綾子†無双   作:はるたか㌠

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十七

 会稽の太守、王朗。

 一応、降伏を求める使者を出してみたらしい。

 が、劉ヨウの残党やら周辺の豪族やらが彼につき、抵抗の姿勢を見せた。

 という事で、戦う事が決まった。

 揚州に残る最後の有力な勢力らしいから、これが終わればしばらくは平穏な日々になる筈。

 ……らしい、ってのは、あたしの出番がないから。

 雪蓮が、私も戦いた~い、と……要は駄々をこねた結果だったりするんだが。

 

「止めたら止めたで勝手に抜け出すだろうから、それぐらいなら行かせるか」

 

 と、冥琳がしぶしぶ許可を出した。

 まぁ、何というか……雪蓮らしいな。

 もっとも、太史慈クラスの将はいない、って話だし。

 祭さんと穏が同行しているから、恐らく何も問題なく片付くだろうけどさ。

 そんな訳で、あたしは居残り。

 ……なんだが、冥琳に呼び出された。

 はて、何だろう。

 

「呼んだか?」

「あ、すまんな。休んでいたところだろう?」

「別に構わないさ」

「そうか。まぁ、かけてくれ」

 

 勧められた椅子に腰掛けると、冥琳は改まった顔で、

 

「まず、改めて礼を言わせて欲しい。この揚州が、あと一歩でまとまる。その立役者は、間違いなく綾子だ」

 

 頭を下げられてしまった。

 

「よ、よせよ。あたしは太史慈と戦ったぐらいだぞ?」

「だが、それが大きかった。そして、劉ヨウが降服したのもある」

「いや、あれは千花(魯粛)の功だし」

「ふ、相変わらず謙遜するのだな。ま、それが良いところでもあるのだが」

 

 と、眼鏡を直す冥琳。

 

「そこで、綾子に二つほど頼みがある。聞いてくれるか?」

「……事と次第による。書類仕事なら、全力で願い下げだ」

「ふふ、安心しろ。それなら、まだ今のところはない」

 

 今のところ、って事はそのうちにあるのかよ。

 頼むから、それは振らないでくれ。

 

「……ならいいけど。で、何をしろって言うんだ?」

「まず一つ目だが、領内の巡検を頼みたい。城下はどうにでもなるが、ここを離れればそうもいかん。まだ手に入れたばかりの地で、勝手もわからん。だから村々を回って、様子を見てきて欲しいのだ。もちろん、不逞な輩の退治もな」

「そりゃいいが、あたしが行けばいろいろと聞かれると思うぜ? 正直、政治向きの話になったら、あたしじゃ無理だ」

「だろうな。想定される問答については、書簡に認めておく。文字は、だいぶ読めるようになったのであろう?」

 

 そりゃ、字が読めなきゃ何も出来ないからな。

 言葉は通じるけど、文字だけは古代中国のままだから、厄介だった。

 漢字だから何とかなるだろう、ってのは甘かったし……そもそもあたしは漢文が得意でもなかった。

 教科書みたいにレ点付きならともかく、白文だぜ?

 字も微妙に違っている上に、パソコンとか印刷なんて気の利いた技術はある訳もないから、全て手書き。

 とにかく、地図を見るのと文字を覚えるのだけは必死にならざるを得ない。

 おかげで、どうにか日常の読み書きは支障のないレベルにはなった、と思う。

 それでも時々、読めない字が出てきて頭を抱えてるけどな。

 

「ま、とにかくわかった。で、もう一つは?」

「人材発掘だ」

「人材発掘?」

「ああ。劉ヨウもどうやら、人材を求める事にあまり熱心ではなかったようでな。何人か面談をしてみたが、将たる器の人材がいなかった。だが、揚州を束ねていくとなれば、今のままではあまりにも手不足だ」

「それはわかる。でも、何故にあたしなんだ?」

「人を惹きつけるものを備え、人を見る目もある。そしてかつ、比較的自由に動ける人物。……綾子以外に、適任はいないと思ってな」

「……あのなぁ。過大評価し過ぎなんだよ、あたしを」

「では、無理だと言うのか?」

「無理って言うか、そこまで期待されても応えられるだけの自信なんてないって」

「ふむ。……では、この書類の処理を、やはり手伝って貰おうか」

 

 冥琳の机に、山のように積まれた書簡。

 実際、これぐらいでもこなせるからこそこうなっているんだろうけど。

 

「く、謀ったな、冥琳!」

「人聞きの悪い事を言わないで欲しいものだ。私は、選択肢を与えているのだぞ?」

 

 だったら、ニヤニヤと笑うな。

 

「何も最終的な判断まで下せ、とは言わんよ。それは、私の方でやる。ただ、最初の目利きは任せたいのだ」

「わかったよ。あたしだって、別に怠けたい訳じゃないからな」

「頼んだぞ、綾子」

 

 全く、あたしは便利屋かよ。

 人を遊ばせておく余裕が無い現状、冥琳なりに考えているんだろうけど……ハァ。

 

「綾子お姉ちゃん!」

 

 いきなり、小蓮乱入。

 

「どうしたのです、小蓮様」

「ねーねー、シャオも連れてって、巡検に」

「は?」

 

 唐突に何を言い出すんだ、この娘は。

 

「だってシャオも、お仕事したいんだもん」

「いや、それはわかるが……。どうして、巡検なんだ?」

「もちろん、綾子お姉ちゃんと一緒だからよ」

 

 う~む、何という直球勝負。

 イラブクラゲも真っ青だな。

 

「小蓮様。これは遊びではありませんぞ?」

「む~、また冥琳ったら、シャオの事子供扱いするんだから」

 

 いや、そこでムキになるところがお子様なんだけど。

 

「しかしな、小蓮。まだこの地は、治安も不安定だ。黄巾党の残党を見たって話もあるんだし」

「大丈夫よ。シャオだって戦えるもん」

「そうじゃなくってな……」

 

 あたしと冥琳は、互いに肩を竦めた。

 

「どうする?」

「……仕方ないだろう。小蓮様は、言い出したら聞かないからな」

 

 冥琳は大きくため息を一つ。

 

「小蓮様。では、綾子に同行を認めます。ただし、綾子の指示に従う事と決して無理はしない事、これが条件です。宜しいですか?」

「わかった。よろしくね、綾子お姉ちゃん!」

 

 ……不安だ。

 とは言え、この天真爛漫さ、何も言えないあたしだった。

 

 

 

「では、困り事があれば城へ伝えるようにな」

「見廻り、ご苦労様です」

 

 この村も問題なし、と。

 小蓮は言いつけ通り、大人しくしている。

 ……つーか、むしろ歓迎されてすらいる。

 これだけ愛らしく天真爛漫な子供なんだ、大抵の大人は弱い。

 ……本人はそう言われると、嫌がりそうだけどな。

 勿論良からぬ企みを持って近付く不届き者もいたが、とりあえずボコっておいた。

 一応、保護者として。

 この時代にもロ○コンはいるんだな、と妙なところで感心してしまったが。

 そういう輩はさておき、あの娘が歓迎されたのは事実。

 本人がカミングアウトしてしまい、孫家の末娘って知られた時は、思わず頭を抱えたが。

 ……少しは、人を疑う事も覚えるべきだぞ、小蓮。

 

「あれ~?」

「どうした?」

 

 四つ目の村を出て、五つ目の村が見えてきた頃。

 小蓮が、不意に声を上げた。

 

「綾子お姉ちゃん、あそこに誰か倒れてるよ?」

「何処だ?」

「ほら、あそこだって。見えない?」

 

 この時代の人は、エラく眼がいい。

 あたしもそこまで視力は悪くないけど、現代人の生活はとにかく眼を酷使する。

 ……ってのが、こっちに来てから痛感した事。

 パソコンもテレビもない、ケータイはあるけどメールもウェブも使えないので、画面を見続けるという事が皆無。

 眼は疲れないし、以前よりも遠目が効くようになった気がするし。

 ……でも、まだまだ追いつかないようだけどな。

 

「小蓮、あたしの馬に」

「え? う、うん」

 

 小蓮を前に載せた。

 

「おい、二名ほど先に行け。人が倒れているらしいから、確かめてくれ」

「ハッ!」

 

 命を受けた兵士は、即座に駆けていく。

 

「綾子お姉ちゃん、どうしたの?」

「万が一、という事もあるからな。小蓮に何かあったら大変だ」

「でもシャオだって戦えるよ?」

「わかってるさ。それでも、あたしは小蓮を守る」

「……ありがとう、お姉ちゃん」

 

 何だかんだで、嬉しいらしい。

 

「美綴様、どうやら行き倒れのようです!」

 

 お前、もう行って来たのかよ。

 いくら馬でも、結構な距離があるんだが……。

 

「お姉ちゃん、行ってみようよ!」

「よし」

 

 馬を駆けさせ、その場所へ。

 流石に、馬は速い。

 ほどなく、到着。

 

「この者です」

「怪我は?」

「はい、調べましたが目だったものは特に」

 

 そんなやり取りを始めた時、小蓮が馬から降りた。

 馬上からは結構な高さがあるんだが、器用なものだ。

 

「ねぇ、大丈夫?」

 

 倒れていた少年は、あたしと同年代ぐらいかな?

 身なりはややみすぼらしいが、傍らに落ちているさすまたみたいな格好の槍からして、武人なのだろう。

 身体つきも細身だけど、逆に無駄がない印象だし。

 どうやら、誰かに襲われたとか、そっちの線はなさそうだ。

 

「お姉ちゃん、どうしよう」

「とりあえず、村まで運ぼう。誰かこの先の村で、医者がいないかどうか聞いてきてくれ!」

「ハッ、ただちに!」

 

 兵士に指示を出した後、胸に手を当ててみる。

 鼓動が聞こえる……どうやら、心臓は動いているな。

 息もしているから、至急の手当てが必要、という訳ではなさそう。

 

「う……」

「あ、お姉ちゃん」

「ああ、気がついたらしいな」

 

 小蓮が、顔を覗き込む。

 

「……は……」

「は?」

「腹が……減って。な、何か食わせて……」

 

 小蓮と顔を見合わせる。

 やれやれ、空腹で倒れていただけか。

 とにかく、命に別状はなさそうだな。

 

「しょうがないなぁ。ほら、お饅頭あげる」

 

 小蓮が腰に下げた巾着から、やや小振りの饅頭を取り出した。

 

「よく持ってたな、そんなもの」

「武人のたしなみよ。こうしておけば、いつお腹が空いても平気でしょ?」

 

 そりゃそうだが、武人のたしなみって……吹き込んだ奴は、後でシメておかないとな。

 

「う……」

 

 饅頭を見て、彼は即座に反応。

 

「ガツガツ……う、み、水!」

「慌てないの、はい」

「んくっ、んくっ、んくっ……。プハッ!」

 

 まさにツーカーだな、小蓮。

 面倒見の良さは意外だったけど、物怖じしないってのは流石だね。

 

「ねぇねぇ、あなた。名前は?」

「凌統……。あ、アンタは?」

「シャオは孫尚香。よろしくね」

「あ、ああ……」

 

 出番がないな、あたしは。

 凌統、か。

 やっぱり、歴史にも登場する、呉の武将。

 もう驚きはしないけど、まさかこんな形で出会うとは、ね。

 

 

 

 目の前に並べられた皿が、みるみるうちに空になっていく。

 

「よく食べるね……」

「ひゃって、いつひゃもなにもちゃべていにゃい」

「ああ、もう! 口に物を入れて話さないの!」

 

 小蓮、まるで姉気取りだな。

 ……どう見ても、逆だけどな。

 二人に聞こえないように、あたしは食堂のオヤジと話をする。

 

「なぁ。支払いは、寿春城にツケといてくれるかな?」

「は、はぁ……」

「頼む。流石にこれを建て替える自信がない」

 

 頭でも何でも下げちゃう。

 つーか、マジでシャレにならんぞ、これ。

 

「ほら、口の周りがベトベト。拭いてあげる」

「すまにゃい。おれは」

「だーかーらー、お行儀悪すぎだって!」

 

 ……とりあえず、見ている方が気持ち悪くなってくるな、この食べっぷりは。

 

 

 

「ふう……。人心地ついた」

「全く、いくら何でも食べすぎよ?」

「仕方ないだろ。路銀が尽きて、何も食べてなかっただから」

 

 それにしたって、魚を捕るなり出来ただろうに、と内心でツッコミを入れておく。

 

「あんなところで行き倒れになって、どうする気だったんだ?」

「あ、そうそう。俺の親父が病気で倒れちまったって便りが来たんで、余杭から急いで来る途中だったんだけど……。途中で、財布を無くしちまって」

「ドジね。それで、あんなにお腹を空かせていたんだ」

「う、うっせ!」

「でも、それなら親父さんのところに、急がないといけないんじゃないか?」

「あ、そ、そうだった! いけね!」

 

 凌統は急に立ち上がると、持ち物の大剣を手に取った。

 

「世話になった。この恩は、必ず返す!」

「ちょっと待ちなさいよ!」

「な、何だよ?」

 

 小蓮の声に、凌統は振り向く。

 

「バカねぇ、アンタ。路銀もないのに、この先旅をする気?」

「……けど、俺は行かなきゃならないんだ。路銀は……ないけど」

「しょうがないわね。これ、持って行きなさい」

 

 と、懐の袋を手渡した。

 

「これは……金?」

「そうよ。シャオのお小遣いだけど、持って行きなさいよ」

「そ、そんな。メシを食わせて貰った上に、こんな」

「いいのよ。だって、恩は返してくれるんでしょ?」

「……ああ。この槍に誓って」

「なら、さっさと行きなさい」

「わかった。必ず、戻るからな。孫尚香と……誰だっけ?」

 

 某喜劇のノリで、ずっこけそうになるあたし。

 

「……美綴綾子だ」

「美綴か、よしわかった。じゃあな、いろいろとありがとうよ!」

 

 そして、砂埃を上げて去っていく。

 ……マンガのキャラみたいな奴だな、ありゃ。

 にしても。

 

「小蓮」

「うん?」

 

 あたしは、小蓮の頭に手を載せ、撫でた。

 

「綾子お姉ちゃん?」

「……こう言っちゃ悪いけど、あたし、小蓮の事見直した。あたしの出番がなかったからな」

「だって、見てられなかったんだもん。あの子、危なっかしくて」

「ま、そうだけどさ。……やっぱ、小蓮も、立派な孫家の娘、って訳だ」

「ありがとう、お姉ちゃん。シャオ、嬉しいよ」

 

 いい笑顔が見られた。

 ……凌統は、戻ってくるだろう。

 小蓮の恩、借りたままにするにはちょっとでかいぜ?

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