sin01 冥府へ
《私は冥府に属する最上級死神ゼクロムと申します。魔王ルシファー殿、我が主、ハーデス様のお言葉を聞いていただきたい》
アガリアレプトを討伐したロイ、サーゼクス、グレイフィアの三人と、その場に駆けつけたアリサの四人にゼクロムはそう言い放った。
彼に囚われたリリスを助けようと、ロイは飛び出そうとするがサーゼクスに手で制される。
「ゼクロム殿。まずは、なぜあなたがこの場所にいるのかをお聞かせ願いたい」
サーゼクスはあくまでも冷静に問いかける。
ゼクロムはその身に纏う敵意を隠すことなく、鎌の刃をリリスに突きつけながら彼に返した。
《テロリストの首魁━━オーフィスがこの屋敷に現れたと聞かされ、急いで参った次第でございます》
本来のオーフィスは兵藤家にいるのは関係者にのみ知らされ、対外的にはリリスがオーフィスということになっている。
ゼクロムの言葉だけを取れば、テロリストのリーダーを捕らえに来たということだ。
サーゼクスは質問を続ける。
「では、この屋敷の周辺に張られた結界はどうやって抜けてきたのか、説明をしていただきたい」
《オーフィスに破られておりましたので、機能しておりませんでした。まあ、これは後ほど説明すれば良いかと、無視させていただきましたが……》
表向きは申し訳なさそうに告げるゼクロム。
実際に破ったのはアガリアレプトであり、リリスではないのはサーゼクスたちはわかっている。
彼はロイに目を向け、顎に手をやった。
《……ですが、戦死なされたはずのロイ・グレモリーが生ており、その彼がオーフィスを匿っていたとは。この事はどう説明されるおつもりですかな?》
サーゼクスは心の内で舌打ちをした。
目の前の死神は、いや、彼に指示を出したであろう冥府の神は、何がなんでも悪魔を排除したいようだ。
《テロリストの首魁を、『D×D』に所属する悪魔が匿っていた。この事実を、明確な条例違反であり、裏切り行為として、我々冥府は冥界政府を告発いたします。ハーデス様はそうお考えです》
そのような理由で現政府を責め立て、和平に同調してくれた勢力からの信頼を失墜させ、悪魔を世界から孤立させ、衰弱させていく。
回りくどいが、確実に悪魔の力を削いでいくつもりのようだ。冥府の神は、ずいぶん辛抱強いものだな。
サーゼクスは小さく息を吐き、答えようとした瞬間、
グシャ………!
「……え?」
彼の胸を、深紅の刃が貫いた━━━。
━━━━━
「サーゼクス!」
グレイフィアの叫びへの返答は、サーゼクスの血となって口から吐き出される。
サーゼクスを背後から貫いた男━━ロイは邪悪な笑みを浮かべ、サーゼクスを蹴り倒す。
その勢いでサーゼクスに刺さっていた直剣が抜け、その刃は血に濡れていた。
グレイフィアだけではなく、アリサもパニックに陥るなか、彼女らを追いかける形でグレモリー夫妻がその場に駆けつける。
同時に二人は驚愕の表情を浮かべ、倒れるサーゼクスと、血濡れの直剣を握るロイを交互に見つめる。
《貴様、とち狂ったか!実の兄を……!》
流石のゼクロムも、ロイの行動に憤りを見せる。
アガリアレプトの襲撃に合わせグレモリー領に侵入し、リリスを拐う。そして彼女を庇い続けたロイ・グレモリーを元に、悪魔政府の弱味を突きつけ、ロイが彼女を救出に来ないように仕向ける。
彼の仕事はたったそれだけだった。そのはずなのな、肝心のロイがサーゼクスを刺したのだ。
ロイは肩で息をしながら髪をかき揚げ、清々しいほどの笑みを浮かべた。
「……ようやく、我々の目的が達成された。カエレア様、ご覧になりましたか?ついに私はやりましたぞ!」
少しずつテンションが上がっていく彼の言葉に、表情を曇らせたのはアリサだ。
今、彼が挙げた名は、彼の直属の上司であり、旧魔王派のトップの一人だった者の名だ。忘れたくても、けっして忘れることなど出来ない名前だった。
ロイは微動だにしないサーゼクスの背中を踏みつけ、邪悪な笑みを深めながらその場にいる全員に告げた。
「━━俺はジャック。旧魔王派の生き残りだ」
「……ロ、ロイ?おまえ、い、いったい何を……」
困惑するジオティクスに目を向けると、ジャックはズボンのポケットからタバコを取り出して口にくわえて火をつけた。
紫煙を吐き出しながら、ジャックは言う。
「言ったろ、俺はジャックだ。なんでも、俺の顔はロイ・グレモリーとか言う奴と瓜二つって言うじゃあねぇか。死んじまった奴を利用するのは気が引けたが、そいつに変装すれば『D×D』とかいう言う奴らだろうが、サーゼクスだろうが、そこのルキフグスの生き残りだろうが、必ず油断するはずだ。この瞬間、どれほど待ったことか」
ジャックは直剣の切っ先をサーゼクスの首もとに向け、ゼクロムに告げた。
「━━ゼクロム、そいつを返してもらおうか。今治療すれば、サーゼクスは助かるが?」
《……お断りします。テロリストの要求を飲むほど、我々も落ちぶれてはおりません。それに、サーゼクス殿もそれを望むでしょう》
「それもそうだな……」
ジャックは直剣を逆手に握り直すと、何の躊躇いもなくサーゼクスの首に突き刺した。
刺された体が一度小さく跳ねると、微かに感じられた生気も感じ取れなくなる。
彼の行動を見ていた四人の顔は真っ青になり、グレイフィアは目を虚ろにしながら膝から崩れ落ちた。
そんな彼らとは違い、ゼクロムの眼光にも憤りと驚き、そして焦りの色が入り交じる。
━━目の前でテロリストが魔王を殺した。
なぜ目の前にいて何もしなかったのか。なぜ交渉を進めようとしなかったのか。難癖をつけられても文句は言えない。
ジャックは続ける。
「ゼクロム。そいつを返してはくれないんだな?」
《……っ!ええ。それに、貴様は生かしておいてはいけない男のようだ》
ゼクロムはそう言うと鎌で空を切り、空間に裂け目を作り出す。
《貴様のことだ、オーフィスを助けに来るのだろう?》
「まあ、そうだな。そいつがいないと何もできねぇ」
サーゼクスから離れ、直剣の切っ先をゼクロムに向けながら苦笑するジャック。
ゼクロムは彼がこれ以上下手な動きを見せる前に、リリスを抱えたまま裂け目に飛び込む。
ロイも瞬時に追いかけようとするが、足がもつれて転びかけたために失速、その間に裂け目は閉じてしまった。
ジャックは舌打ちをすると、濁った瞳でアリサに目を向ける。
「……おまえはそこにいろ。俺に付き合う必要はない」
アリサにそう告げると、ジャックは転移用魔方陣を展開。そのままどこかに消えてしまう。
消える直前に見せた、感情の消えた表情と、濁りきった瞳。
ヒトであることを捨ては、亡霊のように冷えきったそれは、その男がロイ・グレモリーだと思わせない。他人にしか見えないのだろう。
━━たとえ、それが彼を愛するヒトたちであったとしても。今の彼はロイだと言いきることは出来ないだろう。
━━━━━
ゼクロムとリリス、ジャックが姿を消したグレモリー屋敷。
グレイフィアは力なく立ち上がり、
「サーゼクス……」
彼の横に膝をついて座り、体を仰向けにすると、優しく包容する。
目に涙を溜めながら、出来るだけ優しく、それでも力強く、ぎゅっと抱き寄せた。
彼女の頬に涙が伝っていくなか、
「……あぁ、やっぱりグレイフィアは泣いた姿も綺麗だ」
「………」
「……それに柔らかいなぁ」
抱き寄せる男の間の抜けた声に、グレイフィアの体が固まった。
それに構わず、ここぞとばかりにグレイフィアの胸に顔を擦り付けるサーゼクス。
グレイフィアは額に青筋を浮かべながら彼と目を合わせた。
「サーゼクス、あなた……」
「うん、大丈夫だよ。まさかロイに刺される日が来るとは思わなかったけどね」
顔に土がついているが、いつもの笑みを浮かべたサーゼクスの姿に、グレイフィアは顔を赤くしながらぶちギレる。
「あなた、何を考えているのよ……!」
「いや、考えたのはロイだよ。全責任を自分で背負って、何もかも終わらせるつもりみたいだ」
サーゼクスは真剣な顔で言うが、いまだにグレイフィアに抱かれたままだ。
離さないグレイフィアもグレイフィアだが、離れようとしないサーゼクスもサーゼクスだろう。
二人のやり取りでハッとしたように、グレモリー夫妻が二人に駆け寄る。
「サーゼクス、大丈夫か!?」
「サーゼクス、怪我は!大丈夫なのね!」
いつにも増して心配してくる両親に軽く引きながら、サーゼクスは頷く。
「ロイが咄嗟に刺したんですよ。急所を外して、致命傷になる可能性が最も低い位置を。流石に痛かったですけど、殺気だけ本気で威力はデコピン程度でしたよ」
サーゼクスはグレイフィアから離れ、少し足をふらつかせながら立ち上がる。
「首を刺された時は、本気で刺してくるとは思いませんでしたけど、そこは上手く刃を引っ込ませてくれて、それっぽく見せただけですよ」
サーゼクスの発言を裏付けるように、胸からは微量の血が流れているが、首は無傷だった。
説明を受けた三人はホッと息を吐くが、アリサはおろおろと落ち着かない様子でサーゼクスの治療を始める。
……殺す気がなかったとはいえ、魔王を刺したのはいかがなものなのだろうか。
アリサは治療しながら、そんな事を思っていた。
「……あ、あの、マス━━ジャックはこれからどうなるんでしょうか?」
「おそらく、冥府を襲撃するだろうね。リゼヴィムへの攻撃で『D×D』の大半が出払っているから、
それに━━と、サーゼクスは続ける。
「未遂とはいえ、魔王の暗殺を狙ったんだ。今度こそジャック
サーゼクスの言葉を聞き、アリサはようやくホッと息を吐いた。
ジャックとして死ぬことになるだろうが、ロイとしてはとりあえず無事は保証されるだろう。
「問題は冥府がどう動くか、かな。ロイも何をするつもりなのか、まったく見当がつかない」
サーゼクスはそう続けると、四人から離れて転移用魔方陣を展開した。
「とにかく、僕は戻ります。グレイフィア、ミリキャスを頼む」
「ええ、任せて」
サーゼクスは頷くと、両親に目を向けた。
彼の瞳は、絶対的な覚悟の色で染まっている。
「僕を信じてください。今度こそ、ロイを守ってみせます」
トライヘキサとの決戦。あの時、一番近くにいたのに、ロイのことを救えなかった。守れなかった。
だから、今度こそは━━━。
「また家族全員で食事をしましょう。リアスや、僕、ロイの眷属たちも全員集めて」
サーゼクスの笑みに三人は迷いなく頷き、アリサはそこに自分も含まれていることに、勝手にひとりで感動しているのだった。
━━━━━
彼━━ジャックは冥界の森の中で、木に背を預けながら脇腹を押さえ、息を荒くしていた。
焼き塞いだ傷痕を撫でながら、サーゼクスに近づくためとはいえ、なかなかの無茶をしたのもだなと苦笑する。
深呼吸をして呼吸を整えると、ジャックは意識を切り替える。
「……兄さんを刺すなんて、何てことをしちまったんだよ」
彼━━ロイは、頭に手をやりながらそう呟いた。
あの状況でジャックとしての自分を掘り起こし、サーゼクスを刺すタイミングでロイに戻り、またジャックとしての自分を表に出す。
それを行うことは潜入任務の時以上に負担が大きく、酷い頭痛に襲われていた。
━━だが、と再び思考を切り替える。
「……早くあいつを助けにいかねぇとな」
そう呟くと共に、彼の瞳は深紅に染まり、瞳孔が縦に裂ける。
獣の眼光を放ちながら、ロイは森のある一点を睨む。
そこにいたのは一人と一匹。
「……狗か」
「ええ、お待たせしました」
戦闘服に身を包んだ
鳶雄が訊く。
「冥府に向かうつもりですね?」
「ああ、そのつもりだ。━━止めるか?」
片手に直剣を生成し、絶対零度の殺気を放ちながら鳶雄を睨む。
鳶雄は首を横に振り、懐から紙切れを取り出した。
「チームメンバーも待機させてありますから、彼らと合流します」
「……そうか。そんじゃ、行くか」
ロイの言葉に頷き、紙切れにオーラを込めていく。
向かうは冥界の更に下。冥府に座する神のお膝元。
「……あの子は俺が必ず助ける」
リゼヴィムと『D×D』の激闘が続くなか、命の恩人を救うため、
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。