綾子†無双   作:はるたか㌠

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十八

「いい天気ですねぇ」

「うむ。これは絶好の月見酒日和だな」

「……祭さん。終わってからにして下さいね、酒は。冥琳に小言喰らうのは願い下げですから」

「わかっておる。儂を何だと思っておる」

 

 ……いや、雪蓮と貴女に関しては、酒にまつわる逸話だらけですし。

 

 今日も、あたしは巡検に出ている。

 小蓮はまた同行したがったが、賊が出没している……という情報があったので、置いてきた。

 ……雪蓮が折よく戻ってきて、助かった。

 雪蓮と蓮華のステレオ説得(と言う事にしておいてくれ)が効いたな。

 勿論、戦闘に備えて兵も多めに連れてきている。

 あまり多いと無意味に民を威圧する格好にもなるので、バランスが難しいところだけど。

 それもあり、祭さんが一緒に来てくれている。

 

「やれやれ、冥琳も人使いが荒いの。年寄りはもっと労るものじゃ」

 

 祭さん、貴女そこまでトシでもないでしょ。

 

「そう言わずにお願いしますよ。昔、祭さんはこのあたりも行き来したって聞いていますし」

「昔の話じゃがな。まだ、堅殿が若かりし時分でな」

「それでも、土地勘があるとないとでは大違いですよ」

「ま、お前程の者に頼られるのは、悪い気はせぬが、な」

 

 祭さんに評価されるのは、素直に嬉しい。

 ……母さんみたいな人だからかも知れないな、いろんな意味で。

 

「綾子。今、何やらよからぬ事を考えておらなんだか?」

「え~と。何の事ですか、一体?」

「惚けおって。まぁよい」

 

 危ない危ない、鋭いお人だ。

 

 今日は、長江付近の村を廻るコース。

 

「この辺りは、昔から洪水が多くてな。土地は肥沃なんじゃが」

「でしょうね」

 

 家は皆、頑丈な石垣の上に立てられている。

 洪水対策の知恵だろう。

 

「……けど、田畑はそのままですね」

「気付いたか。家はあれで良いが、作物は土の上でなければ無理じゃからな」

 

 じゃあ、洪水の度に流されてしまう訳か。

 何せ川と言っても、あたしが知っている奴とはスケールがダンチ。

 大げさに言えば、向こう岸が霞んでみえるぐらい。

 鎧をつけて泳げ、とか言われたら相当にしんどいだろうな。

 これが氾濫したら……と思うと、ゾッとする。

 

「民も困っておるのだが。綾子、何か良い策はないか?」

 

 と、祭さんはあたしの顔を覗き込む。

 こうして、祭さんはよく人を試す。

 一生懸命考えたりいいアイディアを出せば褒めて貰える。

 逆にいい加減な事や頓珍漢な事を言うと、容赦なく拳骨が飛んで来る。

 雪蓮も何度となく洗礼を浴びているらしく、祭さんの前では上手く立ち回っている印象がある。

 あたしも今のところは無事だけど……どんだけ恐れられているんだ、この人は。

 

「いや、治水をすればいいってのはわかるんですが……」

 

 コンクリートで護岸工事をすればいいんだろうけど、そもそもコンクリートってどう作るんだ?

 石灰と砂を水で混ぜればいいんだろうけど、分量とか知らないし。

 それに測量技術だって、まだまだ原始的だろうし。

 やるとしても伊能忠敬みたいに、歩幅とロープみたいにとかその程度だろう。

 後は……思いつくのは信玄堤、とか?

 でもあれですら何十年もかかったって記憶があるし、そもそも川幅が違いすぎる。

 根気よく川底をさらうとか、そんな水深でもないし……無理だな。

 

「そうですね。思いつくのは、放水路とか、そんな程度ですかね」

「放水路?」

「ええ。川は一本だと、水量が増えれば水位が上がって、そのうちに溢れますよね」

「当たり前ではないか。そのぐらい、儂とて承知しておる」

 

 祭さんはムッとする。

 いや、バカにした訳じゃないんですけど……。

 

「でも、一本の川が、数本に枝分かれしていたら、どうなると思います?」

「それは、水もその分、分散して……成程、そういう事か」

「はい。ただ、新たに川を作るような真似をする事になるので、労力がハンパじゃありませんけど」

「……確かにな。権殿の代ですら完成しそうにはない話だ」

「ブルトーザーとか、ショベルカーもないしな……」

「ぶるとうざあ? しょべるかあ?」

 

 祭さんの頭に、クエスチョンマークが見える。

 ……わかる訳ないか、てかあたしの独り言に反応しないで下さい。

 

「あたしの国にある道具です」

「ふむ。それは、職人たちに作らせる事は出来るのか?」

「無理ですね。それだけの技術は、どこにもないでしょう」

「ますます興味深いな、綾子の国は。儂も元気なうちに一度見てみたいものじゃ」

 

 見せてあげたいけど、それは無理です。

 ……祭さんを連れて行ったら、豊富な酒の種類の方に関心が行きそうだけどさ。

 

「もしくは、浮稲みたいなのがあればいいんですけどね」

「浮稲? 稲が浮くのか?」

「あ、そうじゃなく。稲の背丈がとんでもなく高い種類で、水嵩が増しても穂が水没しないんです」

「それも、綾子の国にあるのか?」

「いえ。確か……ベトナムとかラオスあたりに行けば」

「……聞かぬ名じゃが。南越あたりか?」

 

 南越とは、南にいる異民族の国……って、地図にあった。

 いわゆる中国から見て南東側は全部南越と記されているから、間違いではないかな。

 ……でも、この時代にあるのか、あれ?

 

「あたしも見た事はないんですが。聞いた話ですよ」

「それがあれば、田を作らずとも湿地で米が取れる、か」

 

 ブツブツ言ってる。

 あたしのいた時代の知識と技術が全て揃っていたら、どれだけ豊かになるんだろうな。

 ただ、それが正しい事なのかどうかは微妙な気もする。

 

「よし。呉が安泰となったら、南越に出向いてみようぞ」

「……へ?」

「何じゃ、その顔は。綾子も聞いただけの話と言うが、お主の伝聞はかなりアテになるではないか」

「い、いや……。それはですね、結果論で」

「つべこべ言うでない! その時は頼むぞ」

 

 ……もしかして、またやっちゃったか、あたし?

 思わず、天を仰いでしまう。

 

「ふふ。まだまだ底を見せぬとは。全く、お主が味方で良かったと思うぞ、つくづくな」

 

 まぁ、褒められるのは嬉しいけどさ。

 今度、胃薬でも処方して貰うかな……胃に穴が空きそう。

 

「申し上げます!」

 

 と、そこに兵士が一人、慌ただしくやって来た。

 

「何事か!」

「ハッ! この先で、煙が上がっております」

「煙? 綾子、参るぞ」

「え? あ、はい!」

 

 何やら、雲行きが怪しくなってきたな。

 祭さんに続いて、近くの高台に登ると。

 

「煙が……いや、火も見える。火事か?」

「ただの火事ではあるまい。火の勢いが強すぎるし、範囲も広い」

 

 付近には人家もないし、山火事としては不自然だ。

 

「誰ぞある!」

「ははっ!」

「斥候を放て! それから、周囲を警戒せよ! 手の空いているものは、水を探して消火の準備をせい!」

 

 祭さんが、テキパキと指示を出す。

 

「綾子。どう考える?」

「山火事や野火の可能性もあります。ここしばらく、晴天が続いて乾燥していますから」

「確かにそうじゃ。……が、何やら嫌な予感がしての。杞憂で済めばよいのじゃが……」

 

 勘、か。

 雪蓮もそうけど、ここの人達の勘が、バカに出来ない事を最近、改めて感じている。

 ましてや、百戦錬磨の祭さんが言う事だ。

 ……当たらないといいな、ホント。

 

 火はかなり燃え盛っているらしい。

 空気が乾燥しているだけに、余計に始末が悪い。

 

「黄蓋様! 泉がありました!」

 

 待ちに待った、消火用水源は確保したな。

 

「よし、直ぐに取りかかれ!」

「はいっ!」

 

 あ、そうだ。

 これなら、使っても問題ない未来知識だろう。

 そんなものを、あたしは思いついた。

 

「祭さん!」

「何じゃ?」

「バケツリレーをやれば、少しは早く消せるかも知れません」

「ばけつりれえ?」

「はい。兵士達の冑に水を汲んで、自分で運ぶのではなく、大勢で協力するんです。おい、何人か来てくれ」

「ハッ」

 

 あたしは兵士を一列に並べ、手本を見せる事にした。

 

「そうだな、桶はないだろうから兜で代用しよう。まず一人が水を汲み、それを次の人に手渡す。で、火元に近い人間が水をかける。こうして数珠繋ぎになって、順々に水を手渡しで運ぶんだ」

「ですが、火の勢いは盛んです。これでは、追いつかないのでは?」

 

 兵士の一人が、疑問を示す。

 

「確かにそうだが、なら皆が一人ずつ泉に行き、火元まで走るのを繰り返せばどうなる?」

「……草臥(くたび)れますな、確実に」

「そうさ。それだけじゃない、泉自体はさほど大きいものじゃない。一斉に殺到すれば、水を汲むのに順番待ちになる。その時間も無駄になるだろ?」

「成程。一見非効率に見えますが、これならむしろ効率が良くなります」

 

 うん、どうやら理解して貰えたようだな。

 

「さあ、皆並べ! それから、水汲み担当と火消し担当は適宜交代するんだ、運動量が多くなるからな」

「了解であります!」

 

 そこまで指示を出してから、あたしは祭さんの所に戻った。

 

「後は皆で頑張るしかありません。あたしも、兵を手伝います」

「待たんか、阿呆が」

 

 ゴツンと拳骨を喰らってしまった。

 うう、手加減なしかよ……。

 

「な、何をするんですか!」

 

 涙目のあたしを、祭さんは厳しい顔で睨み付ける。

 

「お主の策、これは妙案じゃ。しかしな綾子、将たる者、すべき事を見誤ってはならぬ」

「…………」

「さっきも言っておったが、役割は適宜入れ替えるのであろう? その指示は誰が出すのじゃ? 消火に懸命になっている兵に、それを考えろと申すのか?」

「そ、それは……」

「それだけではない。火は一カ所ではないのだ、消火する地点もその都度変えねばならぬし、そうなればこの並びの長さも調整となる。それはどうするのじゃ」

 

 ビシビシと指摘され、あたしは何も言えない。

 ……そうだ。

 それを動かす人間がいなければ、折角のアイディアも企画倒れになってしまう。

 

「……どうやら、わかったようじゃな。綾子、将とは何だ? 先頭に立ち、敵を殺す事か? 武を磨き、自己陶酔していれば良い存在なのか?」

「違います……。それならば、将である必要はありません」

「その通り。前者はただの猪、一兵卒ならばまだ存在価値があろうが、将としては最悪じゃ。後者は、武芸者であって将ではない。わかるな?」

「……はい」

「もっと視野を広く持て。人の上に立つという事は、従う者全てに責任を持つ事でもある。肝に銘じておくのじゃ、良いな?」

「わかりました。……ありがとうございます、祭さん」

「わかったら、さっさと動かんか。火の手は、待ってはくれぬぞ!」

「は、はい!」

 

 弾かれたように、あたしは動き出した。

 

 

 

 あたしも戸惑いながらも兵の動きを、火の手を見ながら指示を出す。

 兵たちも初めてのバケツリレーながら、懸命に指示通りに動こうとしてくれた。

 お陰で、一部だけだが消し止める事が出来た。

 その間に、手空きの兵が斧で木を切り倒していた。

 祭さんが、延焼を食い止めるために指示を出していたらしい。

 そこまでは気が回らなかったが、適切な処置だと思う。

 ……まだまだ、祭さんには敵わない、いろいろと。

 

「後は、雨が降るのを待つ他あるまい」

「そうですね」

 

 兵達は皆、疲労困憊で座り込んでいる。

 合戦とは違うが、あれだけ必死で動き回ったんだから当然だろう。

 

「綾子。さっきはあのような事を言ったが……。その後の指揮、なかなかのものじゃ」

「……いえ。あたしはわかってなかったんです、自分の思いつきに夢中になり過ぎて。その先まで考えなくて」

「それがわかったら、二度と同じ過ちを繰り返すでないぞ? さもなくば、いつでもコレじゃ」

 

 と、殴る仕草を見せる祭さん。

 

「兵はの、率いる兵の用い方一つで、無敵の槍とも有象無象の集団ともなり得る。無論、普段の調練は欠かせぬが、それだけでは戦場で勝利を得る事は適わぬ」

 

 経験と実績に裏打ちされた、祭さんの言葉。

 まさしく、千金に値すると思う。

 

 

 

「も、申し上げます!」

 

 息も絶え絶えの兵士が、他の兵士に抱えられてやって来た。

 

「おお、お主は斥候に出した者ではないか」

「は、はっ!……お、遅くなりまして……ゼェ、ゼェ」

「良い。して、どうであった?」

「そ、それが……」

 

 息を整えつつも、兵は言葉を選ぼうとしているように見えた。

 

「ええぃ、有り体に申せ!」

「は、はっ! では」

 

 祭さんの一喝に、意を決したようだ。

 

「こ、この先に、小さな村がございます」

「え? そんな村、あったかな……」

 

 あたしは地図を広げ、首を傾げる。

 

「儂も覚えがないな。まぁよいわ、して?」

「……村人が……全滅しているようでした」

「ぜ、全滅?」

「皆殺しという事か?」

 

 あたしも祭さんも、二の句が継げない。

 信じたくないが、目の前でうなだれる兵士が、嘘を告げる訳もない。

 

「……綾子。参るぞ」

「祭さん?」

 

 祭さんが、ブルブルと身体を震わせている。

 ……本気だ、祭さんが本気で怒っている。

 

「このような真似をする輩、相応の報いを与えねばなるまい?」

「で、ですが。犯人が誰だかもまだ」

「だから、探すのじゃ。手がかりを持ってな」

「……では、その村に行くのですね」

「そうじゃ。……ただ、まさに地獄の様相であろう。もし見るに堪えぬのであれば、無理強いはせぬ」

「……いえ、行きます。これも、将たる務めでしょうから」

「……そうか」

 

 それ以上、祭さんは何も言わなかった。

 そう、あたしはもう決めたんだ、今更逃げるつもりもないし、それはあたし自身が許さない。

 

「皆の者! よう聞けい!」

 

 祭さんの言葉に、兵達が顔を上げる。

 

「消火で奔走し、皆が疲れている事はよく存じておる! だが、悪逆非道な賊どもが、すぐ近くにいるようじゃ! 正体を突き止め次第、そ奴らに天罰を下す! もう一踏ん張り、皆の力を貸して貰いたい!」

「応!」

「応!」

 

 声も出せないかと思った兵達が、祭さんの檄に気勢を上げている。

 ……凄い、やっぱり祭さんは。

 

「では、儂と綾子は村を見て参る。それまで、この場にて全員待機して備えよ。それから、ご苦労だがこの事を寿春城へ伝えるのじゃ」

「ハッ!」

 

 

 

 確かに、小さな村だった。

 ……動く者は、皆無。

 家という家は全て焼け落ち、道には人……だった物体が横たわっている。

 ある人は喉を切られ、ある人は腹を切られて、腸がはみ出ていた。

 ハリウッドのホラー映画なんて、これを見たら怖くも何ともなくなるだろう。

 こみ上げる吐き気を抑えるのに、あたしはそんな事を思っていた。

 

「酷い……。ここまでするか……」

 

 殺されているのは、男だけじゃない。

 あたしの目の前には、子供の小さな腕が転がっている。

 派手な音を立てて、また一軒、焼け落ちた。

 

「惨いな……。本当に、全滅させられたようじゃ」

「こんなの……。こんなのって……」

「綾子。……これは現実。受け入れるしかあるまい」

「……わかってます! わかってますけど……クッ!」

 

 視界がぼやける。

 ……あたし、泣いている……の?

 

「ム? 誰じゃ!」

 

 祭さんが、素早く弓を構え、何かを射た。

 

「ぐわっ!」

 

 茂みの向こうで、人が転がるのが見える。

 見ると、黄色の布を頭に巻いた、小男だった。

 ……黄巾党の残党か……。

 

「い、痛ぇよ!」

「痛いじゃと? 屑の分際で何を言うか!」

 

 グッと鏃を押し込む祭さん。

 

「ぎゃああああっ!」

「貴様。この村を、何故襲った?」

「そ、そりゃ、村を襲えば食い物も女も手に入るから……ウギャーッ!」

 

 男は、ギリギリと首を締め上げられる。

 

「おい。仲間はどうした?」

「し、知らねぇな」

「そうか。なら、貴様に用はない」

 

 祭さんは剣を抜くと、

 

「ぎゃああああ!」

 

 男の片耳を切り落とした。

 

「最後の機会をやろう。仲間はどうした?」

「……あ、い、言う! 言うから、殺さないでくれ!」

「いいだろう。それで?」

「こ、ここから十五里ほど山奥に入ると、山塞がある。そ、そこが俺達のねぐらだ」

「で、人数は?」

「たた、た、確か、二百人ぐらいだ」

「他にはいないんだな?」

「い、いない。本当だ、信じてくれ!」

 

 殺気を緩めない祭さんに、男は失禁していた。

 

「そうか」

 

 男は、もう片方の耳も、切り落とされた。

 

「あ、ああああ……」

 

 傷みと恐怖で、気絶……したらしい。

 

「直ちに、兵達を連れて参れ!」

「ははっ!」

 

 連れてきた兵が、馬に乗って駆けていく。

 

「綾子。儂を、酷だと思うか?」

「……いえ」

「……そうか。だが、無理はするな」

「は、はい……。うぷっ!」

 

 吐いた。

 初めて人を、この手で直に斬った、あの日以来。

 胃液しか出なくなっても、まだ吐いた。

 ……そして、やり切れなかった。

 

 黄巾党の残党は、結果として皆殺し。

 そのアジトに連れられていた女性達は、一部を救えた。

 ……だが、全員、身も心も傷を負った状態で。

 あたしにとってはこの先忘れられない、だが忘れちゃいけない、そんな一日となった。

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