トライヘキサとの戦いが終わり、負傷者の搬送や戦死者の遺体の搬送、もしくは遺品の回収が始まった頃、恋人たちや眷属たちによるロイの捜索はいまだに続いていた。
だが、見つからない。ただですら広い海に約十分前に落ちたのだ、かなり流されているか、沈んでいるだろう。それに加え、トライヘキサの攻撃で島のいくつが消滅してしまったため海流が狂ってしまっている。かつてのデータ頼りでは、見つかるものも見つけられない。
「くそ!どこまで流されたんだよマスター!」
クリスが海面から顔を出すと、息継ぎついでに愚痴を漏らす。
そんな彼の頭上では、ジルが魔方陣を動かしながら言う。
「最新の海流のデータではこの辺りのはずなんだが……、少し調整しなければ駄目か」
そんなやり取りをしながら、二人はロイを探す。眷属であるアリサも参加するべきなのだろうが、彼女は負傷者の治療に向かっている。回復の力を持つ者は大変貴重であり、あちらこちらから引っ張りだこになってしまっているのだ。
クリスたちとは別に行動し、ロイの落ちた場所の周辺を探すセラフォルーたちもまた、一向に見つからずに焦りを隠せないでいた。
「クリスさんたちのほうも見つからないみたいですね……。ロイさん、いったいどこに……」
ロスヴァイセが息継ぎをしながらそう漏らした。沈んでいったと予想した彼女はより深い場所を捜索しているが成果なし。魔方陣を使った広範囲捜索も結果は同じだった。
そんな彼女の横に黒歌が泳いでくる。
「手がかり無しで探すのはキツいわね。何かないの?手早く召喚できる術式とか」
「━━召喚できる術式……?」
黒歌の提案を復唱するロスヴァイセ。そしてすぐに思い至ったのかハッとした表情を浮かべると、嬉しそうに笑みを浮かべて黒歌の肩を掴む。
「それです!それですよ黒歌さん!」
「え?いや、何?何!?ちょ、離して!」
いきなり肩を掴まれ、溺れかける黒歌。泳ぎ慣れていても、いきなり両肩を掴まれれば驚きもするし、泳ぎ中にいきなり硬まるのはかなり危険である。
そんな彼女に構うことなく、ロスヴァイセは言う。
「『
「ナイスアイデアだけど、本当に離して!足だけって辛いのよ!って、あんたもよく足だけで平然と泳いでいられるわね!?」
かく言う黒歌もしっかりと泳いでいるあたり、何だかんだで鍛えているのだろう。
ロスヴァイセは黒歌から手を離すと、浮遊魔法で宙に浮かび上がりながら言う。
「アザゼル先生を探しましょう!まだ近くにいるはずです!」
「その前に他の連中も呼ばなきゃ駄目でしょ!いつまでも探させるのも酷にゃ!」
黒歌の叫びを無視する形で飛び出していくロスヴァイセ。残った魔力で身体強化の術式を自分にかけてさらに加速していった。
ヒトは焦ると周りが見えなくなる。ロスヴァイセとて例外では、むしろ色々と真面目な彼女だからこそ余計そうなのかもしれない。
黒歌はため息混じりに翼を展開して飛び上がると、ロイを捜索している面々に連絡を入れ、ロスヴァイセの後を追う。
そんなこんなで数分後。とある孤島の砂浜。
「そういうことなので、アザゼル先生!よろしくお願いします!」
「善は急げよ、早く!」
「私からもお願いします!」
「た、体力お化けばっかりにゃ……」
非常に遅れてかけつけた彼━━エリックの視線の先で、なかなかにシュールな光景が広がっていた。
アザゼルが全身びしょ濡れの女性三人に詰め寄られ、困り顔になっているのだ。同じくびしょ濡れの一人は疲れきった様子で座り込んでいるが……。
ちなみにだが、上からロスヴァイセ、セラフォルー、ガブリエル、黒歌だ。
「どういう状況だ……?」
エリックがそう漏らすと、彼の後ろにジル、クリス、アリサが現れる。アリサはかなり慌てている様子だが、他の二人は落ち着いたものだった。
「遅かったな。向こうの用事は済んだのか?」
開口一番に問いかけるジルに、エリックは頷いて返すと盛大にため息を漏らす。
「主犯は『D×D』のシトリー眷属とバアル眷属が押さえてくれたんだが、逃げ出した連中がギリギリまで抵抗してくれたからな。おかげで余計に時間がかかった」
エリックはそう言うと全身びしょ濡れのクリスに目を向け、次に後ろの女性四人に目を向ける。
彼の視線の動きに気づいてか、ジルが口を開く。
「少々面倒な事になっていてね。具体的に言うとロイが行方不明だ」
「……海に落ちた、いや落とされたか。その様子じゃ、かなり探す回ったように見える」
状況を察したエリックが言うと、ジルは小さく頷く。
「まあ、彼のことだから生きてはいるだろう。どこにいるかがまったくわからないが……」
「だから召喚しよってことだ。初めからすれば良かったな、まったく思い付かなかったが」
クリスのため息混じりの言葉に、アリサがやる気十分といった表情で答える。
「大怪我していても、私が何がなんでも治します。そのための
「「「珍しくやる気だな」」」
「……私の評価っていったい……」
チームメンバー三人からのツッコミに露骨にショックを受けるアリサ。この状況でも冗談を言い合う辺り、慣れているのだろう。
彼らのやり取りをよそに、ようやく話を理解したアザゼルが言う。
「わかった。処理もようやく落ち着いてきたんだ、やってみる」
「早く!ロイがどんな状態なのかもわからないんだから!」
アザゼルの首根っこを掴んで前後に揺さぶるセラフォルー。そのせいで作業に入れないことを理解できていないようだ。
そんなセラフォルーをジルたちが一旦引き剥がすと、アザゼルは一度咳払いをして『
「アーシアみたいに契約をしているわけじゃないからな、多少だが時間がかかるぞ」
そんな前置きをしておきながら、
アザゼルの神がかった操作により、グレンデルのオーラを手繰り寄せたのだ。
息を呑むセラフォルーたちの横で、ガブリエルが両膝をついて静かにロイの無事を祈り始める。
数秒の間をあけて、『
とっさに腕で顔を庇った彼女たちは咳き込みながらもその砂塵の奥に何かの影を見つける。砂塵が晴れ始めると共にそれが何かがわかり始める。チラチラと見えるそれは剣であり、それを握る黒い籠手に包まれた右腕も見え始めた。
セラフォルーたちの表情が和らぎ、アザゼルもホッと息を吐く。
時間はかかってしまったが上手くいった、これで彼を助けられる!
彼女たちの想いはそのひとつだった。彼に何をするか、何をしてもらうかなども考えるが、今は治療が最優先だ。生きていなければ、何も出来ないのだから。
セラフォルーたちが駆け寄ろうとした瞬間、突然の突風で砂塵が完璧に吹き飛んだ。そして、彼女たちの表情が一気に青ざめ、硬直した。
確かに『
ロイはグレンデルの意志を封じ込めることは成功した。だが、完全に呑み込まれた右腕はともかく、その他の部員はまだ繋がりが中途半端だったのだ。そのせいで起こってしまった悲劇。
狼狽える面々をよそに、セラフォルーは一切の覇気を感じない瞳でそれを見つめる。
「……どう……して……?」
絞り出すようにそう訊くが、答える者は誰もいない。
セラフォルーはそれの目の前に来ると両膝をつき、涙を流しながら黒い籠手に包まれた右腕を優しく撫でる。
「どうして、あなたは………」
『
「……誰かの命を優先するのよ……!」
崩れ落ちる彼女の言葉は届かない。届くこともない。
この瞬間、ロイ・グレモリーの戦死はほぼ間違いなしとなってしまった。生存も、召喚の成功も絶望的。
その事実を突きつけられ、ロスヴァイセは耐えきれずに崩れ落ち、黒歌は流れ出る涙に耐えながら天を仰ぎ、ガブリエルは涙を流しながら静かに祈る。彼女たちの後ろのロイの眷属や同僚たちは、静かに敬礼する。
トライヘキサ撃破の代償はあまりに大きかった。各神話の神の一時的な消滅や地形の変化、そして散っていった多くの戦士たち。
それでも、世界は平和になったと言われるだろう。戦いは終わったと言われるだろう。遺された者たちの想いを置き去りにして、理解しようともせずに。
━━平和というものは、多くの犠牲の上に成り立っているのだ。
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