ゼクロムの捨て身の時間稼ぎと、ケールの渾身の一撃。
二人の最上級死神の連携の前に、ついにロイは崩れ落ちた。
ロイに致命傷を与えることに成功したケールは、死にかけのゼクロムを抱え、その場から離れる。
《はぁ……はぁ……。ここまで無茶をしたのはいつぶりだろうな》
体が細切れにされかけたゼクロムは、肩で息をしながらそう漏らした。
ケールが笑う。
《貴公は手堅い手段ばかり取るからな。たまには馬鹿になってみるものだが……》
《クハハハ……。今回ばかりは馬鹿だったでは済まぬな》
ゼクロムを柱にもたれかけさせ、ケールは彼の鎌を差し出す。
それを受け取ったゼクロムは、ようやく一息つく。
《これで、ハーデス様の目的が果たされる。あの少女の力を奪えば、きっと冥界を━━━!》
ある違和感を覚えたゼクロムは、倒れ伏しているロイに目を向けた。
「あぁ………」
自身の血で出来た血溜まりから、幽鬼のように立ち上がる。その目は虚ろで、どこを見ているのかはわからない。
白い
「死んで、たまるか……」
ロイの宣言と共に、黒と白の火の粉が彼の体から舞い散る。
やがて黒と白の入り交じった炎が彼の体を包み込み、眼に当たる部分が深紅に輝く。
ヒト型の黒と白の炎へと変わったロイに、ケールは再びゼクロムから鎌をぶんどると構えを取った。
《またその姿か……》
構えながらも、ケールは嘆息した。
ロイの姿を視ようとすればするほど、彼の本来の姿がわからなくなる。
老若男女、様々な者の姿に見え、時には獣のような何かにも見える。
ケールの切っ先が定まらないなか、ロイは全身の力が抜けたまま、ゆっくりと歩き始める。
亡者のようにゆっくりとだが、確実に二人に歩み寄る。
《気味が悪いな》
ケールはそう呟き、瞬時にロイとの間合いを詰める。
そして━━━。
《フッ!》
短く息を吐くと共に、すれ違いざまに彼の膝を切り裂き、片膝をつかせる。
《━━これで仕舞いだ》
残念そうな声音で告げると、彼女は両手の鎌の刃でロイの首を挟み込み、躊躇いなく鎌を振り抜く。
防御も回避もしなかったロイの首は飛び、再び膝をつく。
《ッ!》
本来なら勝利を確信しているはずのケールは、恐ろしいものを見たかのようにゾッとしながら、すぐにその場を離れた。
彼女の手には、確かに肉と骨を断ち切った感覚がある。
━━なぜ目の前の男の首は繋がっている!?
だが、ロイの首は繋がったままであり、すぐに立ち上がると、先ほどよりも確かな意思を持ってケールを睨む。
『貴様らでは、死を斬ることは出来ん』
ロイとは別の、二人には聞き覚えのない声。様々な年代、性別の声が混ざったそれを聞いた二人は、その正体を瞬時に把握することができた。
《その男に巣食う怨嗟の念か。貴公らを削りきらねば、本体は斬れぬということか?》
ケールは二つの鎌を構え、残像を残しながら一気に間合いを詰め寄ると、すれ違いざまに彼の首をはねようとするが、
「舐められたもんだな……」
ひとつは呟きと共に籠手を装着したロイの右腕で止められ、もうひとつは彼の身に纏う白と黒の炎で、体に触れる前に溶かされた。
《なっ!》
「遅い」
鎌が瞬時に溶かされたことに驚愕したのも束の間、音を置き去りにしたロイのアッパーがケールの顎を撃ち抜く。
一拍おいて、快音と共に骨が砕ける乾いた音が彼女の頭から漏れ、ロイは追撃に動こうとするが、
《させぬ!》
ぼろぼろの体を動かしたゼクロムがフォローに入る。
だが、ケールに比べて一段劣る彼の動きではロイを翻弄するには速度が圧倒的に足りていないことは明白だった。
彼の動きを瞬時に見切ったロイはゼクロムの首を掴み、そのまま締め上げながら深紅の眼光で睨み付ける。
「てめぇらは、やっちゃいけねぇことをした」
ロイが纏う白と黒の炎がゼクロムの体に燃え移り、彼の体をじわじわと焼いていく。
《ぬおおおおおおおおおおおおおお…………っ!》
苦悶の声を漏らすゼクロムを無視し、ロイは続ける。
「俺だけならまだしも、あの子を傷つけた……」
言葉に静かな怒りが込められた瞬間、ゼクロムを焼く炎はさらに燃え上がり、完全に彼の体を包み込む。
ロイは手を離し、火だるまになりながら倒れたゼクロムには目もくれず、ふらふらと立ち上がるケールを睨む。
《ゼクロムッ!》
ケールの叫びに、ゼクロムは力なく彼女に手を伸ばす。
助けを求めているわけでもなく、何か特別な感情が込められたその腕は、
「━━まだ生きているのか」
無慈悲にも、ロイの生成した直剣によって斬られ、宙を舞う。
《ッ!》
ロイの挑発行為に、ケールは動いてしまいそうになった自分の体を無理やり抑え、荒くなった息を落ち着かせようとする。
ゼクロムの腕が彼女の目の前に落ち、灰なった瞬間、ロイの姿が消える。
「怒りに身を任せても良かったかもな」
どこまでも冷たい声音で、彼はそう告げる。
それとほぼ同時に、ケールの胸を彼の腕が貫いた。
《が……!》
「向こう側でよろしくやってろ」
ケールを貫いた腕の籠手が、枝分かれするように変形して彼女の体を食い破り、四散させる。
痛みを感じても一瞬のことだった。体も残さず即死したケールを気にすることはなく、全身を包む炎が消えると共に、ロイは奥へと続く通路に目を向ける。
無理やり最高速度を出したためか、焼き塞がれた背中の傷から微量に血が垂れる。
ロイが瞑目すると傷口から白い靄が発生し、開きかけた傷を塞いでいく。
ゆっくりと息を吐き、目を開く。
瞳孔が縦に裂けた瞳は、先ほど以上に危険な色を放ち始めていた。
傷が塞がったことを確認し、首をゴキゴキと鳴らすと、奥を目指して歩き始める。
全身にたゆたわせる深紅のオーラに混ざる怪しげな白い靄は、その量を増やしながら、確実に強くなり始めていた。
もし、深紅と白の割合が逆転したとしたら、その時何が起こるのか。
それはロイ自身にもわからないことだが、間違いなく言えることは。
「━━これ以上の面倒は勘弁してもらいたいがな」
彼がそう呟いた瞬間、視界が霞み、意識が飛びかけ、思わず片膝をつく。
頭を振って意識を無理やり引き戻すと、深紅のラインが絡み付く右手に目を向ける。
いまだに輝きを放つそれには、まだ問題はなさそうだ。
「……消耗し過ぎたか。だが、急がねぇとな」
一度大きく息を吐いて立ち上がったロイの犬歯が、獣のように鋭くなっていることに、彼が気づくことはなかった。
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ロイが最上級死神を蹴散らした頃。
幾瀬鳶雄と
時間は数分前にさかのぼる━━━。
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「聞いてみるだけ聞いてみるのですよ。それからでも、きっと遅くはないのですよ」
ラヴァニアの登場に、鳶雄たちの表情が僅かばかり緩む。
《━━お話させていただいて、よろしいですか》
彼の問いに、
《事の発端は、ハーデス様とアガリアレプトが接触した時です。あの狂った悪魔は、こう言ったのです》
『━━トライヘキサの血液を手にいれ、それを元に魔物を作り出しました。これから冥界に混乱をもたらします』
《それからです。ハーデス様はアガリアレプトを支援を始めたのは。我々はロイ・グレモリーとオーフィスの半身━━リリスでしたね。その二人の追撃を続けるなかで、ハーデス様の興味はロイ・グレモリーに移っていきました》
何かを考えるように天を扇ぎ、オルクスは続ける。
《彼は戦いを続けるなかで、加速度的に強くなっていったのです。怨念から技術を引き出しているだけでは説明がつかない、異常な速度で、です》
《多くの同胞が犠牲になっていくなかで、アガリアレプトからどこから手にいれたのか、ロイ・グレモリーの血液と、肉片が送られてきたのです。どうやって手にいれたのかはわかりません。ですが、それを調べていく中で、ハーデス様は何かに気づいたのです。ですが、それに気づいてはいけなかった》
言葉を区切り、怯えるように体を震わせながらオルクスは言う。
《彼の体には、トライヘキサの因子が仕込まれていた。実際に戦場に出ていない我々では、いつ仕込まれたのかはわかりません。ですが、あの戦いのどこかで因子が仕込まれていたことは確かです》
オルクスの言葉を受け、鳶雄は顎に手をやりながら思慮していく。
トライヘキサがロイに因子を仕組めるタイミング。
━━ロイとトライヘキサが初遭遇した時。
そこではないだろう。復活して調子が出ず、ヴァーリもその場にいたのだから、そんな余裕はないはずだ。
━━ロイとトライヘキサが一対一で戦った時。
そこでもあり得るが、サーゼクス・ルシファーの話を聞いた限り、トライヘキサはロイを殺す気で攻撃していたようだ。
━━なら、いつだ。いつ因子を……。
「あの時か……!」
鳶雄は思わず語気を強めて言う。
全ての準備が整い、拘束術式を発動する直前。ロイはトライヘキサに腹を貫かれ、浴びせ蹴りによって海面に叩きつけられた。
その後、彼の援護によってどうにか勝利を掴んだわけだが、その時点で疑うできだった。
━━トライヘキサは、自分の因子を仕込んだロイを安全な場所まで蹴り飛ばし、その後消滅した。
肉体の一部をロイに植え付けたからこそ、再生の速度が落ち、こちらの攻撃で殺せるほど生命力が落ちた。
もしかしたら、ロイはそれをわかっていたから、『
最後の一撃を放つと共に、次元の狭間にその身を投げたのかもしれない。
リリスが消耗しているのは、そんなロイに宿るトライヘキサの因子を抑制するためかもしれない。
そのリリスがハーデスに連れ去られ、何かしらの手段でさらに消耗させられたとしたら━━━。
その答えにたどり着いた瞬間、彼らの背後に複数の人影が現れた。
《オルクス殿、プルート殿。まさか、裏切るおつもりで?》
《やはり来たか……》
オルクスたちとほぼ同じオーラの質の死神五人と、その腹心の死神が数十人。
身構える
《オルクス様。
自身の影から大鎌を取りだし、構えたのはプルートだった。
同胞を敵に回してでも、彼は
だが、そんな彼の横につく二人の人間がいた。
「死神ばっかりに格好いいところ見せられないってね」
「ド派手なのもって言ったのは俺だからな」
皆川夏梅と鮫島綱紀だ。
二人はそれぞれの相棒を武器にプルートの横につくと、鳶雄とラヴァニアに目配せする。
鳶雄とラヴァニアは頷いて返すと、オルクスに目を向ける。
《プルート。お二人を頼むぞ!》
《わかっています》
死神二人がそのやり取りを終えると、彼らは二つのグループに別れて動き始める。
プルートと夏梅、綱紀は時間稼ぎに。
オルクスと鳶雄、ラヴァニアはロイとハーデスを止めるために。
━━━━━
《ファファファ。来たか……》
玉座に座り、怪しい眼光を放ちながら王室への入口に目を向ける。
深紅と白のオーラをたゆたわせる男━━ロイは、静かな怒りを滲ませた表情でハーデスを睨む。
「……あの子を返してもらうぞ」
ロイが言うと、ハーデスは玉座の横の床に目を向ける。
そこには怪しげに輝く魔方陣に乗せられ、顔色を悪くさせてぐったりとしているリリスの姿があった。
怒りボルテージが振り切れた瞬間、周囲の壁や床、柱に大きなヒビを入れるほどの衝撃波と共に、ロイの両腕と両足が深紅の鱗に包まれる。それでも、右腕に絡み付くラインはそのままだった。
全身にオーラをたゆたわせ、ハーデスを睨み付ける。
「覚悟は、できてんだろうな……!」
《それはこちらの台詞だよ。獣が》
ハーデスは玉座に立て掛けられた自身の鎌を手に、立ち上がる。
同時に放たれる重圧は、彼が絶対的強者の立場にいる者のそれだ。
魔王クラスでも身構えるほどの圧を正面から受けたロイは、それとほぼ同じ重圧を全身から放ち始める。
二人の圧を受けた空間が悲鳴をあげ、歪み始める。
誰の介入も許さない二人の戦いが始まろうとするなか、そんな彼らを━━正確にはロイを見て興味深そうに笑う、両腕に籠手をはめ、スマホに似た端末機器を弄る少年がいることに、二人が気づくことはなかった。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。