翌朝眼が覚めると、身体もだいぶ楽になり、頭もすっきり。
雪蓮に穏、黄蓋さんの姿はもう、なかった。
もともと黄蓋さんは賊征伐で出陣した都合上、作戦が終わったらさっさと引き上げる必要があり、蜂蜜も早く運ばないといけないので、警護で雪蓮と穏が同行。
で、今回の行軍にはイレギュラー参加で、制約のない明命だけが、村に残った。
まぁ、あまり世話をかけるつもりもないので、さっさと床上げ。
「綾子お姉さま、もう大丈夫なのですか?」
「ああ。いつまでも寝ていたら、身体にカビが生えちまうよ」
奇跡的というか、あたしは過労で寝込んだものの、身体そのものは全くの無傷。
剣同士で打ち合った時に、刃の破片が飛んでいたみたいだけど、全部胸当てとか籠手も刺さっていたし。
まぁ、いろいろと考えると……運が良かったんだろうな、あたしは。
今は、その幸運に感謝、だな。
「さて、ちょっと身体をほぐすかな。明命、付き合って貰える?」
「はい、喜んで!」
う~ん、いい笑顔だ。
もともと純な娘ってのは感じていた事だけど、何より心から慕ってくれているのが嬉しい。
外に出た瞬間。
「ニャ~オ」
「ニャ~ン」
……なんでしょう、この猫の大群は。
「ほわわわ~、お猫様がたくさんいらっしゃいます」
既に明命、トリップしかかってるけど。
そのうちの一匹が、トコトコとあたしのところに歩いてきて、顔を持ち上げた。
「ん? 喉を撫でろ、って事か?」
「うにゃ~」
そうだ、と言わんばかりなので、とりあえず撫でてやる。
「ゴロゴロ」
喉を鳴らしながら、あたしの手にすりすり。
や、やばい、可愛らしすぎる。
それを見た他の猫たち、一斉に殺到。
腹を見せて寝転がる子に、やたらと身体を擦りつけてくる子、甘えるように鳴き声を上げる子。
「綾子お姉さま、凄すぎです」
いや、あたし何もしてないんだけど。
木天蓼が、服にでも染み付いているのかな?
でも、仕草が何か違うし……どうなってるの、これ?
「さて、と」
いきなりの猫攻撃(?)で、ちょっと調子が狂ったけど、ストレッチ開始。
明命は……。
「ほわわ~」
……まだトリップ中か。
ちょっと可哀想だけど、現実に引き戻すか。
すぅぅぅ。
「明命!!」
「ひゃ、ひゃい!」
文字通り飛び上がる。
「気持ちはわかるが、とりあえずは付き合ってくれ。終わったら、好きなだけ堪能していいんだからさ」
「は、はい」
軽く一時間は経っただろうか。
おかげでいい汗をかいて、だいぶすっきりした。
「ふう、流石は明命だ。いい鍛錬になったよ」
「ありがとうございます。でも、一本も取れませんでしたけど」
実際はきわどい場面もあったし、そこまで圧倒していたとも思わない。
「もっと自信を持て。まだまだ強くなる余地があると考えればいいだろ?」
「そ、そうですよね!」
「そうそう。常にポジティブ思考でないと」
「ぽじてぃぶ?」
「前向きに、って事。その方が明命らしくていいと思うぞ」
「は、はい。それにしても、綾子お姉さまの言葉、時々わからなくなりますね」
横文字は使わないようにって思っているんだが、思わず出ちゃう事がある。
向こうの世界では、ごく普通に使っている横文字がそれだけ多かったって事だろう。
「もし。そこの御仁」
と、誰かが声をかけてきた。
白を基調とした露出多めの服を着た、それでいて隙のない女性。
手にした朱槍も、かなり使い込んでいると見た。
「あたし?」
「うむ。貴殿たちのお手並み、勝手ながら拝見させていただいていた」
「別に秘密でもなんでもないから構わないが」
「そう言って下さるか。いやはや、良いものを拝見できた」
と、女姓は何か気づいたようで、
「おっと、名乗りも上げずに重ね重ね失礼した。私は姓は趙、名は雲、字は子龍と申す」
流石にいちいち驚く事もないけど、はたまた有名人登場ですよ。
趙雲って……あの趙雲、だよな?
まだ劉備に仕えていないって事かな、でなきゃこんな場所にいる訳がない。
「あたしは姓が美綴で名が綾子。字はないよ」
「姓は周、名は泰、字は幼平です」
すると趙雲はほぉ、という顔。
「字がないとは珍しい。私もあちこち旅をして来てからわかるが……。美綴殿は五胡あたりの出か?」
「いや、違う。東の島国から来たんだ」
「何と。風、稟、知っておるか?」
趙雲が振り向き、後ろにいた女の子達に話しかけた。
「風は知りませんね~。稟ちゃん、どうですか?」
「いえ、私も初めて聞く名です」
「ふむ。だが、その武がもっとも興味深い……。一手所望したいが、よろしいかな?」
「え? アンタが?」
「そうだ。この者たちは武人ではないのでな」
まぁ、それは見ればわかるけどさ。
「風は姓が程、名は立、字は仲徳です。よろしくです、お姉さん」
「私は戯志才です。よろしくお願いします」
二人とも聞いたことのない名前。
ただ、頭は良さそうだ。
あたしが知らないだけで、きっと名のある人物なんだろうな、歴史的に。
……小さい女の子が、何故にペロペロキャンディーを舐めているのかは、大きな謎だけど。
この時代に、そんなものがある訳ないと思う、流石に。
「ああ、よろしく。で、趙雲さん、相手はあたしか、それとも明命か?」
趙雲はあたし達を見比べてから、
「やはり美綴殿かな。ところで、本来の得物は剣ではござらぬな?」
「へぇ、よくわかったな」
「うむ、どこか硬さがあったのでな。もちろん、それでも武人としては申し分のない腕前であったが」
流石に、趙雲ぐらいの実力があると、その程度はお見通しか。
「明命」
「はっ! どうぞ」
いつの間にか、あたしの薙刀を手にしている。
以心伝心、ここまで来ると心地いいもんだね、うん。
「では、早速」
「いざ!」
空気がピーンと張り詰めるような感触。
盗賊を相手にするのとはやはり、訳が違う。
本物の武人が持つ、気迫と威厳。
これだけでも、趙雲が口だけの人物でない事がわかる。
「やあっ!」
「!!」
繰り出される鋭い突きを、間一髪でかわす。
時には柄で払うが、全く気を抜けない。
甘寧や明命には悪いけど、実力は趙雲の方が上だろう。
「逃げてばかりでは、勝てませぬぞ?」
「だろうな。なら、これでどうだ!」
後ろに飛び、薙刀を上段に構えた。
「では、今度はこっちから行くぜ!」
そのまま、文字通り薙ぎ払うあたし。
全て払われるが、それは織り込み済み。
趙雲の槍が下りたところを見計らい、突きに切り替える。
「ぐうっ!」
顔を顰めながらも、受け止める趙雲。
そのまま二十合は打ち合っただろうか。
互いに決定打のないまま、お互いに一旦距離を置く。
「想像以上だな、美綴殿?」
「それはこっちの台詞だな。流石は趙子龍ってトコか」
……あ、しまった、つい口が滑った。
案の定、趙雲は訝しげにあたしを見ている。
「美綴殿は、私の事をご存知か?」
「い、いや、もちろん初対面さ」
「それにしては、何やら知っておられるな。お聞かせいただこうか」
槍を構え直す趙雲。
「気にしないでくれ。あたしは率直に、アンタが強いな、って」
「そうは聞こえなかったが?」
誤魔化すのは無理かな。
でも、ホントの事は言えないし、言ったところで信じて貰える訳もないし。
なら、言わずに済むようにすりゃいい……結構、それはそれで難題だけどな。
「ならば、腕ずくで聞き出してみるかい?」
「ほぉ、言うではないか。面白い!」
冗談のような槍捌きを、これまた冗談みたいにかわしまくるあたし。
某大佐じゃないけど、とにかく見えちゃうモンは見えちゃってる訳で。
……そして、気づいた。
趙雲の、一見不規則に見える槍捌きに、ある特徴がある事を。
突きの深さが、一定周期で繰り返されてる。
つまりは……。
「そこだ!」
「!!」
槍の軌跡を読んで、得物を跳ね上げる。
そしてすかさず、石突きで肩を一撃。
「ううっ!」
趙雲は槍を取り落とした。
そして、その鼻先に薙刀を突きつけるあたし。
「ま、参った。私の負けだ」
「流石は綾子お姉さま……。見事です!」
「星ちゃんが負けるところなんて、初めて見ましたね~」
「ええ。星殿は私から見ても、かなりの手練れ……。それがあのようになるとは」
賞賛の嵐。
まぁ、悪い気はしないけどね……なんせ、あの趙子龍に勝ったんだし。
三人も今日はこの村に滞在する、という事で。
同じ宿に落ち着くと、
「では、お近づきに一献」
う~ん、この時代の人は酒好きなのかな?
雪蓮といい、黄蓋さんといい。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「何かな、美綴殿?」
「……酒のツマミが、なんでメンマなんだ?」
「おや。メンマは嫌いですかな?」
心外だと言わんばかりだな、趙雲。
「いや、そうじゃないけど」
「これほど酒に合う食べ物はありませぬぞ。さ、遠慮せずに」
「……明命。もしかして、あたしの方がおかしいのか?」
「い、いえ……。たぶん、お姉さまは問題ないかと」
「だよな……」
これはこれで食えない訳じゃないので、まぁいいんだけど。
「ところでお姉さん。さっき、東の島国から来たって言ってましたね~?」
ペロペロキャンディーを頭上の人形に持たせて、程立が会話に入ってくる。
……てか、この人形も謎すぎる。
「ああ。そうだけど」
「どのようなところか教えて貰えないでしょうか~。興味がありまして」
「そうだな……」
どの程度まで話せばいいんだろうか。
文明の世代がまるで違うし、横文字は使えないし。
……とりあえず、当たり障りのないあたりを、何とか連想。
「国の広さは、ここよりもずっと狭いんだ。あと、雨が多めで水資源が豊富、それに四季がはっきりしている」
「つまり、温暖にして湿潤、という事でしょうか?」
戯志才も話に加わってくる。
「そうなるな」
「では、食べ物には困らない気候と風土という事ですか。豊かな国という印象を受けます」
「だから、あのように武に長ける、という事か?」
「いや、それは違うよ趙雲さん。基本、平和な国だから武を磨くというのは一部だけさ」
「ふむ。では美綴殿は選ばれし者であろうな。あれだけの腕の持ち主、これだけ諸国を巡った私でも、まだ出会っておらぬ」
また誤解されているようだけど、訂正するのも面倒だから、敢えてスルー。
「そう言えば、三人はずっと旅を?」
「私は、仕えるべき主探しでな」
「私もです」
「……ぐー」
趙雲と戯志才は答えたが……程立が寝てる。
「寝るな!」
「……おおっ! つい陽気に釣られてうとうとしてしまいました」
「……今日、曇り空なんだけどな」
「おうおう、細かい事気にするなよ、姉ちゃん」
頭上の人形がしゃべった。
……な訳がないってか、腹話術か?
「俺は宝譿だ。この風の相棒、よろしくな」
「……よろしく」
うん、ツッコミ入れたら負けだから、これ。
「でさ、程立は何を目的にしているんだ?」
「そうですね~。稟ちゃんは仕えるべき相手を決めているようですけど。風はまだですね」
と、何故か程立、ジーッとあたしを見つめている。
「な、何?」
「例えばですけど、お姉さんに仕える事になるかも知れませんね~」
「は?」
意味がわからん。
あたしは家臣どころか、袁術の食客でしかない雪蓮の世話になっている程度。
この、一見つかみ所がない、でもあたしの何倍も頭の回る娘が家臣とか。
……うん、あり得ない。
絶対無理。
「ふむ。それも一興か」
ニヤリと笑う趙雲。
「お、おい。あたしをからかっても何も出ないぞ? なあ、戯志才?」
一番冷静そうな奴に話を振る。
戯志才はそんなあたしを見ながら、
「星殿も風も、茶化してはいますが何割かは本気で言っているようですよ。私から見ても、美綴殿は将器たる素質をお持ちですしね」
……あたし、一体何者だと思われているんだ?
「私も、雪蓮様よりもお姉さまと先に出会っていたら、迷わずお姉さまに仕えていましたよ、きっと」
「って明命?」
あ、酒が入って変なスイッチが入ったか?
そのままスリスリと……って、仕草まで猫っぽくなってるし。
「ならば周泰殿。美綴殿の事、とくとお聞かせ願いたい」
「はい! 綾子お姉さまの凄いのはですね」
まさに四面楚歌。
もう、好きにして……。
そして夜が明け。
「ではでは、またお会いしましょう~」
「いつの日か、共に戦いましょうぞ」
「お二方とも、お達者で」
三人は、再び旅を続けるという。
あたしと明命も、南陽へ戻る事にした。
なので、ここで一旦のお別れに。
「賑やかな方々でしたね」
「まぁ……な」
おかげで、だいぶ精神的にくたびれたけど。
でも、叶うなら次に出会う時、敵ではなく味方であって欲しいけどな。
「じゃあ、行くか」
「はい……。ところでお姉さま。このお猫様達は」
「……わからん」
木天蓼もないのに、何故かあたしの周りは猫だらけだった。
このまま南陽までとか……ないわ。
「うにゃ~」
「綾子お姉さまに一生ついていきます、とお猫様が仰せに」
「言ってねぇ!」
こうして、大量のお供(?)と共に、雪蓮たちの待つ南陽へと発った。
……無事に着けるのか、これ?