丹陽を目前に、軍議中。
メンツは蓮華に思春、そして亞莎。
雪蓮は来たがったが、冥琳が引き摺って連れて行った。
まぁ、寿春の体制作りがあるしな。
「それで思春。敵の数は?」
「ハッ! およそ五千かと」
率いてきた軍勢は二万。
数の上ではこちらが優勢……だけど。
「相手の将が、あの太史慈なのよね」
「はい。美綴様と互角に打ち合えるだけの猛将、相当に厄介かと」
さりげなく亞莎に人外扱いされている気がするんだが……確かに奴は強い。
「綾子。実際に手合わせした経験からして、どうかしら?」
「そうだな、得意は弓らしいが、それだけじゃなさそうだ。それに、あの時率いていた軍も、一糸の乱れもなかったように思う」
「となると、将としても優れている、と……厄介ですね」
亞莎も、必死に考えを巡らせているようだ。
本人はあまり自覚はないが、冥琳や穏も理由があって自分たちと同じ、軍師として育てようとしている。
……あたしの知識からすると、むしろ呂蒙って智の人ってイメージが強いぐらいだし、素養は間違いないんだろう。
「ともあれ、一戦交える事になるのは避けられないでしょう。戦わずして降る、武門の恥だと宣言したのですから」
「仮に思春が太史慈の立場だったとしても、そう思う?」
「……かも知れません。それ故に、正面から当たるとなれば、相応の覚悟が必要かと」
「今後の事も考えると、あまり多くの犠牲は払えない。とは言え、放置も出来ない……か」
考え込む蓮華。
「なあ」
「何? 綾子」
「太史慈なんだけど……。討ち取るつもりか?」
「え?」
あたしの言葉に、怪訝な顔をする一同。
だって、太史慈は実際に孫策に仕えたんだし、ここで死んじゃったらおかしいだろ?
「綾子様? あの、それはどういう?」
「いや、あれだけの手練れ。あと性根もいいって劉ヨウさんも言っていたじゃん。そんな奴を、いくら戦場だからって言って討ち取るのかな、って」
「綾子の言いたい事はわかるわ。確かに、孫呉にとって、あれだけの人材は欲しいわ」
「とは言え、犠牲は……。ど、どうしましょう……」
手詰まりか。
数で圧倒する事は出来るけど、被害もバカにならない上、太史慈を討ち取らない、となると……。
「……あたしが出る。それしかなさそうだ」
「綾子? 何をする気だ?」
「アイツとは、まだ一騎打ちの決着がついていない。だから、それを利用する」
「利用って……。危険過ぎるぞ、いくら貴様でも」
思春の懸念ももっともだろう。
あの時互角だったとは言え、一瞬の隙が、油断があれば、討ち取られるのはあたしなんだから。
「わかってるさ。だけど、ここは戦場。危険な真似をせずに勝ちだけを拾えるとか、そんな都合よく行かないだろ?」
「それはそうだが……」
「亞莎」
「は、はひっ!」
「太史慈を引き摺りだすのは、あたしでやる。その間に、丹陽を何とかしてくれ」
「ええっ! わ、私がですか?」
「冥琳が信頼して送り出した軍師じゃないか。自信を持て」
「そうね。太史慈が一番の問題なんですから、それを綾子が引き付けてくれる。後は私達の仕事ね」
「そういうこった。頼むぜ、みんな?」
あたしの言葉に、蓮華と思春が大きく頷く。
亞莎も、決意が眼に宿る。
「……わ、わかりました! 綾子様、お気をつけて」
「任せな」
親指を立てて、ニカッと笑う。
丹陽の城。
規模も小さいし、全軍で攻めれば落ちるだろう。
……ま、被害を気にしなければ、だろうけど。
城門の前まで、あたし一騎で進み出る。
敵は弓を構えているものの、射ってくる気配はない。
「太史慈! 美綴が来てやったぞ、こないだの決着をつけないか?」
これで出てこなかったら、手を変えるしかない。
早速、門が開いた。
槍を手にした、太史慈登場。
「よっ、来たな。武人としての決着をつけないか?」
「望むところだ。いざ、尋常に勝負!」
あたしも馬を下り、薙刀を手にする。
「いざ!」
「参る!」
獲物同士がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響く。
「いい腕だ!」
「余裕か?なら、これでどうだ!」
繰り出される槍を受けつつ、間合いを保つ。
「どうした? その程度かい?」
「ほざけ!」
突きと払いの応酬。
勿論、殺したくない相手だけど、だからと言って手加減はできない。
ふふ、久々にゾクゾクする相手だね。
……けど、あたしは負けないよ。
そして、数十合打ち合っただろうか。
パキン!と聞きなれない音が、二人の間で響いた。
「……え?」
「……な、何っ?」
驚いて、手にした薙刀を見る。
見事に、刃がポッキリと欠けている。
そして、太史慈の槍も、穂先がない。
「仕方がない。こうなれば」
「力比べだな!」
回し蹴りを、腕で受け止める。
そして、返す刀で正拳突き。
止められるが、それは囮。
「おりゃ!」
「クッ!」
顎に向けての頭突き。
太史慈は身体を反ってかわすが、すかさず蹴り上げるあたし。
直撃はできなかったが、兜は吹っ飛んだ。
長い髪が、フワッと流れる。
……まぁ、予想はしていたが、太史慈も女だった。
しかしまぁ、どうしてこの世界の女性武将ってのは、どいつもこいつも美形揃いなのやら。
「まだまだぁ!」
反撃の蹴り。
間一髪で避けられたけど、喰らったらタダじゃ済まなさそうだ。
「ふんっ!」
「なんのっ!」
ガシッ!
腕と腕がぶつかり合う。
「それそれっ!」
「……なんてバカ力だっ!」
「それはお互い様だろう、っ!」
その時。
「ワーッ!」
丹陽城から、喚声が上がる。
「何事だ! あっ!」
振り向いた太史慈は、短く叫んだ。
城内から、煙が上がっている。
どうやら、亞莎が上手くやったらしいな。
「は、謀ったな!」
「謀ったとは人聞きが悪いな。正々堂々と勝負はしてるだろ?」
「クッ! この場は預ける!」
「おっと。そうはいかないと思うぜ?」
「何だと!」
城門の上に、一斉に立つ弓兵。
全員が、太史慈に狙いを付けている。
「そ、そんな……いつの間に」
「大人しくしてくれるな? あたしは、アンタを殺したくない」
「……わかった。投降する」
太史慈は、抜き払った剣を、地面に置いた。
彼女を連れ、本陣へ戻った。
亞莎と思春は、丹陽の制圧に向かっていて、この場にいるのは蓮華とあたしだけ。
「あなたが、太史慈ね」
「……そうだ。私を、どうする気だ?」
「できる事なら、力を貸して欲しいの」
「孫策の野望のためにか?」
「違うわ。呉の民のため」
「呉の……民?」
怪訝な顔をする太史慈。
「そう。攻めこまれた貴女達にしてみれば、私達の行動は野心によるもの、そう見えても仕方のない事。だけど、この地の民は、本当に安寧に暮らせているかしら? 盗賊に怯え、戦乱に泣いている」
「それはそうかも知れない。だが、この地の事はこの地の者が決める事だ。他人に指図される事ではない」
「ええ、そうね。でもね、私達はそのままで見て見ぬふりはできないわ。だから、民を守るためなら、武力行使も辞さない。少なくとも、孫家はその信念で動いているわ」
「…………」
蓮華は、何だかんだでやっぱり王たる資質を持っていると思う。
「それが嘘か真か、貴方の眼で確かめたらいいわ。もし、私の言葉が偽りだった、そう思ったなら、もう引き止めはしない」
「随分と、自信があるのだな」
「ええ。そこの、綾子のお陰でね」
どうして、そこであたしの名前が出る?
「なるほど。ただ武が優れているだけの御仁ではない、という事か」
「……いやいや。あまり過大評価しないで欲しいんだけどな」
「ふふ、面白い。いいだろう、暫くここに置かせて貰う。その前に、一つだけ、提案がある」
「提案?」
蓮華が首を傾げる。
「そうだ。丹陽は落ちたが、兵達は散らばっているだけだ。その中には勇者も少なくない、これを集めて来たいのだ」
「それで、一時解き放て、そう言いたいのね?」
「そうだ」
太史慈の言葉にしばし考え、そして、
「綾子。どうかしら?」
……あたしに振るな。
あたしは軍師でも何でもないんだが。
「どう、と言われても……」
「太史慈という人物を、少なくとも私よりも知っているのは貴女よ。そのあなたから見て、この提案はどう思うか、意見を聞かせて欲しいのだけど?」
「……そう来たか。あたしは、太史慈の提案、悪くないと思う」
「そう。なら、任せるわ。ただし、期限は設けさせて貰うけど、いいかしら?」
「勿論だ。明日の日暮れまでに戻ってくる」
太史慈という人物を、信じるしかない。
「蓮華様! 何という事を。綾子、貴様がついていながら!」
制圧を済ませ、本陣に戻ってきた思春は、あたし達に詰め寄ってきた。
「逃げるための口実、そうに決まってます!」
「いいえ。私にはそうは思えなかった。だから、許可したわ」
「ですが!」
「ああ、あの、蓮華様も、思春様も、おおお、落ち着いて下さい!」
亞莎、どもりまくりだぞ。
「一騎打ちで決着がつかなかった、それは仕方のない事だ。だが、おめおめと逃がすとは」
「逃げたんじゃない。それは保証する」
「何だと!」
あたしの胸倉をつかむ思春。
「思春、やめなさい!」
「しかし、蓮華様!」
「決定を下したのは私よ。もし、本当に戻ってこなければ、罰は受けるわ」
その言葉に、澱みは全く感じられない。
思春も、それでいくらか冷静さを取り戻したようだ。
「……わかりました。明日の刻限まで、待ちましょう。ですが、戻らない場合は追っ手を差し向けます。よろしいですね?」
「ええ、それでいいわ」
「あ、あの、この事は、雪蓮様には……」
「報告しておいて。ありのままを」
「は、はいっ!」
翌朝。
「では、これが一周するまでという事で」
地面に円を描き、中心に棒を立てる。
太陽光で影ができるから、その動きで時刻を調べる。
要は日時計。
……さて、太史慈は。
頼むから、蓮華と、あたしの信頼は裏切らないでくれよ……。
「それはそうと、綾子。薙刀は砕けたらしいが、得物はどうする気だ?」
「そうだな。とりあえずはこの剣で……」
襄陽で買い求めた剣は、二振り。
一本は惹かれて買ったものの、錆やら何やらで手入れしないといけない有様だが、ここのところ落ち着く間もなくそのままになっている。
もう一本は使えるので、とりあえずはこれで行くしかないだろう。
「あ、そう言えば」
「ん? どうした、亞莎」
「は、はい。寿春に、鍛冶の名人がいる、と聞いたことがあります」
「鍛冶の名人?」
「そうです。変わった人で、どんなにお金を積んでも、気に入らない人だったら絶対に仕事は受けないそうです。その代わり、その手から生み出される武器は、いずれも名のあるものになるとか」
「なるほど。なら、明日にでも行ってみるか」
「その方がいいわ。貴女が戦えないと、それだけで大変な損失だもの」
「いや~、そんな事はないと思うけどな。それに、あたしには弓もあるし。でも、ちょうどいい機会だし」
変人らしいから、行っても無駄足になるかも知れないが、な。
昼も過ぎ、日も傾き始めた。
日時計は、もうすぐ一周を迎えるところ。
「……どうやら、来ないようだな」
「いえ、まだ日は沈んでいないわ。もう少し、待ちましょう」
まだか、太史慈。
蓮華の事だ、戻ってこなければ自分を責めるだろう。
折角、自信を持って動き始めたところなんだから、挫けさせたくない。
……頼む、戻ってこい。
「刻限です」
「…………」
「……い、いえ、待って下さい。あっちに砂塵が見えます!」
「何!」
亞莎の声に、皆が視線を向ける。
確かに、荒野の向こうから何かが向かってくる。
先頭にいるのは……太史慈だ。
「蓮華様、申し訳ありません。ご無礼については、いかようにも処罰を」
「いいのよ、思春。それより、彼女を迎えましょう」
「ハッ!」
良かった、本当に良かった。
蓮華とあたしは、笑顔で頷き合った。