オリ主で振り返る平成仮面ライダー一期(統合版)   作:ぐにょり

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25 忍び寄る黒い影

実のところを言えば、事件に関する時系列について、俺の知識もだいぶ当てにならなくなっている。

それは別に、俺の前の記憶が薄れてきている、なんていう、生誕時から自発的に脳開発も行っていない(ヒラ)脳みその如き情けない理由ではない。

そもそもの問題として、始まりとなる一年目、去年の時点でだいぶ怪しかったのだ。

去年の未確認関連事件がほぼ時系列どおりの進んだのはある種の奇跡というか、前回の世界的な騒動から十年以上過ぎていたから、というのが大きい。

 

時期的には比較的近いと思われるゴで始まる秘密結社だの、クで始まる帝国だのの影響が薄れきり、政府や警察、自衛隊などの活動に影響を残していなかった。

何らかの教訓を得て、明らかに現行人類の技術を超える組織だの異常な生物だのが出てきた時に適切な対処ができるようなシステムが構築されていたなら、やはりゲゲルを行う側もまた違った方法を選んでいただろう。

 

海外で活動する仮面の戦士たちと、その敵である大組織達。

それらの影響が現在にまで残らず、対策法が生まれていなかったのは、各組織の隠蔽能力の高さに加え、警察が介入する前に戦士らが個人単位で解決してしまった弊害とも言えるだろう。

もしも各国がそれぞれ真っ当に対策を取ろうと動いていたのなら、この時代の時点で、元の世界の面影はだいぶ薄れていたのではないか。

大事になる前に解決した戦士らの手腕を称えるべきか、悪の組織からの技術接収が行われずに科学技術の進歩や神秘技術の発見と開発がなされなかった事を惜しむべきか……。

 

閑話休題(それはともかく)

 

そこに来て、今年はどうか。

そも、今年の出来事が去年と連続して起こっている次点で様々な前提が崩れている。

この一年を起点として考えた場合、未確認生命体関連事件は二年前に起こっていなければならない。

すでに始まりからずれているのだ。

 

更に言えば、俺が手を出した結果、致命的な程にズレが生じてしまっている部分がある。

葦原涼とあかつき号事件被害者残党の関係と生死だ。

ダイバーの人は死んでいないが、永続的狂気に陥っている様なものなので問題ない。

しかし、偽彼氏作戦で津上翔一をだまくらかそうとした女は、警察に対して復讐を企てる理由が無くなった。

更に言えば、無事に葦原さんをあかつき号事件の生き残りに紹介すらできている可能性もある。

 

詐欺師の家政婦……榊亜紀、だったか。

捕獲作戦はまんまと失敗したようなので、そのまま葦原さんが家に居着く可能性もあるとは思うのだがどうだろう

榊亜紀がそのまま家に戻って葦原さんの帰りを待っていれば、合流して約束通りメンバーを紹介するのは自然な流れではないか。

そうなるともう、葦原さんがどう動くかわからない。

いや、衰弱した状態でフラフラとそこらを徘徊するよりは、所在が固定されるからいいのかもしれない。

……木野薫とかいう可哀想な境遇だけど実際迷惑なだけの思想犯が居るからな。

寝ている間に殺されそうになる、なんて事が無ければいいが。

 

あ、でもあかつき号事件の集いって水のエルが潜伏してたな。

流石にベルトで強化したギルスでも、初期状態じゃ敵いっこないぞ?

で、義理堅さから榊亜紀なりその他諸々なりを助けようとしたら、やはり死にかねない。

不運というよりも悪運の強い葦原さんなら、あかつき号事件のメンバーが何人か死んだ後にやはり放浪生活に戻ってしまうかもしれない。

やっぱり所在不明になるんじゃないか(憤慨)。

 

でも、このベルトがあれば大丈夫!

一つ一つ固有の気配を持つ魔石を搭載したこのベルトを装着して体内に格納している人間は、探知範囲内であれば常に発信器を付けているかの如く居場所を察知できるんだ!

万が一魔石をえぐり出されても、それはそれで生物の肉体との接続が外れた時点で休眠状態に入るから、いわゆるベルトの情報漏れの危機も一発で察知できるって寸法さ!

わぁ凄いわねボブ(裏声)でもそういうのって個人情報保護法とか、そういう観点から見ると、ほら、大丈夫なのかしら(裏声)。

大丈夫!

その法律が成立するのにはまだ二年くらいの時間が必要だからね!

他の法律に引っかかることは十分にありえるけど、少なくとも、現時点で存在していない法律で裁かれることは無いし、法を犯した事実が判明しなければ、実質それは合法の様なものだよ!

 

……というわけで、葦原さんの個人情報なんてものは些細なものというか。

逆にあの不幸体質を考えたら、何処かの組織に鹵獲されるなりなんなりで不自然に場所が移動しなくなった時に、ベルトと魔石を回収或いは始末したり、生きていれば葦原さんを助ける気分になった時に便利なので問題ないのだが。

むしろ、葦原さんが死んでしまった後に駆けつければ、肉盾が無くなった事で死ぬ寸前になったあかつき号メンバーで色々と実証実験もできるかもしれない。

何しろ恐らく死にかけているのだ。

生命活動を維持するためには彼ら彼女らを改造人間にするしかない。

するしかないかもしれない。

たぶんするしかないと思う。

そうだといいなぁと願うのは悪いことだろうか。

死に方によるか。

間違えた、怪我の具合によるか。

 

しかし新型ベルトの持ち主とするには彼ら彼女らの行動は毎度毎度杜撰だ。

盗難、強奪に対する対処がいまいちできなさそうなので、()()()()()()()()改造をする可能性のほうが高い。

それもこれも万が一彼らが死にかけている場面に遭遇できればの話だ。

授業中だとか食事中だとか修行中だとか勉強中だとかお昼寝中だとか読書中だとかお風呂中だとかお風呂後のストレッチ中だとかもう寝る時間だとか、どうしても外せない用事はある。

 

それはともかく、難波さんの居場所が常にほぼ筒抜けというのは些か問題があるような気もするのだ。

年頃の女性な訳だし、そういうのは気になるのではないだろうか。

説明をするべきなのだろうが、なるべく人目人耳が無いところでまとめて説明したい。

 

どうしたものだろうか。

次の授業の準備をしつつ、視線を難波さんの方に向ける。

目が合う。

気の所為とか、俺ではなく俺の周囲とか俺の後ろを見ていたとか、そういう言い訳が利かないレベルで、ばっちりと目が合った。

何故見ていたか、というのは知らないけれど、ノーリアクションというのも味気ないので、小さく手を振っておく。

いきなり脈絡もなく手を振られて、しかし、少し驚く様な顔をした後、はにかむように笑いながら手を振り返してくれた。

いい人だなぁ。

こんないい人が死ぬのはきっと間違っているので。

鍛えてあげなきゃ(固い決意)。

 

「お前さぁ……」

 

「はぁい?」

 

隣に座るクラスメイトの人が呆れるように何かを言い掛け、口籠る。

 

「いや、やめとこう。こういうのは外野が細々口出しすることではないからな。……頑張れ、応援している」

 

それが青春ってものだろう、と、感慨深げに頷くクラスメイトの人アナザー。

詳しい事情には無意味に踏み込まないけど、何かしらを察して応援してくれる。

勿論このクラスメイトもいい人だ。

いざとなればベルトを巻いてあげよう。

偶に発展形ではない、バリエーションの一種とも言える新システムとかもふと思いついたりするので新しい被検体が欲しいので都合がいいなぁなんて思っちゃいない。

だが、星座ゲゲル蠍座限定ゴッドフェステオス降臨祭とかで死ぬ可能性があるので、生き延びやすくしてあげるのも良いと思うのだ。

別に被検体が欲しいわけじゃなくて。

 

「そういえば何座?」

 

「なんだ、いきなりだな。僕は双子座だ」

 

「カースト上位じゃん」

 

「なんならスニオン岬の双子ごっこもできるぞ、一人で」

 

ふふん、と、得意げに笑う双子座一人上手マン。

ともあれ、残念な事に、いや、運が良い事に? とりあえずテオスの最初のゲゲルでは標的にならないようだ。

──命拾いしたな(純粋な安堵)。

少し可哀想だが、ベルト無料配布は次回の抽選を待っているといい。

ベルト無しでの処置はまだ構想段階だから、野良スマブレオルフェノクや、あかつき号事件の人らが厚意から被検体になってくれたりしないと知り合いに試すには色々問題が有るのだ。

 

「しかし、頑張る、か」

 

「なんだ、難しいのか? 慣れていそうだと思ったんだが」

 

「いや、頑張るつもりではあるんだけどね。具体的にどう頑張るかはまだ決めていないんだ」

 

俺と同じ様に、というのは、実際時間がかかる。

というか、自分を鍛える工程の何処が重要であったかわからないので最適化が難しい。

どこかを省けるのか、と言えば、いや、今まで積み重ねた全てが良くも悪くも今の俺を作っているのだ、としか答えられないし……。

短期で鍛え上げる、という点では素人も同然なのだ。

赤心寺の修行はある程度動けて観れる人向けだったからあちらも応用が利かない。

 

「どう頑張るか、か……真剣に考えているのだな(難波さんとの仲の事を)」

 

「そりゃ頑張るよ、大事な事だもの(難波さんが死なないように戦士として鍛え上げるのは)」

 

双子上手マンが人差し指をピンと立て、真面目ぶった顔で告げる。

 

「難しく考えることは無い。積み上がった書類と同じく、問題となる要素を分解して一つ一つ答えを考え、最期に全ての答えを組み合わせれば良い」

 

「流石教皇だ」

 

「よせやい」

 

黒髪だから黒サガ(原作版)のハズなのに実に良いアドバイスだ。

やはり女侍らせずに変な建物を作ったりしない原作版黒サガは最高だな。

しかし、要素か。

 

「まずは、場所かな(修行に適した環境が好ましい)」

 

「なるほど、確かに場所は重要だ(デートでは重要な要素だろう)」

 

「自然溢れる感じの場所も、市街地の方も行きたいんだよね(足場の違いによる戦闘時の動き方の違いも教えておかないといけないし)」

 

「気持ちはわかるが、どちらも両立となると時間も移動距離も膨れ上がるし印象に残りにくい。時間を短く回数を多くして別に回るのがいいだろう(俺たちの年代ではそこまでデートに時間は取れないだろうからな)」

 

む、なるほど、確かに一度に幾つも覚えることを詰め込むのは良くないな。

記憶力も理解の速度も上がっているとはいえ、ゆっくりと覚え込むことで別の知識を覚える時に応用を利かせやすくなる。

基本を覚え、復習してから次の知識を覚えることで、基本知識を元に自分で考えて気づく事ができる。

小分けにして時間を掛けて覚えていく方が、最終的に覚える為に必要な時間は減るかもしれない。

理に適っている。

 

「あとは、服装はちゃんとするべきだと思う(修行、運動に適したもの、ジャージが安パイかな?)」

 

「変な服を選ぶと色々と台無しだからな。きっちりしたものより、多少ラフな格好の方がいいだろう(気合を入れて着飾り過ぎると堅苦しくなりがちだからな)」

 

「ぬーん、確かに」

 

動きやすいのはジャージだろう。

だが、危機に対処するべきタイミングというのはえてして準備をしていない日常生活の中で到来する。

動きやすい格好で動くのに慣れすぎると、逆に普段着での対処時に練習と同じ動きができずにミスを誘発してしまうかもしれない。

変身してしまえば服装など一切関係ないのだが、変身していない状態で襲われた時は、変身するまでは生身で対処しなければならないのだ。

回避の動きくらいは私服のままでもできるようにしておかなければなるまい。

合理的思考だ。

 

「スケジュールは……できれば毎日一定時間は欲しい(修行時間が)」

 

「(デートの時間を平日も一定時間毎日欲しいとは)欲張りさんめ。互いに互いの生活がある以上、平日は帰宅時などを利用するのが定番だぞ。寄り道を長めにすれば一時間は取れる」

 

「一時間か、短くないかな(修行時間としては)」

 

「情熱的だな。それなら夕食後に互いに時間を決めて散歩に行くとでも言えば同じ程度には時間を用意できよう。長い時間が欲しければ休日にすればいい」

 

「ん、だよね、そこが落としどころか」

 

ジルのリハビリも兼ねて夕食後に出たりする時間に難波さんも来てもらって、というのが無理のないスケジュールか。

これは元からそんな感じで行くつもりだったが。

 

「後は、何を用意するべきか」

 

「そこまで来ると後は臨機応変に行くしかなくないか。最初は花を渡すというのもよく聞く話しだが」

 

「え!? 花(桜花の型)(奥義)を最初に?! 急じゃない!?」

 

「いや、逆に時間が経ってから、というのは気恥ずかしくなったりして難しいものだからな。一日の流れの最後の方で別れ際に(お店で買って渡す)、というのがベターだと思う」

 

「むむむむーん」

 

悩みすぎて精神が分裂してしまいそうだ。

あれは赤心少林拳黒沼流の基礎が固まった上でこそ力を発揮する技だ。

最初に渡したいのも山々だが難しいだろう。

それに、自衛というのであれば桜花よりも梅花の方が好ましい。

どうにか梅花を習得できる環境を得られればいいのだが……。

気の扱いにおいて双極にある奥義を覚える事で身体がバラバラに弾け飛ぶリスクをどうにかして俺が覚えて教えるにしろ、唯一の生き残りを見つけ出すにしろ、最初に伝授できるほど早い段階で梅花の習得が間に合うとは思えない。

 

「まぁ、あくまでも外野の意見だよ」

 

「いや、参考になった」

 

確かに、華々しい技を最初に見せて興味を引く、というのは、大いにありだと思う。

長く続けるには意欲が必要になってくるからな。

奥義で気を引く、というのは、武術にそれほど興味のない難波さんでは難しいかもしれないので、多少アレンジを加えるべきだろう。

そう、暮らしの中に修行あり、遊びの中に修行あり、私生活の中に修行あり、起きてる時に修行あり、寝ている時も修行あり、だ。

一見して修行とわかる修行を短め、軽めに取ってもらい、それとわからぬ修行を日々の生活の中に紛れ込ませて知らぬ間に鍛えていく。

これだ……!

 

「なんとなくだが、光明が見えた気がする。ありがとう」

 

「構わんよ、クラスメイトの、友の幸福を祈るのは当然の事だ」

 

双子手マンの人……。

いざとなったら、香典代わりにベルト巻いて蘇生を試みたりしてあげよう。

こんな知性的かつ友誼に厚い人を失うのは人類の損失だからな。

多少人間ではなくなったとしても生かしておいてあげなければ。

 

「ところで」

 

「はぁん?」

 

「この会話、教室の中には完全に筒抜けだと思うのだが、良いのか?」

 

「良くない話は教室でなんかしないよ」

 

「そうか……、いや、そういうところが、きっと好ましく感じられたのかもな」

 

何言ってるんだこの手マン。

主語抜き言葉は意味が通じないから勘弁してくれ。

いくら一人上手が自慢とはいえ、眼の前で独り言を言って納得されるのは放置されるようで悲しいぞ。

難波さんもなんかキャイキャイとお猿さんの如きイエローな声を上げる女子勢力に囲まれて接触できないし。

まったく。

平和過ぎて安心してしまいそうになるじゃないか。

 

―――――――――――――――――――

 

──安心してしまいそうになるが、勘違いしてはいけない。

その平和は決して仮初のものではないが、薄氷の上に成り立っているのだという事を。

 

何処かの功名心に塗れた馬鹿な有能刑事が、人類をアギトから守るために、アンノウンを保護しようとしていたのを覚えているだろうか。

実際、アギトを人間と区別して警戒するのはもっともな事だと思う。

人間の中から、ある日、突然に七千度の炎を操り、十数メートルを跳躍し、数トンのパンチキックを繰り出せる化物が生えてくるのだ。

そして、それらがどういった基準で目覚めるかもはっきりとはしていない。

悪人が、或いは、秘めた欲望を力がないからと諦めて普通の暮らしをしている人間が、アギトの力に目覚めたならどうなるか。

 

なるほど、そう考えればアギトやアギト候補を殺してくれるアンノウンはありがたい存在に見えるだろう。

だが、何故だろう。

何故、アギトになる可能性を秘めているのが一部の人間だと思っているのだろうか。

はっきりとわかる、超能力のようなアギト化の兆しを持つ人間を殺し尽くしたのであれば、その後は、アギトになる可能性がある()()しれないその他人類へと標的をシフトする可能性は考えないのか。

それとも、アンノウンの方なら人類の叡智で対策できる、とでも考えているのか。

浅はかな。

 

アンノウンは、マラークは、低位の天使なのだ。

そして、アギトの力の元、エル達は上位の天使。

単純に考えて、何時かやつらがアギトと同じく無限の進化の力を得る可能性すらある。

 

人間はテオスに愛されているからそうはならない、などと、テオスの諸々の杜撰な愛の表現方法から確信できるだろうか。

拳一発喰らえば愛だなんだの言葉をひっくり返して滅ぼしにかかるような相手に、何を保証してもらおうというのか。

アギトを、アギトになる可能性のある者を、或いはアギトの力を全て明け渡したとして、ふとした気まぐれで滅ぼされる可能性に怯えて生きろというのか。

 

マラークは殺さなければならない。

エルロードも殺さなければならない。

テオスも……どうにかしなければならない。

 

闇の力、テオスに対して、俺はあまりにも無力だ。

今の俺の力で、テオスを殺せる、滅ぼせるビジョンがまるで思いつかない。

そしてそのあまりにも違う価値観、倫理観のせいで、説得できるかも未知数。

難波さんを鍛える。

それも重要だが、俺もまた、来るべき日に備えて自らを高めなければならない。

 

霊石の力は、現状では頭打ちだ。

俺と同等に戦える相手が居る、というのであれば、それに合わせて適応進化して強くなることも可能かもしれないが。

そんな都合のいい相手はもう居ない。

新たなベルトを付けたムセギジャジャは当然全員その可能性を秘めてはいるが、現状、新システムのお蔭で、俺の知らないところでザギバスゲゲルへの挑戦権を得るほどの強化は望めないだろう。

 

今の今まで放っておいた、アギトの力を高めなければならない。

どうやって高めるかは、考え中。

いや、試行錯誤中と言うべきか。

 

難波さんの為の対戦相手、生贄、獲物を用意するのも大事だが。

俺も、相手を探さなければなるまい。

相手が居ないというのであれば。

それ以外の可能性も、探らなければならない。

 

―――――――――――――――――――

 

倉庫街の一角で、鈍い破砕音が鳴り響く。

水気の有るブロックをゆっくりと割る様な、生木の軋む音の様な。

それが人間の首の骨が砕ける音であると解かるものがどれほど居るだろうか。

首の骨を折られた被害者、榊亜紀は死んだ。

いや、首の骨が折られてから僅かな時間、かろうじて生きていると言える時間があったかもしれないが、少なくともこの場に、彼女の命を救おうと考える人間は一人として居なかった。

 

笑みを深め、歯を剥き出しにするクイーンジャガーロードは、ただの死体と化した亜紀の身体を無造作にその場に落とす。

力なく倒れる亜紀は、今度こそ確実に命を落としていた。

仮に、仮にこの場に、破損した脊柱や神経、呼吸器、酸素が行き届かずに死滅を始めている脳細胞を修復できるような奇跡の医術の使い手が居たとして、亜紀をその手で殺したクイーンをどうにかしなければ治療を施すことはできないだろう。

 

「亜紀さん!」

 

まずその場に現れたのは、バイクに乗った青年、津上翔一だった。

バイクから降りた彼に、当然の様にクイーンが襲いかかる。

が、翔一は迫るクイーンの突進をかわし、被っていたヘルメットで背後から殴りつけ、そのままクイーンから距離を取り、拳法家の如き構えを取る。

戦闘の為の意識の切り替え。

特段意識すること無く取られるその構えは、或いは彼の力の元の持ち主が戦いに際して行っていた動作なのか。

腹部に浮かぶオルタリング。

 

「変身!」

 

叫びに合わせるように再びクイーンが拳を振り下ろす。

或いは位階の低いグロンギであれば殺害可能な程のその一撃も、半ば精神が変質した翔一には届かない。

左下に右拳を下ろす普段どおりの変身の構えにより躱し、左腕と合わせ再び振り上げた両手を用いて白刃取りの様に振り下ろされた拳を衝撃を殺すように受け止め、そのまま中段蹴りを放つ。

 

距離を空け、構えを取ったアギトは変身前に抱いた激情を忘れたかの様に、静かな佇まいでクイーンを正面に捕らえる。

繰り出されるクイーンの杖術を腕で、脚で、いなしていく。

戦いの最中のアギト──津上翔一の変ずるアギトの精神は無に近い。

無我。

それが、津上翔一を名乗る青年の生来からの素養なのか、記憶を失うことで生まれたものなのかは誰にもわからない。

だが、事実としてこのアギトの戦闘能力は恐ろしく高い。

基本形から逸脱していないアギトの中では随一と言っても良い。

 

だが、欠点も存在する。

基本的な方針、津上翔一の意思が定めた目標を果たすために半自動で動いているとも取れるアギトは、その目的に関係ないものには意識が向きにくいのだ。

例えば、狙撃されたのならば叩き落とす、避けるなどの反応ができるが、ただ遠方から観察されているだけならば気にも留められない。

 

クイーンの攻撃を尽く受け流し、合間に的確に拳や蹴りを叩き込んでいるアギトは気付けない。

倒れ伏す榊亜紀。

その傍らに、ふ、と、前触れ無く現れた黒い影に。

 

黒い影、そう、黒い影だ。

陽の光が照らす昼間の倉庫街において、それは確かに黒い影としか表現のしようもない姿をしていた。

いや、それの姿をまじまじと観察するものが居れば気付いただろう。

それは影ではなく、煙だ。

風に散ること無くその身体に纏わりつく黒煙が姿を眩ませているのである。

 

「ふむ」

 

黒煙の中からは外が見えるようになっているのか、それとも視界の有無など関係ないのか、影の視線がクイーンと戦うアギトにちらりと向き、しばし、何かを考える素振りを見せる。

しかし、まるで興味を失ったかの様にあっけなく視線を榊亜紀の死体へと戻し、しゃがみ込む。

生気を失った青白い死体の顔に手を翳せば、影を覆う黒煙が死体の口腔へと吸い込まれていく。

ひゅう、ひゅう、と、黒煙を吸い込む死体の口がまるで半死人の呼吸音が如き音を立て──

 

「!」

 

ばちり、と、瞼を開く。

 

「おぉ、よしよし」

 

くぐもった、奇妙に反響した喜悦の声を上げる黒い影。

その目の前で、あり得ざる開眼を見せた死体の肌が波打ち、薄暗い茶褐色の堅い皮膚へと作り変えられていく。

その姿を知らぬ者は日本においてはもはや居ないだろう。

死体は、人の衣を纏ったままに、未確認生命体へと姿を変えていた。

 

「さて」

 

ゆっくりと起き上がろうとする、榊亜紀の死体から作られた未確認。

しかし、その動きはちぐはぐで、起き上がろうという意思に沿う動きをしているのは一部だけ、それ以外はぴくりとも動かないか、病的な痙攣を繰り返している。

奇妙な挙動を見せる未確認の口に、再び煙が入り込んでいく。

煙というよりも、炎の揺らめきにも、血霞にも見える赤い煙。

 

「あ──、────」

 

肉体の変質により僅かに変化し、しかし、明らかに死体の生前のそれと似通う声で、苦しむでもなく、虚ろな音としての呻きを放つ未確認。

ぼぅ、と、身体の一部が解ける。

未確認としての堅い肌が崩れ、揺らめく光輝、色のない炎に包まれ──

 

「当たりだ」

 

爆発音に紛れながら、不思議とかき消されずにその声だけが響く。

片膝を突く黒い影の眼の前には、未確認、グロンギと、アギトのモザイク体が横たえられている。

不安を誘う肉体の痙攣は無く、起き上がろうという動きもない。

そこにあるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして、その肉体は徐々に人間の、榊亜紀の面影を残す死体へと変化していく。

黒い影の腕が動き、虚空を握り込む素振りを見せるのと同時に、だ。

 

「やってみるものだな」

 

立ち上がり、何かを握り込んだ手を掲げ、しげしげと嬉しそうに手の中を見つめる黒い影。

 

「亜紀さん!」

 

そこに、クイーンを撃破したアギトが駆けてくる。

走るだけでなく、次の瞬間には飛び上がりキックを放つ事も、走る勢いのままに殴りつける事もできる動き。

当然だろう。

アギト、津上翔一の目には、怪しげな黒い影が、つい数分前まできれいな状態で死んでいた榊亜紀の死体()()()()()の傍らに悠々と佇んでいるのだ。

直接殺したのが先の犬の化物、クイーンだとしても、放っておける訳がない。

そもそも、翔一は未だ亜紀の死を確認していない、生きているかもとすら思っているのだ。

 

「はぁっ!」

 

走り込む勢いのまま跳躍、飛び蹴りを放つ。

大地のエネルギーを吸収して行う必殺のキックではないが、それでも並のアンノウンであればその場から吹き飛ばされる程の威力が込められた一撃。

それは過たず亜紀の傍らの黒い影へと突き刺さる。

 

「駄目ですよ」

 

──突き刺さる寸前で、受け止められた。

黒い影が伸ばした手に、蹴り足ががっしりとホールドされてしまった。

何処を向いているかわからない程に煙に覆われながら、その視線がもう片方の何かを握り込んだ手から逸れていない事がわかるだろう。

黒い影はその場からびくともせず、握力と腕力のみで足を掴んだアギトを空中に留めているのだ。

 

「仏様の眼の前でそんな乱暴をしては」

 

幼子を諭すような優しげな言葉と共に、翔一は激しく脳を揺さぶられた。

掴まれた足を思い切り振り回され、勢いよく放り投げられたのである。

 

「死ねば肉、という訳では無いでしょう。丁重に弔ってあげては?」

 

背を向け、歩き去ろうとする黒い影。

脳内の血流が一方に集められ一時的にブラックアウトを起こして立ち上がれないアギト。

そこに、

 

「うおぉぉぉぉぉぉっっ!」

 

全身の装甲を赤く染め、筋肉を肥大化させたギルスが迫る。

駆ける両足からは稲妻が迸り、膨大な封印エネルギーが蓄積されているのが見て取れる。

だが、それをギルス──葦原涼は気にもとめない。

蹴りを放つ、倒す、という意識が無い。

敵を打倒しようという本能からの行動ではないからだ。

この怪しい何かを亜紀から離す。

激情に飲まれそうになる頭に、何故かひやりと滑り込んだやるべき事に身体が従う。

木の上から獲物に飛びかかる肉食獣の様に黒い影に襲いかかるギルス。

 

「経過は良好なようで」

 

しかし、ギルスに掴まれる寸前で、黒い影は何時の間にか倉庫の上に移動していた。

恐ろしい速度。

目にも留まらぬ超スピードか?

傍から見ていたアギトですら動く瞬間を捉える事ができなかった。

まるで瞬間移動にも見える。

 

「それでは」

 

黒い影は眼下で自らを探すアギトとギルスに軽く手を振り、文字通り、煙の様にその場から消え失せた。

 

 

 

 

 

 





……?
原作組と敵対してる?
……あ、謎の黒い影だから別にいいのか
いいよね?

☆二十六話も一人称で書いてれば嫌でも性格とか行動指針に軸ができてしまうマン
こういう話だからこう動かす、という形で作者が能動的に動かすタイプと
こういう性格だからこう動くんだろうなぁ、で作者が受動的に動かされてしまうタイプ
どっちで書いても結局は苦労するって話なんですよ
今それで困惑してるところ
ダグバも居ないしガミオも居ない
だから跡継ぎは両方やらねばならないのだ
ちゃんと死体じゃなくて生きてる人間使わないとー、まったくもー(プンスコ
でもプライベートでは青春してたりする
一見して面の皮厚い系鈍感優等生
二面性が強いとサイコパス、みたいな話はよくきくけど実際どうなん
……あ、でもうちのSSの主人公はどれもこんな感じだからいいのか
そもそも現代異能バトルものって日常面とバトル面で人当たりが違うのがデフォだからこれは王道な構築とも言える、うん
今回も一般人殺したとかそういう話ではないのでセーフセーフ
死体いじって遊んでるように見えるって?
資源を有効に活用して、自己の成長に役立てようとしてるだけだから……
いい加減人から見られたときの印象とかを気にしないといけないんじゃないかなって、誰かにツッコミを入れさせたほうがいいんじゃないかなって
でも前の話でツッコミ入れてくれそうな人が出来たんで!

☆今回手を振っただけの難波さん
恋をすると人は馬鹿になるって言うけど、突撃して受け入れられたから危機感はちょっと減った
東京行きはまだ難波さんには危ないからと知らされる事も無い
イベント終わればこんなもんやで工藤
流石に目の当たりにすればツッコミは入れるかもしれない
入れてくれないと困ります

☆榊亜紀さん(故)
復讐って訳じゃないけど、脅しをかける意味でハッキングしてもらって作戦参加者をちょっと手に入れたばかりの超能力でからかいにいったらちょっと加減を間違えてしまって原作の近似ルートに
流石に殺してはいないけど大怪我させてしまって罪の意識とか背負ってたけど、別に何をやったかとか関係なく超能力者はマラークの始末対象なんでな
旧グロンギ化された時に発生した魔石に引っ張られる形でアギトの力を死体から引き抜かれる
一応、煙を吸わせる前に死亡確認はされてた
死んでいた、というか、あと一分せずに死ぬし修復して生存させるのも無理かなーと判断された
首の骨折れて即死なんだろうけど、生体電流なんかは少しの時間は残るんじゃないかなっていう曖昧な判定

☆クイーンジャガーロード
原作だとこの時点でまだ生きてる
でもアギト編序盤で死んでたって?
うーん、元は天使の軍勢だった訳だから、似た種族の個体とかも居たんじゃないの?
古代の人間とマラークの戦争の規模がいまいちわからないのでそういう事にしておこう
テオスからすれば低位の天使ならたぶん気軽に作り出せちゃったりするのかもしれない
あるいは作ったのを忘れて同じのを何度か作っちゃったり

☆翔一くん
マモレナカッタ……
でも殺したのがエロい身体の犬で、黒い影はなんかよくわからんことしてた、程度には冷静に見てる
たぶん榊亜紀経由でASHRさんとは互いに正体バレしてる

☆ASHRさん
(メ゚皿゚)フンガー
ベルト作用で冷静な判断をしてしまうけど怒れない訳ではない
怒りに煮えたぎりながら冷静で的確な行動を取ったりできるだけ
黒い影絶対許さねぇ!
津上大丈夫か!
くらいの立ち位置
後に説明を受けても黒い影は絶対に怪しい
野生の勘(ベルト補助付きアイディアロール)がそう告げているのだ


そして、冷静に考えると最近イラスト毎度貰ってるのちょっと今までにない感じで怖いけどもらえるのは嬉しいナナス様より頂いたイラスト紹介コーナー!


【挿絵表示】


今回果敢にも黒い影に殴りかかってきた勇敢なる赤い力の戦士マイティギルスASHRさん
ごつい
夜道であったらジョバる


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女性のシルエットのある異形の戦士ってなんかエロい難波マイティギルス
でも殴ったり蹴ったりのインパクトの直前は手足の筋肉がえげつなく肥大化したりするんだと思う
でもなんかえっちい
……なんで変身後に服が脱げないんですか!
鬼の人らと疑似ガイバーⅡを見習ってくださいよ!
みたいな事を言うと二十二号が出てくるから気をつけよう


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難波さん(私と交路くんの間に子供ができたら、変身後はこんな感じかなぁ……?)
ン人公(将来的には難波さんもこれくらい立派に鍛えてあげなきゃ……!)
みたいな


誰だアギト編は戦闘少なくなるとか言ったのは
必須戦闘こそ無いけど、ラスボスへの不安からやること増えて話数が膨らむ罠
話数を増やそうと思えば幾らでも増やせるけど増やせばいいってもんじゃないのは四倍ペヤングでみんな思い知った
でも完全ジル主観だけで一話やってみたかったりはするけど今回の空気の直後は無理だからちょっとクッション置いてからね
本筋から逸れまくる話とか書いていいならアギトは無駄に伸びるのでどうにかしよう
どうにかできないなと思ったら諦めてどうにかせずに話を進めます
因みにこんな意味深な締め方をしておいて次回の構想はなんもありませんので投稿いつになるか不明です
下手するとジルのモノローグスタートでライダーのラの字くらいしか無い介護され甘やかされ教育され鍛えられの一日を描写する幕間回が苦し紛れに入ります
でもそれはそれで身体を洗われたり欲求不満を主人公に解消してもらう話とか書けるので書いてる方は楽しいのです
つまりどうなるか、全ては謎なのだ
ビッチぽい服装のBBちゃんも水着ケルトビッチちゃんも手に入れたけどガンダムじゃないXXちゃんがあと幾らで手に入るかも謎なのだ
そんなSSとガチャ運でもよろしければ、次回も気長にお待ち下さい

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