持ちで作ってみたけど、意外と使えるなこれ。
襲撃をかわして先へと進むあたし。
待ち構えていたのは、落とし穴やら引っかけたら岩が飛んでくる仕掛けやら。
どこのたけ○城ですか、あんたら。
落とし穴はともかく、岩は結構シャレにならなかった。
あっさり砕けたので、軽石か何かだったんだろう。
……その後で、仕掛けたらしき連中が、何故か呆然としていたが。
そんなこんなで、森の出口が見えてきた。
やれやれ、やっと終わりか。
「おっと、ここは通さないよ」
誰かが通せんぼう。
両手に刀を持った、女の子。
口調はおどけているが……うん、隙はないな。
「なるほど。アンタがラスボスって訳か」
「らすぼす?」
「最後の敵、親玉って意味さ。さて、どうする?」
「勿論」
女の子はニヤリ、と笑うと、
「ここは通さないよ。つまりは……アンタを倒す!」
「なら、一対一で勝負だね」
あたしも、薙刀を構え直す。
その瞬間、女の子が消えた。
……いや。
「頭上か!」
素早く薙刀で防ぎ、そのまま振り払う。
女の子は二刀流で防ぎ、一旦間合いを取った。
「へえ。ボクの動きについてくる奴は久しぶりだよ」
「アンタこそ、やるじゃないか」
「余裕? なら、これでどう?」
素早く地を蹴り、そのままあたしの懐に飛び込んでくる。
交互に突き出される剣を、柄で受け流す。
もちろん、そのまま受けたんじゃ、柄は真っ二つ。
なので、振り払いながら刃を受けないようにする……言うのは簡単でも、実践するのはかなり大変。
「守るだけじゃ勝てないよ!」
「そうだな……。なら、そろそろ反撃といくかね」
「な、何っ!」
がら空きのボディに、蹴りを一撃。
もちろん、かわされる事は承知の上。
体制が崩れたところで、女の子の腕を掴み、
「せいっ!」
そのまま、背負い投げ。
「あ、あわわわわっ!」
見事に決まり、女の子は倒れた。
そして手にしていた剣は……近くの木立に突き刺さった。
「勝負あったな」
「くっそー……。強いなぁ、このボクが歯が立たないなんて」
「いや、そっちこそ。いい勝負ができたぜ?」
どちらからともなく、握手を交わすあたし達。
森の出口には、冥琳と魯粛が待っていた。
……というか、二人でお茶してるよ。
「あらあら、やっぱりご無事でしたか~」
勝負に負けたというのに、魯粛はニコニコ顔。
「悔しくないのか?」
「悔しくない、と言えば嘘になりますけど~。でも私は、美綴さんの凄さを見られた嬉しさが先ですね~」
「そうか」
ふう、と息を吐く。
あたしも勧められるままに茶を一杯。
うん、動いた後だから余計に旨い。
「では千花。約束通り、来て貰うぞ」
「うん、冥琳さん。あ、そうそう」
と、魯粛はあたしを見る。
「真名は、
「いいのか、そんな簡単に?」
「はい~。美綴さんの武は、嘘偽りのないものですよ~。そこに敬意を表しまして、です~」
「そうか。ならあたしも綾子でいいよ。よろしくな」
「ありがとうございます~、綾子さん」
「ところで、一つ聞きたい。あたしと最後に遣り合った娘は?」
「ああ、あの娘なら~」
「ボク?」
呼ぶまでもなく、目の前にいた。
「魯粛さん。悪いけど、今は一緒に行けない」
「あれれ? どうしてですか~?」
「……この人に、子供扱いされちゃったんでね。悔しいけど、今のボクじゃそこまでだ」
「子供扱いなんてしてないって。実際、強いと思うぜ?」
本心からそう思う。
だが、女の子は小さく笑うだけ。
「もう一度、鍛練を積んでくるよ。そして、その後で改めて……手合わせ、いいかな?」
「……わかった。じゃ、名前を聞かせてくれ」
「……いや、それもよしておくよ。次に、貴女の前に姿を見せたら、改めて名乗るから」
「そうか、わかった」
「じゃ、世話になったね、魯粛さん」
「いえいえ、こちらこそ~。お元気でいて下さいね~」
「うん!」
女の子は大きく手を振ると、そのまま去って行った。
「綾子。あの者、どう思う?」
「そうだな。真っ直ぐで、武官としての素質も悪くない。……きっと、仲間にすれば心強い奴になるかもな」
「……そうだな。さて、戻ろう。そうでないと、また雪蓮がサボり出す」
こうして、千花が仲間に加わった。
……案の定、サボって酒を飲んでいた雪蓮は、戻った冥琳に大目玉を食らった。
もはや、お約束だな。