綾子†無双   作:はるたか㌠

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十五

 丹陽を目前に、軍議中。

 メンツは蓮華に思春、そして亞莎。

 雪蓮は来たがったが、冥琳が引き摺って連れて行った。

 まぁ、寿春の体制作りがあるしな。

 

「それで思春。敵の数は?」

「ハッ! およそ五千かと」

 

 率いてきた軍勢は二万。

 数の上ではこちらが優勢……だけど。

 

「相手の将が、あの太史慈なのよね」

「はい。美綴様と互角に打ち合えるだけの猛将、相当に厄介かと」

 

 さりげなく亞莎に人外扱いされている気がするんだが……確かに奴は強い。

 

「綾子。実際に手合わせした経験からして、どうかしら?」

「そうだな、得意は弓らしいが、それだけじゃなさそうだ。それに、あの時率いていた軍も、一糸の乱れもなかったように思う」

「となると、将としても優れている、と……厄介ですね」

 

 亞莎も、必死に考えを巡らせているようだ。

 本人はあまり自覚はないが、冥琳や穏も理由があって自分たちと同じ、軍師として育てようとしている。

 ……あたしの知識からすると、むしろ呂蒙って智の人ってイメージが強いぐらいだし、素養は間違いないんだろう。

 

「ともあれ、一戦交える事になるのは避けられないでしょう。戦わずして降る、武門の恥だと宣言したのですから」

「仮に思春が太史慈の立場だったとしても、そう思う?」

「……かも知れません。それ故に、正面から当たるとなれば、相応の覚悟が必要かと」

「今後の事も考えると、あまり多くの犠牲は払えない。とは言え、放置も出来ない……か」

 考え込む蓮華。

「なあ」

「何? 綾子」

「太史慈なんだけど……。討ち取るつもりか?」

「え?」

 

 あたしの言葉に、怪訝な顔をする一同。

 だって、太史慈は実際に孫策に仕えたんだし、ここで死んじゃったらおかしいだろ?

 

「綾子様? あの、それはどういう?」

「いや、あれだけの手練れ。あと性根もいいって劉ヨウさんも言っていたじゃん。そんな奴を、いくら戦場だからって言って討ち取るのかな、って」

「綾子の言いたい事はわかるわ。確かに、孫呉にとって、あれだけの人材は欲しいわ」

「とは言え、犠牲は……。ど、どうしましょう……」

 

 手詰まりか。

 数で圧倒する事は出来るけど、被害もバカにならない上、太史慈を討ち取らない、となると……。

 

「……あたしが出る。それしかなさそうだ」

「綾子? 何をする気だ?」

「アイツとは、まだ一騎打ちの決着がついていない。だから、それを利用する」

「利用って……。危険過ぎるぞ、いくら貴様でも」

 

 思春の懸念ももっともだろう。

 あの時互角だったとは言え、一瞬の隙が、油断があれば、討ち取られるのはあたしなんだから。

 

「わかってるさ。だけど、ここは戦場。危険な真似をせずに勝ちだけを拾えるとか、そんな都合よく行かないだろ?」

「それはそうだが……」

「亞莎」

「は、はひっ!」

「太史慈を引き摺りだすのは、あたしでやる。その間に、丹陽を何とかしてくれ」

「ええっ! わ、私がですか?」

「冥琳が信頼して送り出した軍師じゃないか。自信を持て」

「そうね。太史慈が一番の問題なんですから、それを綾子が引き付けてくれる。後は私達の仕事ね」

「そういうこった。頼むぜ、みんな?」

 

 あたしの言葉に、蓮華と思春が大きく頷く。

 亞莎も、決意が眼に宿る。

 

「……わ、わかりました! 綾子様、お気をつけて」

「任せな」

 

 親指を立てて、ニカッと笑う。

 

 

 

 丹陽の城。

 規模も小さいし、全軍で攻めれば落ちるだろう。

 ……ま、被害を気にしなければ、だろうけど。

 城門の前まで、あたし一騎で進み出る。

 敵は弓を構えているものの、射ってくる気配はない。

 

「太史慈! 美綴が来てやったぞ、こないだの決着をつけないか?」

 

 これで出てこなかったら、手を変えるしかない。

 早速、門が開いた。

 槍を手にした、太史慈登場。

 

「よっ、来たな。武人としての決着をつけないか?」

「望むところだ。いざ、尋常に勝負!」

 

 あたしも馬を下り、薙刀を手にする。

 

「いざ!」

「参る!」

 

 獲物同士がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響く。

 

「いい腕だ!」

「余裕か?なら、これでどうだ!」

 

 繰り出される槍を受けつつ、間合いを保つ。

 

「どうした? その程度かい?」

「ほざけ!」

 

 突きと払いの応酬。

 勿論、殺したくない相手だけど、だからと言って手加減はできない。

 ふふ、久々にゾクゾクする相手だね。

 ……けど、あたしは負けないよ。

 

 そして、数十合打ち合っただろうか。

 パキン!と聞きなれない音が、二人の間で響いた。

 

「……え?」

「……な、何っ?」

 

 驚いて、手にした薙刀を見る。

 見事に、刃がポッキリと欠けている。

 そして、太史慈の槍も、穂先がない。

 

「仕方がない。こうなれば」

「力比べだな!」

 

 回し蹴りを、腕で受け止める。

 そして、返す刀で正拳突き。

 止められるが、それは囮。

 

「おりゃ!」

「クッ!」

 

 顎に向けての頭突き。

 太史慈は身体を反ってかわすが、すかさず蹴り上げるあたし。

 直撃はできなかったが、兜は吹っ飛んだ。

 長い髪が、フワッと流れる。

 ……まぁ、予想はしていたが、太史慈も女だった。

 しかしまぁ、どうしてこの世界の女性武将ってのは、どいつもこいつも美形揃いなのやら。

 

「まだまだぁ!」

 

 反撃の蹴り。

 間一髪で避けられたけど、喰らったらタダじゃ済まなさそうだ。

 

「ふんっ!」

「なんのっ!」

 

 ガシッ!

 腕と腕がぶつかり合う。

 

「それそれっ!」

「……なんてバカ力だっ!」

「それはお互い様だろう、っ!」

 

 その時。

 

「ワーッ!」

 

 丹陽城から、喚声が上がる。

 

「何事だ! あっ!」

 

 振り向いた太史慈は、短く叫んだ。

 城内から、煙が上がっている。

 どうやら、亞莎が上手くやったらしいな。

 

「は、謀ったな!」

「謀ったとは人聞きが悪いな。正々堂々と勝負はしてるだろ?」

「クッ! この場は預ける!」

「おっと。そうはいかないと思うぜ?」

「何だと!」

 

 城門の上に、一斉に立つ弓兵。

 全員が、太史慈に狙いを付けている。

 

「そ、そんな……いつの間に」

「大人しくしてくれるな? あたしは、アンタを殺したくない」

「……わかった。投降する」

 

 太史慈は、抜き払った剣を、地面に置いた。

 

 

 

 彼女を連れ、本陣へ戻った。

 亞莎と思春は、丹陽の制圧に向かっていて、この場にいるのは蓮華とあたしだけ。

 

「あなたが、太史慈ね」

「……そうだ。私を、どうする気だ?」

「できる事なら、力を貸して欲しいの」

「孫策の野望のためにか?」

「違うわ。呉の民のため」

「呉の……民?」

 

 怪訝な顔をする太史慈。

 

「そう。攻めこまれた貴女達にしてみれば、私達の行動は野心によるもの、そう見えても仕方のない事。だけど、この地の民は、本当に安寧に暮らせているかしら? 盗賊に怯え、戦乱に泣いている」

「それはそうかも知れない。だが、この地の事はこの地の者が決める事だ。他人に指図される事ではない」

「ええ、そうね。でもね、私達はそのままで見て見ぬふりはできないわ。だから、民を守るためなら、武力行使も辞さない。少なくとも、孫家はその信念で動いているわ」

「…………」

 

 蓮華は、何だかんだでやっぱり王たる資質を持っていると思う。

 

「それが嘘か真か、貴方の眼で確かめたらいいわ。もし、私の言葉が偽りだった、そう思ったなら、もう引き止めはしない」

「随分と、自信があるのだな」

「ええ。そこの、綾子のお陰でね」

 

 どうして、そこであたしの名前が出る?

 

「なるほど。ただ武が優れているだけの御仁ではない、という事か」

「……いやいや。あまり過大評価しないで欲しいんだけどな」

「ふふ、面白い。いいだろう、暫くここに置かせて貰う。その前に、一つだけ、提案がある」

「提案?」

 

 蓮華が首を傾げる。

 

「そうだ。丹陽は落ちたが、兵達は散らばっているだけだ。その中には勇者も少なくない、これを集めて来たいのだ」

「それで、一時解き放て、そう言いたいのね?」

「そうだ」

 

 太史慈の言葉にしばし考え、そして、

 

「綾子。どうかしら?」

 

 ……あたしに振るな。

 

 あたしは軍師でも何でもないんだが。

「どう、と言われても……」

「太史慈という人物を、少なくとも私よりも知っているのは貴女よ。そのあなたから見て、この提案はどう思うか、意見を聞かせて欲しいのだけど?」

「……そう来たか。あたしは、太史慈の提案、悪くないと思う」

「そう。なら、任せるわ。ただし、期限は設けさせて貰うけど、いいかしら?」

「勿論だ。明日の日暮れまでに戻ってくる」

 

 太史慈という人物を、信じるしかない。

 

 

 

「蓮華様! 何という事を。綾子、貴様がついていながら!」

 

 制圧を済ませ、本陣に戻ってきた思春は、あたし達に詰め寄ってきた。

 

「逃げるための口実、そうに決まってます!」

「いいえ。私にはそうは思えなかった。だから、許可したわ」

「ですが!」

「ああ、あの、蓮華様も、思春様も、おおお、落ち着いて下さい!」

 

 亞莎、どもりまくりだぞ。

 

「一騎打ちで決着がつかなかった、それは仕方のない事だ。だが、おめおめと逃がすとは」

「逃げたんじゃない。それは保証する」

「何だと!」

 

 あたしの胸倉をつかむ思春。

 

「思春、やめなさい!」

「しかし、蓮華様!」

「決定を下したのは私よ。もし、本当に戻ってこなければ、罰は受けるわ」

 

 その言葉に、澱みは全く感じられない。

 思春も、それでいくらか冷静さを取り戻したようだ。

 

「……わかりました。明日の刻限まで、待ちましょう。ですが、戻らない場合は追っ手を差し向けます。よろしいですね?」

「ええ、それでいいわ」

「あ、あの、この事は、雪蓮様には……」

「報告しておいて。ありのままを」

「は、はいっ!」

 

 

 

 翌朝。

 

「では、これが一周するまでという事で」

 

 地面に円を描き、中心に棒を立てる。

 太陽光で影ができるから、その動きで時刻を調べる。

 要は日時計。

 ……さて、太史慈は。

 頼むから、蓮華と、あたしの信頼は裏切らないでくれよ……。

 

「それはそうと、綾子。薙刀は砕けたらしいが、得物はどうする気だ?」

「そうだな。とりあえずはこの剣で……」

 

 襄陽で買い求めた剣は、二振り。

 一本は惹かれて買ったものの、錆やら何やらで手入れしないといけない有様だが、ここのところ落ち着く間もなくそのままになっている。

 もう一本は使えるので、とりあえずはこれで行くしかないだろう。

 

「あ、そう言えば」

「ん? どうした、亞莎」

「は、はい。寿春に、鍛冶の名人がいる、と聞いたことがあります」

「鍛冶の名人?」

「そうです。変わった人で、どんなにお金を積んでも、気に入らない人だったら絶対に仕事は受けないそうです。その代わり、その手から生み出される武器は、いずれも名のあるものになるとか」

「なるほど。なら、明日にでも行ってみるか」

「その方がいいわ。貴女が戦えないと、それだけで大変な損失だもの」

「いや~、そんな事はないと思うけどな。それに、あたしには弓もあるし。でも、ちょうどいい機会だし」

 

 変人らしいから、行っても無駄足になるかも知れないが、な。

 

 

 

 昼も過ぎ、日も傾き始めた。

 日時計は、もうすぐ一周を迎えるところ。

 

「……どうやら、来ないようだな」

「いえ、まだ日は沈んでいないわ。もう少し、待ちましょう」

 

 まだか、太史慈。

 蓮華の事だ、戻ってこなければ自分を責めるだろう。

 折角、自信を持って動き始めたところなんだから、挫けさせたくない。

 ……頼む、戻ってこい。

 

「刻限です」

「…………」

「……い、いえ、待って下さい。あっちに砂塵が見えます!」

「何!」

 

 亞莎の声に、皆が視線を向ける。

 確かに、荒野の向こうから何かが向かってくる。

 先頭にいるのは……太史慈だ。

 

「蓮華様、申し訳ありません。ご無礼については、いかようにも処罰を」

「いいのよ、思春。それより、彼女を迎えましょう」

「ハッ!」

 

 良かった、本当に良かった。

 蓮華とあたしは、笑顔で頷き合った。

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