「あー、もう!介抱しろって言われてもどうすればいいのよ!?」
黒歌は一人、怒りをぶつけるように叫んだ。
目の前には血まみれで顔色が悪いが、かろうじて息をして倒れているロイの姿がある。
仙術で自然治癒力を高めたとしても、その前に血が足りなくなる。
ならば止血するしかないが、こんな戦場に成り果てた場所にそれができる道具はない。そもそもそこまでの知識がない。
他にも手はいくつかあるが、下手にダメージを与える訳にはいかない。だが━━━思いつく限り、これしかない。
黒歌は息を吐いて集中し、魔力を操り始める。魔力を出血箇所に集め、そのまま氷に変換。傷口を凍らせて止血する。
外傷はこれでいいが、体の内側━━━骨や内臓はどうしようもない。フェニックスの涙が必要だ。
黒歌が次の手を思慮していると、そこに近づいてくる馴染みのある気配が二つと、感じたことのない気配が一つ。後者の気配は感じたことがないが、二人と一緒にいるということは味方だろう。
それを感じた瞬間、黒歌はホッと息を吐く。彼らならどうにかできるはずだ。
━━━━━
アザゼルとリアスは、再びバロールの姿となったギャスパーの先導で城壁の一角を目指していた。
暴れまわっていた邪龍たちはほぼ殲滅され、リゼヴィムたちも撤退。住民たちの避難も完了している。
それらの確認を終えた彼らの表情はそれを感じさせないほど険しく、焦りの色が大きかった。
リアスが急かすように言う。
「ギャスパー!お兄様は!?」
《あそこだ!》
ギャスパーが城壁近くの開けた場所を指差す。
アザゼルとリアスは頷きあい、加速。その場所に降り立ったと同時に二人の表情がより険しいものになる。
二人の視界には左腕の前腕がなくなり、血まみれで倒れるロイと、彼を必死に介抱する黒歌の姿が写っていた。一切動かないロイは、見るからに危険な状態であることは間違いなかった。
「お兄様、起きてください!お兄様!」
リアスは涙ながらに叫んで黒歌の横につき、懐からフェニックスの涙の入った小瓶を取りだして振りかける。
「お兄様、しっかり!」
全身から煙が吹き出し、傷が塞がっていく。だが、傷が治っても出した血が戻るわけではないく、ロイの顔色は悪い。
黒歌は両手をロイの胸にあて、そこから気を送り始める。傷が塞がれば、あとは自然治癒力を高めてやればどうにかなるだろう。
アザゼルが眉を寄せ、前腕がなくなったロイの左腕を見る。
「黒歌、何があった………?」
アザゼルの問いに黒歌は歯を食い縛って押し黙り、ロイに気を当て続ける。
そんな彼女にリアスが怒鳴る。
「黒歌、答えなさい!お兄様に何があったの!?」
「━━━━私のせいよ」
ロイの顔色がある程度よくなると、黒歌は短く漏らした。
黒歌はいつになく暗い声音で続ける。
「私があそこに行かなかったら、彼はこんなことにはならなかった。私なんかをかばわなければ………」
リアスとアザゼルは驚きながら倒れるロイを見る。
ロイが黒歌をかばった。曹操と戦ったときはその後ろにいる小猫を守るためというのが大きかったのだろうが、今回は━━━。
アザゼルは連絡用の魔方陣を展開、どこかに連絡を始める。
リアスは驚きながらもロイを見つめ、涙を流しながら嗚咽を漏らす。
黒歌は優しくロイの頬を撫で、
「ごめんなさい…………」
小さく漏らしたその言葉は、アザゼルにもリアスにも聞こえることはなかった━━━━。
━━━━━━
俺━━━ロイが目を覚ますと、白い天井が視界に映った。
「……知らない天井だ」
回りを確認しようと鉛のように重い体を起こし、周囲を見渡す。だが、カーテンに仕切られていて確認ができなかった。ここどこだ?てか、どうなった?
思い出そうと頭を捻るが、急な頭痛に襲われて思考を切り上げざるを得なくなってしまう。ダメージが残っているのか………?
とりあえず病院かどこかだよな。
俺がそれを確認すると同時にドアが開いた音が聞こえ、次に『シャッ!』と勢いよくカーテンが開けられた。
そこには仕事服姿のセラが━━。
「セラ………」
「ロイ………!」
セラは俺を見て目に涙をためながら抱きついてくる。
俺が抱き締め返してやると、セラが声を震わせるながら言う。
「な、何でよ?何で無茶ばっかりするの………?」
セラはそう言って泣きながら俺の体を強く抱き締める。
無茶、か。リゼヴィムと戦ったことは覚えているが、確かに無茶をしたな。
だが、なんで無事なんだ…………?
「……………………」
「…………ロイ?」
黙って考えこんでいると、セラが顔を上げて俺を見つめてくる。
俺は笑みを浮かべて「何でもない」と返し、セラに訊く。
「ここ冥界か?病院なのはわかるが」
「うん、『セラフォルー記念病院』。吸血鬼の王国の邪龍を一掃できたって連絡があってすぐにアザゼルから━━━」
『病院に医者集めとけ!これからロイをそっちに送る!』
「━━━って連絡がきたの」
なるほど、アザゼルが連絡をしてくれたのか。いかん、何がどうなったのか思い出せねぇ………。
「で、向こうはどうなったんだ?」
「邪龍出現を確認してから無理矢理
「それで、俺はどんくらい寝てた?」
「三日間」
「………三日間も…………」
俺が嘆息しながら言うと、セラが再び泣き出した。
俺は少し慌てながら言う。
「え、ちょっ、泣くなよ。俺はどうにか無事なんだし」
俺はできるだけ元気があるっぽく言うがセラは泣き止まない。
「心配したのよ?………今度はホントに死んじゃうかもって」
そう言って俯いたセラの頭を撫でてやろうと左腕を上げたが━━━━。
「━━━━━ッ!」
「ロイ?」
━━━え?な、なんで?リゼヴィムと戦って、リリスに吹っ飛ばされたのは覚えている。だが━━━━!
息が荒れ、呼吸が苦しくなることが体感できた。だが、それ以上に━━━!
「セラ、なんで俺の腕━━━━!?」
━━━無くなっているんだ!?
叫ぶように発しようとしたその言葉は続かなかった。
急に視界が歪み、全身から力が抜けていく。
「ロイ!?━━━イ!しっ━━━して!」
暗くなった視界に響くセラの声が、目の前にいるはずなのに、妙に遠くに感じた━━━━━。
翌日。
「ロイ、大丈夫?」
「ああ、どうにか………」
どうにか落ち着いた俺にセラが水を渡してくれた。あのあと、また死んだように眠ってしまったようだ。
目を覚ましてあら話を聞いて、左腕が無くなったのは黒歌をかばったからだと言われた。それを言われても、本当に思い出せなかった。
「それで痛いところとか、苦しいところはない?」
「頭と左手の指先がちょっとな………」
俺は左手を見せるようにあげるが、セラは悲しそうにそれを見る。
手足が無くなってもその感覚が残ること、『ある』と脳が判断してしまうことがある。『幻肢』と呼ばれるものだ。で、そこが痛い。
セラは優しく俺の頬を撫でる。
「治療法を考えないとね。悪魔に不可能はないわ」
「いきなり物騒なことを言うな。ま、とりあえず義手をつけるさ」
聞いた話では、アザゼルが俺に合わせて義手を制作してくれているそうだ。それが届けば、生活に不自由はないだろう。
「でも、あんまり無理はしないでね?」
「大丈夫だ。これ以上の無茶はしねぇよ」
俺の言葉にセラは頷き、安心させるように笑みを浮かべた。
俺も同じように笑みながら頷き返し、なんかいい雰囲気になっていると━━━、
「邪魔するよ」
誰かが入ってきた。
二人して若干不満げに病室の入口に目を向けると、
「おや、本当に邪魔だったか?」
「アジュカ様!?」
「アジュカちゃん!?」
そこには苦笑するアジュカ様が立っていた。入ってくるまで全然気づかなかったぞ………。
俺がセラの手を借りて体を起こし、姿勢を正そうとするとアジュカ様がそれを手で制する。
「少し話をしに来ただけだ。楽にしてくれて構わないよ」
「わかりました」
俺が楽な体制になると、アジュカ様がいきなり本題に入る。
「キミとリゼヴィムの会話が腕輪に記録されていてね。その腕輪は腕ごと吹き飛ばされてしまったから、送られてきた部分だけだ」
「……………?」
「どうかしたのか?」
首をかしげる俺にアジュカ様が訊いてくる。
俺は失礼を承知で訊く。
「いえ、その会話の内容が思い出せないので………」
「………そうか」
俺の言葉にアジュカ様はたいして驚いた様子もなく、続ける。
「どちらにしても、キミがこちらに残ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
なぜか礼を言ってくるアジュカ様。俺は再び思い出そうと首を捻る。
リゼヴィムと戦って、リリスに吹っ飛ばされて━━━、
『━━━━心なんていらない』
「━━━━━ッ!」
そうだ、俺はあの時
それを思い出したことに気づいたのか、セラが俺の肩を撫でてくる。
「先に言うけど、私もその音声を聞いているからね」
「セラ、俺は━━━━」
俺の言葉を遮るようにセラが俺の頬を撫でる。
俺がセラに目を向けると、彼女は笑みを浮かべる。
「前から言っているけど、『あなたが何者でも大好きだから』。あなたが昔になにをしていようと、私は信じるから」
「………ああ、そうだったな」
俺は苦笑し、セラの手に俺の左手を添えようとするが、当たっているはずの距離なのにその感覚がない。
早く慣れねぇと、今後に支障が出そうだな。
俺は小さく息を吐くとセラもそれに気づき、俺の頭を撫でてきた。
それを見たアジュカ様が言ってくる。
「左手の感覚が残っているのか。うん━━━━」
何かを思いついたようにアジュカ様は頷くと、突拍子のないことを言ってくる。
「ロイくん、髪を貰おうか」
「━━━は?」
「決まれば即実行だな」
間の抜けた顔になっている俺をよそに、アジュカ様はどこからかハサミを取り出した。
「あの……一体なにを………?」
「セラフォルー、ロイくんをしばらく押さえてくれ。なに、すぐに済む」
「任せなさい☆」
「あの、俺の話を━━━」
俺の話など聞いていないように二人は行動を始める。
まともに抵抗できない俺はなすすべなくセラに押さえつけれ、アジュカ様のハサミの餌食になってしまったのだった━━━━━。
「━━━━で、なんでこんなことを?」
肩ほどまであった髪がばっかり切られ、短髪になってしまった。
そんな俺の髪を撫でながらセラが上機嫌な声音で言う。
「前もよかったけど、この爽やかな感じもいいわね☆」
「はいはい。━━━━で、なんでこんなことを?」
俺が再び聞き返すと、アジュカ様が俺の切られた髪を魔方陣でどこかに送り飛ばしながら言う。
「あの髪を元に左腕を再生させる」
「━━━━は?」
「もろもろ禁術を使ってもいいが、キミへの負担が大きくなるからね。ならば、少々周りがうるさいかもしれないが、クローン技術を応用して『生きた義手』をつくることにした」
間の抜けた顔になる俺を無視して、アジュカ様がなぜか生き生きとした目でそんな事を口にした。
『生きた義手』、ねぇ。別に俺はアザゼルの義手でも構わないんだが………。
俺のその考えを読めたのか、アジュカ様が言う。
「『滅びの魔力』は強力なものだ。現に武器がもたなかっただろう?」
「ええ、爆発しましたね」
壊れた銃剣を思い出しながら俺は頷く。
アジュカ様は続ける。
「重ねて訊くが、義手もそうなったら困るだろう?」
「そうですね」
「うん」
「はい」
俺とアジュカ様はそれを機にお互い黙りこむ。完全にアジュカ様のペースだ。
そんな俺たちを見ながら、セラがアジュカに訊く。
「それはいつできるの?」
「初めてやることだからな、案外早くできるかもしれないし、遅くなるかもしれない」
「それまではアザゼルの義手でやりくりすればいいんですか?」
「そういうことだ」
アジュカ様は即頷く。そのわけのわからない義手をつくることは決定事項のようだ。
俺が口元を引きつらせていると、アジュカ様が思い出したように言う。
「ああ、そうだ。リゼヴィムが組織名を名乗ったそうだ」
「━━━ッ!奴は何と」
俺が訊くと、アジュカ様が憎々しげに言う。
「━━━『クリフォト』だそうだ。生命の樹の逆を表す名前。セフィロトの名を持つ聖杯を使って悪をなす。あまりいいセンスとは言えないな」
アジュカ様はそれだけ告げると、「では、邪魔したね」と言って退室した。
『クリフォト』━━━それが今回の敵。
俺が表情を引き締めているとセラが言う。
「それじゃ、私も行くわね」
「ああ、悪いな。忙しいってのに」
「いいのよ。とりあえず、今は安静にしていなさい」
「わかっているさ」
俺が頷くと、不意にセラが顔を近づけて━━━━、
「……………………」
「……………………」
唇同士が優しく触れあった。ようはキスしたのだ。
まぁ、いつものことなので驚きはしないが…………。
顔を離したセラは優しく笑うと、「またね」と漏らして病室から出ていく。
義手の件はともかく━━━━寝るか。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。