異常に重たい瞼を開き、ボヤける視界が安定するのを待つ。
『先日発生した、連合軍と魔獣の群れとの戦いの爪痕は、少しずつ癒されています。今回の騒動の主犯だったリゼヴィム・リヴァン・ルシファーと、アガリアレプトの両名は死亡。彼らを支援していた容疑で、冥府の主神、ハーデスが拘束されました。この件に関して、オリュンポスの主神、ゼウス様は━━』
つけっぱなしのラジオと思われる機械から、そんなニュースが流れていた。
視界が鮮明になるなかで、ボケッと天井を眺める。
フカフカのベットに寝かされているようで、長いこと寝ていたのか、体が思うように動いてくれない……。
大きくため息を吐き、鉛のように重い体をゆっくりと起こす。
……上半身裸なのは気にしない。きっとサイズに合う患者服がなかったんだろう。
改めて病室を見渡してみたが、見覚えのない場所だった。
いつもの『セラフォルー記念病院』の病室ではない。壁や天井は白一色で、専門的な研究施設とか、そんな雰囲気がある。
広さとしては、少し広めの個別の病室って感じか?
それはそれとして、頭がいてぇ。二日酔いになった時みてぇだ。
ふと、頭を押さえていた右腕を眺めてみる。
「っ!これは、また、酷いな……」
右腕を這い回る火傷痕。それは腕を伝って右肩に当たり、さらに頭のほうへと伸びている。
あの力を使いまくった影響なのかね?まあ、見た目の割に痛みがないだけマシか。
割りと大きめのため息を吐き、ベット脇に置いてあったお見舞いの品と思われるフルーツの詰め合わせに左手を伸ばす。
そして、その時になって気付く。左腕の手首にゴツい腕輪が嵌められているのだ。
目を凝らせば、腕輪には様々な魔術文字が刻まれ、知っているものもいくつかある。
……封印に使うような代物が多い気がするが、まあ、理由がわかるから何とも言えねぇな。
腕輪から視線を外し、手頃な位置にあったリンゴを掴み、そのまま口元まで運んで丸かじりする。
ほどよい歯応えと、少し酸味の強い甘さが口の中に広がっていった。
ああ、体に染み渡る。久しぶりにこんな甘いものを食べた気がするな。
夢中になって食べ続けると、手元から何もなくなった。芯を含めて食っちまったが、美味しかったからいいか。いい、よな……?
苦笑しながらベットから降りるために体を回し。ベットに腰をかけたまま両足をしっかりと床につけ、指を開いたり閉じたりして感覚を確かめる。
体のほうに問題はなさそうだ。問題は━━、
「さて、あれを開けなきゃならねぇのか」
機械でロックされた扉を睨み、そんなことを漏らした。
映画の宇宙船とかについていそうな自動扉だが、横にあるカードリーダーには赤いランプがついている。
殴れば開くだろうか……。
後頭部をボリボリとかきながら、立ち上がる。
腕輪はゴツいが、そこまで重さは感じない。
まあ、アザゼルかアジュカ様が作ったものだろうから、そこら辺は考えられているんだろう。
左腕の感覚を確かめ、扉のほうに近づいていく。
何度か拳をぶつけてみるが、反応はない。てか、どうやったら開くんだよ、これ。
扉の前で腕を組み、うんうん唸っていると、何かの機械音と共に扉がスライドし始めた。
俺が間の抜けた表情をしていると、その扉の奥から黒髪の女の子を抱っこした魔法少女姿の女性が姿を現した。
女の子は、幼稚園年長ぐらいだろうか。ドングリみたいなクリクリとした目が、俺の姿を捉える。
「あ、おとーしゃん!おはよー!」
舌足らずな感じに俺のことを『おとーしゃん』と呼んでくる女の子。
……おとーしゃんって、どういう意味だ?
「え、ああ、おはよう……?」
困惑する俺をよそに、その子を抱っこしている女性━━セラが俺に近づいてくる。
「セラ、おは━━」
俺が彼女の手を取ろうと右手を伸ばすと、
「フン!」
ベシンッ!
「よぉっ!?」
返答代わりの平手打ちが俺の頬を打ち抜いた。
打たれた頬を撫でながら、俺は涙目でセラを睨む。
「い、いきなり平手打ちはねぇだろ!?」
「当然よ!今回ばかりは許さないわ!」
俺の言葉をはね除け、肩を掴んで前後に振り回す。
ああ、この感じ。懐かしいな………。
数分して、ようやくセラが落ち着いてくれた。
「おとーしゃ♪おとーしゃ♪」
ベットの上であぐらをかく俺の膝の上に乗り、ご機嫌そうにする女の子。
……あ、八重歯なのね。かわいらしい。
「……なあ、この子って」
「リリスちゃんよ。見ればわかるでしょ?」
「……ああ」
当然のように言ってくるセラ。
確かに鼻とか眉の形とか、特徴は似ている気がするが、ここまで幼くはなかったよな?俺が寝ている間に何があったんだよ……。
リリスを見ながら苦笑していると、ニコッと笑って返してくれた。
「か、かわ……」
思わず声が漏れるなか、セラはリリスを抱っこしながら言う。
「ロイが倒れた後、こんな姿になっちゃったのよ。アザゼルはオーラを消耗し過ぎたから、『低燃費モード』になったんじゃないかって」
て、低燃費モード……。まあ、そうなっても仕方ない事態ではあったが。
リリスはセラになついている様子で、セラもセラで彼女の頬をプニプニとつつき、リリスもニコニコしている。
な、なんだ、この胸にあるモヤモヤは……流行に乗り遅れちまった感は……!
俺が貧乏揺すりをするなかで、セラが言う。
「さて、リリスちゃんは先に戻っててね。一人で大丈夫?」
「うん、へーき!」
リリスはセラに降ろしてもらうと、トコトコと小走りしながら扉の向こうへと消えていった。
「……さて」
セラはこちらに向き直るとベットの上に乗り、体を乗り出して顔を近づけてくる。
「セ、セラ……?」
「ちょっと黙って……」
セラは俺の頬に手を添えると、さらに顔を近づけてくる。
少しずつ近づいてくる彼女の顔に照れながら、言われた通り黙っていると、彼女の唇と俺の唇が触れあった。
軽く触れあっただけだけのキスで、すぐに顔が離れていく。
思わず苦笑を漏らすと、それを待っていたと言わんばかりにセラが再びキスをしてきた。
油断して口が半開きだったためか、そのままセラの舌の侵入を許してしまい、互いの舌が絡み合う。
お互いの舌が絡み合う湿っぽい音が、静かな病室を支配する。
今度こそ顔が離れていき、俺たちを繋ぐように透明の糸が伸びていく。
「……ガブリエルの分は上書きできたかしら」
「……セ、セラ、今、なんて?」
蕩けた思考をどうにか纏めながら聞き返すと、セラはむすっとしながら俺の頬を摘まむ。
「私の目を盗んでキスだなんて、ずいぶん大胆になったのね?驚いちゃった」
「うぅ……」
「それに、私を眠らせて勝手に出ていったわよね?」
「おぅ……」
覚えがありすぎて返す言葉が思いつかない。
視線を泳がせながら言い訳を考えるなかで、セラは視線をそらすことなくじっと見つめ続けてくる。
……な、なんか、照れるんだが。
「なあ、ちょっと離れてくんない?」
「いや」
「そうですか……」
お互いに見つめ合うこと数分。
痺れを切らしたかのように、セラが口を開く。
「何か言うことはないのかしら?」
「……ご、ごめんなさい」
俺が素直に謝ると、セラは仕方ないと言わんばかりに息を吐いた。
「もっと早くそれが出てきても良かったんじゃない?」
「そう、かもな……」
俯く俺の顔を無理やり上げさせ、セラは優しく笑った。
初めて見た時と変わらない、輝くような笑顔だ。
俺が守りたいと思った顔が、俺が一緒にいたいと思った顔が、目の前にあった。
俺も笑みで返し、セラの目をまっすぐ見つめ返す。
言ってやろう。今度こそ、本当の意味で、この言葉を使うことが出来る。
俺は彼女の手を取り、出来るだけ優しく笑う。
「セラ……」
「ん?」
「━━ただいま」
「ふふ、お帰りなさい」
優しく笑みながら返してくれるセラ。
ああ、この笑顔のために、俺は命を懸けられた。
結果的に余計な問題を抱え込んじまったけど、こいつがいれば、乗り越えられる。
……いや、違うな。
俺は苦笑し、病室の扉に目を向ける。
いつの間にか開いていたそこに隠れるように、三人が顔を覗かせていた。
「おまえらも来たらどうだ?」
「え?」
セラが首を傾げた途端、黒歌が待っていましたと言わんばかりに飛び込んできた。
そのまま俺の胸に━━と思った瞬間、セラの回し蹴りが黒歌を捉えた。
「に゛ぁ゛!?」
ものすごく変な声と共に、黒歌は壁とキスをする。
その様子を見ていた後ろの二人は、驚きはするものの心配することはなく、俺のほうに近づいてくる。
「ロイ様ぁ、目を覚ましたと聞いてぇ、飛んできましたぁ」
ガブリエルが苦笑しながら間延びした声で言うと、ロセが素早くセラの反対側に回り込み、俺の手を取った。
「ロイさん、良かったです!本当に、本当に……!」
声を震わせる彼女に「ごめんな」と謝りながら、優しく頬を撫でてやる。
「……だ、誰か、私の心配もして……」
体を起こした黒歌が、そんなことを漏らしていた。
俺は苦笑し、顔を真っ赤にさせている彼女に声をかける。
「あー、大丈夫か?」
「うう……遅いにゃ、テキトーにゃ……」
わざとらしくうずくまって落ち込む黒歌をよそに、ロセが俺の手を握る力を強くした。
俺の手から、何かが軋む音がする程度に……。
「あの、ロセ……?」
「積もりに積もった話がありますが、とりあえず無事で何よりです」
「うん、だったら、離してくんない?」
「嫌です」
ロセは輝く笑顔で言った。
見ているこっちも気持ちがいい、優しい笑顔なんだが、目が怖い。ハイライトが消えてる。
俺が黙りこむ中で、完全復活した黒歌が笑う。
「ま、生きてりゃいいにゃ」
そう言ってくれるのはありがたいが、目が怖い。どうしてこう、ハイライトが消えているのかね……?
たぶん、まともなのはガブリエルだけ━━、
「どうかしましたかぁ、ロイさまぁ?」
━━と思っていた俺が甘かったよこんちくしょう!
あいつの目からも消えてんじゃねぇか。俺が寝ている間に何があった!?
思わず頭を抱えそうになるが、両手はセラとロセに捕まっているためどうにも出来ない。
小さくため息を漏らすが、四人には聞こえていない様子だった。
「ところで、リリスはどうした」
今のところ、俺がリリスを任せられるのは、『先生』とここにいる四人、後は俺の眷属たちだけだ。てか、それ以外にはリリスがなついていないだろう。
……じゃあ、クリスとかが見てくれているのか?
俺の素朴な疑問に、ロセがニコニコと笑いながら答える。
「ジルさんやクリスさんたちが見てくれています。『邪魔しないようにするから、ゆっくりしてきてくれ』と、気を遣ってもらいました」
ああ、やっぱりあいつらか。まあ、それなら安心か。
俺が内心ホッとしていると、ロセは続ける。
「あと、ツヴァイくんもついてくれています!」
「あいつ、無事だったか」
俺の確認に、セラが頷いた。
「あの後すぐに病院に運んで、その日のうちに治療をしたの。目を覚ましたのはこの前よ?」
あいつも無事、か。それは良かった。
「まあ、『
「そこんところ、しっかり教育しねぇとな……」
一人ぼやくと、セラが「さて」と一度手を叩いた。
「ようやく四人揃ったんだから、私たちが溜めに溜めた不満をぶつけさせてもらうわよ☆」
ニコッと笑いながら告げてきた。
これから、四人分の説教を受けなきゃならねぇのか?
「……なあ、病み上がりなんだが……」
「「「「それが何か?」」」」
「アッハイ」
こうして、エンドレスお説教が始まりを告げた。
まあ、こんな時間のために、俺は頑張り続けたってのもある。
だが、一人で抱え込むのは終わりだ。こいつらと一緒なら、どんなことでも乗り越えていける。
そんな事を思いながら、小さく笑みを浮かべる。
そんな俺を見て、セラは『シュビッ』と音が出るほどの勢いで指を突きつけてきた。
「ほら、ボケッとしていないで話を聞く!」
「はいはい……」
「『はい』は一回!」
「……へい」
「そう言うところよ!」
━━━━━
『ボケッとしていないで話を聞く!』
『はいはい……』
『「はい」は一回!』
『……へい』
『そう言うところよ!』
ロイの病室の扉の前、タブレットを持ったアザゼルは一人腕を組んで唸っていた。
ロイが目を覚ましたことを聞いて急いで来てみれば、恋人たちが先回りしていたのだ。
彼女たちはどこから情報を仕入れたのか。
セラフォルーとガブリエルはともかく、ロスヴァイセと黒歌は
ロイからだけじゃなく、彼女たちにも聞きたいことが山ほどある。
━━だが、まあ、明日でいいか。
ロイの検査を一刻も早く行いたいが、ようやく再会できた恋人たちの中から引きずり出すほど、天界から堕ちてもそこまでは落ちぶれてはいない。
━━本音を言うと、後が怖いだけなのだが。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。