冥界の僻地にある採石場。かなり前までは稼働していたであろうそこにヒトの気配はなく、廃棄された機材や施設、巨岩が放置されていた。
俺とクリスはほぼ同時に飛び出していくが、あえて速度を緩めてクリスの影に隠れる。
「オラッ!」
先行するクリスが少年に拳を放つが、片手で止められた。
クリスは驚く様子もなく、空いている手で拳を止めた腕を逆に捕まえ、少年の動きを止める。
「ハァッ!」
クリスを飛び越え、落下の勢いのまま大上段から直剣を振り下ろす!
少年は片手でアロンダイトを掲げてそれを受け止める。
前回ならそのまま押し込めただろう。だが、今回は━━。
「!片手で止めるか……!」
片手持ちのアロンダイトにあっさりと止められてしまう。力を込めてもびくとねぇ!
俺はドラゴンの翼を展開してその場から離れ、クリスは腕を掴んでいた手を離すと肘に魔力を溜めていき、一気にそれを爆発させる!
爆音と共に少年に止められた拳が強引に振り抜かれ、少年の顔面に直撃した。
クリスはその場から飛び退くが、拳を振って少し痛がっているように見える。
クリスの横に着地し、真っ赤になっている拳に目を向ける。
「……大丈夫か」
「はい、何とか。凄まじい堅さですよ、彼」
下手な鉄板なら簡単に打ち抜くクリスの拳にダメージを与えるほど、か。相当な堅さだな。
パワーも前回とは比べ物にならないはど上がっているようだし、あの変態野郎に何かされたようだな。
俺は一度ため息を吐き、軽く右胸を掻く。
「
「見えない、ですか?」
俺の言葉にクリスが首を傾げる。
俺は一度頷いて軽く説明する。
「どうにも、気の流れとか生命エネルギーを探ろうとすると、全体的に霞がかって見えるんだよな。おかげでよくわからん」
「弱点がわからないと」
「その通りだな。まあ、わかったところで狙うつもりはねぇが」
直剣に込める魔力を増やし、姿勢を低くして構える。
「力で負けるなら手数で勝負だ。クリス、フォロー頼むぞ」
「了解です」
アリサが飛ばした回復のオーラで拳を治療されたクリスは、再び拳を握り、魔力で先程よりも厚くコーティングを施していた。
「……作戦は決まったか?」
血走った目でこちらを睨み、こちらに歩み寄って来る少年。前回に比べて、随分と迫力が増したように思える。
俺とクリスがゆっくりと息を吐き出して構えた瞬間、少年の姿が消える!
クリスはほんの一瞬驚愕するが、俺は素早く振り向いてアロンダイトの振り下ろしを受けとめる。
凄まじい重さで体を一気に沈み込ませるが、膝をつくことは避けた。
だが、何て重さだよ……!前にやったときはここまでじゃなかっただろうが!
クリスが少年の腹に拳を放つが、怯みもしないし力が抜けることもない。
なんだ、俺が寝ている間にそこまで変わった、いや、変えられちまったのか……!
歯を食い縛って無理やり押し返し、返した刃で少年の腹を斬りつける。
━━が、服が斬れただけで本体には傷一つついていない。グレンデルほどじゃないが、相当堅いな。
俺は小さく舌打ちをし、クリスと共に後ろに飛び退く。
「さて、どうするか。殺すつもりでもちょうどいいのかわからんぞ」
「……割りと殺すつもりだったんですけどね。どのくらいで打ちにいけばいいのやら……」
お互い困り気味に言うと、少年は不気味に笑む。
「そうか、安心した」
少年の言葉に同時に首を傾げる俺とクリス。
少年は俺たちのリアクションに構うことはなく、斬られた腹を撫でる。
「俺は、あんたよりも強いようだ」
清々しいほどの笑顔。戦闘中とは思えないそれは、本来なら違う時に、それこそ心から笑える時に浮かべるそれだ。
クリスがため息を吐く。
「マスターが彼を助けるって言った意味、何となくわかった気がします」
「……そうか」
俺たちは手短にそのやり取りを終え、直剣に込める魔力を増やす。殺さない程度でダメージを与えなければならないというのは、実に面倒だ。
「さて、行くぞ……!┃
「了解!」
俺が先行する形で動き出し、少年に斬りかかる。
少年はアロンダイトで真正面からそれを受け止め、俺を嘲笑う。
「この程度か!あの時のあんたはもっと強かったぞ!」
俺を強引に押し返し、体勢を崩したところにアロンダイトが振るわれるが、少年の脇腹にクリスの超低空の飛び蹴りが放たれる。
クリスの蹴りは少年の脇腹にめり込み、確実に内臓にも皮膚と肉越しに届いているだろう。
少年はそれがどうしたと言わんばかりにアロンダイトを豪快に振り抜き、思い切り踏ん張っていた俺とクリスを弾き飛ばす!
「チィ……ッ!何て出鱈目なパワーだよ!」
「ですが、聖なるオーラは弱い通り越してありませんね!ただの魔剣になっていますよ、あれ!」
足を地面にスライドしながら勢いを殺した俺と、体全体で受け身を取ったクリス。そこに回復のオーラが飛んできた。
少年の姿が消え、俺の眼前に現れると、オーラを迸らせたアロンダイトを振り下ろしてくる。
体を半身にしてそれをギリギリで避けると、アロンダイトのオーラは易々と地面を砕き、余波だけで採石場の岩の一つを叩き斬った!
直撃したらバラバラになるな、これは!当たらなければどうってことはねぇか!
その場を急いで飛び退いた瞬間、少年が追撃に飛んでくる。
体捌きで避けながら直剣で受け流し、紙一重で捌いていく。速度も前とは段違い。下手をすれば一撃もらうかもしれねぇ……!
直剣とアロンダイトがぶつかり合い、火花を散らす。
そのままお互いに両手をそれぞれの得物に添えてつばぜり合いに突入した。
こっちは歯を食い縛って耐えるが、むこうはまだ余裕が見え隠れしている。
これは、本格的に不味いかもしれねぇな!
「この、野郎……!」
そこにクリスが突っ込んでくる!
加速中に足の裏に魔力を溜めてそれを爆破、さらに加速に入って勢いのまま拳を打ち放つ。
少年は一切避ける素振りを見せず、クリスの拳を右頬にくらう。
「がぁ……っ」
乾いた音と共に痛みで声をあげたのはクリスだった。
苦悶の表情になりながら放った拳を押さえてその場から離れる。
気にかけてやりたいのは山々なんだが、はっきり言って余裕がない。気を抜いたら押し切られちまう!
「やはり、俺のほうが強い!あんたはもう雑魚だな!」
「ほざくな……!」
瞬間的に魔力を高めることで力の差をどうにか埋め、強引に押しきる。
体勢を整えられる前に直剣で全力殴打。少年を吹っ飛ばす。
斬れないのなら殴る。ダメージ自体はなくてもある程度の衝撃は通るだろう。
近くの岩場に頭から突っ込んだ少年は、全身からオーラを放って近くの岩を全て消し飛ばしながら立ち上がる。
パッと見た感じではダメージはなさそうだ。まあ、これでダメージがあったら苦労ないけどな。
盛大なため息を吐き、直剣の刃を撫でて欠けた部分を修復する。
少年は体や服についた埃を気にそぶりはなく、アロンダイトを杖のように地面に突き立て、拳を握りしめていた。
「この程度?あの時のあんたはもっと凄まじい強さだったぞ!」
全身から深紅とどす黒い色のオーラを放ちながら、何故かキレ気味に怒鳴る少年。まるで予想と違うと言わんばかりだ。
あの時って、言われてもよく覚えてねぇんだよ!自覚があるのは急に視界が真っ赤になった程度だ。もう一度やれと言われてもやり方がわからん!
ぶちギレていた少年は、後ろに下がったクリスと、あいつを回復中のアリサに視線を向ける。
「……あの時、そうか、そうすればいいのか」
ニヤリと笑い、少年がその場から消える。
俺はもはや反射と言える速度でその場を飛び出し、アリサたちの前に出る。
直剣をフルスイングで振り抜いた瞬間、少年の振るったアロンダイトとぶつかり合った。
「きゃ!」
「ぐ……っ!」
後ろの二人は衝撃に襲われて吹き飛ばされ、地面に転がった。
「テメェ、狙うなら俺を狙え……!」
「まだ足りないか……」
睨む俺を他所に、少し残念そうに顔を俯かせる。
「リリスちゃん、危ないわよ!」
再び競り合いになった俺たちの耳にセラの声が届く。
目を見開いて驚きながら、俺はゆっくりとそちらに目を向けた。
「クリス!アリサ!」
セラに抱えられたリリスがじたばたと暴れながら二人の心配をしていたのだ。
少年はセラとリリスに目を向け、俺との競り合いを強引に止めるとそちらに向けて飛び出していった。
「テメェ……!」
ありったけの力を両足に込め、一気に飛び出していく!
景色が一気に流れていき、あっという間にセラとリリスの前に到着することが出来た。
俺は先ほど同様に少年の一撃に備えるが、俺の読みとは逆に少年は少し離れた位置に立っていた。
アロンダイトを天を突くように高々の掲げ、深紅と黒のオーラを迸らせる。
完成したのは巨大な柱だった。こちらを塵一つ残さないであろうほど、強烈なオーラが込められている。
「━━あんたに受けきれるか?」
少年の呟きと共にそれがこちらに倒れこんでくる!
セラを抱えて避けるにしても、範囲から逃げ切れるかが微妙なところ。それ以前に位置的にクリスとアリサが巻き込まれる。
━━相殺しきれるか……?
ほんの一瞬の思考。いや、答えなんて最初から決まっている。
「━━やれなきゃ、死ぬだけだ!」
叫ぶと同時にオーラを一気に解放。直剣にありったけのオーラを込めて柱に叩きつける!
俺のオーラと少年のオーラがぶつかり合い、スパークを起こす。だが、こちらが少し押されているのは明らかだった。
歯茎から血が出るほど歯を食い縛り、地面にめり込むほど両足を踏ん張ってどうにか押し返そうとする。
俺の踏ん張りを嘲笑うように、少年はさらにオーラを込め始める。
このままいけば死ぬかもしれない、押し返せないかもしれない。そんなことどうだっていい。
━━何が何でもこいつらを守る……!
『━━まったく、貴様は変わらんな』
「!今忙しいんだよ、黙ってろ!」
「ロイ!?どうしたの!?」
突如として頭の中に響いた声に怒鳴る。このタイミングで声をかけてくるとか、ふざけてんのか!?あと、セラは心配してくれてありがとう!
俺に憑く怨念たちが言う。
『まあ、聞け。単刀直入に言おう。手こずっているようだしな、貴様に
「すまん、何て言った!?」
何かこいつらの口から信じられない言葉が聞こえたぞ!力を貸そう?どういうことだよ!?
困惑する俺を他所に、こいつらは勝手に納得したように言う。
『うむ、百聞は一見にしかずだな。いくぞ!』
怨念たちがそう言った瞬間、柱がこちらに倒れこんできたのだった━━━。
━━━━━
「こんなものだったか……」
勝ちを確信し、残念がりながらも笑みを浮かべていた。
━━ロイを殺すこと。それが自分の存在価値であり、産まれた理由。
少年が信じて疑わない信念。いままさに、それが果たされた。
踵を返してアガリアレプトに合流しようとした瞬間、ロイたちがいた場所から黒い炎の柱が発生した!
「!」
少年は驚きながら振り返る。彼の視線の先にいたのは━━。
「な、なんか変な気分だな……」
黒い炎をその身に宿し、両瞳は深紅に染まり、右目から首にかけて血涙のような赤いラインが三本現れ、それは右腕を通って右手まで伸びているロイの姿だった。
赤いラインは腕の途中で枝分かれしているのか、右手に浮かび上がるラインの各指に絡み付くようになっている。
ロイは右手の感覚を確かめるように開いたり閉じたりすると、後ろに振り向く。
「おまえら、無事か?」
「ええ、何とか……」
「へいき!」
「し、死ぬかと思った……」
「大丈夫です~」
ロイは少年に構うことなく四人の無事を確認していた。
「……バカな!今の一撃、確実に当たったはずだ!」
「当たる瞬間に相殺しきれただけだ。急に力がみなぎるって、変な気分なんだな……」
右手の平を眺め、そのまま少年に向ける。
その瞬間、少年はもはや反射的速度で反応するとその場を飛び退く。
少年が飛び退いた途端、ロイの手のラインが輝き、滅びの濁流が放たれる!
少年は目を見開き、ロイに目を向けた。
放った本人であるロイ自身も、驚いたように右手と抉られた地面に目を向ける。
「……加減できねぇな、これは」
右手の感覚を確かめ、特に意味はなく鎌を作り出すロイ。
深紅の刀身は黒い炎が
「あれ?マスターって、鎌使ったことありました?」
彼の後ろに駆け寄ったアリサが問いかけた。
ロイは自身で作り出した鎌を眺め、さも当然のように頷く。
「逆に鎌を使ったところ、見たことあるか?」
「ないわね」
「ないですね」
「ないです」
「ある!」
首を横に振るセラフォルーたちだが、リリスだけが頷き、ロイは笑む。
「何でかわからねぇけど、使い方がわかるし、妙に手に馴染む。何でだ?」
『過去、貴様が殺した者たちの技術を、ある程度だが再現させる。鎌が手に馴染むのは我らの中に多数の死神がいるからだ。殺した者の魂を喰らうとは、罰当たりな存在だな』
赤いラインが点滅し、男の声が周りに届く。
驚愕する一同をよそに、ロイは関心したように何度か頷く。
「なるほど。いや、よくわからねぇけど……」
『うまくやれ。使い方はわかるだろう?』
「ああ。まあ、何となく」
ロイは前に出ながら鎌を器用にクルクル回し、構えを取る。
少年はアロンダイトを構え、ロイの動きに注意を傾ける。
ロイが音もなく飛び出し、地面を滑りながら少年に急接近していく。
鎌を回転させ、遠心力に乗せた速くも非常に重い斬撃が連続で少年に襲いかかる。
少年はアロンダイトでそれを捌き続けていくが、ついに右腕に一撃貰ってしまう。
「ッ!」
突然の激痛に歯を食い縛り、表情を険しくさせる少年。
斬られただけならまだしも、刃に燻る黒い炎で傷口を焼かれ、さらに傷を酷くさせられたのだ。
少年は飛び退き、傷口を押さえる。
「なぜだ!俺はあの時よりも強くなった!それなのに!」
滅びの糸で傷口を縫い止め、再び飛び出していく少年。
ロイは鎌を籠手に変えて両腕に装着。ゆっくりと息を吐きながら重心を落とし、右腕を引く。
「強さの意味は一つじゃねぇ。それに━━!」
少年が放ったアロンダイトの一撃をギリギリで避け、無防備な腹に渾身の拳を叩き込んだ。
「━━意味のない力が、強いわけねぇだろうが!」
右拳を引き戻し、腰を捻りながら力を乗せ、左拳を少年の顔面に叩き込む!
快音が採石場に響き、少年は吹き飛ばされていく。勢いがなくなり始めると地面を転がっていき、止まる頃には仰向けに倒れこみながら、脳が揺れたせいか、虚ろになった瞳で空を見上げる。
今のたった数十秒ほどの攻防で相当消耗したのか、肩で息をするロイ。だが、闘志はまだ消えていない。
「何で強くなろうとしたのかは知らねぇが、おまえはまだまだ弱い」
体勢を直立に戻しながら右拳を握り、左手を右手首に添えると、不敵な笑みを浮かべた。
「━━今のままじゃ、俺には勝てねぇよ」
ロイの挑発とも取れる発言を受け、少年はフラフラと立ち上がる。
黒い炎に焼かれたためか、顔の皮膚がいくらか
同時に、ロイの中にある何かが燃え始める。
現在体に燻る黒い炎とも違う何か。これにだけは呑まれてはいけない、憎悪という感情だけによる豪炎を思わせる力を感じたのだ。
「この感じ、なんだ……?」
違いがあるとすれば、前回のように強烈な倦怠感と破壊欲がないことか。
ロイはそちらに気をかけながらも少年への警戒心をふかめる。
少年はアロンダイトを左手に強く握り直し、右手を自身の左胸に突っ込んだ。
「テメェ、何を……!?」
「何がなんでも
少年の宣言。それと同時に彼の体からどす黒いオーラが迸しり、体を変容させていく!
全身が赤い鱗に包まれ、ドラゴンのような姿へと変わっていき、アロンダイトが左腕と融合していく。
血管が左腕を突き破るとアロンダイトにへばりつき、侵食していく。
『殺す。殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!』
「少年……」
ロイの視線の先にいるのは一匹の怪物だった。
二回りほど大きくなった体の全身を赤い鱗に包まれ、頭部は二本角のドラゴンのものに変わり、臀部からは同じく赤い鱗に包まれた尻尾が生えていた。
異形のものとなった右腕は手の甲が怪しい深紅の輝きを放ち、それが肘のほうへと細くなりながら伸びていく。
それとは対象的に、手の平はくすんだ黒い鱗に包まれ、それが肘の内側に伸びていく。
アロンダイトは左腕と一体となり、有機的なフォルムへの変化し、不気味に脈動を続けていた。
両方の瞳は爬虫類を思わせるものへと変わり、瞳孔が縦に裂け、純粋な殺気を放ちながらロイを睨む。
この世のものとは思えない怪物に、ロイは悲哀の色を込めた瞳を向ける。
「待ってろ、少年」
『カカッテコイ』
籠手だけでなく脚甲も同時に装備し、その場で何度か軽く跳んで緊張をほぐすと構えを取る。
怪物は姿勢を低くし、両足を肥大化させながら力を溜めていき、同時に
「━━必ず助ける!」
『━━カナラズコロシテヤル!』
二人は同時に動き出し、ロイの拳と少年の
片方は己を呪うはずの死を纏い、目の前の
片方は怪物に成り果ててでも、目の前の
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。