「存外普通だな。ここも」
俺━━ロイは眼前に広がるヨーロッパ風の町並みを眺め、開口一番にそう言った。
俺、イッセー、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセの六人は深夜の城下町を『視察』という名目で下見に来ている。
あのお茶会から二日、文字通り何もなかった。暇でしょうがなかったので、俺が声をかけてふらっと町を見て回ることにしたのだ。
ここにいないメンバーが何をしているかというと、アザゼルは一度も戻ってこず、どこにいるのかもはっきりしない。
リアスと朱乃はギャスパーの父親と話をしに行き、木場はその二人の護衛。
ギャスパーと小猫はヴァレリーと連日お茶会をしている。ヴァレリーの自由時間はかなり多く、暇をしているそうなのだ。
クーデター後なのにも関わらずそれとは、ここまで露骨な傀儡政治もなかなかないだろう。
マリウスと言っていた『解放』も気になるが、もう一つ大事なものが、ヴァレリーの言葉━━━、
『過去を受け入れ、自分を見失わないことです。あなたが信じる皆様のためにも、あなたを信じる皆様のためにも………』
この二日色々と考えてみたが、『過去を受け入れる』ってのは、前世の俺を受け入れるってことで、『自分を見失わない』ってのは今の俺を見失わないって解釈でいいのか?前世と今じゃ、俺の在り方なんて真逆もいいところだぞ…………。
俺は小さくため息を吐く。まぁ、そのうち答えは出るか。………今はヴァレリーが優先だな。
俺が考え込んでいるうちに繁華街に到着していた。
店の看板を見る限り、服屋から雑貨屋まで色々とありそうだ。飲食店は………あるようだ。人間から吸血鬼に為った者は血以外の食事もできるそうだから、そこは気にしているのだろう。純血は、血以外は受け付けないかもしれないな。
ギャスパーも基本的に普通の食事だ。血は苦手らしいが、時々輸血用の血液を飲んでいる。
それにしても………、
「浮いてるな、俺たち」
辺りを見渡しながらそう漏らす。行き交うヒトたちからの視線を感じて落ち着かない。
イリナが肩をすくめる。
「城下町とはいえ、閉鎖された世界ですからね。やっぱり、空気が違うんじゃないでしょうか?」
ゼノヴィアが頷く。
「そういえばそうだな。教会で育った者が任務先の外国で最初にぶつかるのは異文化の壁だ」
ゼノヴィアの言葉に俺は駒王町に潜入していた時のことを思い出し、苦笑した。
「確かに、おまえら浮いてたな。いや、町中にローブ姿ってのは嫌でも目立つか」
「「………………」」
俺の言葉に二人は驚きながら俺を見てくる。そういえば、話していなかったな。
俺は咳払いをして二人に言う。
「おまえら二人が町に来たとき、俺と部下の二人で尾行したんだ。増築される前のイッセー宅に入っていったり、よくわからん絵画を買っていたよな?」
「「………………………」」
二人は目を見合わせ、驚きを隠そうともしない。
俺はイッセーとアーシアに言う。
「その時にイッセーとアーシアの二人ともすれ違ったんだが、わかったか?」
「え!?」
「わ、わからなかったです」
イッセーは驚き、アーシアは小さく言葉を漏らす。ま、あの頃の二人は悪魔になってすぐだっただろうし、仕方ないだろう。
「ついでに、レストランでの密会も見ていた。楽しそうで何よりだったよ。なぁ、イッセー。公衆の面前で、よくあんなことを………」
「あ、あれも聞いていたんですか!?どの辺りから!?」
「匙の『ソーナ会長と━━━』の辺りから」
「最初っからじゃないですか…………!」
イッセーは赤面した顔を隠すように両手で覆った。考えてみれば、あの時は『バカ』としか思っていなかった奴が、リアスの恋人なんだよな。人生わからん。
俺たちがそんな話題で盛り上がって(ロスヴァイセだけついてこれずに困って)いると、ゼノヴィアが息を吐いた。
俺もその意味を察して肩をすくめると、ゼノヴィアが口を開いた。
「尾行の話をしたせいか、余計に気になってしまうな」
ゼノヴィアの言った通り、俺たちはつけられている。正確には城から派遣された奴から監視されているのだ。出てくるときに言われていたとはいえ、もっと気配を殺してもらいたい。
「ま、俺たちが何かしらのトラブルを起こさないか不安なんだろ」
俺はそう言った。城の連中からしてみれば、俺たちはこの国に起きていることを知っているわけだし、外でそれを暴露したら何があるかわからない。監視されて当然だろう。
俺は露店を興味深そうに見るロスヴァイセに気づく。先ほどまで完全に放置していたからやっているのかもしれない。
「ロスヴァイセまで来るとは思わなかったぞ。存外、おまえも暇だったか?」
俺が訊くと、ロスヴァイセは首を横に振って胸を張った。
「暇ではありません。私は教師であり、イッセーくんたちは生徒なんです。これは言わば引率ですよ。ロイ先生だけだと不安なので私も同行したんです」
と、いかにも仕事です的なことを言った矢先、目を輝かせながら露店や店のショーウィンドウに視線を送っていた。
「………むむむ、何やら面白そうなお店………」
なんだかんだ言いながら、一番楽しんでいるのはこいつかもな………。
「やはり、ディスカウントショップはなさそうですね………。吸血鬼の世界でも流行ってもいいと思うのですが………」
先ほどのテンションから一転して、ロスヴァイセは嘆くように息を吐いた。
ディスカウントショップ━━━百均に命を懸けるロスヴァイセらしい感想だが、他に何かないのかよ………。
本日何度目かのため息を吐き、俺も露店のほうに視線をやると、
「……………………………」
じーっと露店に出ている商品を見つめる少女の姿が映った。
イッセーたちも気づいたらしく驚いている。なんでこんなところにいるんだ?確か、リリスって名前だったな。
リリスは赤いドラゴンの形をしたアクセサリーを見ている様子だ。
「………えーと、お嬢さん、どれが欲しいんですかな?」
店主も無言で商品を見つめるリリスに困っている様子を
だ。
俺は周囲の気配を探るが、リゼヴィムの気配は感じられない。つまり、リリスは一人か。待てよ、確か━━━、
『ユーグリットが留守の時はこの子が守ってくれます!おじさん、感激!』
リゼヴィムはなんてことを言っていた。そのリリスがここにいるってことは、今リゼヴィムを護衛しているのは………。
俺の脳裏に銀髪の男がよぎったが、今はあの店主を助けてやろう。なんか、かわいそうに思えてきた。
俺はイッセーたちに「待っててくれ」と伝えてリリスの横につくと、腰を落として視線を合わせる。
「これ、欲しいのか?」
リリスが見つめるアクセサリーを指差して訊く。同時にリリスも俺に気づいたようで顔をじっと見てきた。
「………………」
無言で反応なし。確かに、これは対応に困るな。
俺は小さく息を吐き、店主に言う。
「これ貰おうか。いくらだ?って、書いてあるな」
アクセサリーの横の値札の額を店主に払い、アクセサリーを購入。それをリリスに渡す。
「じゃあな」
俺はそう言い残して足早にその場を去ろうとする。これ以上接触したら、あとで何を言われるかわからん。
━━━が、突然俺の服が引っ張られた。見れば、リリスが俺の服をつかんでいた。
「………なんだ」
俺が短く問うと、リリスは無表情で言う。
「………おなか、へった」
目の前でパクパクと料理を口に運んでいくリリス。
俺たちはこの子を連れて仕方なく料理屋に入っていた。
テーブルに並ぶルーマニア料理。それだけでなく、多国籍な料理が楽しめるようだった。まぁ、転生悪魔同様、吸血鬼になった人間も世界各地、様々なところにいるだろうからな。
時々見た目だけであまりうまくない料理もあるのだが、リリスはそれさえもたいらげていく。
「………うまいのか?」
俺が苦笑混じりに訊く。
「……わからない」
相変わらずの無表情で答えるリリス。口元はソースやら食べかすやらで大変なことになってきているが………。
俺はため息を吐き、ハンカチで少し乱暴にそれを拭いてやる。
「もう少し綺麗に食べろ」
俺が言うが、リリスはそれをまったく聞いていないようでまた口元を汚しながら食べていく。
俺がため息を吐くと料理の不味さにショックを受けた様子のゼノヴィアがフォークを置き、リリスを見ながら言う。
「これがオーフィスの分身だとはね。…………色々とチャンスか?」
確かに、この子から情報を聞きたり、このまま連れ去るのなら今がチャンスだろう。だが━━━。
俺はリリスの口元を拭いてやり、肩をすくめる。
「やめとけ。今は監視されているし、こいつは対外的には『オーフィス』だ。こいつを連れ去ったら、何を言われるかわからん。こうやって食事をしているのもセーフなのかアウトなのか、微妙なところだ」
そもそも連れ去ろうとして抵抗されたら、俺たちは間違いなく死ぬ。こうやって自由にさせているのは、リリスが負けることはないとわかりきっているから。奴らにはそんな余裕があるんだろう。
そんなわけで、食事程度にしてこれ以上は下手に関わらず、観察しているわけだ。
食事が落ち着いたのか、フォークを置いたリリスは突然イッセーを嗅ぎ出した。
くんくんと鼻を動かし、イッセーの体を嗅いでいる。
シャワーには入っていたから臭いは大丈夫なはずなんだが、イッセーから変な臭いでもするのか?
当のイッセーを含めた俺たちが疑問符を浮かべていると、リリスは言葉少なに言う。
「…………リリスとおなじにおいする」
無表情に首をかしげるリリス。なんとなくオーフィスに似ているな。
「オーフィスの臭いが移ったんじゃないか?よく膝に乗せてるだろ?」
「もしかしたら、そうかもしれません」
俺の問いにイッセーは頷く。
最近『イッセーの膝の上争奪戦』なるものが起こっており、小猫、レイヴェル、ギャスパー、オーフィスがイッセーの膝の上に座ろうと必死なのだ。臭いというのも、その時に移ったのかもしれない。
俺たちが勝手に答えにたどり着こうとしていると、リリスはこう漏らした。
「…………なつかしいにおいもする。あかい、おおきくて、あかいドラゴンのにおい」
赤くて大きなドラゴンって、グレートレッドのことだよな。
今のイッセーの体はグレートレッドの体を借りて作られたものだ。臭いがしても不思議じゃない。だが、オーフィスほどグレートレッドを気にしている様子はなさそうだ。
オーフィスの分身だからグレートレッドのことが気になるのか…………。
俺は少し驚きながらもリリスも口元を拭いてやる。
イッセーが気を取り直してリリスに自己紹介を始めた。
「俺は兵藤一誠だ。こっちはアーシア、そっちはゼノヴィア、イリナ、んで、ロスヴァイセさん」
「━━━で、俺はロイ・グレモリーだ。よろしく」
できるだけの笑顔で言った俺に続し、アーシアたちも「よろしく」と笑顔で対応した。
「………ひょうどう、いっせい………ひょうどう………いっせい………」
イッセーの名前を口にするリリス。若干覚えづらかったようだ。
「イッセーでいいよ」
それを察したイッセーがフレンドリーに言うが、
「……………………」
リリスは無言になっしまった。オーフィスはここで『イッセー』って呼んだんだよな。オーフィスよりも感情の起伏が、いや、そもそも感情がないのかもしれないな………。
俺が悲哀の眼差しをリリスに向けるが、彼女はそれに気づくことなく、席を立ってしまった。
「帰るのか?」
俺が訊くと、リリスは振り返ることなく、
「…………リゼヴィム、まもる、リリスのやくめ」
と述べるだけだった。
俺たちは顔を合わせ、手早く食事を済ませる。
━━━感情もなく、与えられた仕事だけを淡々とこなす。
あそこまでではないにしろ、前世の俺って仕事中はあんな感じだったのかもな…………。
俺がそんなことを思っているなか、俺たちは城への帰路についたのだった。
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