ゆきおがあたいにチューしてくれない   作:おかぴ1129

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ゆきお→涼風

 榛名姉ちゃんたちの部屋の前を通ってしばらく歩き、私の視界に桜の木が見えてきた。

 

「ゆきおー」

 

 その木の下にあるベンチに、ゆきおが座ってた。私に背を向けて海を眺めてたゆきおは……

 

「……あ、す、涼風」

 

 振り返って立ち上がり、ほんのりほっぺたが赤くなってる顔を見せてくれた。口がムニムニと動いてて、少し恥ずかしそうな……。右手をギュッと握りしめて、ちょっと緊張してる感じで。

 

 私はとことこと駆け足で、そんなゆきおの元へ駆け寄る。

 

「ゆきおっ。おまたせ」

「う、ううん。待ってないから大丈夫」

 

 そう言ってゆきおは微笑んでくれるけれど、その笑顔は、どこかぎこちなくて……

 

「と、とりあえず座ろうぜ」

「う、うん……」

 

 とりあえずベンチに隣同士で腰掛ける。いつものように、私は右側で、ゆきおは左側。なんだかゆきおの緊張が、私にまで伝わってくる。おかげで私もなんだか緊張してきた。胸だってドキドキするし……

 

「……」

「……」

「「……うう」」

 

 なんだか身体に力が入らない。手だって繋ぎたいのに、なんだか緊張して左手に力が入らなくて、ぎこちない。なんだか、手の動きがふよふよしてる感じだ。まるで力が入らない。

 

「……」

「……」

「……あのさ」「……えっとさ」

「!?」「!?」

「ど、どうぞ」「ど、どうぞ」

「あのー……」「えっとー……」

「!?」「!?」

 

 こんな調子で、口を開けば開いたで、ぎこちない私達。顔も見れない……せっかくゆきおが隣にいるのに、まっすぐにゆきおの顔も見ることが出来ない。

 

 多分この場に摩耶姉ちゃんがいたら……

 

――ブヒャヒャヒャヒャ!!! お前ら何ギクシャクしてんだよッ!!? アヒャヒャヒャ!!!

 

 なんて大笑いしながら、お腹抱えてその辺をのたうち回るんだろうなぁ……

 

 こっそりと、ゆきおの横顔を伺う。

 

「……」

「……」

 

 なんか、すんごくほっぺたが赤い。顔は目の前の海を見てるんだけど、目はちょっと下を見ていて……なんだか思いつめてるようにも見えるんだけど……。

 

「……」

「……」

 

 うう……なんだかこの空気に耐えられない……

 

 私も海の方を見た。このベンチのある桜の木の場所は、周囲よりも少しだけ高くなっていて、私達の目の前には、芝生が敷き詰められた、傾斜がちょっと急な下り坂がある。

 

 ……この空気に、もう耐えられない! 我慢できないっ!

 

「……ゆきおッ!」

「へ?」

「そこの芝生に、ね、寝転ぼうぜ!!」

「ぇえええ!!?」

 

 この空気をなんとか打開したくて、私は立ち上がり、目の前の芝生にかけよった。ゆきおも慌てて立ち上がり、私のあとにひょこひょこついてくる。

 

「ほ、ほら! お日様も暖かいし、木陰のところに顔を持ってきとけば、眩しくないだろ?」

「でも……」

 

 うろたえるゆきおを尻目に、私は先に芝生の上にコロンと寝転んだ。途端に胸いっぱいに広がる、草の香りが心地いい。大の字に伸ばした身体も、お日様の光があたって、とても気持ちいい。

 

「は、はしたないよ涼風……」

「てやんでい! これが気持ちいいんだっ!」

 

 未だにうろたえてもじもじするゆきおを、私はゆきおの足元から叱咤する。ゆきおを足元から見上げた経験なんてないから、この光景はすごく新鮮だ。なんだかすごく、ゆきおの背が高くなったように見える……。

 

「ゆきおも寝転べよっ!」

「う、うう……」

 

 私にそう言われても、相変わらずゆきおは真っ赤っかな顔で、私から目をそらし、もじもじしながらまごついている。

 

「ほらゆきおっ!」

「へ?」

「こっちこいって!!」

 

 埒が明かない……私は上体を起こし、ゆきおの右手を掴んで、強引に引っ張った。

 

「よいっしょ!」

「ふぁ……!」

 

 その結果……私に引っ張られてバランスを崩したゆきおは……

 

「あっ!?」

「ゆきお!?」

 

 私の頭のすぐそばに両手をついて……

 

「「……!?」」

 

 私に覆いかぶさってきた。

 

「……う」

「……ゆ、ゆき……」

 

 こ、これは……この体勢は……。

 

「す、涼風……」

「ゆきお……」

 

 私の顔のすぐそばに、ほっぺたを赤く染めた、ゆきおの顔がある。

 

「……」

「あ、あの……ごめん……」

 

 ゆきおの視線が下がった。ゆきおは今、私の目じゃなくて……唇見てる……

 

「す、涼風……」

「な、……なに……?」

 

 私の顔が、熱くなってきた……。胸が大太鼓をドンドン鳴らしてる……心の中で、鼓笛隊みたいな格好をした小さな私たちが、スネアドラムをダララララララって鳴らしたり、『てやんでー!』とか『こんちきしょー!!』とか『いよっ! 待ってましたー!!』とか、そらぁもう大騒ぎしてる。

 

「……」

「……」

 

 ゆきおが、とっても真っ直ぐな眼差しで、再び私の目をキッと見つめた。ダメだ……すんごくカッコイイ……ほっぺた赤いけど……でも見てるだけですごくドキドキする……

 

「す、すずかぜっ」

「ひ、ひゃいっ」

 

 地面に付いているゆきおの両腕が、フルフルと震えてる。……あ、あたいの唇、カサカサかも……しまった……やっぱりリップクリームだけでもつけとけば……

 

 少しずつ少しずつ、ゆきおの顔が近づいてきた。心の中の涼風鼓笛隊が一斉に大騒ぎをやめ、私とゆきおを固唾を呑んで見守りはじめた。

 

「……」

「……」

 

 突然、身体がふわっと浮いた気がした。

 

「ふぁ……」

「……」

 

 胸のドキドキが大きくなる。でもイヤな感じじゃなくて、そのドキドキがとても心地よくて……収まって欲しいけど、ずっと鳴ってて欲しくて……草の香りに混じって、ゆきおの消毒薬の香りも、少しだけ感じる。ゆきおが近づいてくる……ゆきおの顔が、私の顔に、近づいてくる……

 

「……」

「……」

 

 すごく綺麗で、可愛くて、でも今、ちょっと男らしく、かっこよく見えるゆきおの眼差しが、少しずつ少しずつ、私の唇に近づいてきてる……。

 

 ほ、ほんとは、唇がカサカサじゃないかちゃんと確かめたいけど……でも今、舌で唇を湿らせたら……なんだかチューをせがんでるようで恥ずかしくて……でも、ゆきおは今きっと、私にチューするつもりで……あ、でもその時ギューってしてほしいかも。

 

 ゆきおが、両目をぎこちなくギュッて閉じた……どんどん近づいてくる……こ、これ以上、ゆきおの綺麗な顔、見ていたいけど……見ていられない……

 

 ゆきおの息遣いを肌で感じるほど近づいたその時、私は静かに目を閉じた。自分の唇に、その瞬間が訪れるのを、緊張半分、そしてワクワク半分で、待ち続ける。

 

「……」

 

 ……。

 

「……」

 

 ……。

 

「……」

 

 ……あれ。

 

「……」

 

 ……んん?

 

「……?」

 

 ……あれ、ゆきおの息、感じなくなった。心持ち、消毒薬の匂いもしなくなったような……

 

「……ゆきお?」

 

 あまりにその瞬間が唇に訪れないので、気になって目を開いてみた。そんな私の目の前に、さっきまですぐそばにあったはずの、ゆきおの顔は……なかった。

 

「あれれ?」

「うう……」

 

 上体を起こす。さっきまで私に覆いかぶさっていたゆきおは、ちょうど私のおなかの上にまたがる姿勢で、耳まで真っ赤な自分の顔を、両手で押さえていた。

 

「で、できないよっ……やっぱり、無理ぃ……」

「え……」

 

 さっきまであんなにときめいていた私の胸が、一気にスウッと静まった。あんなに色めきだっていた頭も途端に冷静になり、まるで遠征任務に出る前の、プラスマイナスゼロの感情が、私の頭を支配した。心の中の涼風鼓笛隊も、みんなが一斉にフラットな表情になった。でも一人だけは『なんでぇこんちきしょー!』って叫んでる。

 

「え、あ、あの……ゆきお……?」

「何が……何が簡単なんだよっ……比叡さんの……比叡さんの、うそつきっ……」

 

 ……あ、さてはゆきお……あの話、読んだな。

 

「ゆきお、そのー……」

「す、涼風に……チューされて……ぼ、ぼくも……その気になって、覚悟見せなきゃって……がんばったのに……っ!」

「えーと……」

「す、涼風はすっごく簡単に、フラッとぼくにチューしてきたのに……や、やっぱり、ぼくは艦娘じゃないからっ……お、男の艦娘……だからっ」

 

 あ、いや、そこまで深刻に考えなくていいと思うんだけど……

 

 ……しかし、ゆきおのこの様子……

 

「出来ないよ……は、恥ずかしくて……」

「……」

「涼風の唇、すんごい綺麗だし……涼風もすんごいカワイイし……そんな涼風に……恥ずかしくて……チューなんか、出来ないよっ……!」

 

 耳まで真っ赤な顔を両手で押さえて、恥ずかしそうに身をよじらせながら、『恥ずかしくてチューなんか出来ない』と泣くゆきおの姿は、どこからどう見ても、榛名姉ちゃんクラスの女の子だ。

 

「……女子力」

 

 私の口から、ぼそっと、口をついて出た。

 

 ……あ、でも唇褒めてくれたのはうれしいかも。 

 

 

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