ロイとリリスが『D×D』に保護されてから三日ほど。
冥界悪魔領首都━━リリスに建てられた高層ビルのひとつに、四大魔王のサーゼクスとアジュカ、元堕天使総督であるアザゼル、四大セラフであるミカエルが集まっていた。
「それで、保護したロイの検査結果は?」
急かすように確認を取るサーゼクス。そんな彼に書類を手渡しながら、アザゼルは言った。
「結果としては、遺伝子の約五十パーセントがロイと一致した。もう半分は━━」
途端に言葉を詰まらせるアザゼル。サーゼクスは彼の言葉を待たずに書類を確認し、表情を険しくさせた。
「グレートレッドの肉体を持つイッセーくんと一致した。つまり、ロイくんは彼と同じ方法で戻ってきたわけだな」
そんな彼に代わってアジュカが言った。
アザゼルは頷くが、表情は険しいままだ。
「だが、イッセーみたいに全てがグレートレッドの肉体ではなく、中途半端にロイの肉体がある。そのせいなのか、身体能力がバカみたいに高い」
アザゼルの除いた三人は書類に目を通し、眉を寄せた。様々な検査の結果が並んでいたが、上級悪魔や最上級悪魔のそれを遥かに上回っていた。
ミカエルが訊く。
「話によると、彼は今までの記憶が無いそうですが、その原因はわかったのですか?」
ミカエルからの問いに、アザゼルは肩をすくめた。
「全くもってわからん。無自覚記憶を封じ込めているのか、本当に無くなっちまったのか……」
「だが、ロスヴァイセくんや黒歌くんのことは思い出しているのだろう?」
サーゼクスの問い。立て続けの質問にアザゼルは若干うんざりしながらも頷いた。
「らしいな。理由はよくわからんが、ロイにとって『一定以上に大切に想える存在』のことはかすかに覚えているのかもしれない」
サーゼクスの表情が思わず曇る。アザゼルの仮定がもしも本当なら、彼の実の妹であるリアスや、彼女を始めとした戦友である『D×D』の面々は、『一定以下の存在』ということだ。少々残酷ではないだろうか。
ミカエルがため息を吐く。
「彼の無事が知らされた時、ガブリエルが少々取り乱しましたが、下手に会わせるのは愚策でしょうか」
「会っても思い出してもらえなかったら、マジで発狂するんじゃないか?まあ、ショックで倒れるだけで済むかもしれないが……」
ガブリエルの話が出たためか、アザゼルはそう返すとサーゼクスに問う。
「セラフォルーの様子はどうだ?なんか、別人みたいに落ち着いていると聞いたんだが」
「前と比べてかなり静かになったよ。僕でも見たことがないぐらいに仕事に集中している」
「そうか」
いつもハイテンションのセラフォルーが落ち着き、仕事に集中している。そう言えば、最近魔法少女姿のセラフォルーを見ていないなとアザゼルは回想する。
アジュカが続く。
「オーフィスの半身たる少女━━リリスだったな。彼女はどんな様子なんだ?」
「寝て、ロイに構ってもらって、飯食って、また寝る。それだけだ。総合的に見ても、寝ている時間がやたらと多い」
「イッセーくんの復活にドライグが極端に消耗したように、彼女も消耗したのか。だが、今は有限とはいえ
サーゼクスの当たり前の疑問に、アザゼルも困惑したような表情になる。
「なぜあそこまで消耗しているのか、それがわからん。ロイを復活させる以外にも、あいつに何かしたのかもしれないが……」
そんなアザゼルにミカエルが言う。
「詳しくは調べてみるしかありませんか。タイミングを見て、ガブリエルを会わせようと思いますが」
「それで頼む。もしかしたら、何かの拍子に記憶が戻るかもしれないからな」
アザゼルの言葉に頷き、ミカエルが席を立つ。
「そう言えば、彼は今どこに?グリゴリの施設からは移されたのでしょう?」
ミカエルの問いにサーゼクスが答えた。
「今はセラフォルー記念病院で検査中だ。そこで魔力に関して詳しく調べる手筈になっている。そのあとは、グレモリー家の屋敷に連れていくつもりだ」
「そうで……ッ!」
ミカエルは部屋の外で何かが動いた気配を感じ、言葉を切る。三人もそれに気づいたようで、真っ先に動き出したのはサーゼクスだった。表情を険しくさせながらドアを勢いよく蹴り破る
万が一にも『クリフォト残党』のスパイが潜り込んでいた場合、彼らの居場所が知られたことになる。部屋の防音性は高いが、何らかの術で聴力を強化すれば聞き取れなくもないだろう。だが、その心配は杞憂に終わった。
サーゼクスが部屋を飛び出した瞬間、見覚えのある黒髪の女性悪魔が曲がり角に消えていったのだ。それと同時にまた別の問題が発生した。
万が一ロイが彼女のことを思い出せなかったら、一大事通り越して完全に終わりである。
「すまない、用事が出来てしまったようだ。行ってくる!」
サーゼクスは自分で蹴破ったドアには目もくれず、そのまま駆け出した。
残された三人は、盛大にため息を吐いた。
「なんと言うか、ロイが絡むと熱くなるよな。あいつにロイの居場所を伝えなかったのが、こんな形で問題になるとは思わなかったぞ」
アザゼルの言葉にアジュカが頷く。
「サーゼクスもルシファーとはいえ、流れているのは慈愛深いグレモリーの血だからな。家族が絡むと少々先走るんだろう。特に死んだと思われた弟なら尚更だ」
「私も無用心でした。まさか彼女が聞き耳を立てているとは……」
この場に集まった四人でも探知できないように気配を殺し、情報が出てきたら即離脱。どこぞの諜報員のような行動の速さに、三人は再びため息を吐く。
話題に出ている魔王少女様の行動の速さは、こんな時こそ役に立つのだろう。それに振り回されるヒトたちがどう思おうが、今の彼女の最優先事項はロイなのだから。
━━━━━
冥界悪魔領、セラフォルー記念病院。
魔王の一人であるセラフォルーの名をつけられたこの病院は、悪魔領の中でもトップクラスの医療機関であり、最先端と設備が整っている。
そんな病院の一室に、患者服のロイがいた。リリスがベッドを占領して寝ているため、彼はベッド脇の椅子に腰かけている。
「やれやれ、検査ってやつはいくつあるのかね」
優しく笑みながらリリスの頬を撫でてやると、彼女の表情も和らぐ。まあ、病院のものとはいえふかふかのベッドで眠ることができ、ロイが近くにいると知っているためか、元から油断したように表情は緩んでいたが。
ロイは小さく息を吐き、目を閉じて集中する。様々な気配を感じ取りながら、念のために警戒しておく。
ここは割りと安全だが、絶対なんてものはない。滞在する先で毎回のように死神に追い回され、ろくに休めた記憶はない。ロイが『先生』と呼ぶヒトにいた時を除いて。
完全に手持ち無沙汰のロイは椅子の背もたれに身体を預け、目を開いてボケッと天井を見上げる。病室で出来ることなんてほとんどない。
ロイは仕方ないと言わんばかりにため息を吐き、また目を閉じると意識を集中させていく。
心を無にし、自然の中に溶け込み、気を練り込む。奥深い仙術において、最も基本的な修行方法。
『━━暇な時間があったら、それぐらいしておきな』
『先生』の元を去る際に言い渡されたことを、彼は守り続けていた。そのせいなのか、仙術の感知能力だけで言えば、彼は黒歌や美猴を上回る。
故に気づいた。今まさに、彼のいる部屋に入り込もうとする悪魔の気配に。
ロイは目を開き、扉のほうに目を向ける。それとほぼ同時に凄まじい勢いで扉が開かれ、外にいた女性とばっちり目があった。
「………」
「ロイ……」
涙目になりながら彼の名を呼ぶ女性の姿に、ロイは困惑を露にする。
何かしらの制服なのか、きっちりとした格好をしているが、外見年齢のせいなのか違和感が凄まじい。
「私よ、わかる……?」
問いかけてくる女性を見つめながら、ロイはまた違和感を覚えた。ロスヴァイセや黒歌に会った時と似ているが何かが違う、もっと強烈なものが胸に燻るのだ。
ロイは自分の胸に手を当てながら、申し訳なさそうに首を横に振る。
「すまない……」
女性は彼の言葉を受けて俯くが、とりあえず病室に入って扉を優しく閉める。
女性はロイの前まで移動すると、優しく彼の頬を撫でた。彼が既視感となぜか安らぎを感じるなか、女性は名乗った。
「私はセラフォルー。セラフォルー・レヴィアタンよ」
「セラフォルー、か。いい名前だな」
彼女の名を反復すると、ロイは頬に触れる彼女の手に自身の手を重ねながら訊く。
「『セラ』って呼んでいいか?どうにも━━」
「大丈夫よ。昔からそう呼ばれていたもの」
ロイの言葉を遮ったセラフォルーの発言で、彼は自分と彼女が何かしらで繋がりがあったということを察することが出来た。だが、同時に違和感を覚える。何かが違う気がするのだ。その何かはわからないが、割りと大切な何かが足りないのだ。
ロイは小さく首を傾げるが、気にすることを止めてセラフォルーに問いかける。
「俺のこと、知っているのか?まあ、『ロイ・グレモリー』のことをって方が正しいんだろうが……」
「もちろんよ。ロイのことは、誰よりも知っている自信があるわ」
セラフォルーはそう言うと手を離し、優しげな笑みを浮かべる。それを受けたロイは、若干ながら引いていた。
言っている内容は割りと普通のはずなのに、瞳のハイライトが消えているせいで全てが不気味に思えるのだ。
だが、とロイは我慢してセラフォルーに言う。
「なら、俺に教えてくれ。おまえの知る『ロイ・グレモリー』のことを」
「ええ、任せて。何でも教えてあげ━━」
「セラフォルー、ストップだ」
突如届いた第三者の声に反応して、二人は扉のほうに目を向ける。そこにいたのは、ロイと同じ紅髪の男性だった。年齢はロイよりも少し上に見える。
「サーゼクス、どうして止めるの?私的には最優先事項なのだけど」
感情を感じさせない声音で、サーゼクスを睨むセラフォルー。睨まれたサーゼクス本人はセラフォルーを心配するように見るが、横に座るロイにも目を向ける。
「まあ、待ってくれ。僕はサーゼクス・ルシファーだよ。よろしく」
「……ルシファーだと?」
『ルシファー』の名に反応して、突然殺気を放つロイ。前回の戦いで出てきた名が突然出てきたため、少々過剰反応しているのかもしれない。
ロイの殺気を正面から受けながらサーゼクスが言う。
「『ルシファー』を名乗ってはいるけど、彼らが言ったルシファーではないよ。それは保証できる」
サーゼクスの言葉を受けても、ロイは信じられないと言わんばかりに睨み付けるが、セラフォルーが一度ため息を吐いて言う。
「大丈夫よ、彼は関係ないわ。それよりもお話ししましょう。サーゼクスについても教えてあげるから」
彼女はそう言うと、サーゼクスに歩み寄って彼に耳打ちする。
「(言いたいことはわかっているわよ。けど、話をさせて。彼が私を覚えていなくても、大丈夫だから)」
セラフォルーはそう言うが、幼なじみであるサーゼクスだからこそわかってしまうことがある。
━━セラフォルーは、かなり無理をしている。
大丈夫とは言っているが、何かあれば今度こそ彼女は壊れてしまうかもしれない。だが、この問題はあまり先伸ばしには出来ないだろう。
サーゼクスはちらりとロイに目を向ける。こちらのことを気にしながらも、リリスの寝返りでずれた毛布を被せ直していた。
サーゼクスはセラフォルーに目を向ける。不安げだが、覚悟を決めた表情。彼女がこの表情をした時は、決して退いてはくれない。
一度わざとらしくため息を吐き、サーゼクスは頷いた。
「(何かあったら呼んでくれ。フォローさせてもらう)」
「(ありがとう)」
サーゼクスが退室して扉が閉まると、セラフォルーはロイの方へと向き直る。
「それじゃあ、お話ししましょうか。あなたのことも聞かせてもらえるかしら」
「まあ、あまり楽しい話ではないけどな」
ロイが苦笑しながら言うが、セラフォルーは気にした様子もなく首を横に振った。
「楽しいかどうかじゃないわ。あなたとお話できればそれでいいのよ」
「そうか。なら、話すとするか。色々と」
「私も教えてあげるわ。私が愛するヒトのこと」
━━━━━
二人の話は進み、人間界でいう夜になっていた。冥界にも昼夜の概念はあり、夜になると月の代わりとなるものが空に浮かぶ。
月明かりに照らされた病室で、セラフォルーとロイはいまだ談笑していた。
「あの時のロイは━━」
「『先生』にはかなりしごかれたが━━」
代わる代わるに話し、お互いの理解を深めていく。やがて、ロイの胸にある思いが芽生え始めた。
━━俺は、このヒトのために戻ってきたんだろう。
セラフォルーが笑うたびに、胸につかえていた何かが取れていく。奥底に眠っていた何かが、目を覚まそうとしている気がした。完全に目を覚ませば、自分が自分では無くなる。そう感じることが出来たが、不思議と恐怖はない。
ロイは笑みながらセラフォルーに言う。
「セラ、ひとついいか?」
「何かしら?」
お互いに向き直り、ロイは改まったように言う。
「おまえがいたから、『ロイ・グレモリー』は変われたんだと思う」
「ど、どうしたの、いきなり……」
困惑するセラフォルーを他所に、ロイは続ける。
「殺すことしか出来なかった俺が、誰かを愛して、誰かに愛されることが出来た」
言葉を続けるごとに、奥底に眠る何かが目覚める。もう迷いはない。きっと、この言葉を言いたいがために戻ってきたのだから。
「セラ、俺はおまえを愛してる。だからあの時、命を懸けられた」
「……」
言葉が出ないセラフォルーに、『ロイ・グレモリー』は面と向かい、満足げに笑いながら言った。
「ただいま、セラ」
セラフォルーがその言葉を受けて驚愕した瞬間、彼女の唇が塞がれた。いきなりのことで息が出来なくなるが、状況を理解すると同時に表情を和らげる。
セラフォルーの口を、ロイの口が塞ぐ。
それも数秒だけのことであり、ロイはすぐに唇を離す。
照れ臭そうに笑いながら、彼は言った。
「やっぱ、おまえの近くが一番落ち着く」
「ロイ、もしかして……」
彼女の問いに、ロイは笑みながら頷く。
「まあ、あいつらにも説明しとかないとダメだろうな……」
軽く頬をかきながら、苦笑する。セラフォルーは目にハイライトが戻り、その目に涙を溜めながら彼に抱きつこうとするが、ロイが手で制する。
「けど、それはまだ先だな。あいつらをどうにかしねぇと……」
『あいつら』、それはクリフォト残党のことなのか、それとも━━。
ロイはセラフォルーをいとおしそうに抱き締め、彼女の耳元で
「俺は戻らない。死んだ扱いのほうが、自由に動き回れるからな」
「え?」
まるでここを出ていくと言わんばかりの言葉だが、それを理解する前に彼女の意識が微睡む。何かしらの術をかけられたかのように突然にだ。
睡魔に襲われ、全身から力が抜けていく彼女を抱き上げ、そのままベッドに寝かしつける。代わりに寝ていたリリスを抱き上げ、病室の窓を全開にした。それと同時に部屋の扉が豪快に開け放たれ、サーゼクスが中に入ってくる。
ベッドで眠るセラフォルーに気づくと、警戒を強めてロイを睨む。
それを受けながら、ロイは魔力で患者服からいつものマントのような黒外套に黒いズボンとシャツ、簡単な手甲をつけた、手甲以外を全身黒で揃えた物に変える。
「━━悪いが、やらなきゃならねぇことがある」
「彼女はそれを望んでいないと思うよ」
「それでもだよ。これが最後の大仕事だ、邪魔をしないでくれ。
「………っ!」
ロイの発言に、サーゼクスは驚愕を露にした。今彼は、自分のことを兄だと言った。つまり、記憶が━━。
「前は行方不明だったが、今回は死亡だ。大して変わらねぇだろ?」
ロイは不敵に笑みながらサーゼクスに言った。
それを受けたサーゼクスは肩をすくめ、わざとらしくため息を吐いた。
「キミは変わらないね。面倒臭がりなくせに、自分からそれに飛び込んでいく。悪い癖だ」
「俺らしいだろ?」
「まったく、キミらしいよ」
二人はそれぞれ笑むと、ロイは窓から飛び降り、そのまま深紅のドラゴンの翼を広げて飛び出していく。
━━死んだ者を縛る法はない。死んだ者を止められる者はいない。故に、彼はその道を選んだ。
サーゼクスはあっという間に小さくなった
「さて、どう説明したものかな、これは……」
もうひとつロイに悪い癖があるとすれば、周りのことと後先考えずに行動することがあることだ。フォローする側は堪ったものではない。
だが、彼は言った。「これが最後の大仕事」だと。ならば、それをサポートしてやるのがベストだろう。早くことが済めば、彼は帰ってくることが出来る。
サーゼクスは簡単にプランを練りながら、セラフォルーを見る。毎度ロイに振り回される可愛そうな役ではあるが、それでも彼女はロイの側にいてくれる。だからこそ、ロイは頑張れるのだろう。戦い続けるのだろう。
だが━━、とサーゼクスは思う。
「もっとセラフォルー以外のヒトも大切にしてあげないと、後が怖いよ?」
サーゼクスの呟きは届かないが、それでも言わずにはいられなかった。
何だかんだで恋人たちに捕まり、説教されるロイの姿を思い浮かべ、思わず苦笑する。
その姿を現実にするためにも、サーゼクスは動き出した。
まずは『クリフォト残党』を殲滅する。今回ばかりは、次の機会を与えるつもりも、残党を残すつもりはない。確実に、完全に、芽であろうがそれを摘む。冷酷だと、残酷だと言われようが、気にするつもりはない。
今までとは一線をがす覚悟を元に、グレモリー兄弟は動き出していた。
一人は恋人たちとの未来のために。一人は悪魔という種と、家族の未来のために━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。