ユーグリットを撃破した俺━━ロイは、そのまま仰向けに倒れこんだ。やばい、魔力も体力も尽きたし、腫れているせいか左目が開かねぇ。右目も、いつ見えなくなるかわからねぇな。
「ロ、ロイ先生!大丈夫ですか!?」
ロスヴァイセが叫びに、俺は顔をそちらに向けながら、右手を挙げて答える。
ロスヴァイセはホッと息を吐くと、ユーグリットにかけられた魔力の縄を解き、逆にユーグリットを拘束するとこちらに駆け寄ってきた。
俺の横で両ひざをつきながら、訊いてくる。
「起きられますか?」
「ちょっと、無理だな。手貸してくれ」
「は、はい」
ロスヴァイセの手を借りて上体を起こし、気絶するユーグリットに視線を向ける。
俺が必死に頑張っても、助けられねぇ奴もいる。だが━━━。
俺はロスヴァイセに視線を移し、笑みを浮かべた。
「━━━おまえを守れたんなら、それでいいか」
「な!?な、ななな、何を言うんですか!?」
俺の口から漏れた言葉を聞いたロスヴァイセは、顔を耳まで真っ赤にしながら狼狽える。
気が抜けちまったみたいだな。もう少し気を付けねぇと。
俺が苦笑していると、俺たちの耳元に連絡用の魔方陣が展開され、そこからリアスの声が届けられた。
『お兄様!ロスヴァイセ!聞こえる!?』
「こっちはどうにかなった。ロスヴァイセも無事で、ユーグリットも倒せた。そっちはどうだ?」
『よかった………。こちらも大丈夫です。邪龍とヴァルブルガも撤退しました』
それを聞いた俺とロスヴァイセは、同時に安堵の息を吐く。
「とりあえず、ユーグリットを引き渡したらそっちに戻る。ちょっと待っててくれ」
『わかりました。お気をつけて』
「おう」
俺は返事をして魔方陣を消し、腕輪のスイッチを押す。
『兄さん、聞こえるか?』
『ロイ!無事だったか!』
『なんとかな。ユーグリットを捕らえたから、後は任せるぞ。俺は疲れた』
『━━━ッ!そうか、わかった!』
兄さんがそう返すと、一方的に通信を切られた。
……もう少し労いの言葉を期待したんだが、まあいいか。
ロスヴァイセの肩を借りて立ち上がると、
「義兄上………」
消え入りそうな声が俺の耳に届く。
俺はため息を吐きながら、その声の主に目を向ける。
「ユーグリット、目が覚めたか」
ユーグリットが薄く目を開け、虚空を見つめていた。
互いに目を合わすことなく次の言葉を探っていると、ユーグリットがぼそりと漏らす。
「……殺さないのですか?」
俺は再びため息を漏らし、ロスヴァイセから離れて、ふらつく足でユーグリットの横につき、片ひざをついて顔を覗き込む。
「何も殺すだけが戦いじゃねぇ。たまには、相手を殺さずに終わるってのもありじゃねぇか?」
俺の問いかけに、ユーグリットは答えず、ただ息を吐いた。
俺が立ち上がると、ユーグリットが漏らす。
「あなたは、甘すぎる………」
「それで結構だ。その甘さがねぇと、俺が俺じゃなくなるからな」
俺がそう言うと、俺たちの近くに転移魔方陣が複数個展開され、そこから魔王軍の軍服を着た奴らが現れる。
俺がホッと息を吐いて立ち上がると、この部隊の隊長と思われる男性悪魔が俺の右目を見て一瞬驚いたが、すぐに持ち直して敬礼してきた。
「ユーグリット・ルキフグスの身柄を確保しに参りました」
「そこに倒れている奴だ。あとは任せたぞ」
「お任せください」
隊長の号令で部下たちが動き始め、ユーグリットの拘束をさらに厳重にしていく。
ユーグリットは抵抗する素振りを見せないが、不気味な笑みを顔に貼り付けている。
このままいえば、何らかの形で義姉さんに会うことになるだろう。ユーグリットも、それを理解している……。
俺の目的も果たせたが、ユーグリットの目的も果たせるわけか。
俺が思慮しているうちに、ユーグリットと軍の連中は転移魔方陣の光に包まれ、消えていった。
………小難しいことは後で考えるとして、今は学園だな。
俺は深く息を吐き、再びぶっ倒れる。
「ふらふらなのに、無理するからですよ!」
ロスヴァイセはそう毒を吐きながら、俺が何か言う前に肩を貸して、立ち上がらせてくれた。
俺は苦笑しながら言う。
「いや、何か言ってやろうと思ったんだが、何も思い付かなかったんだよ」
「とりあえず、戻りましょう。リアスさんたちが待っていますから」
「だな。で、どうやって戻るんだ?」
「学園にマーキングしてあります。結界も消えているのですから、このまま転移で戻ってしまいましょう」
「頼む」
俺がそう言うと、ロスヴァイセは手早く転移魔方陣を展開。それに魔力を注ぎ込んで起動し、俺たちは転移の光に包まれた━━━━。
光が止み、目を開けてみると━━━校庭の真ん中だった。
「ん?おまえらか。無事で何よりだ」
そして、なぜか目の前にアザゼルがいた。まあ、異常を察して来てくれたんだろう。
俺が右手を挙げて答えると、アザゼルが俺の右目を見て眉を寄せる。
「その目、どうした?」
「なんかよくわからねぇが、見えるようになった。まあ、一時的だろうがな」
なんて言っている側から、視界がぼやけ始める。左目は開かねぇし、この状況で見えなくなるのは辛いな。アーシアはどこだ?
俺が周囲を見渡していると、ロスヴァイセが察してくれたのか、アザゼルに訊く。
「アーシアさんはどこでしょうか?ロイ先生を見てもらわないといけません」
「アーシアは向こうのテントだ。今なら、あいつの手も空いているはずだ」
アザゼルが校舎の方を指差しながら言った。向こうにテントがあるのか。
俺が頷いていると、ロスヴァイセがアザゼルに礼を言うと、俺に訊いてくる。
「ありがとうございます。ロイ先生、歩けますか?」
「肩を貸してくれればな。足にも力が入らなくなってきた」
「急ぎましょう」
「じゃ、また後でな」
「おう」
「はい」
俺たちはアザゼルの言葉に軽く返し、俺は足を引きずるように進めながら、肩を貸してくれているロスヴァイセに言う。
「ロスヴァイセ、一ついいか?」
「?なんでしょうか?」
俺の顔を見ながら疑問符を浮かべるロスヴァイセ。
俺は若干無理をしながら笑みを浮かべて、そんな彼女に言う。
「ありがとうな。俺を彼氏にしてくれて」
「━━い、いきなり何を言うんですか!?」
ロスヴァイセが顔を真っ赤にして狼狽えているなか、俺は続ける。
「いや。おまえの彼氏じゃなきゃ、たぶんあの『深紅の力』は手に入らなかった。あの状況じゃ、ユーグリットにも勝てなかったかもしれねぇ」
三ヶ月前から一緒に戦ったり、非常に短い時間だったがデートしたり、他にも色々とあった。
最初は面倒な奴だと思ったが、何だかんだで俺や周りのヒトのことを常に考えてくれていた。時々残念なところもあるが、それはご愛敬というやつだろう。
先程よりもゆっくりになった足取りで進みながら、俺は続ける。
「ロスヴァイセ、俺を━━━」
彼女の顔を見つめ、俺は一回深呼吸して、今度は満面の笑みを浮かべる。
「━━━『本当の彼氏』にしてくれないか?」
「…………………」
俺の言葉を受けたロスヴァイセは、『ボン!』という音とともに顔を真っ赤にすると━━━。
「………きゅ~」
━━━気絶した!?
ロスヴァイセの肩を借りていた俺も、もちろん一緒に倒れることになるわけだが、とっさに彼女の体を抱えて体を捻り、俺が下になるようにする。
「ぐ!」
背中から地面に叩きつけられた俺は、小さくうめき声をあげる。やべぇ、衝撃が全身に響いた………。
俺がどうにか体を起こそうとするが、いきなり視界が暗転した!気絶したわけじゃねぇってことは、右目が戻っちまったのか!?
本格的にやべぇな。どっちがテントなのかわからねぇし、気配やオーラを探っても、近くに誰もいねぇ。
………手詰まりだな。誰かが通ってくれることを信じて待つしかねぇか………。
━━━━━
俺━━兵藤一誠は、町の復興作業を手伝うなか、周りのヒトたちから「少し休め」と言われたので、テントに向かっていた。
ヴァルブルガの攻撃でぼろぼろになってしまった校庭を歩き、もうすぐテントに到着というところで、あるものに気づいた。
「━━━この龍の気配、イッセーか!ちょっと手伝うってか、助けてくれ!」
「きゅ~~~~~」
左瞼が腫れあがったロイ先生と、顔を真っ赤にして目を回しているロスヴァイセさんが倒れていた。
ロイ先生、左目が開けなくなっているから何も見えていないのか………。ロスヴァイセさんは、どうして倒れているんだ?なんか、見たことがないほど幸せそうな顔をしているし………。
とりあえず、助けたほうがいいよな………?
俺が黙っていたせいか、ロイ先生が周囲をキョロキョロと見渡しながら叫ぶ。
「ん?イッセーじゃないのか………?この際誰でもいいから助けてくれ!」
「えと、はい!俺です!兵藤一誠です!」
俺が大きめに返すと、ロイ先生はこちらに目を向けた。
「ちょっと、アーシア呼んできてくれ。視界ゼロって、存外
「わ、わかりました。呼んできます!」
俺はテントまで走り、みんなの治療で疲れ気味のアーシアに軽く状況を説明して、了承を得たらお姫様抱っこで抱え、ロイ先生のもとを目指した。
後ろから「いいなぁ」とか「む!アーシアだけか、イッセー!」とか聞こえたけど、今回ばっかりは無視させてくれ!
━━━━━
「いやー、助かった。ちょっと無理をしすぎたな」
「きゅ~~~~~」
俺━━ロイは回復した視界にイッセーとアーシアを捉え、礼を言っていた。ロスヴァイセは目を回して伸びたままだ。
俺はため息を吐き、ロスヴァイセをお姫様抱っこする。まさか、セラ以外にする日が来るとはな。
俺が苦笑していると、
「━━━━ッ!」
全身に鳥肌が立った。な、なんだ?殺気………ではないな。
俺が周囲を見渡していると、イッセーが訊いてくる。
「どうかしましたか?」
「いや、鳥肌が立っただけだ。気にすんな」
「はぁ」
俺の言葉にイッセーは若干曖昧に頷く。
最近感じる殺気のような何か。本当、何なんだ?
━━━━━━
ロイたちがそんなやり取りをしている頃。
「……………………」
「……セラフォルー、どうかしたのかい?」
まさにユーグリットに会いに行こうとしていたサーゼクスが、明らかに不機嫌な様子のセラフォルーに訊く。
セラフォルーはハイライトの消えた瞳でサーゼクスを一瞥すると、口を開く。
「何だが、『私の』ロイが色々とやっている気がするの………」
「グレンデルの撃破とユーグリットの捕縛。確かに色々とやってくれたようだけど……」
「━━━いえ、違うのよ。私の特権を取られた気がするのよ」
いつになく無感情なセラフォルーの声音に、サーゼクスも真剣な表情になる。
「誰かに取られたのなら、取り返せばいいだろう?簡単じゃないか」
「そうよね。その誰かとも、お話しないといけないわよね………」
サーゼクスはその誰かとロイのことを考え、黙祷を捧げる。
極端な話、 ここまで来たらロイに頑張ってもらうしかない。自分はユーグリットと話さなければならないのだ。
サーゼクスは無表情でアウロスの方角を見つめるセラフォルーを一瞥すると、足早に部屋を後にしたのだった。
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