オリ主で振り返る平成仮面ライダー一期(統合版)   作:ぐにょり

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19 偽りの救い

薄曇りの空の下、湖畔にて、二匹の怪物が戦っていた。

シマウマに似た人型の怪物、ゼブラロード、エクウス・ディエス。

カミキリムシに似た人型の、いや、かつて人であった怪物、ネフィリム、或いはギルス。

いや、戦う、というのは語弊があったかもしれない。

その戦いは一方的なものだった。

 

ゼブラロードの動きは明らかに精細を欠いている。

直前にギルスレイダーによる体当たりを幾度となく食らったダメージが残っている、というのもあるだろう。

だが、明らかに戦意が薄い。

明らかに自分を害しに来ているギルスに対して、避ける、防ぐなどの消極的な行動しか取っていない。

そして、ゼブラロードの消極的な動きとは対象的に、ギルスの動きには一切の迷いがない。

 

殴る、蹴る。

動きそれ自体は、多少喧嘩慣れした程度の動きでしかない。

だが、拳を、脚を振り抜く速度に迷いがなく、明らかに殺しに掛かっている。

それは本来あり得ざる事だ。

このギルスの元となった、ギルスへと変身した青年は一般市民に過ぎない。

たとえ相手が人間でないとして、たとえ相手が人を殺そうとしていたとして、躊躇いなく殺しに掛かれるものだろうか。

これこそがギルス、ネフィリムの本来あるべき姿。

変身元となった人間の元の性格に関係なく、戦うと心に決めたのであれば、もう一人の自分、人間でないギルスとしての本能の赴くままに暴力性を発揮できる。

 

ギルスの赤い複眼が滑るように光り、ゼブラロードを睨めつける。

虫の冷酷さ、肉食獣の獰猛さ、人間の意志を全て内包する捕食者の瞳。

ゼブラロードの身体が竦む。

勝てない相手ではない。

だが、既に滅んだ筈のかつての敵が、かつて群れを成して立ち向かってきた恐れを知らない戦士との戦いの記憶が、ゼブラロードの中に恐怖に近い感情を蘇らせた。

 

「ガァッ!」

 

肉体的ダメージ、精神的な揺らぎを抱えたままのゼブラロードに対し、ギルスは迷いなく、流れるように後ろ回し蹴りを放つ。

二十トンにも及ぶ蹴撃をまともに喰らい、受け身すら取れずに背後の水辺に吹き飛び倒れるゼブラロード。

 

「う、ぉ、おおああああああああっっ!!」

 

脳を焼くような闘争本能。

戦う、という意志を苛烈な程に後押しするギルスとしての暴力性が、何の意味も持たない咆哮となり、口部クラッシャーから溢れ出す。

びりびりと湖面すら震えさせる咆哮と共にギルスの踵の爪が鎌の様に伸長。

跳躍。

 

ダメージにふらつきながら起き上がったゼブラロードが目にしたのは、大きく脚を上下に開いたギルスの姿。

避けるか防ぐか。

そう考える間もなく、大上段から振り下ろされるギルスの踵落としが背を貫く。

長大に伸展したギルスの踵の爪が、振り下ろされる勢いのままにゼブラロードの肩甲骨の間から心臓を貫き、鳩尾から先端を覗かせる。

 

「グッ、がッ……!」

 

致命傷。

マラークの生命力が如何に優れていたとして、地上で、この世界で活動する以上、その肉体は真っ当な生物としての生体活動を行っている。

銃砲に耐える皮膚と筋肉を持っていようが。

心の臓を貫かれてしまえば長くは持たない。

ゼブラロードが苦痛に呻き、身を捩る。

 

それは生きているが故の反応。

ギルスの次の動きは早い。

心臓を貫くヒールクロウを支えに跳び、正面からもう片方の脚でゼブラロードを蹴り飛ばす。

二十トン相当の蹴りに押し込まれ、背から突き刺さっていたヒールクロウが肩甲骨を、肋骨を、筋肉を、内臓を切り裂き、ゼブラロードの上半身を半ば斬り裂きながら貫通。

ギルスは背後へと宙返りをするように着地。

依代となる肉体の命を失ったゼブラロードは、再び湖面に倒れ込むよりも早く、爆発。

 

完全なる決着。

古の時代にマラークと対等以上に渡り合ったネフィリムの、正当なスペック通りの力が正しく振るわれた結果だ。

……だからこそ、だろうか。

力を振るった後の結末も古のそれと等しくなる。

 

ギルスの姿が消え、その場には人間、葦原涼の姿が現れる。

そうしてようやく、涼は自分が助けるべき相手の事を、篠原佐恵子の事を思い出した。

いや、考えてはいたのだろう。

自分の父親の事を教えてもらう為、いや、そうでなくても、多少なり知り合った相手が殺されそうになったからこそ、力を奮った。

連れて逃げるには明らかに目の前の怪物が殺意を抱きすぎていたからこそ、先に倒さなければならなかった。

だが、潜水装備を持って挑むような湖畔の中で、怪物に襲われて恐慌状態の人間が、無事で居られるだろうか。

 

涼自身、自らがかつて水泳選手だったからこそ言える。

水中での精神的な混乱は容易く生命に関わる事故に繋がる。

それに、今の今まで気付けなかった自分に愕然としながら、揺らめく湖畔の水面を見渡し、佐恵子を探す。

 

「佐恵子さん!」

 

水面で仰向けに浮かぶ、意識を失っている様に見える佐恵子を見つけ、上着を脱ぎ捨て走り出し、躊躇いなく湖に飛び込もうとした涼は、目撃した。

ゆらゆらと波に揺られていた佐恵子の身体が、ゆっくりと水面から持ち上げられていく。

佐恵子と同じく、この湖でダイビングをしていた誰かか。

いや、違う。

その姿は、ほんの数ヶ月前まで入院生活を送っていた自分ですら見覚えのあるものだった。

ニュース、新聞、週刊誌、どれを見ても姿を見ない日の方が少なかった。

赤い装甲、黒い皮膚、赤い瞳に金の二本角。

ざぶざぶと水中を歩きながら近付いていくる、或いは自分の姿にも似た異形の戦士。

 

「四号……?」

 

涼の言葉に反応する事もなく脇を通り、水のない砂利の上に気を失った佐恵子を横たえる。

しゃがみ込み、胸元に手を翳す。

すると、佐恵子の口からごぼごぼと音を立てて水が溢れ出し、暫く激しくむせた後、ゆっくりと呼吸を取り戻した。

 

「これで大丈夫。念のために、救急車を呼んでくれないかな」

 

落ち着いた声の向けられた先が自分である事に僅かに遅れて気づき、119へと通報する。

そして、その間中、四号の視線が自分に向いている事に気がついた。

自分と同じく変身し、その上で人間を守る存在が珍しいのかもしれない。

涼からしても、或いは自分と同じ境遇なのかもしれない四号には聞きたい事が、いや、話したい事があった。

それは具体的な相談なのか、或いは、同じ境遇の相手であればこそ、胸の中にあるもやもやを打ち明ける事ができると思っての事なのか。

涼は口を開こうとし、しかし、何時の間にか四号が手に持っていた何かに目を奪われた。

 

「それは」

 

「君の助けになる筈だ。受け取って欲しい」

 

「何故、俺にこれを?」

 

「同病相哀れむ、って言うだろう。それを付ければ、少なくとも今よりは楽になる」

 

言うが早いか、四号は涼にベルトのバックル──四号のそれに良く似ている──を渡し、腰に付けるように促す。

いきなりの話ではあった。

だが、彼は入院生活の中で、人々の命を脅かす未確認に対して人並み程度には憤りを感じ、そんな未確認を倒して人々の助けになっていた四号に、僅かな疑いと、それに比べやや大きい感心を抱いていた。

そして、異形と化してしまった自分に絶望せずにいられたのは、少なからず四号の事が頭の片隅にあったからだ。

涼は僅かに逡巡し、しかし、結局は自らの下腹部にそれをあてがった。

 

―――――――――――――――――――

 

「東京名物ひよこ饅頭~!」

 

※東京名物ではない。

俺は一人、東京と地元の間にある道の駅で密かに祝杯をあげていた。

いわゆる、よくやった自分へのご褒美、というやつだ。

因みにこの道の駅の食堂にはそれなりに有名な名物料理があるらしいので、おやつ代わりにそれも頂いている。

燃費という意味ではもう実は無補給永久稼働ワンチャンありえるような身体ではあるのだが、美味しいものは美味しい。

それに今日は実によく出来た日なので少しくらい贅沢をしてもいいだろう。

 

試作グロンギ・リント混合型ライダーシステムの実験はものの見事に成功した。

実際、装着した瞬間にものすごい勢いでクリーチャー化が進んだりエネルギー過多で焼け死んだり感電死したり、再生能力の不具合でよくわからない奇妙な肉と臓物の塊に変化する可能性があっただけに、人体実験で正常に作動する事がわかったのは実にめでたい。

これで気兼ねなくこのベルトを使用する事ができる。

一番のネックだった、被検体である葦原涼にどうやってベルトを巻くか、という問題も、ふとした思いつきから簡単にクリアーできたのも大きい。

 

なるほど、確かに、俺が素性を明かして事情も説明して、という、情に訴える方法もあるだろう。

あるいは、変身後の姿で訳知り顔であかつき号事件に関する全情報をブッパするという手も無いではないだろう。

もしくは、手足をもいでから力任せにベルトを装着させるのも可能ではある。

だが、俺には第四の選択肢があった。

そう、第四の選択肢……。

ニセ四号作戦が!

 

俺の、未確認生命体二十二号の世間的な評価ははっきり言って低い、というか酷い。

だが、だがしかし。

俺は、ある時期までは四号と同一視されていたのだ。

そして、基本フォームこそ更新されているが、アークルだけを用いた変身で、基本形態を取る事も、まぁ、頑張れば、めちゃくちゃ頑張れば、出来ないでもない。

多少ムキムキになってしまっているかもしれないが、写真越しにしか見たことのない一般人相手であれば、完全なマイティフォームを取った俺と、五代さんの変身したマイティフォームの違いはわからないのである。

そして俺、二十二号は、実は純粋なマイティフォームで戦ったことが殆どないのだ。

 

つまり、世間一般の認識で言えば、赤いクウガ=四号。

マイティフォームに変身して活動するだけで、勝手に相手は勘違いをしてくれる。

しかも、その形態でむやみに暴力を振るわずに紳士的に振る舞えば勘違いされる確率は跳ね上がる。

これほど便利な話はない。

後に何らかの理由でこの事実が露見したとしても問題は無い。

何しろ、俺は葦原涼との接触時、一度も自分が四号であるなどと発言していないし、四号かどうか、との問いにも一切答えていない。

そして、これ以降は別に無理にマイティになる必要も無いので俺に話が及ぶ事も無い。

 

確認の為に変身もして貰った。

再生能力も無事に発現しているし、肉体の制御は完全に行われている。

被験体は健康かつ戦い続けることのできる肉体を手に入れてハッピー。

俺は人体実験のデータが取れて安全性を確認できてハッピー。

win-winな上に、葦原さんは今後、四号に助けられたんだ、的な話のネタにもできる。

これはもう、慈善事業と言っても過言ではないのではないだろうか。

 

ギルスの老化に対して、アークル、あるいはゲドルードが制御装置の役割を果たせるというのはご都合主義の様に思えるかもしれないが……。

……実際、グロンギの生まれた経緯などを想像すれば、これが正しい形なのかもしれない。

無限に進化し続けるが、老化現象により短命なギルス。

それに対し、老化を抑え、或いは暴走しかねない肉体を制御する機能を備えたゲドルード。

やもすれば、グロンギという種族が作られたのは次善の策であった可能性すらある。

もしも本当にそうなら、数千か数万かの年月を経て、真にベルトを装着するべき者にベルトが渡ったという事か、実に感慨深い。

 

これで、当初の目的は果たした。

あとは、帰ってクラスメイトの人の家に行くか、或いは明日の休日を待ってクラスメイトの人を家に呼ぶかして、ベルトを渡すだけ、なのだが……。

一つ、問題が発生した。

ある意味では収穫とも取れるが、クラスメイトの人にどうやって話を切り出すか考えるのに頭を悩ませている今は、正直、面倒事でしかない。

これが、本当に()()なのかを確かめるのと、クラスメイトの人への事情説明は、やろうと思えば、恐らく同時にできる。

その場合、恐らく小一時間一緒に歩き回る、くらいの時間は必要になるのだけれど……。

 

……もういいか。

少しくらいいいだろう。

後先を考えずに、力を行使しても。

葦原さんの様に適当に誤魔化す気にもならない。

最終的に全部話す方が、少なくともベルトを巻いてもらう事に関してはスムーズに行く筈だ。

後は、そうだな、家に帰って、細々としたところは、母さんにも相談してみよう。

 

―――――――――――――――――――

 

そんな訳で、まだ同級生達が学校でホームルームとかやってるであろう時間には帰宅できてしまったのだ。

なにしろ途中で結局マシントルネイダーで制空権ぶっちぎりバトルハッカーズしてしまったからな……。

あと、沖縄行きを想定した加速を経験すると、相対的に東京までの距離が短く感じるというのもあると思う。

 

「ただいまー」

 

ベルトを抜いて余裕が出来た分まで鞄いっぱいに詰め込まれた東京土産を広げる為に居間に行くと、ジルが一人でソファにうつ伏せに寝転がってテレビを見ていた。

まずは母さんに聞きたいことがあったのだけど、この時間はまだ母さんはパートに行っている筈なのでこれは仕方がない。

ジルは……少しだらけすぎかな、とは思うのだが、かつての種族のかつての同じ階級の連中の世紀末雑魚的あらくれ具合を考えるに、非常に文明的な怠惰っぷりなので特に問題はないだろう。

 

『おあえい。あいおおうあっあ?』

 

ソファの上でごろりと仰向けになり、シャツが胸の下辺りまでめくれるのを気にする様子も無く手を振り口を動かし返事をしてみせるジル。

胸元が見えるぞ、と言いたい所だが、たぶん多分にある胸の膨らみにひっかかってそれ以上捲れようがないのを理解しての動きだと思うのでそこには触れないでおく。

傍に寄りめくれたシャツを直し、同じソファの足元に座り込む。

 

「大丈夫じゃないならここには居ないだろ」

 

『えいおういあ?』

 

唇の動きから読み取っているので、疑問符が付く内容かどうかは首を傾げる動きなどでしか判断できない。

えいおういあ……せいこうした?

どこまで知ってるのか、とも思ったが、よくよく考えるとこいつは記憶の有る無し関係なしに俺が戦っている事も新しいベルトを作っている事も隣で見ていたから知っているんだったか。

 

「成功、かな。うん、成功した。完璧だ」

 

別物のベルトの安全性を調べても意味がないので、細かい設定を除いて葦原さんに埋め込んだベルトは、完成品とほぼ同じ構造になっている。

装着する人間の性別や年齢などにもそこまで左右される事はない筈なので、まず間違いなく有効な実験データが得られたと見ていいだろう。

本音を言えば、同じ年代の女性のギルスを使ったデータが欲しかったのだが、そもそもギルスの絶対数が少なすぎる為に今から探索して見つけ出してベルトを巻くには時間が足りない。

参考にしたゲドルードからして、年齢性別に制限があるようなものではない。

更に追加した安全装置により、予期せぬ動作、制御装置の不備により急激な肉体の変化が始まった時点でゲブロンを自壊させる機能も搭載している。

この安全装置にも不具合があって起動しない場合は……もう、死ぬ運命にあったと見て諦めるしかないだろう。

もったいないと言えばもったいないが、魔石に関してはもう供給のあてがある。

 

『ああいいあ?』

 

「あげない」

 

ぷー、と頬を膨らませ唇を尖らせるジル。

油断も隙もない。

元の記憶がベルトを取り戻そうとしているのか、単純に俺が変身や鍛錬を見せたせいで新しい人格の育成に大失敗してしまったのか。

だが、少なくともこいつにベルトを付ける意味はないだろう。

延命したくなったのなら話は別だが。

今はそのつもりも無い。

 

「代わりにまんじうをやろう」

 

ぽいっ、と、袋を剥がしたいちご大福を投げる。

寝転がった姿勢のままジルがそれを器用に口でキャッチ。

しゃきん、という音が聞こえる程に勢いよく閉じられた口に大福が半ばから切り裂かれ、即座に開かれた口の中にもう半分も落ちていく。

ぐぁつぐぁつと、知能指数が低そうな音を立てながら咀嚼し、飲み込む。

 

『おいいい』

 

歯を見せて笑うジル。

 

「そうかそうか」

 

『おああい』

 

「夕飯が食べれなくなるから駄目」

 

しゅん、と、寝そべりながら項垂れた。

器用な真似を、と思いつつ、もう一つ包みを取り出す。

 

「ほれ」

 

ぽい、と、放り投げる。

目を煌めかせながら、放物線の軌道上に顔を動かし口を開け……、がちん、と、歯が虚空を噛む。

放り投げられた大福は元の軌道を逆になぞり、俺の手の中に。

ハンドパワーならぬ手力ならぬサイコパワーならぬ、ただの超能力で火のエルの力の片鱗。

種も仕掛けもございません。

無いお蔭で今年も平穏はございません。

 

「こっちのはやらねー!」

 

起き上がって俺の手の中からいちご大福を奪還しようとするジルの眼の前でそれを頬張る。

完全な平穏とは言えないかもしれない。

でも、今この時、夕食前にいちご大福を食べるこの一時は間違いなく平穏な一時だ。

命の危機もあるだろう。

隣人を唐突に失う事もあるだろう。

人を信じられなくなる事もあるだろう。

友から恐れられる事もあるかもしれない。

それでも、美味しいものを食べれば美味しいし、楽しい事をすれば楽しいのだ。

 

―――――――――――――――――――

 

そんな訳で、休日。

病欠の翌日が休みだと連休っぽくてなんだかうきうきするが、前日は東京くんだりまで行って、力をセーブした面倒な変身で湖に潜って女の人を助け、慣れない人命救助まで行ったので休んだ気がしなかったのだ。

しかも、今日はもしかしたら友達が一人減ってしまうかもしれない、大袈裟に言えば運命の日。

普段ならクラスメイトの人と一緒となれば楽しい休日になるのだが、後の事を考えるとちょっと気が重い。

 

「お邪魔します」

 

「いらっしゃい」

 

気が重いが、そういう感情を表に出すと、相手の方が気を使うものなので、表面上は何時も通り。

ご両親にも挨拶を済ませ、東京銘菓ひよこの箱を渡し、クラスメイトの人の部屋に上がり込む。

図々しく思われるか、とも心配したが、先に丁寧に挨拶を済ませてお土産を渡したおかげか警戒はされていないようだ。

それよりも、

 

「えっと、どうかした?」

 

小さなテーブルを挟んで座るクラスメイトの人が首を傾げる。

 

「いや、なんだか……あ、香水付けてる?」

 

「……わかる?」

 

「うん、詳しくないから銘柄まではわからないけど」

 

原材料名ならだいたい当てられるけど、それをしてもなんだこいつってなるだけだからやらない。

匂いに気付いたのだって、部屋に上がり込んで、クラスメイトの人の部屋の匂いとはまた違う匂いがしているから気付けただけの話だし。

 

「前に、友達と一緒に買いに行ったんだけどさ、うちの学校って香水禁止だし、付ける機会が無いから……ほら、あの、使わないのももったいないし!」

 

そう言いながら、時折、包帯に包まれた手を気にするようにもう片方の手で撫ぜるクラスメイトの人。

気にしている。

きっと香水も、この手から何か匂いがしないか、という不安からのものだろう。

さて、どうするか。

などと、考えるのは小賢しいし保身的過ぎる。

俺は、今日ここに、目の前にある問題を解決しに来たのだ。

 

「だから別に今日特別意味があって付けた訳じゃないっていう、か?」

 

しどろもどろになりながら何やら言っているクラスメイトの人の手を掴む。

しきりに気にしていた、包帯に包まれた手だ。

包帯越しでも、掴んだ瞬間に解かる。

張りのない、生気のない、枯れ木の様な感触。

 

「やっ……」

 

掴まれた手を振りほどこうとし、

 

「あの、あのね、違うの、ごめん、この手、ちょっと……変で……」

 

目に涙を浮かべるクラスメイトの人。

それらの一切を無視して始めてしまおうか迷い、ふと、頭にあの言葉が浮かぶ。

 

()()()

 

手首にコントロールリングだけを形成し、掴んだ腕にモーフィングパワーを流し込む。

思えば、自分以外の生き物にモーフィングパワーで干渉するのは、ダグバ以外では初めてか。

なら、大丈夫だ。

何も、問題は起きない。

部分的な老化を起こしたクラスメイトの人の手……というか、腕。

施す変化は、恐らく、霊石か魔石を腹に抱えている人間なら常時行っているものと同じで良い。

細胞分裂による遺伝子の劣化を抑える。

短くなったテロメアを伸ばし、若い細胞を作れるようにした上で、肉体の再生の応用で老化した細胞を剥がし若い細胞で再構成。

 

掴まれた手から何かが流れ込む感触も、自分の腕に何が起きているのかも、なんとなくでしかわからない為か、あっけに取られた表情で自分の腕と此方を見るクラスメイトの人。

こっそりと一部繊維を崩壊させておいた包帯がはらりと落ちれば、その下には、もう片方の手と見比べて遜色ない、年齢相応の若々しい肌に包まれた腕と手指が顕になった。

 

「難波さんが悲しむような事は、何も起こらないから」

 

だから、

 

「今日はちょっと、外に出かけない? いろいろ、話したい事があるんだ」

 

―――――――――――――――――――

 

ご家族の方に断りを入れて、クラスメイトの人を家から連れ出し、歩く。

 

「ギルス?」

 

「うん、それが、難波さんの……なんて言えばいいかな、体質っていうのが、一番穏便な言い方なんだけど」

 

「……未確認、みたいな?」

 

「察しが良くて助かるよ。うん、有り体にいうと、未確認と同じ様な、変身する力だね」

 

詳しい説明は、すればするほど余計に説明するべき項目が増えるので、あくまで大雑把に現状を把握するのに必要な知識のみ。

 

「変身する度に、という程ではないけど、何度か変身したり、時間経過とかで、身体の一部が急激に老化していく」

 

「そんなの、聞いたことない……」

 

「それはそうだよ。本当なら、もうとっくの昔に絶滅してるんだ。……でも偶に、大怪我とかがきっかけで、そうなっちゃう人も居るらしい」

 

純粋な意味での、古の時代に猛威を振るったギルスと同じではないのだろう。

被検体、葦原涼がギルスに目覚めたのは、確か、大怪我を負った時に、父親から火のエルの力が移って来て、それで目覚めてしまった、というものだったか。

大隔世遺伝というものに近い。

厳密に言えば、どれだけ条件が重なればギルスに目覚めるかはわかっていない。

クラスメイトの人を含めてもギルスに目覚めた人は二人しか心当たりが無いのだから、当然と言えば当然だが。

 

「あはは……それは、とんだ災難だなぁ……」

 

笑ってみせて、でも、どうしようもなく声が沈んでいる。

 

「でも」

 

振り返る。

 

「老化を抑え込む方法はある」

 

俺の言葉に、クラスメイトの人が顔を上げる。

 

「さっきみたいに?」

 

「いや」

 

手足程度であれば、あの方法でも問題はない。

だが、変身の副作用である老化が、必ずしも手足の一本や二本程度、老人と見紛う程度で済むとは限らない。

例えば内臓、特に心臓や肺などが、或いは脳が老化したならどうだろうか。

それが、それこそ老衰死直前、という状態であれば?

他者からのモーフィングパワーによる治療も間に合わない。

あの再生方法は、あくまでも生きていればこそ可能なものなのだ。

死人を蘇らせる事は出来ない、たぶん。

だからこそ、これが必要になってくる。

 

「これを使う」

 

鞄に入れていた、アークルよりも二回り小さいバックルの付いたベルトを取り出す。

 

「ベルト……?」

 

「未確認生命体達のベルトを参考に作った。彼等の不老の源がこれだ」

 

息を呑む音。

目を見開き、驚愕の表情で俺の顔を見やるクラスメイトの人。

 

「セバス君、なんで、そんな物を持ってるの? なんでそんな事を知ってるの? そもそも……」

 

「なんで、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

……そう、それはそうだ。

あの夜、変身して戦っていたギルスがクラスメイトの人、難波さんだとすれば。

その後に変身する機会など有る訳がない。

だからこそ、彼女が緑色の異形、ギルスである事を知る人物は限られる。

彼女は聡明だ。

黙っていたとして、騙したとして、何時か真実にたどり着くだろう。

だから。

 

振り向く。

いつぞやの、或いはいつもの、オルフェノクが屯している事があるトンネル。

そこに、灰に塗れて燃えている何人分かの衣服。

その向こうに、天を仰ぎ、微動だにしないオルフェノク。

モデルは、小さめの馬、ポニーか?

ホースオルフェノクとはまた違うようだ。

ふわふわと、頼りない速度で、人魂の様な何かが、オルフェノクへと吸い込まれていく。

昨日、爆死したゼブラロードから抜け出した、不安定なエネルギー体。

それがオルフェノクへと吸い込まれると、ぼこ、ぼこ、と音を立て、ポニーオルフェノクの体が泡立ち、膨らんでいき……。

実に十数秒の時間を掛けて、オルフェノクカラーのゼブラロードへと変貌を遂げた。

 

なるほど、やっぱりな、と、そんな事を考えていると、難波さんが俺を押しのけて前に出ようとしてきた。

戦おうとしているのかもしれない。

怪しいところばかりが出始めた、明らかに胡散臭い俺をかばう為に。

それを、片手で制して、前に出る。

 

「セバスくん……?」

 

声は震えている。

俺を押しのけようとしていた手もまた、震えていた。

改めて思うのは、彼女が、俺の友人をやらせておくのはもったいない程、良い人だという事。

そういう人物に、友人である事を誇りに思える人に、誠実でありたい、と思うのは。

きっと、幸せな事なのだろう。

 

「俺の秘密を教えよう」

 

―――――――――――――――――――

 

腰にプロトアークルが、次いでアークルを覆い隠す様にオルタリングが現れる。

ベルトの実体化は、精神的なスイッチにより行われる。

守る為に、戦う為に。

そのスイッチを、特定の身体的動作、雄叫びなどにより切り替えるのが通常の手順となる。

だが、少年のベルトは、まるで最初からそこにあったと言わんばかりに、なんの前触れも無く現れた。

 

「変身」

 

一歩踏み出す。

踏み出した足が地面を再び踏む時には、金のアンクレットを付けた黒い装甲に覆われ。

腕を振る間に、手が、腕が、血管の如きラインを浮かび上がらせた靭やかな黒い装甲を纏う。

張り付くようなスマートな鎧、肩や肘、踵などには刃の如き鋭角。

天を衝く六本の角は黄金、瞳は薄っすらと赤の交じる金に輝く。

背には金細工で作られた孔雀の羽根に似た装飾が、風も受けずにマントの如く翻る。

まるでスローモーションの様に、しかし、実時間にして瞬きを終えるよりも早く、変異は完了する。

 

恐らく、少年の本来の姿よりも遥かに多くの人が知る、狩人を狩る狩人の姿。

未確認生命体二十二号。

或いは、新たなるグロンギの王。

 

「そんな……」

 

背後で立ち尽くす少女を振り切る様に、黒い戦士は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 





☆四号詐称するには基本形態が進化し過ぎてる妹で遊んで心を安らげるマン
実は感想で『四号のふりすればむしろ信用ロールに+補正入るまであるよね?』みたいな意見が来ないかどうか心配でならなかった
これは私の勝ちと言っても良いのではないだろうか!
何の勝ちなのかはわからないけど、勝つのはいいことだって鳥坂先輩が言っていたような言っていないような
そんなモラルのものじも残ってるか怪しい男ながら、親しい友人を相手にするには誠実さが必要だと思ったりするんだって
いろいろとどうなるか予想もあるだろうけど、結局は書きやすい展開を優先するのでそこら辺は勘弁してほしいわにゃん
でも前作最終形態が基本形になってしまったが為に正体バレしたのに正体バレ失敗する可能性あるっていうね
だいたいわかるだろうけども、禍々しいのが二十二号ね
新たな、グロンギの王
なのか
新たなグロンギ、の王
なのかは不明

☆被検体一号葦原さん
不幸にも四号を自称する二十二号に騙され、新ベルトの試作を装着してしまう
変身後の老化に悩むASHRに新ベルトが提案する驚きの新形態とは(登場予定無し)
きっと入院中とかリハビリ中、未確認のニュースに心を痛め、四号のニュースを見て安心していたのかもしれない

☆たとえ仰向けで脚を上にしてシャツの裾捲れてもおっぱいにシャツの裾が引っかかってぽろりしないヒロイン
ソファから一歩も降りずに出番終了
ベルトが欲しい理由?
ベルトまで付ければ主人公とお揃いみたいなあれがこれするので、決して元の記憶関連ではないんじゃないかと思う
ベルト無くても問題無いしね、現状

☆出番は無い母親
行間にて
息子に「ジルは言うこと聞く?」と問われ
「ジルちゃんは賢い子だもの」と笑顔で答えた
深い意味はない
別に後に「ジルちゃんは力の差を理解できていたのに、貴方にはその頭も無いのねぇ」
みたいな事を敵相手に言わせる為ではない

☆クラスメイトの人ちゃん改クラスメイトロインちゃん改ギルスメイトロインちゃん改、難波ちゃん
名字だけながら、本編で初めて名前がちゃんと言及された、めでたい
元となる名前があるジルとは違い、命名が難しかった
名字の難波は難波草から

☆ロード怪人のオルフェノク化のからくり
水のエルとかが死んだ後にテオスの元に飛んでって新たな肉体を貰ったりするあれの下位互換
チャンスは一回、復活後は記憶曖昧で近場のそれっぽい奴に襲いかかる
ほっとくとぼっとしてる
近場の強いアギト、濃い火のエルの力の持ち主にふらふらと近付いていき、その付近に居るオルフェノクの体に憑依し乗っ取る
なんでオルフェノクの肉体を乗っ取れるか?
ここだとオルフェノクはロードたちを元にして作った生物を殺し喰らい続ける事で呪いが蓄積されて生まれた存在だから、みたいな感じ、変更あり




そんなこんなで、クラスメイトちゃんにまつわる話しは次で決着かな?
その後は、たぶん度々東京行って
一回ロード殺して、人魂おっかけて、取り付いたオルフェノクを潰す感じのルーチンが必要になるからね
地元に迷いでるとクラスメイトちゃんがあぶないし
原作キャラと顔合わせとかもいい加減させたいような、別にこのまま裏方でも良いんじゃない、という思いもある
全ては書かないと決まらないのだ
そんな訳で、次回も気長にお待ち下さい

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