リトルアーモリー Lust Bullet   作:早坂 将

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大変長らくお待たせしました。


Mission:9

 翌朝、朝食として配られた乾パンとソーセージを牛乳で流し込んだら(今日はしっかり配給された)、さっさとをテントを畳み先輩たちと合流する。

 演習2日目である今日は一日かけたフル装備行軍であるため、靴擦れを起こしそうな箇所にテーピングをし、銃を担ぐため肩にはクッション代わりに畳んだタオルを忍ばせる。

 もちろん“フル装備”であるため、武学高校のメンツは真夏にも関わらず学ランを着用している。

 一応夏用の薄めに作られているが、風通しがいいと弾丸も通すため涼しさなど皆無である。

装備に関してもいつものチェストリグではなく、防弾プレート(1枚10㎏×2)入りのコヨーテブラウンのプレキャリにMICH2002タイプのヘルメットとヘッドギアまで着けている。

 つまり何が言いたいかというと。

 

「あ゛つ゛い゛…」

 

シャレにならないレベルでただひたすら暑いのだ。

 

「周紀君、おはよう…って、なんで真夏に学ラン…?」

 

 先輩が困惑した表情に苦笑いを浮かべ至極まっとうな疑問を口にする。

 周りの学生も頭がおかしい人を見る目を向けてくる。

 

「いかんせんフル装備を指定されてしまいましたから…」

 

朝っぱらから汗だくでもうイヤになりそう…。

 

「先輩、本当に今日1日それで参加されるんですか…?」

 

凛に本気の心配をされてしっまた。

 

「当然。今に始まったことじゃないし、まぁ、やるしかないべ」

 

「最大の敵は脱水症状になりそうですね」

 

恵那が聞き覚えのあるセリフを言ってきた。

 

「それBOBのセリフだろ」

 

「わかるんですか!?」

 

「当たり前だろ、何回見返したと思ってる」

 

 通じると思っていなかったのか、オーバーに驚く恵那を横目に、話題についてこれていない2人に目を向ける。

 

「しっかり眠れたか?」

 

「エアコンのありがたさを身をもって知りました…」

 

「暑かったです…」

 

 慣れない環境で寝たせいで、しっかりとは休めていなさそうなご様子。ちょっと気を配ったほうがよさそうか。

 

「恵那が言った通り、脱水症状が最大の敵になる。口に含む程度に適宜水分補給をしろよ。あと携行食もな」

 

 声を潜めて塩飴やらカルパスやらをいくつか分けてやったら、みんな静かに喜んでた。

 自身の暑さを紛らわすために後輩たちに話しかけ、今日の行軍についていけそうか様子を探る。

 幸いにも多少の疲労はみられるが問題はなさそうだ。あくまでも、俺らのチームはの話だが…。

 周りを見ると危なそうな生徒がちらほら見受けられ、総じて経験の浅い1年生に多そうだ。

 

『行軍演習のチーム編成割を渡すため、各チームリーダーは指揮所テントまで。繰り返す…』

 

 他チームと合同で行うため、

 

「行ってくるわね。周紀君、少しの間この娘達をお願い」

 

「了解です。行軍の裏技でも教えておきます」

 

 笑顔で、「頼むわね」と言い残しその場を離れる先輩が戻るまで、俺はチームの1年生たちからの質疑応答タイムとした。

 「なんでも聞いていいぞ」と言った俺に対して、意外にも真っ先に恵那が映画の話題だとかを振ってきて盛り上がり、凛は状況に応じて進撃か撤退かの判断基準、鞠亜は前線での狙撃手の戦い方を聞いてきた。

 と、全体の話がひと段落したところで、珍しく黙って話を聞くだけだった未世が意を決したように口を開いた。

 

「あの!」

 

「お、おう。どうした…?」

 

近くからでかい声で呼ばれて少しびっくらこいた俺。どうしたんだいきなり…。

 

「銃を持ってる女の子は、恋愛対象になりますか!?」

 

 変わらず大声で叫ばれたおかげで、俺らだけでなく、その場の空気が凍った。

 

 

   ‡   ‡   ‡

 

 

 ちょうど行軍演習の説明とチーム割を受け取ってみんながいるところに戻るところで、朝戸さんの声が聞こえた。

 昨日、寝る前に話していたことを、まさかこのタイミングでストレートに本人に聞くなんてさすがに予想してなかったけど、ある意味朝戸さんらしいのかもしれない。

 少し離れたところから観察していると、突然のころで周紀君は何を言われたか分からないような顔をしている。

 これまで任務や遊びを共にして、彼は人の心をある程度表情と言動から予測できることを知っているから、朝戸さんが言いたいことは何となくでも伝わっているだろう。

 周りの学生たちも女子が圧倒的に多いせいか、黄色い悲鳴があちこちから響いてる。

遠くて何が起こったか分からなかった生徒も、次第に歪曲されていった伝言ゲームのおかげで勘違いしてしまっているようだ。実際勘違いではないのだが…。

 お互い後が続かず黙り込み、白根さんたちも周りのギャラリーも状況を見守るしか手がないなかで、どうしようか考えているときに。

 

『行軍演習の位置に並び替える。総員、所定の位置に整列。繰り返す…』

 

 沈黙を破ったのは、やっぱりというべきか、“大人”だった。

 この演習の後、告白しちゃうのかな?なんて考えたら、ほんの少しチクリとする。みんなのところに戻ると、一様に慌てたような態度で迎えられた。まるで存在を忘れていたような雰囲気だったから、つい周紀君にさっき聞かれたことについて、普段の朝戸さんみたいに少しちょっかいを出してみる。

 普段通りの冷静な対応で返されてしっまたけど、どこか、この人はわかっているんだろうな。という視線を向けられた。

 そして、その視線は、私の本心をも見透かしているかのような、静かだけど、鋭く、力を感じさせる視線で、思わず目をそらしてしまった。

 

(朝戸さん、ごめんね。私も、周紀君のこと…)

 

 ここから先を思い浮かべる前に、思考の外に追いやった。

 

 

   ‡   ‡   ‡

 

 

 さっきのは一体何だったのか。

 突然でかい声で恋愛対象を大勢の前で聞かれ、夏の暑さとは違う暑さを、主に顔面に感じてしまった。

 周りも告白が始まるのかと騒めきだし、逃げ場を求めていたタイミングで放送が入ってくれた。

 未世も「聞いてみただけです!」と答えていたが、あれは周りにいろいろと誤解をまき散らしただろう。説明して回るのが面倒そうだ。

 今日の行軍に関しては、演習場近くの山をチェックポイントを通過しつつ一周するというもので、順調に進めば夕方には帰ってこれるスケジュールだ。

 俺らのほかに2個チーム同行するようだが、当然ながら見知った顔はいない。何なら男も俺だけだ。

軽く挨拶を交わしてから行軍を開始して1時間が立つ頃には、最初はガールズトークに花を咲かせていた連中も次第に静かになり始め、『帰りたい』とか『シャワー浴びたい』とか不満が漏れ始めていた。

 先頭を歩く俺も、汗がにじんだ学ランと、プレキャリで擦れた肩の違和感を無視して、たまに後続を確認しながらゆっくりめのペースで進む。

 

「あと1㎞くらいで最初のチェックポイントだから、そこまで行ったら小休止にしよう」

 

 顔だけ後ろに振り向いて伝えると、やる気のないちらほら返事が返ってきた。

 我がチームメイトたちといえば、愛さんがみんなを励ましつつ何とかついて来れてるといった状況だ。

 

「周紀先輩はっ、こういうのっ、慣れてるんですかっ?」

 

汗で顔に張り付く前髪を鬱陶しそうにどかしながら恵那が聞いてきた。

 

「そらまぁ、山1週なんて、俺からしたらハイキングみたいなもんだ」

 

「これがハイキングって…」

 

 普段陸上部で運動してる未世も、フル装備の行軍はさすがに堪えるらしい。

 

「普段どんな訓練をしてるんですか?」

 

頬を伝う汗を拭うこともなく凛が問いかける。

 

「うちの学校は無人島を持ってて、1週間くらい籠って対抗チームと模擬弾撃ち合ったりしてるな」

 

「なんというか…、なんとも実戦的な訓練を日ごろからやってるのね…」

 

愛さんが言葉を選んで感想を言ってくれた。素直にクレイジーといってもいいんですよ?ルーキーズなんて引いてるし。…凛、参考になるなぁみたいな顔をするな。

 

「…その訓練、部外の生徒も参加可能ですか?」

 

「残念だができない。ていうか参加しようとするな」

 

『いい訓練になりそうなのに…。ねぇ未世?』と半ば本気で残念がる凛と、『巻き込まないでくださいよぉ』と、しんどさ倍増な表情を浮かべる未世のやり取りが滑稽で、後続のチームからも笑みが零れる。

 

「谷岳君は、なんで今年は地域巡回になったの?」

 

他チームの同級生からも質問が飛んできた。

 

「こればっかりは俺もよくわからんけど、大方戦力強化とか、お役所お得意の試行とかじゃないかな」

 

「今までどんな戦いを経験しましたか?」

 

「勝ち戦も負け戦も、痛み分けも経験してる」

 

 “負け戦”

 この言葉を聞いて、チーム全体の温度が下がった。

 国内の巡回だと、負傷者が出ることはあっても、殉学者が出ることは稀だろう。

 

「先輩でも、負けたことがあるんですか?」

 

 心底意外そうに凜が零す。

 

「…そりゃ何度も戦闘が起きれば、押されることだってあるさ。一時的に陣地を放棄して、援護砲撃に紛れて第二防衛線まで撤退ってな感じにな。…そういうときには決まって、【キュレーヴ】を含めた人型が複数居やがった。まぁ、詳しいこと聞きたければ休憩中にでも話すわ」

 

 そういって会話を中断した俺は、手元の地図に視線を落とす。

 忘れもしない。

 忘れられるわけがない。

 会話ではある程度誤魔化したが、俺たちは一度だけ、決定的な敗北を経験している。

 その戦いでは俺はまだルーキーだったが、一夜にして指揮していた先輩や、主戦力である生徒の半数が戦死した。

 それもこれもすべては、責任を取ろうとしない大人のせいで。

 

(今は余計なことを考えるな。演習に集中しろ)

 

 深く息を吸って呼吸と感情を整えた俺は、木漏れ日に照らされる山道を進み続けた。

 

 

   ‡   ‡   ‡

 

 

 その一年生は特に他意はなく、雑談を振ったのだろう。

 だが、帰ってきた返事の中にあった、国内にいればまず聞かない“負け戦”の話。

 そして、授業でしか聞いたことのない“キュレーヴ”という存在。

 一番先頭を歩いているから分かりにくいかもしれないけど、それでも無駄話のように語る彼の背中からは、仲間を失った悲しみと、仲間を殺された憎悪の感情がにじみ出ていた。それに気づいたのは、チームメイトである私たちくらいであったけど…。

 彼について知りたいと思うことは私だけじゃなく、みんなが思ってることだけど、思わぬ地雷を踏みぬいてしまうリスクも大いに孕んでいることを私たちは再認識することとなった。

 そして、今の過去話は、ほんの一部にしかすぎず、彼が戦い続ける本当の理由を知ることになるのは、そう遠くない未来であることを、この時の私たちは知らないのである。




こんばんは。早坂です。
長いこと放置してしまい申し訳ないです。
とりあえず手直ししたり付け足したりして仕上げました。
今話で没案になったりした小話や伏線は別の話でつなげたいと思います。

早いことで私も兵卒から下士官となってしまいました。
部隊で見聞きしたことや経験したことを多少ネタにしつつ今後も書き続けたいと思います。
頑張って終結まで持っていくので、見守っていただけたら幸いです。

ではまたーノシ

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