life01 小さな大問題
俺━━ロイが兵藤宅に世話になり初めて約三ヶ月。
地上六階地下三階(俺の部屋は五階にある)とただですら広い兵藤宅だが、ここ最近になって新しい部屋が見つかったそうだ。
例えば、トレーニングルームと大浴場がある地下一階だが、そこに部屋が出現していたらしい。
この家はアジュカ様お抱えの建築家が設計したそうだから、いわゆる職人の遊び心というやつだろう。
ちなみにだが、その新しく見つかった部屋は黒歌とルフェイの二人が使うとのこと。
━━━━と、珍しくこの家の事を考えているのは理由がある。とても簡単に言うと、
「で、痛いところとかはない?」
━━━━現実逃避していた。
若干時間を戻して説明すると、俺は誰もいない時間を狙って大浴場で一人風呂を堪能しようとしたら、そこに問答無用で黒歌が入ってきた。で、そのまま押しきられる形で一緒に入浴することになり、今は背中を流されているのだ。
俺は黒歌の体に視線がいかないように目をつむりながら言う。
「一人でも問題ねぇから少し離れろ」
「なによ、せっかく背中流してあげてるのに」
「頼んでねぇ」
「もしかして、照れてる?」
イタズラっぽく笑っているであろう黒歌の顔を思い浮かべ、俺は深くため息を吐く。
アザゼルが作っている義手は俺の戦闘に耐えられるようにするため、現在制作中。それで、明日には届けるとのこと。
日常生活用の見た目だけリアルな義手は届いているが、風呂の時ははずしている。なんか、接合部分に水が入ると気持ち悪いのだ。
今は、時々背中に当たる柔らかい感触と、それとはまた違う固い感触のせいで何も言えなくなっていた。
黒歌のやつ、絶対にわざと当てているだろ………ッ!
抵抗しようとも思ったが、片腕ではつらいものがある。万が一にも組伏せられたら、脱出できない。
黒歌は兵藤宅に世話になってから、異常に俺に絡んでくる。時には問答無用で部屋に入って来ることもあるほどだ。
まあ、恩がどうこう言っていたし、そのせいだろう。若干迷惑なのはもう気にしないことにした。
俺がそんな事を思っていると、泡を落とすためにお湯をかけられる。だがここでひとつ問題が━━━。
「あっつッ!?」
「にゃ?」
なんか妙に熱かった!設定間違えやがっただろこいつ!?
俺は勢いよく飛び退き、タオルを腰に巻きながら黒歌を睨む。彼女は手に持つ桶を見ながらきょとんとしていた。
こいつ、時々やらかすんだよな!親切心はありがたいが、もっとしっかりしてほしい!この前もコーヒーぶちまけたし!
黒歌は桶を置き、片手を顔の前にやりながら「ごめん」の一言。
俺はいつものことと割りきって「気にするな」と返し、湯船に入ってため息を吐く。
黒歌もそれに続くように湯船に入ってくると、俺の右腕に抱きついてきた。
セラとはまた違う柔らかさが俺の腕を包み込み、若干ながら理性を攻めてくる。耐えるしかないがな!
「…………なぁ」
「なに?」
「離れろ」
「嫌にゃ♪」
俺が横目で睨みながら怒気を込めて言うが、黒歌は受け流すように笑みながら否定してきた。
こういう時に小猫がいれば助かる、てか助けてくれるんだが、あいにく今は二人きりだ
俺は諦めるようにため息を吐く。こんな姿をセラに見られたら、大変なことになるな。
黒歌が話しかけてくる。
「ところでさ」
「ん?」
「ユーグリッドって男の話、聞いた?」
「ああ、少しだけな」
俺がリゼヴィムと戦っている頃、イッセーはユーグリッドと戦っていたそうだ。そして、その時やつは『レプリカの
ユーグリッドと戦うときはそれを考慮しなければならない。
俺が瞑目して対策を考慮していると、黒歌が突然離れた。一瞬間が空き、今度は俺の膝の上に柔らかい何かが乗っかってきた。
まさか、まじで…………?
俺が嫌な予感と共に恐る恐る目を開けると━━━、
「隙だらけにゃ♪」
「……………………」
満面の笑みを浮かべる黒歌が、俺と向かい合うように膝の上に乗っていた。
俺が口元を引きつらせていると、黒歌が腕を俺の首にまわしてそのまま抱きついてくる。
「━━━━━━ッ!?」
黒歌の豊満な胸が俺の胸板で押し潰され、むにゅんと形を歪ませる。こ、小猫、ヘルプミィィィィィィッ!
俺が体を強ばらせながら心中で叫んでいると、妙に体がポカポカし始めた。湯の効能ではない、もっと体の底から暖まるような…………。
目を閉じて集中してみると、黒歌からなんとなくオーラが流れてきていることに気づく。仙術の応用って奴なのか…………?
「黒歌、ありがとうな」
俺が礼を言うと、黒歌はイタズラっぽく笑んでさらに体を密着させてくる。
「うふふ♪このまま襲っても━━━」
「それは断る。後が恐い」
「あ、そう。ま、それは次の機会にするにゃ。それじゃ、おやすみ」
黒歌は残念そうに言うと俺から離れ、そのまま脱衣場に向かっていった。
「━━━━━━はぁ」
俺はようやくまともに呼吸ができた。
あ、危なかった。今度は負けるかと思った。毎度のようにこれだと身がもたねぇよ………。どうにか対策を練らねぇと………。
毎日繰り出される黒歌の攻撃への対策を考え、ボケッと天井をあおいでいると、再び膝に何か乗ってきた。
黒歌ではない、そこまで重くないからだ。だが、この家にこんな軽い奴いたか………?
「ん?」
俺が視線を向けると、膝の上に黒歌と同じように向かい合う形で黒髪の女の子━━━オーフィスが乗っていた。
な、なんでこの子が?上でイッセーたちといるはずじゃなかったか…………?
じっと俺を見つめてくるので、その疑問は飲み込んでとりあえず頭を撫でてやる。
特にリアクションはないが、なんとなく気持ち良さそうに見えるので継続的する。
その後三十分間。俺が軽くのぼせるまでオーフィスの頭を撫でることになったのだった。
その日の深夜。俺はセラと連絡を取っていた。
映像の向こうのセラが訊いてくる。
『ロイ、大丈夫?』
「ああ、問題ない。ちょっと長風呂しすぎた………」
俺は机に突っ伏して力の抜けた声で返した。オーフィスをどかしてさっさと上がっちまえばよかった………。
『あら、珍しいわね。ロイってささっと済ませるタイプのなのに』
「我が家のマスコットに捕まってな。出るに出られなくなった」
『それは、大変だったわね…………』
俺の言葉に同情的に言ってくるセラ。あぁ、セラと話しているだけで癒される。最近ストレスばっかりだったからだろうな。
俺は体を起こし、咳払いをして話題を戻す。
「それで、どうかしたのか?」
『うん、しっかり聞いてね?さっきの会議でね、一応あなたのテロ活動への関与はほぼ無いって結論が出たの!』
テンション高めに言ってくるセラ。
俺は冷静に返す。
「ユーグリットは捕らえてないのに、何でまた」
『あなたとリゼヴィムの会話が録音されてたって聞いたでしょ?』
「ああ、アジュカ様が言っていた………」
『そのときのリゼヴィムの発言から、ロイはリゼヴィム一派━━━「クリフォト」と通じていなかった。リゼヴィムはあなたが欲しいって言っていたから、逆に今まで接触していなかったってことになったわけよ』
俺はため息を混じりにセラに言う。
「力説もいいとこじゃないか。だから一応か?」
『うん、今は極めて白に近いってだけ。しっかり無罪を証明するには━━━』
「ユーグリットを捕らえる。わかってるさ。グレイフィア義姉さんのためにもな」
『そういうこと。まあそれなりに制限は緩和されたから、報告義務はもう平気よ。ただ、また腕輪を送るわ。今度は簡単には壊れないから、安心して』
「了解だ」
俺が頷くと腕輪が送られてくる。日常生活用の義手の練習がてら右腕に腕輪をつける。…………よし、できた。
「つけたぞ」
『こっちでも確認っと。それじゃあ、またね』
「おう、またな」
俺がそう返して連絡用魔方陣を消すと、部屋のドアが三回ノックされた。
俺は首をかしげながら声をかける。
「どうぞ」
「し、失礼します」
「ロスヴァイセ?どうかしたか?」
俺の部屋に入ってきたのはロスヴァイセだった。珍しく俺の部屋を訪ねて来たわけだが、なんとなくいつもと様子が違うような………。
「それで、何かようか?」
「は、はい!実は………その………」
「?」
いつも通りなら言いたいことをはっきりと喋るロスヴァイセが、こうも口ごもっていることに違和感を覚える。
俺が疑問符を浮かべているとロスヴァイセは覚悟を決めたように口を開いた。
「ロイ先生!一つお願いがあります!」
「お、おう。リアスの眷属なんだ。俺が出来る範囲で簡単なことだったらいいが、とりあえずお願いってのは?」
俺が問うとロスヴァイセは顔を俯けながら答える。
「わ、私の━━━━━」
声が小さすぎて『私の』しか聞き取れなかった。
俺は申し訳なく再度訊く。
「すまん。何て言った?」
俺の言葉にロスヴァイセは顔を真っ赤にしながら顔を上げ、開き直ったように口を開いた。
「わ、私の!彼氏になってください!」
『な、何ですってぇぇぇぇ!?』
「うおっ!セ、セラ!?って、まだ繋がっていたのかよ!」
ロスヴァイセに答えたのはセラだった!って、何でさっき通信を切ったはずのセラが答えるんだよ!
俺の心中を察してか、映像の向こうのセラがどや顔で言う。
『嫌な予感がしたのよ。それでロスヴァイセ、どういう意味かしら?』
いつもの「ちゃん」付けではなく、呼び捨てでロスヴァイセを呼び、映像越し彼女を睨むセラ。若干俺も睨まれているが、受け流すことにした。
それに動じながらもロスヴァイセは答える。
「えと、実は━━━━━━
━━━━━ということなんです」
「つまり、ロスヴァイセのお祖母さんがくるから、俺に彼氏のふりをしてくれと?」
俺の確認にロスヴァイセは申し訳なさそうに頷く。
「は、はい」
「だ、そうだ。セラ、いいか?」
『………ふりだけなのね?』
俺の問いに、セラはロスヴァイセを軽く睨みながら確認する。
「は、はい!お祖母ちゃんが帰るまでの間でいいんです!」
ロスヴァイセの訴えに、セラはしばらく考えたのち、しょうがないと言わんばかりにため息を吐いて口を開いた。
『……わかったわ。ロイ、協力してあげて。リアスちゃんのためにも』
「確かに、俺が断ったらイッセーに行く気だろ?それはそれで面倒だ」
「じゃあ!」
「わかった、やってやるよ。彼氏のふりってやつを」
「あ、ありがとうございます!」
赤面しながら笑うロスヴァイセ。そのまま礼を言うと部屋を出ていってしまった。
あぁ、ストレス要因がまた増えてしまった…………。
俺がそんな事を思いながら遠いところを見ていると、
『ロイ?』
「ん?」
明らかに不機嫌なセラの声が聞こえた。
俺が映像に視線を戻すと━━━、
『あとで、お話しましょうね?ロスヴァイセのことと、「黒猫」のことに関して…………』
「…………はい」
首をガックリと落としながらため息を吐く俺。黒歌のことも筒抜けなんだな…………。
こうして、今日に限って俺の胃に穴が開きそうな出来事が連発したのだった。
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