オリ主で振り返る平成仮面ライダー一期(統合版) 作:ぐにょり
大前提として、体格差というものは常に大きいほうが有利というものではない。
それこそ、体格差が身の丈にして十倍程も差があるというのならばともかく、人間の子供と大人、という程度の体格差であれば、どちらが有利、と断言するのは難しくなるだろう。
単純に膂力の差という点でみれば、常識では大柄な方が勝る。
が、それは鍛え方、或いは才覚、或いは種族差によって容易に覆る。
リーチの差、という点なら大柄な方が勝る。
が、これも無手で戦うなどのルールが定まった試合でも無ければ意味はない。
今の時代はボタン一つで別の大陸の都市一つを消し飛ばす兵器すら存在するし、そこまで極端な話をしなくとも、銃器の一つもあれば体格から来るリーチの差など無いも同然だ。
自分よりも大きな敵を目の前にした時のプレッシャー、などを考慮しないのであれば、小兵が有利になるのかもしれない。
的は小さく、動きに小回りが効く。
ある程度の武器を扱える器用さがあれば、リーチや膂力の差も無視できる。
翻って、そういった武装を用いて膂力やリーチを無視してこちらを攻撃してくる小兵の群れ、というものを相手にする場合、如何なる対処法があるか。
ありていに言って、武装した猫の群れを駆逐する術とは?
まず、体格差から考えて一般的な武術はその殆どを封殺されていると言っても良い。
かの有名なアリVS猪木から見てわかるように、立ち技というものは寝そべった相手に振るうようには作られていない。
しかも、相手が足を向けて寝そべった状態のレスラーですらキックを多用して攻撃してくるのに、それが刃物を自在に使いこなす猫ともなればうかつな事はできない。
相手が足元に居るのだから蹴り、踏みつけは有効か?
ある程度なら有りだ。
現代における対異種族戦闘において主流の武装である装甲服であれば刃物による反撃をある程度は防いだ上で攻撃を加えられるだろう。
ただ、単純な足による踏みつけ、蹴り、或いは長物による突きや薙ぎ払いは大体が点、良くて線での攻撃になる。
素早く動き回る小さな的を狙うには適していない。
まして相手が刃物を持っているという点を考えれば軽々にストンピングを繰り返す訳にも行かない。
理想を言えば面攻撃が望ましい。
連射式のショットガン、或いは火炎放射器などがあれば良いか。
だが、数多くの人類敵対種族を抱えながらこの国は未だ銃刀を始めとした凶器所持に対する法が厳しく、そのどちらも常から携帯するのは難しい。
装甲服を身にまとい機械的に膂力を増幅し、並大抵の攻撃を装甲でもって受け流せるとしても、これに対処するには人間の延長線上の攻撃では難しい。
というのが、一般的な戦士の悩みだろう。
その点において、猛士に所属し、鬼に師事する戦士は幾らかの選択肢を提示されている。
銀の戦士、仲村七王の変ずる戦士、
四股を踏むような、或いは震脚の様な動きで地面に叩きつけられた足から、目を焼くような紫電が迸った。
鬼闘術・雷撃脚。
弦の鬼が主に使う、稲妻を拳打や蹴撃に纏わせる基本的な鬼の闘法である。
本来であれば、直接魔化魍や童子に姫などに叩き込むものだ。
ぎゃう、ぎゃあ、などの悲鳴と共に、周囲を取り囲んでいた猫らしきものどもが毛を逆立て、勢いよく飛び跳ねる。
当然ながら、尋常な猫の反応ではない。
飛び上がるまでは良いが、その後に着地に向けて受け身を取ろうと身体を捻っている。
常猫であれば一瞬で心臓の鼓動をかき消される程の威力だ。
特に、七王の使う鬼闘術は師から教わったものを素直に使っているわけではない。
殺人武術である赤心少林拳黒沼流、そしてより先鋭的に派生した殺怪人武術黒沼流アクガタ。
これらの師範と創始者により、七王の戦闘術は広い応用力と高い致死性を誇るものへと修正されている。
対魔化魍への牽制、或いは童子、姫を相手にする為に単純に威力を増す目的で格闘術に付与されていた術は、より多くの相手に、より致命的な効力を発揮するように調整されているし、その調整の仕方すら叩き込まれている。
当然、殺すつもりの一撃で相手が死なない、という場合の追撃すら頭の中には最初から用意されている。
地面から致死性の攻撃を加えられたなら、普通なら地面から離れようと反射的に跳ぶ。
それがどれほどの高さか、ということまでは計算できないが……。
少なくとも、手持ちの武器が届きやすくなる事だけは間違いない。
元は二振りの短刀であった連結刃を振るう。
空中に跳び、固定されておらず、猫の柔軟さを備える猫らしきなにか。
だが、鬼への変身を可能とした人間の、機械的に増幅された膂力で振り回される刃物で切れない、という程ではない。
返す刃と共に、連結刃から峰を残し、刀身がブーメランの如く飛んでいく。
高速で回転しながら飛翔する刃は、飛び上がった猫、そして、遠巻きに見ていた猫の幾らかを切り裂き、当然のように七王の手元へと戻ってくる。
地面を経由して電気ショックを浴びた猫の数はそう多くはない。
当然、範囲外に居た猫がギザギザの刃物を構えて飛び込んでくる。
常猫と同じ四足歩行で迫る猫らしきもの。
その攻撃の有効範囲は限られ、足を狙う程度しかできない。
だが、如何に装甲に覆われているとしても機動力の要である脚部には刃を差し込む隙間が無数にある。
直接中身を攻撃できなかったとしても、複雑に折り重なった可動部を破壊して機動力を削がれる危険性は高い。
加えて……飛来する刃はある程度自動化されているが、七王に脳波によりコントロールされている。
未だ超能力に目覚めず戦士として未完成な状態では、機械的に増幅された念動を行いながら足元に絡みつく獣の攻撃を防ぎ続ける事はできない。
一匹を蹴り飛ばし、一匹を手元に残った刃のない柄と峰だけの鈍器で殴り飛ばし、三匹目、四匹目と、後続が迫り……。
それらの猫の動きが鈍る。
走り迫る中で突如として立ち止まり、或いは横転する。
見れば猫達の足裏、肉球が無残に剥がれ落ちているのがわかるだろう。
アスファルトで舗装された地面に、白く凍結した肉片がこべりついていることも。
「ありがたい」
飛来する刃を再び連結刃として手元に戻しながら短く感謝の言葉を呟く。
「アンチアイスはオフにするなよ」
こつ、と、一歩踏み出す足音と共に、地面から白い冷気が立ち上る。
交路変身態の用いる鬼闘術だ。
弦の鬼が本来用いるものとは異なる冷気を操る術。
正確には、周辺から熱を奪う術であるそれは、足裏を経由して地面から延々熱を吸い上げ続けていく。
「イッパイアッテナ、防寒」
──now
唯一生身のまま、しかも防寒対策の一切成されていない少女の足元を、抱えていたニャンニャンアーミーの尻尾がするすると伸びて厚手の防寒ズボンの如く覆い隠す。
突如として尻尾を伸ばして絡みつかせてきたニャンニャンアーミーの意図を僅かに遅れて察した少女が感謝の言葉を述べようとするより早く、七王がその体をひょいと肩に担ぎ上げた。
「え?」
抵抗するでも拒絶するでもなく困惑する少女。
「どっちだ」
七王が交路に問う。
「右前七階建て茶色ビル屋上、次は斜め向かいの消費者金融の看板の上」
簡潔に答えながら交路は音もなく飛び上がり、言葉通りに七階建てビルの屋上へ。
七王が展開した脚部装甲からフォトンブラッドを噴出し、地面を蹴り砕きながら続く。
肩に抱かれたままの少女が魂の抜けるような悲鳴を上げるのを無視し、着地。
「手応えがない、バケネコの子にしても小ささが過ぎないか?」
少女を抱えたまま七王が問う。
夏に現れる魔化魍であるバケネコは、自らの9つに分岐した尻尾を自切し、それを核に増殖するタイプの魔化魍だ。
日差しに弱く、また、ある程度伸びた尻尾から生まれるという性質上、爆発的に増殖する事は不可能だし、同時に複数のバケネコが同じ区域で成長しているというのであれば事前に行方不明者の数や動物の変死体の数などである程度発生を予測できる。
「見ろ」
交路が顎をしゃくり、先に跳躍先として挙げた消費者金融の看板を指す。
交路の店に通う関係で幾度となく目に入っていた筈のその看板だが、明らかに様子がおかしい。
社名の入っていた筈の部分は複数の鏡文字を組み合わせた様な意味の通らない文字列に変化し、塗りたてとまでは言わなくともそれなりに見栄えのしていた塗装は数十年放置された様に錆びが浮いている。
見下ろす道には無数の猫、人通りが無くなっていると言ったがそうではない。
車が一台、電信柱に突っ込んで停止している。
運転席の前のガラスは割れ、中から運転手であったのだろう、巨大な背びれを持つ半魚人らしきものが飛び出し、通りの猫たちはそれを首を傾げて見上げている。
通りにあるビルの看板、或いは個人宅の表札、そのどれもが意味を成さない奇妙なものへと変貌し、ぼんやりと見る分には日本語らしきものに見えるが、はっきりと解読を試みようとすると酷く不快感を覚える。
人の気配も無く、今や猫のひしめく道。
しかし、その合間合間に奇妙な植物らしきものがぽつりぽつりと、唐突にアスファルトから生えている。
その植物の背丈は高く、しかし、二メートルを越えるものは無い。
人の背丈程の長さのまばらな未知の植物。
「異界化している」
「異界? ……マヨヒガか!」
猛士の備えるネットワーク間でも極めて目撃情報の少ない、半ば未確認情報の様な魔化魍、マヨヒガ。
建築物に擬態し、内部に侵入した人間の大半を喰らい、一部に食品や物品に擬態させた我が子を持ち帰らせ、遠方で孵化させる、という習性を持つのではないか、とされているが……。
その実態は杳として知れない、ミステリアスな個体である。
「その亜種かも」
未知に対する人の恐れが結実したものが魔化魍であるとするならば、具体的な妖怪変化の形でなく、現象として現れる魔化魍も、理論上は存在できる。
人類のみを選別して殺す種族が現れ、超能力者狩りを行う天使が現れ、それでいてそれらが関わらない部分でも決して明るいニュースばかりではないこの時代において、今いる場所ではないどこかへの憧れ、そして、未知の場所への恐怖というアンビバレンツな感情を抱える人間は多い。
都市伝説においても、別世界への転移を題材としたものは多く存在する。
特定のマンホールの上に一定時間立ち続けると別の街へ飛ばされる。
ある文言を書いた紙を枕の下に置いて眠ると別の世界へと転移するまじない。
いくつかの階を順番に押していくと別世界にたどり着けるエレベーター。
電車を乗り過ごすと公式に記載の無い謎の駅にたどり着く体験談。
そして、その多くは別の場所への行き方は説明されても戻り方に関しては書いていない場合が多い。
行ってみたい、という願望と同時に戻れないかもしれない、という恐怖を感じるのは、ここではない何処かよりはここの方がましかもしれない、と思い込む事で現状への不満を納得させるための人間の無意識の内の工夫の一つだ。
興味はあるが、本当には行ってみたくない。
基本的に、負の想念が勝る話なのである。
だから、そう易易と人間が迷い込むことは無い筈だ。
意識が曖昧であったり、恐怖よりも期待が上回ってしまうようなことが無い限りは。
(そうなると、ミラーモンスターの亜種? 異界特有の生き物が猫の形を取った?)
交路には心当たりがあった。
人間の超能力者の中でも極まった才能を持つ個体であれば単身で異界を、現実世界の複製を作り得ることを知っていたし……。
この時代、人間の異能は急速に進化を続けている。
進化を妨げていた創造主は退き、進化を促す火は世界中にばらまかれ、進化を齎すきっかけとしての生命の危機は結構な頻度で訪れる。
「無数の猫が住まうマヨヒガね」
何処かで聞いた話だ、というこの世界において意味のない言葉を飲み込む。
現時点で重要なのは、この異常事態を如何にして収めるか。
「ならばそれが本体か」
「まとめて吹き飛ばせれば話は早いが」
「そうもいくまい」
七王の現在の武装に広範囲を薙ぎ払う様なものは存在しない。
交路は音撃と呪術の掛け合わせでもって核反応を起こし一帯に放射線を無害化した状態で高熱と爆発を発生させられる(選択式で重度の放射線をそのまま撒き散らす事も可能)し、七王もそれを承知している(七王はこの術の習得を常から強く交路に勧められている為、習得を拒否しつつも理屈だけなら理解しつつあるし、発動時の威力も目にしている)が、この状況にはそぐわない。
これが完全な異界……例えばミラーワールドの様に全てが鏡写しであったり、伝承内のマヨヒガの様に周辺に他の家も見られない山中などであれば良かったかもしれない。
しかし、現時点で周囲の異変は文字の変形や人の有無などに留まっている。
この状態で起こした地形や建築物への被害がこの異界の中にのみ留まるという保証は何処にもない。
「とにかく、一度この場を離れよう」
「山?海?」
「海の方が近い、それに」
「噂の出処の一つでもあるな」
「あの、その前に降ろして貰えたり、はわぁっ!」
少女の疑問に七王は答える事無く跳躍。
ビルの壁面を駆け、或いはビル内を登ってきた猫がドアを開け近づいてきたのだ。
そして、持久力を考えなくとも、人と猫が本気で競争した場合、人が逃げ切れる道理は無い。
それが空手家であったとしても、だ。
非常事態故に、七王は常なら持ちうる常識力を胸の奥に仕舞い込み、海のある方角のビル目掛け、跳躍を開始。
後ろから追いかける猫の群れを牽制しながら、交路がその背を追いかけた。
―――――――――――――――――――
漁船を操る猫と並んで泳ぐ猫の噂。
というものが巷でまことしやかに語られているらしい。
情報ソースは空手女子のみ。
俺も巷の噂を仕入れてはいるが、そんな噂を耳にした事は無い為、女子特有のネットワーク的ななにかなのかもしれない。
「何か知ってるな?」
──いやぁぁぁ……?
ニー君嘘をつけ!
道中、白衣を着たまま所在なさげに彷徨いていたニー君を発見した為に、仲村くんの背を追いながら捕獲した。
今は迫る猫もどきを蹴散らしながら海を目指している為に仲村くんとの情報共有はできていないが、まずニー君が白衣を着て街を彷徨いている、という時点で怪しい。
何しろ猫は白衣を着ないし、猫かと言われると首をひねるくらいに見かけと性格以外の猫要素の割合が少ないニー君だって普段は全裸だ。
そして、だ。
俺たちを追いかけていない猫が居る。
白衣のニー君とともに居た野良猫らしき連中である。
ニー君を捕獲する瞬間にちらりと見ただけだが、跳躍を繰り返す俺たちに目もくれず、一般的な野良猫の様に気ままに横たわっていた。
俺達……というか、空手女子を狙って執拗に追跡を続けるネコモドキが通り過ぎる時は困惑すらしていたように思う。
「怒っている訳じゃない、謝罪がほしい訳でもない、何をしていたかを聞いている」
──ぅろろろろ……
暫しの躊躇い。
数回の跳躍の後、観念した様にニー君は白衣の中から一枚の図面を取り出した。
猫の簡易改造図だ。
病気に掛かりにくく、僅かに知恵が回り、器用になる程度のものだが。
それ故に、大げさな機材が無くとも、ニー君の肉体が一つあれば施術可能なのだろう。
考えられた良い設計図だ。
「……良く出来てる」
──ほんまか?
「ああ、暫く食事は一番安いカリカリな」
──Noooooo!
叫びながら全身から電撃や熱波や棘ミサイルや羽手裏剣やブーメランや衝撃波を撒き散らして逃げようとするニー君を振るい、追い縋るネコモドキを吹き飛ばす。
一つ一つが並の下級アンデッドなら一発でバックルが割れる様な威力の攻撃。
猫ならば、無改造の生物ならば即座に肉片になっていなければおかしい。
しかし、ネコモドキは吹き飛ばされて受け身を取る、或いは、人間の視野ならば死角になる物陰に入った時点で
「何かあったか?!」
先を行く仲村くんが叫ぶ。
「猫は純粋に現象の一部だ。本体でないどころか分体や子実体ですらないぞ」
表の世界に居た猫が取り込まれて変質した、という訳ではないらしい。
この異界に付随する現象で、それが元の世界の空手女子の周辺に投射されていた、という事になるか。
エネルギー弾の一種と見て構わないだろう。
或いは魔化魍の吐く分泌物などの同類か?
「解決には繋がらんな」
「いや、そうでもない」
逃げ続けて十数分。
長距離飛行能力を持たないウルトラギアに合わせて逃げ続けてきたが、既に結構な距離を移動している。
追いかけ続けてくるネコモドキの数も異常だ。
速度面では圧倒しているが、向かう先向かう先で新たなネコモドキ、猫忍者が生えてくる。
一介の魔化魍がこれほど広範囲に渡って、世界の法則を捻じ曲げ続ける事が可能なのか。
ネコモドキ、猫忍者がマヨヒガの放つ飛び道具の類であるとすればいくらなんでも無尽蔵に湧きすぎている。
からくりがある。
「解決編だ仲村くん」
「お前はいつも唐突に過ぎる!」
「推理の力だ。跳んでいてもピタリと当たる。ニー君、彼らを海まで飛ばせばボソボソのカリカリは勘弁しよう」
手の中で暴れ続けていたニー君がピタリと大人しくなるのを確認し、仲村くん目掛けて投擲。
──《フロート》
ニー君から電子音声が流れ、巨大なトンボの羽が生え、にょきにょきと伸びた手足が仲村くんと空手女子に巻き付き、加速。
「フロート」
《フロート、ナウ》
音声入力された短縮詠唱を電子音撃管が復唱。
ドラゴンフライアンデッドの飛翔能力を擬似再現する。
高速で景色が流れていくのを空手女子の悲鳴と仲村くんがそれを宥めようとする声を聞き流しながら視界に収める。
俺たちは先程までとは比べ物にならない、遅めではあるが飛行機と並走できる程度の速度であるにも関わらず、猫が途切れる気配すら無い。
だが、速度を上げた事でわかる事が一つ。
遠く離れた後ろの方で、物陰に隠れる、などの辻褄合わせすらできずに消えていくネコモドキの姿。
そうこうしている間に、海に出た。
港に付いている貨物船にも大量の猫の姿。
そして、それを遠巻きに見つめる見覚えのある猫達が乗るクルーザー。
普及型のニャンニャンアーミー達だ。
クルーザーに勢いよく着地。
それなりに良い船である為か転覆はせず、盛大に揺れる程度で済んだ。
ニャンニャンアーミー達の抗議の声の中、ニー君の拘束から解放された仲村くんに支えられ、空手女子が目を回しながら何とか立っている。
「ここが元凶……?」
──おあぁぁぁぁぁ!
──いやぁァァァァ!
──ハ゛カ゛ヤ゛ロ゛ォォォ!
仲村くんのつぶやきを聞いてか聞かずか、ライフジャケットを着込んではちまきを頭に巻き、電動リール付きの結構良い釣り竿を持ったニャンニャンアーミー達が一斉に抗議の声を上げる。
彼らには平時は好きに過ごして良いと伝えてあるので、その邪魔をすると機嫌を損ねてしまうのだ。
まして、何もやっていない、休日を過ごしていただけなのに元凶扱いされては憤懣遣る方無い筈だ。
今の着地でクーラーボックスの中から魚が幾らか飛び出してしまったのも原因だろう。
これまでのネコモドキや猫忍者と比べて些か文明的過ぎる彼らの激昂の仕方、そしてそれでいて物理的な攻撃に至らない理性を見て仲村くんも空手女子も困惑している。
当然の話ではあるが、彼らは今回の件とはそれほど関係ない。
「いや、元凶は……こいつだ」
―――――――――――――――――――
「え……?」
交路が刃の付いた横笛型の音撃管で、少女を刺した。
その先端で指し示した、という意味ではない。
笛の先端に装着された黄金色の両刃で、少女の身体を物理的に貫いたのだ。
それだけで長めの鉈ほどもある刃は、赤い滑りを伴いながら、少女の背中から突き出て、少女の活発さを表すようなメンズのアウターを押し上げている。
ぽた、と、赤い雫が甲板に落ちた。
「小春、お前」
激高、というよりも、呆然とした七王の声。
刃は少女の背中の中程から突き出ている……心臓を貫く位置。
「薄々仲村くんも解ってたんじゃない? 振り切れないネコモドキと出口のない異界のからくり」
「……基点と共に、移動していた」
基点。
それはつまり、猫の忍者に狙われている少女。
七王と交路が揃って聞いた覚えの無い奇怪な猫の噂、少女にのみ襲いかかり、周囲には明確な被害を出さない猫の忍者。
少女が怪異の標的として狙われており、遠隔地に魔化魍の本体が居るのではない。
彼女自身が、怪異の発生源なのだ。
「だが、そんな事が有り得るのか? そんな、残酷な事が……」
俯いた七王が絞り出すような声で問う。
「有り得ない事など有り得ない、なんて陳腐な事を言うつもりは無いよ。既存の技術と現象だけでも似たような事は可能だ」
交路の言葉に、七王の脳裏には幾つかの禁術……そして、交路が首魁を務める拳法の奥義が頭を過ぎった。
そして、それらの元になるものは鬼とそれに纏わる諸々の技術だ。
或いは、未熟な鬼、衰えた鬼、外道に落ちた鬼が人から完全に離れる、という伝承は猛士に今も伝わっている。
有り得ない事ですら無いのだ。
「原因を探らなきゃね」
軽く言いながら、交路が少女の身体から刃を引き抜く。
七王の腕の中の少女が力尽きる様に膝をついた。
少女の身体が甲板に倒れないよう、その身体を支える七王の内心はぐちゃぐちゃに乱れていた。
これ以外の方法があったのではないか、もっと穏便に、彼女の力を、或いは怪現象の発生を抑えるような手段が。
だが、何時、猫の怪異が彼女以外に牙をむくか分からない状態で問題を先延ばしにする訳にはいかない。
そして、外部への連絡すら覚束ない異界に隔離された時点で、猛士の力を借りる事も難しかった。
即応を求められていたのだ。
或いは、彼女が基点であると気付いた時点で片方が遠く離れて異界から逃れられるか試していれば……。
「それで、この人形に心当たりは?」
「えー……あ、それ、私のお守りです。いつの間にか無くなってたと思ったら」
悔恨に目を強く瞑っていた七王の耳に、交路と、そして、少女の何事も無いかの様な会話が届く。
目を開けば、七王の腕の中の少女は若干ぐったりしているが、胸元にも傷一つ無く、顔色もやや悪くはあるが出血多量で死にかけ、という訳でもない。
滑るような赤を伴った刃の先端に突き刺された、焼いた粘土で作られたであろう素朴なデザインの猫耳人形をしげしげと見つめながら頷く交路。
「持ち歩いている間に、持ち主の体内に転移する呪具か。興味深い……」
「呪具……は、はは、呪具か」
今度こそ、七王は身体から力が抜けて、少女を支える手を離しながら尻もちをついた。
「笑い事ではないぞ仲村くん、可能であれば今すぐにも持ち帰って研究したいところではあるが……」
ざざ、と、穏やかだった海が波立つ。
海面越しに見えるのは、海中から出現した、シュノーケルを装備した無数のダイブスーツ姿の猫達。
貨物船の上に居た猫達も、今までの比ではない程に増殖しクルーザー側に駆け寄る事で船を傾け、半ば転覆する寸前だ。
体内から引きずり出された事で呪具の効果が強まったのか。
交路が笛を振り、七王に向けて人形を投げ渡す。
その僅かな放物線を無数のネコモドキ全ての視線が追いかける。
この呪具こそが元凶である事はもはや疑いようもない。
「持ち帰るのは難しそうだ」
「言っている場合か!」
ぐ、と、全力で握りしめて雷撃を流すも、人形が砕ける気配は一切無い。
七王は交路に再び人形を投げる。
放物線を描く人形。
その人形を、バットの如く音撃管を構えた交路が迎え、スウィング。
かきんっ、と、気持ちの良い音と共に大きな放物線を描いて猫耳人形が沖合へと飛んでいく。
ホームラン競争でも一番になれそうな勢いで飛んでいく人形に合わせて、海中の猫が津波の様に出現と消滅を繰り返しながら迫る。
貨物船の上に居たネコモドキ達は遠ざかる人形から遠い方から姿を消していき、消滅した猫の重量分、貨物船は反対側へと船体を揺らしていく。
怪異の基点、謎の呪具である人形の向こうにはもはや海しかない。
交路が音撃管の先端、刃の付いた先をその人形に向ける。
「ティルトウェイト」
《ティルトウェイト・ナウ》
電子音による復唱。
海……東京湾の空に、真昼の空をなお明るく照らす、小さな太陽が生まれた。
―――――――――――――――――――
異界の外に脱した状態で、都市の一区画程度は収まる範囲の異界を丸ごと焼滅させるような術を使用すると、異変を察知した
今のG1が海中適正が無いスーツで無ければ仲村くんと空手女子はお縄だっただろうし、そこから芋づる式に俺も御用になるところだった。
「もっと気をつける部分は多くあるだろう」
「現行の核兵器と比べて見れば滅茶苦茶小規模に出来てるんだぜ?」
「そういう話ではなくてだな……」
頭痛をこらえるようにこめかみを押さえる仲村くん。
現時点で存在を確認している各ライダーシステム、それらを統合する為の試金石として開発した電子音撃・呪術システム。
これは近代化、科学との融合の進む猛士の呪術システムと比べてなお先鋭的だと自信を持って言えるものだ。
その実用試験の被害が、海中を逃走する上で空手女子が全身言い訳のしようもないレベルでずぶ濡れになっただけ、というのだから、軽いものではないだろうか。
それもこうして無事に喫茶寿についた時点でスタッフ用のシャワールームをお貸しし、その間に洗濯乾燥を済ませてしまえば片がつく話だ。
「しかし、マヨヒガの亜種か、厄介な話だ」
「マヨヒガは信頼性のある情報が少ないから、新種として別に命名される可能性があるらしいけどね」
「
仮名だが、なんとも風情のない名前だ。
だが、猫が現象の核でない可能性を考えれば、妥当な名前だろう。
人間を別の世界に引き込む魔化魍。
猫はしいて言うなら捕食器官の一種だったのかもしれない。
「まぁ、確かに厄介ではあるけど……どこが厄介かわかる?」
「脱出方法が限られる。標的が誰かに相談を持ちかけない限り発見できない。何らかの超感覚なりが無ければ呪具……本体を見つけられないし、取り出すのも難しい」
「そして、魔化魍ではないかもしれない」
「ウルマ、か」
俺としては、裏世界などというものよりも、こちらの方が調査優先度は高いと思うのだが。
空手女子に呪具を渡した、少し前まで彼女の家庭教師をしていたという女性。
その名と容姿は聞いたが、その女性が偽名の一つも使っていれば見つけようも無い。
この東京だけでも、長い黒髪でフレームの太いメガネを掛けたきれいな女性など掃いて捨てる程居る。
ここまでの事をやらかしておいて、見た目をそのままにしておくはずも無いし、その女性が呪術師、陰陽師というのなら、それこそ致命的な隙となりうる自分の本名など常から使う訳もなく。
「或いは、そこも含めて、この魔化魍の引き起こす現象の一つか」
「それは……どこまででも疑えてしまうのでは?」
「そういう可能性も考慮に入れておいた方が良い、程度にとらえて貰えば良い」
人工的に空間型の魔化魍を作り出す悪しき目的を持つ陰陽師なのか。
或いは、空間型の魔化魍の核や餌のマーカーを渡してくる謎の人物……という、空間型、現象型の魔化魍の一種なのか?
これを疑い出すとキリがない。
「隠れ潜む、いや、被害者以外は認識すらできない魔化魍……」
厄介なのはそれだ。
今回、俺と仲村くんが彼女を救出できた、事件を認識できたのは、彼女に関わる事で共に捕食対象としてカウントされたから、という可能性が高い。
少なくとも、空手女子が即座に食われなかった、嬲るように段階的に脅威が増していったのは、こうして被害者が誰かに相談する事でより多くの被害者を増やす為だろう。
通常なら有り得ない現象に巻き込まれ、危険が増していき、大組織ではない身近に相談できる相手……小規模な人数を巻き込む。
餌を増やす、そして、鬼に見つからない。
あの現象はそういう意図が含まれている。
この現象が、魔化魍の一種なのか、術の一種なのか、それとも不可思議な自然現象なのか、というのはわからない。
しかし、底意地の悪く、姑息で慎重な何者かの意思が介在しているのは間違いない様に思う。
何者かの実験か?
彼女が偶然、奇跡的に最初のケースだった、という事はそう無い話だと思う。
既に似たような実験が行われている可能性はとても高い。
そして……。
人知れず、その魔化魍は人間を喰らい、成長を続けていく。
被害者から相談されなければ認識すら難しい、町を覆うような巨大な魔化魍が、だ。
その成体は、如何なる規模のものになる?
町一つ、丸ごと神隠しに合う、そんな事態も起き始めるのか?
そこまで巨大な魔化魍を育てる事に、いったいどんな意味が?
「厄介な話になってきたな」
まだ見ぬ、そして、俺の知識の中にすら無い、魔化魍を用いて実験を繰り返す連中の、真の黒幕。
その果てしなく遠い抹殺対象の事を思うと、不思議とやる気が湧き上がってきた。
やらなければ大変な事になる。
ならば、それが如何に困難な道筋であったとしても、進むしか無いのだ。
百龍夜行は嫌じゃ、百龍夜行は嫌じゃ……
強化された笛でモンスターを殴り殺せていればいいだけで、里なんてどうでもええんじゃ……
やることが多くて忙しない狩りはいやじゃ……
あと絶対強い団子やの娘を戦いから遠ざけてプレイヤーにソロプレイを強制する爺は嫌いなんじゃ!
なんじゃあいつ!せめて遠くから援護射撃させろ!
あとペーパーハンターなやつも働かせろ!
それ以外は特に不満ないです
ライズやると犬とかドリンクとかの関係でもう過去作に戻れないよね……
☆なんか壮大な話になってない?
なんでだろう……
まぁでも遭遇率は高くない筈だから基本的に戦闘シーンはいつもどおりのノリで普通の魔化魍と戦うのがメインになると思います
たまに地形とか考えなくていい謎空間で戦う事が出てくるかなー、みたいな話
ぶっちゃけて言うと響鬼は最後の最後まで敵性勢力のボスすら出てこない(それっぽいのは出てるけどこれも尖兵では?)から好き勝手するしか道がない
でもそれ以外は普通の響鬼編になると思うからご安心だ
☆魔化魍・マヨヒガ
明確な目撃情報とか被害報告ではなくて、過去に起きた不可思議な現象が魔化魍疑惑を掛けられた結果として仮に登録されているもの
実体としては空間型ではなく家型で、初期に体内にある生成物を撒き餌代わりの人間に持たせて、それを魔化魍の力で不思議な力を付与させ、それを羨ましがって自分も取りに行こうと探しに来た連中を食らう、という頭脳プレイを行っていたのかもしれない
現在では人目のない場所に謎の豪華なお屋敷がある、というシチュエーションが難しくなったので自然淘汰されつつあるのかもしれない
たぶん原作には居ない
というか、裏世界、おっさん世界を出したくてでっち上げただけの奇魔化魍
☆裏世界
このSSにおける代用品
都市伝説をベースにした魔化魍が出てくるなら当然異世界行く系都市伝説だって実体化する
実体化……?
まぬけ時空の様なものと思ってくれれば良い
奇妙な風習のある隣町、みたいなものも含まれるので、知らず巻き込まれて捕食される人間も居るかもしれない
まぁ日本も年間の行方不明者多いしこういう魔化魍も居るかもしれない
響鬼編でどういう扱いをするかスルーされるかは不明
現状想定している落ちだとそんな厄介な相手でもない
厄介でないだけで解決法があるとかではない予定
異世界、自分だけの世界に憧れを持つ人間が誰にも相談せずに満喫したりしているとしびれを切らして獲物が増える前に食われたりするのでボッチが睨まれると助からない
誰に相談するでもなく中身をウキウキで探索したりしても恐らく助からない
この世界に行ったまま戻ってこない友人、という記憶を植え付けて脱出を妨げ没入率を高めたりもするかもしれない
☆それはそれとして猫の噂を密かに広める原因を作っていたニー君
野良猫が生き残りやすい様にアンデッドの力を駆使して改造手術を他猫に施していたりした
大道芸をする猫の一部は……というか、大半はこれで改造された主人公と面識のない野良猫
まだ技術的に拙いのでそれほど大道芸猫の噂は広まっていないニッチな噂に過ぎないのだ
そういう訳で安物カリカリの刑は免れたが勝手な改造なのでとうぶんチュールはなし
☆海の上でクルージングしながら沖釣りを楽しんでいたので人が消えていることにも一切気がついていなかったニャンニャンアーミーズ
海に放流されてしまった魚は後に築地に連れて行ってもらって補填してもらった
よかったね
釣竿などは見様見真似で作った自作
ライフジャケットは人間のものを引きずりながら使っていた
☆多機能型ニャンニャンアーミー『イッパイアッテナ』
ニー君程ではないが多くのアンデッドの機能を搭載された個体群
機能がいっぱいあって、同種もいっぱいいる
喋れないけど人間の文字を理解しているので筆談できる
本を自作して出版社に持ち込む計画とかもできる
今どきは適当な作者を隠れ蓑にしたりしないのだ
配下にルドルフ型ブッチ型などが存在するのかもしれない
☆ゴジラシンギュラポイント
毎週毎週きっちり見どころあって次回も滅茶苦茶気になって一週間が経過するのが楽しみになるとか人を喜ばせて食う飯はさぞ美味かろうなぁ!
くぎみーJJが可愛すぎるからテレビ放送民は次回放送を決して見逃してはならんのだ
てんちー←かわいい
アンギランスさばきを見てランスとか使ってみたくなったけど、モンハンで似た動きするのはランスでもガンスでもなく操虫棍という不具合どうにかならん?
虫飛ばしてエキス取るの複雑過ぎてできる気がしない
幕間というかちょっとした息抜き回を書くつもりだったのにがっつり響鬼になってしまった
なので次回は頑張って幕間を書くかもしれない
高い知能と器用さを持つ猫が増やされちゃったからね
流石に警察も怪しんで調査を開始するかもしれない
猛士と青空の会は話がいくと思うので動かないと思う
でも知性を持った小型生物ってワームにとって天敵ではないだろうか、どこまで小さな物に擬態できるか未知数だし
そういう話を書きたい
書きたいけど書けなかったら別の話になります
色々未定です
それでもよろしければ次回も気長にお待ち下さい