山を飛び、谷を越え……てはいないけど、決して平坦とは言えない道のり。
それを幾日も歩き、見えてきたもの。
そう、南陽の街。
二人とも、無事に辿り着く事が出来た。
「やれやれ、やっと帰れたな」
「はい、本当に久しぶりの気がします」
実際には一月ぐらいなんだけど、いろいろありまくりだったからなぁ。
この数日だけでも、盗賊に三度ほど襲われたし。
……当然、全員返り討ちにしたけどな。
つくづく、自分が強くなっている事を再認識する日々。
同時に実戦経験が、所詮は競技でしかない武道とは違うものかも痛感している。
「さ、行きましょう。雪蓮様がお待ちかねでしょうから」
とりあえず、感慨に耽るのは後回しだ。
……似合わないだけ、って話もあるか。
「ああ、そうだな」
城門を潜る時、
「にゃあ!」
「ニャン!」
結局ずっとついてきた猫達が、サッといなくなった。
「あ、お猫様が」
「ここまで着いてきたって事は……。逃げた訳じゃないんだろ。またやって来るよ」
実際、道中は食料をやらなかった……というか、そんな余裕はなかったし。
正確に数を数えた訳でもないけど、見覚えのある柄は一匹も脱落していない……と思う。
この時代の野良なのだから、自給自足するぐらいの逞しさはありそう。
とは言え、一時的に猫が去っていくと。
案の定、落ち込む明命。
何とか励ましたくて、わしわしと頭を撫でてやる。
「お、お姉さま……」
ん、何か嬉しそうにしてる気が……。
つか、この小動物的な可愛さは……おっと、危ない危ない。
「綾子、お帰りなさい」
見慣れた屋敷で、雪蓮と周瑜が迎えてくれた。
「心配かけてすまん。けど、もう大丈夫」
「……ふふ」
周瑜が、あたしの顔を見て笑みを浮かべる。
「どうした? あたしの顔に何かついているか?」
「いや、顔つきが変わった……そう思ってな。ここに来た時は、強さも感じたが、それ以上に脆さがあった。だが、今は違う。いい眼をしている」
「冥琳もそう思う? 今の綾子なら、わたしでも互角……ううん、もしかしたら勝てないかもね」
それは流石に、と言いたかったけど、あながち否定出来ないあたし。
「雪蓮の見立てなら、間違いはないだろう。とりあえず、今日はもう休むといい」
「それじゃ綾子。無事の帰りを祝ってこれから……」
そう言いかけた雪蓮の首根っこを、むんずと掴む周瑜。
「これから何をする気だ、伯符?」
「そりゃもちろん、お酒を……って、ダメ?」
「ダメに決まっているだろうが! 仕事ならいくらでもあるんだ、サボってないで取りかかれ!」
「ぶーぶー、いいじゃないの今日ぐらい」
「雪蓮の場合は、何かというと酒、という日の方が圧倒的に多いのだがな?」
「冥琳のけちー、いけずー」
「何とでも言え。ほら、行くぞ」
「あーん、助けて綾子ー、明命ー」
ズルズルと引き摺られていく、未来の呉王。
「お、お姉さま……どうしましょうか?」
「どう、って。あの状態の周瑜に、何かする自信あるのか?」
「……いえ」
まぁ……頑張れ、雪蓮。
さて。
休んでいいとは言われたが……流石に寝るには、まだ日が高い。
明命もやる事があるみたいで、どこかへ行ってしまった。
袁術との関係を考えると、あたしがあまり勝手に城の中を彷徨く訳にもいかない。
何かあって、雪蓮に迷惑がかかるとマズイしな。
……そんな訳で、ぶっちゃけ、ヒマ。
「あら?」
と、そこにやってきたのは孫権。
「戻ったとは聞いたけど、元気そうね」
「ああ。色々あったけど、何とか……な」
「そう」
周瑜みたいに、しげしげと見られるあたし。
「雰囲気、変わったようね」
「かもな」
「ふ~ん。……あ、そうだわ。美綴、手空いてる?」
「見ての通り、ヒマだけど」
「なら、ちょっと付き合って貰える?」
孫権から誘われるなんて珍しいな。
「いいぜ」
何をするのかは聞かなかったけど、真面目な娘だ、理不尽な事にはならないだろ。
連れて来られたのは、街。
「何か買い物か?」
「それも悪くないけど、今日は自主的に仕事ね。誰に頼まれた訳じゃないんだけど」
内職……とか、そういうタイプじゃなさそうだけどなぁ。
「見廻りか?」
「正解よ。警らは本来、警備の兵士がする事なんだけど……」
そう言いながら、孫権は大きな溜め息を一つ。
「……もしかして。あまり大きな声では言えないが、って奴か」
「そう。太守がアレだから、どうしても手薄なのよ」
激しく納得……ってのもどうかとは思うけど、その通りだし。
「治安は大事なのに、全くその方には気が回ってないのよ。だから、見るに見かねて、ってところ」
「確かにな。税収は減る、人口は減る、おまけに盗賊が増えて更に治安が悪化。まぁ、いい事はないな」
「……結構、わかっているのね」
意外そうな孫権。
まぁ、ゲームやってりゃ、その程度はわかる。
もっとも、ソースがゲームだなんて、少なくとも目の前の人物には言えないけどな。
「全てがそう。とにかく、袁術には、民を支配する資格はない」
孫権は眼を臥せる。
「民には罪はないわ。彼らを守り幸せに暮らせるようにするのも、逆に恨みを買って抵抗勢力にするのも、全ては支配する側次第だから」
「…………」
「袁術にはその自覚がない。君主に自覚がないなら、臣下が教え諭せばいい。でも、それもない」
無念そうに、唇を噛み締める。
「私が太守なら、少なくとも無為に民を苦しめはしない。……でも、今は想いだけでそれを具現化できる力がない」
「そこまで考えているなら、立派だと思うよ」
「考えるだけなら、誰でも出来る事よ。でも、ずっとこのままでいい筈もないわ」
「それで、せめて警らでも、と?」
頷いた孫権の表情は、曇っている。
「もちろん、根本的な対策じゃない事ぐらい、わかってる。でも、無力な私には、この程度しか」
う~ん、ネガティブ思考に陥ってるな。
なら、切り替えて貰いますかね。
「あたしには、難しい事はわからないよ。頭も悪いしさ」
「……それ、自慢にならないわよ?」
「いいんだ、自覚してるから。だから、孫権みたいにいろいろ考える奴は、素直に凄いと思う」
「そうかしら……。雪蓮姉様みたいな人なら、道を自分で切り開けるだろうけど……」
自嘲気味に笑って、
「私にはそれだけの覇気も実力もない。所詮は頭でっかちなだけで」
「おっと、そこまでにしな」
あたしは、わざと孫権の話を遮る。
「美綴?」
「さっき、自分で言ったよな。主人の至らないところは、家来が補えばいいって」
「……言ったわ、確かに」
「なら、そうすればいいじゃないか。周瑜に黄蓋さん、甘寧、穏に明命だっている。あと、バカだけどさ……あたしだって」
「プッ」
思わず噴き出す彼女。
「そうそう。そんな感じで、笑っていなよ。いずれは上に立つ奴がネガテ……いや、後ろ向きじゃ、国中が暗くなるぜ?」
「美綴……」
「美人は笑顔が一番だぞ。あたしみたいにな」
「……ふふ。凄い自信ね」
うん、さっきよりいい笑顔だね。
「天狗はダメだけど、自信は持つべきじゃないかな。これ、あたしのポリシー」
「ぽりしぃ?」
あ、また横文字使っちまった。
「信念さ」
孫権は、キッパリと言い切るあたしに少しばかり驚いたようだ。
「強いのね、貴女は」
「そうかな。これが普通だけどな」
「そう。……姉様が真名を預けた理由、わかる気がするわ」
ふう、と息を吐く孫権。
さっきまでの、悩んでいる様子もない。
晴れ晴れとした、いい顔つきをしているな。
「さて、見廻りするんだろ。行こうぜ?」
「そうね。折角だから、少し案内するわ」
いくら太守がおバカちゃんとは言っても、もともとの立地がよく、人口も多い荊州北部。
自然、賑わいを見せる土地柄、かなり豊かな方に入るらしい。
人の数が多ければ、比例して犯罪も起きやすくなる。
そこは為政者の腕の見せ処で、見事治めればそれだけの見返りがある。
……筈なんだけど。
目付きの悪い奴らとか、ガラの悪そうな奴らとか、胡散臭い奴らとか……ちょっと歩いただけでも、いるわいるわ。
襄陽と比べると、活気がやや劣るのは、あたしの気のせいって訳でもなさそうだ。
ガシャンと、何かをひっくり返す音が。
あたし達は頷き合い、駆け出した。
「お、お前さん方。何をするだ!」
「バカ野郎。俺様から金を取ろうだぁ?」
「全くだ。オメェ、頭大丈夫か?」
露天が壊され、商品が散乱していた。
そして、大柄な男に胸ぐらを捕まれている爺さん。
そのそばで、女の子が別の男に羽交い締めにされている。
「や、やめて! おじいちゃんから手を離して!」
「うるせぇ、このガキ!」
「おい、じじい。このガキ、借りてくぜ。もっとも、返すつもりはねぇがな」
「あ、
「やかましい!」
剣の柄で殴られた爺さん、額が割れて血が流れ出す。
「さ、来いよガキ」
「い、嫌ぁぁぁ! おじいちゃん! だ、誰か助けて!」
女の子は必死で周りを見渡す。
が、いかにも、という連中に怯えて、誰も手助けする様子がない。
「美綴」
「ああ、行くぞ」
「へっへっへ、誰も助けなんてい……いででででで!」
女の子を捕まえていた男の腕を、ねじり上げる。
「全く。下衆とはまさにお前らの事だな」
突然乱入したあたし達に一瞬怯んだ男達。
が、女の二人連れと見て、嫌らしい目つきで迫ってきた。
「へっへっへ、威勢のいい姉ちゃん。なら、ちょっと俺たちとつきあ……へごばっ!」
声をかけてきたそんな輩の一人、皆まで言わせずアゴにアッパー。
歯の数本は折れたかも知れないな、手応えからして。
「このアマ! 何しやがる!」
いきり立った男達が、あたしと孫権を取り囲む。
中には脅しのつもりか、剣を抜く奴まで。
「さて、どうする?」
「決まっているだろう? こういう連中には、身体でわからせるしかないさ」
孫権の腕前はまだ見ていないが、自分で警らをする言い出すあたり、それなりに覚えはあるんだろう。
身のこなしから見ても、修練を積んでいるってのはわかるし。
……まぁ、目の前のバカ共は、全く気づいていないようだけど。
「死ね!」
力任せに振り回される剣。
手入れが悪いようで、錆が浮いていたり、刃こぼれがあったり。
あたしが襄陽で衝動買いした剣よりは、いくらか斬れそう……その程度。
そもそも、振りが大きすぎ。
「隙だらけだぞ!」
がら空きの脇腹に、回し蹴りを叩き込む。
「ギャーッ!」
肋の数本は固そうだ。
もちろん、そいつは戦闘続行不能。
孫権は、剣を抜き、斬り結んでいる。
「ひ、ひぎぃ!」
男の一人が、剣ごと腕を斬り飛ばされた。
なかなか容赦がないねぇ。
「くそっ!」
「おっと」
ナイフごと突っ込んできた男の腕を捕まえ、
「それっ!」
「いでででででっ!」
そのままへし折ってやる。
「美綴! 剣は!」
「要らないね。この程度なら」
「そうか。せやっ!」
「うぎゃー!!」
また一人、孫権に膝を斬られる。
「う、動くなテメェら!」
連中の一人が、さっきの女の子に小刀を突きつけている。
「動けば……わかるな?」
「クッ! 卑怯だぞ、貴様ら!」
「やかましい! このガキぶっ殺されたくなかったら、武器を捨てろ!」
孫権の一喝にも怯まない。
度胸がいいのか、底抜けのバカなのか。
孫権が、剣を地に放り投げた。
比較的軽傷の別の男が、それを拾い、孫権に突きつける。
あたしも、鞘ごと剣を引き抜く。
「それも捨てろ! ガキがどうなってもいいのか!」
「あ~、わかったわかった」
剣を投げる仕草をしつつ、あたしは素早くポケットに手を突っ込む。
そして、剣を放り投げると同時に、手にしたそれを、ナイフ男に投げつけた。
「ぐはっ!」
眉間を割られた男、ノックアウト。
ポケットの五円玉を、銭形平次よろしく投げつけてみたんだけどね。
「てめぇ!」
孫権の剣を奪った男が、いきり立って孫権を突き刺そうとする。
……が。
チリーンという鈴の音と共に。
「……あ?」
男は何が起こったのかも、理解する間もなかっただろう。
なんせ、その瞬間に自分の首が飛んでいたのだから。
「助かったわ、思春」
「はっ。……美綴、貴様気づいていたな?」
「ん~? 何の話?」
惚けるあたし。
甘寧が、屋敷を出てから見え隠れについてきている事は、確かに気づいていた。
もっとも、何もなければ出てくるつもりがないのはわかっていたから、素知らぬフリをしてみただけ。
「フン。蓮華様、お怪我は」
「え、ええ、大丈夫」
「では、後始末は私の方で」
男達は、生きていた奴も全員、処刑は免れないだろう。
自業自得とは言え、死刑廃止論者すらいた時代から見れば、何とも過酷な限り。
……でも、これが今の現実。
「ありがとうごぜえますだ、何とお礼を申してよいやら」
爺さん、あたし達が気にするなって言っても、頭を下げるのを止めない。
「こちらこそ、警備が行き届かずに酷い目に遭わせてしまった。申し訳ない」
「とにかく、無事で良かった。じゃ、気をつけて帰りな」
その場を去ろうとするあたし達。
が、爺さん、服の裾を掴んで放そうとしない。
「そ、それじゃおいらの気が済まねぇだ! お、お礼をさせて下せぇ」
「だからそのようなつもりはない。気にしないで欲しい」
孫権に同じく。
だいたい、このぐらいでお礼されていたらキリがないし。
「菖蒲。よいな?」
「うん、じゃなくって……はい!」
爺さんと女の子、何か頷き合ってるけど。
「美綴様、でしたかな?」
「え? あたし?」
「おいらには何もねぇ。だから、この孫娘を、使ってやって下せぇ」
「……へ?」
唖然とするあたしと孫権。
「い、いや、あたしは……」
「じゃ、しっかりやるだぞ?」
「はい。美綴様、よろしくお願いします!」
……どうなってるんだ、一体?
つか、何故に孫権じゃなくあたし?
訳もわからず混乱するあたしと、あまりの急転直下に目を白黒させている孫権と。
……そして、あたしの目の前でニコニコ、目を輝かせる女の子。
ああ、もう何がなんだか……ハァ。