オリ主で振り返る平成仮面ライダー一期(統合版)   作:ぐにょり

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35 新生、再構成

燭台に揺れる炎だけが照らす、薄暗い一室。

夏を過ぎ、秋に差し掛かりかけたこの季節故か、或いはこの部屋の用途故か、肌に触れる空気は、風も無いのに緩やかに体温を奪っていく。

 

しゅる、と、衣擦れの音。

丈の長い外套か、あるいはただの長い布か。

床にそれが落ちれば、その下にある肢体が顕になる。

 

傷一つ無い、爪の一枚まで丁寧に手入れのされた足。

全体の身長からすれば長いとも言える、やや()()な脚。

未成熟な硬さと、女に代わりつつある少女特有の柔らかさを備えた臀部。

未だ汚れを知らぬ様な()()はしかし、臍との間にある巨大な傷跡に目を取られ目立たない。

薄く、しかし、骨と皮だけではない、僅かな脂と筋、そして肉に覆われながら括れる腰。

そこから僅かに目を上に向ければ、病的とも言える白い肌に、無残な傷跡が見える。

背から腹部、鳩尾へと幅の広い刃で貫かれた様な痕。

完全に塞がり、しかし、皮膚が覆いきれずに皮下の桜色が薄く透ける(さま)は、陰惨さと共に奇妙な艶やかさを与えている。

見るものによるが、その背丈に不釣合いな程に膨らむ乳房よりも、或いは惹かれるものがあるかもしれない。

それは、この傷跡の桜色こそ死人とも人形ともつかぬ白過ぎる肌から垣間見える人間である、人間の少女である証明だからか。

だが、見よ。

容易く手折れそうな細く、白い首の上を。

肩の下まで伸びた透けるような白い髪。

それを戴く頭部、その表情を。

 

張りのある形の良い唇は、まるで紅でも塗ったように瑞々しく。

すっと通った鼻筋の上。

燭台の炎が陰る程に爛々と赤く輝く双眸。

人形にあらず。

死体にあらず。

血と肉を求め食らう獣か。

いいや、違う。

獣性と野心、理性に知恵すら湛えた瞳。

多くの異種族が同じものを備えながら、しかし、それでもなお地上の支配を勝ち取った。

これこそ、人間の瞳であった。

 

ひた、ひた、と、木張りの床を素足が歩く。

足裏から伝わる冷たさすら心地よいとばかりに、その顔には不敵な笑みさえ浮かんでいる。

一糸まとわぬ無防備な姿。

捕食者が一目見れば、ただ貪り喰らわれるだけの柔肉にしか見えぬ少女。

しかし、その足取りは堂々と、自信に満ち溢れている。

 

床を踏む足音が止まる。

たし、と、立ち止まる音は足裏に僅かに湿り気がある故だろう。

緊張からの発汗。

漲る自信とは裏腹に、それでもなお拭い切る事のできない緊張。

 

立ち止まった少女の目の前に、一つの台が置かれていた。

少女の胸下ほどの高さの飾り気の無い台に、ごと、と、重い音を立てて何かが置かれる。

石とも金属ともつかぬ不思議な質感の装飾品。

指輪でも腕輪でも耳飾りでも首輪でも冠でもない。

それは、ベルトのバックル。

 

赤い瞳が、ベルトの向こうを見上げる。

闇だ。

そこに、闇があった。

人の形をした闇。

燭台の炎に照らされてなお暗く沈み込む黒。

だが、その全身に走る金の装飾を、頭部に戴く冠の如き六本角を、ぼうと光る巨大な複眼を、決して見逃す事はないだろう。

王。

或いは、究極の闇を齎す者。

 

「……」

 

無言だけがある。

何を言う必要も無い。

この場にベルトがあり、少女が居る。

それを王が見届ける。

何をするべきか。

何が起こるのか。

この場に知らぬものは居ない。

 

にぃ、と、口の端が釣り上がり、少女の笑みが深まる。

白魚の如き傷一つ無い指が伸ばされ、ベルトのバックルを無造作に掴み取る。

授与される訳ではない。

少女はこのベルトを得るだけの力を証明した。

勝ち取ったのだ。

故に、これで良い。

 

掴み取ったバックルを、臍の下に、下腹部の傷を半ば覆い隠す様に押し付ける。

ばぢ、と、肌を打つ音。

手を離せば、既にバックルは皮膚に溶けるように、肉に沈むように、体内へと飲み込まれていく。

それは、人間の肉体に本来存在しない異物を埋め込む行為だ。

皮膚と異物の境界線が侵され、肉を掻き分けるように沈み込む。

完全に体内に潜り込んだベルトは、内部の魔石と肉体を結合する。

下腹部の魔石から、全身の肉と肉の間を、骨を伝い、神経を喰らい、新たな神経網が張り巡らされていく。

再構成。

木の棒を剣にするように。

弓を銃にするように。

根本的に組み替えていく。

肉の全てをかき混ぜられる怖気が走るような感触。

 

だが。

 

笑っている。

歯をむき出しに、獣の様に、赤子の様に。

新たな肉体を待ち望んでいたと言わんばかりに。

自らの再誕を祝福するように。

 

ずず、ずず、と、美しい少女の肢体が消えていく。

波打つように、小波のように。

柔らかな肉が、病的な白が。

強靭な四肢に、堅牢な外殻へ。

首を伝い、少女の美しい顔すら、人とかけ離れた異形の相貌へと変えていく。

 

少女の肉を喰らいつくし生まれたのは、鯨に似た人型の怪人。

しかし、その姿で居たのは数秒の出来事。

炎だ。

黒い鯨に似た外皮を引き裂き、その身体が炎に包まれる。

ごう、ごう、と、燃え盛る炎が荒れ狂う。

炎の熱が生み出す上昇気流だけではない。

風。

締め切られた密室の中で、音を立てて風が吹いている。

殻を焼く炎、罅割れた殻を吹き飛ばす風。

人一人分の小さな炎渦巻く竜巻が怪人を飲み込み──それは、現れた。

 

戦士。

鯨の異形としか言い表せなかった先の姿とは根本的に異なる。

元の少女としての肉体に張り付く様な、薄く、滑らかで、しかし堅牢な外皮は焼けた鉄の如き赤。

腕を、肘を、指を、或いは脚を、膝を、足を覆うような厳めしい鎧は滑るような黒。

板金鎧めいた装甲が胸部を覆い、シャープな造形の左右非対称の肩当てが、その細身の身体に凶器染みた印象を与える。

だが、最も印象的なのはその顔だ。

 

王と向かい合う戦士の顔は、やはりと言うべきか、王のそれと酷似している。

戦士としての位階こそ異なれど、その身に宿す進化の火の強弱こそあれど、王と戦士は同質の力を持つ。

極めれば、誰しもが王になる権利を持つ。

この場を見る者が居れば、自然とそう感じるだろう。

 

新たな戦士。

新たな可能性。

それを見下ろす王は、鷹揚に頷いた。

 

―――――――――――――――――――

 

家の中でかなりの広さを誇るピアノが置いてある謎の部屋を少し片付けて使ってみたが、意外にそれらしいベルト授与式ができたのではないかな、と、思う。

しかし完璧とは言い難い。

無音というのも悪くないのだが、できればパイプオルガンとまではいかないまでも、オルガンによるそれらしい曲の一つも付けてやりたかったのが親心というもの。

結局ギリギリまで迷った末にオルガンの新規購入は断念し、ありものでの授与式となった。

ベルトだけはカリカリにチューニングしたので特に問題はないだろう。

演出が無駄とは言わないが、結局はベルトがジルの体質とマッチするか、というのが重要なのだ。

それに、あれ以上の演出となると床が焦げるだけは済まない。

いや、炎は演出というよりも必要不可欠な動作の一つなのだけど。

 

二週間ほどの合宿を経て、俺達は赤心寺を後にして地元へと帰還した。

帰り際にもう来るなよ、みたいな事を遠回しに義経師範に言われたが、袖すり合うも多生の縁だか袖すり合うも他生の縁だか言うらしいので、新たな修行が必要になった時とかに訪れようと思う。

運が良ければ、目撃証言と未知の危険がある海外に行かずとも宇宙開発用のサイボーグと遭遇できるかもしれないスポットに出向かない理由があるだろうか。

勿論、今年を乗り切れれば、の話ではあるのだが。

 

「で?」

 

「で? とは」

 

ギッ、と、音を立てながら椅子の背もたれに寄り掛かったクラスメイトの一人である双子座一人ジョーズマン(こう書くと鮫属性も加わるので強い)が、瞑目した状態でシンプル過ぎる問いらしきものを投げ掛けてきた。

開いた片目の視線を此方に向け、やや声を潜めて俺の問い返しに口を開く。

夏休み中の登校日である教室は、夏休み半ばまでの思い出を語り合うクラスメイト達の作り出す喧騒で溢れている為、この声量なら他に話が聞かれることもないだろう。

 

「聞いたぞ。……旅行だって?」

 

露骨には視線を向けず、恐らくは視界の端に映る難波さんに意識だけを向ける。

器用なものだ。

まぁ、誰しも中学生の頃にバトル漫画などで見た現実でできそうな身体操縦術を再現しようと試行錯誤したりするものだから、こういう特技があってもいいのだろうが。

 

「旅行……まぁ、旅行かなぁ」

 

なんだかんだ、赤心寺での修行の合間にあちこち行ったりもしたのだ。

勿論、赤心寺周りの自然を堪能したりもしたのだが、それはそれ。

最終的に難波さんの身を護るのに必要とはいえ、俺の提案で夏休みに連れ出したのだ。

何らかの事情が無い限りは一生に一度であろう高校二年、十七歳の夏休み。

修行とそのついでのような遊びだけに夏休みの半分を使わせてしまうのは余りにも酷い。

 

「そうか……。まぁ、俺もそこまで下世話じゃあない。無理に聞き出そうとは思わん」

 

腕を組み、再び瞑目し、うんうんと頷くジョーズ。

 

「?」

 

別に、話せる範囲の事なら旅の思い出を話すくらいは構わないんだけど。

 

「聞き出そうとは思わんが……、こう、な……。…………そう、そうだ。楽しかった旅の思い出を、人に語ることで反芻し更に楽しい思いをする、というのも、旅の思い出の一部のようなものではないか、と、俺は思う」

 

チラッ、チラチラ、チラチラチラッ!

視線がまるで記者会見のフラッシュライトの如く断続的に向けられる。

言葉の上ではやや回りくどく話を催促しているが、どれだけ聞きたいかは眼輪筋が引きつけを起こしかねない程の動きから嫌という程伝わってくる。

別にそこまで主張せずとも、聞かれれば話すが。

しかし。

 

「そこまで気になるもん? 言っちゃなんだけど、他にも一緒に旅行した連中も居ると思うけど」

 

高校二年と言えば、来年に受験を備えた学生。

未成年で、未だ親の保護下にある未熟者のあつまり。

だが、それでも出来ることは多いし、何より理性よりも情動で動く時期だ。

やってやれない事はないと、バイトで事前に金を溜めて大規模な旅行に行く者もそれなりに居る。

隣のクラスには自転車で本州横断とかやった奴が居るとか居ないとかも聞いた。

その中で、何故俺なのか。

席が近いからと言われたらそれで全て納得するけれども。

 

「ん」

 

組んだ腕の片方、身体の影に隠すように親指を立て、その指を難波さんに向ける。

視線を向ければ、

 

「?……えへへ」

 

にへら、と、相好を崩した難波さんがひらひらと手を振ってくる。

それに手を振り返す。

同時にどこからか黄色い悲鳴や怨嗟の声が。

どこかでおもしろイベントでも起きたか。

夏休み半ばとは言え、みんな浮かれすぎでは?

視線を戻すと、ジョーズが得も言われぬ『何やってんだお前』的表情を浮かべていた。

 

「何?」

 

「おま、俺が気遣ったのわか……いや、いい。難波さんとはどうなんだよ」

 

「楽しく旅行したけど」

 

「それはもう言われずともわかるわ。休み時間毎に、へらへらしながらヘアピン弄って定期的にふにゃふにゃになっているだろう」

 

「喜んで貰えたようでありがたい話だと思うね」

 

前に送ったアロマストラップ、事故の時に血まみれになっちゃったからな。

本人は何故か今も携帯に吊るしているけれども。

代わり、という訳でもないが。

旅行の記念品、くらいの気持ちで進呈したのだけど、気に入って貰えているようで嬉しい。

 

「やはりお前か。いや、お前以外に無いか」

 

難波さんは明るく人当たりも良い素敵な人なので、贈り物の一つや二つ貰う事はそう珍しい事ではないと思うけど、どうなのだろうか。

それに、難波さんは割と修行中も良くストレッチの途中からフニャフニャのくてくてになったり、逆に型稽古の時に動きを訂正したりすると急にカチコチになったりする人なのでそこまで珍しい現象ではない。

いや、確かに学校ではそういう場面はあまり見ないけれども。

 

「で、あれでしょ、旅行中どんな事があったか、みたいな」

 

「当たり障りの無い範囲でな」

 

当たり障りのある旅行とかしてないんですけど。

 

―――――――――――――――――――

 

俺も話が嫌いな訳ではない。

二十二号として活動している最中は会話内容から身バレの危険があるから言葉をかなり選ぶ必要があるが、それでも対話が可能な相手とは極力言葉を交わす必要があるな、とは思っているのだ。

対話で解決できなくとも、会話、というか、言葉による挑発で相手のペースを乱したりできるので、最初から確実に殺すことが決まっている戦いでも言葉を尽くす必要はあると思う。

 

ただ、基本的にマラークというのは人間と話す口を持たない。

エルロードくらいになると多少の意思疎通は出来たりするのだけれど、連中も連中で基本的に人間とか死ねよと思っているので会話は長続きしない。

テオスに関しても似たり寄ったりだ。

人間を愛している、人類を愛している等と嘯いているが、それは砂場で作った城だとか、粘土を捏ねて作った人形が出来が良いから好きとか、その程度のレベルだ。

 

基本的にマラークとエルロードは殺す。

で、此方の言葉を理解しているかどうかも微妙なので会話は無し。

なんとも殺伐とした年だ。

去年なんかは、ゲゲルの最中でなければ此方にエールを送ってくる様な連中まで居たというのに。

無視したけど。

今年になって思うが返事の一つも返しておくべきだったか。

 

が、そんな今年の中で、ある程度殴った後でならば、という但し書き付きではあるが、会話でどうにかする事ができそうな相手が居る。

しかも、恐らくは何をすることも無く説得されてくれる。嬉しい。

俺のベルトを搭載したギルス……ギルス調整体は、元から変身能力を持つ人間にベルトを搭載するパターンの中ではかなりの完成度を誇る。

真正面からの殴り合いなら馬力負けするだろうが、はっきり言ってそんなのは問題にもならない。

攻撃距離の長さと跳躍力の高さは正義なのだ。

 

G3やG1の遠距離武装が強奪され使用されたとしても装甲を破る事はほぼ不可能に近い。

警察の開発した神経断裂弾、及び、そこから発展、派生させて作ることが可能であろうと推測される弾丸に対する防御法を考察、実験した上で、あれらの装甲は作られている。

見た目こそ瞬間的にタイタンの装甲を部分展開している様に見えるだろうが、実際に展開されている装甲は材質……というより、構造からして別物なのだ。

仮に体内に弾頭が入り込んだ場合も、ベルト内蔵の本人の記憶コピーを元にしたAIによる不随意モーフィングパワーによる無力化が試みられるので、生存性の高さは元になったアークルやゲドルードのそれを遥かに上回る。

こうしてみると、敵対種族からの攻撃よりも一応の同種である筈の人類からの攻撃にこそ本格的な対策が必要なようだが、致し方ない。

現状、最もグロンギに近い戦闘種族への対抗手段を備えない方がどうかしている。

 

……こうして思索に耽ってしまうのは、現状、出来ることが限りなく少ないからに他ならない。

日々の学業、鍛錬、技術開発などの細々とした作業を除き、近く訪れる脅威への対抗策がほぼ存在しないのだ。

例えばダグバの時であれば、実際の戦闘では予定が狂ったが、本来ならば俺と五代さんでダグバを挟んで棒で叩いて殺すプランが存在した。

故に、来るべき時までにひたすら鍛えるという、地道ながら確実に成功確率を上げる行動を取れた。

 

だが、今年は違う。

闇の力、テオス。

伝承が、或いは、俺の持つ知識が全て事実とすれば、どの程度の規模かはともかく、紛れもなく神と言って差し支えない相手だ。

惑星規模か、恒星系規模か、或いは銀河、もしくは宇宙?

間違いなく言えるのは、そのどれであったとして、現状の俺がどれだけ鍛えたとしても、いや、俺の知る限りこの世界に存在する戦士達がどれだけ束になったとしても、正面から力で打倒する事は難しい。

いや、()()()()という発想がそもそも間違っているのかもしれない。

 

説得ができる材料なんて無い。

テオスの語る人間は人間のまま、というのがどの程度の範囲であるかすらわからない。

倒す事も、殺す事も、恐らくは不可能だ。

それ以外の何かが必要になる。

 

俺の知る限り、テオスが直接に手を下さなくなったのは、人類が勝手に滅ぶだろうと見切りをつけたからだ。

テオスでなくてもわかる理屈だ。

人類は、何らかの高次存在に手を出されずとも滅ぶ。

人類に敵対的な種族が存在しない世界ですら、常に滅びの可能性は無数に見えていた。

この世界であればなおさらだ。

今の人類は、神の加護だの天使の守護だの、そういったものが存在しない世界で発展を続けてきたのだ。

今更ノコノコと受肉した、何もせずに見ているだけで『愛している』などと嘯く輩に偉そうに宣告されたくはない。

お前が気付く何年も何十年も何百年も前に、そんな事は理解している。

 

だが、この世界でも、テオスが同じ判断を下すとは限らない。

或いは、逆に、手を下さずとも滅ぶと知っているからこそ、神の慈悲だのなんだので滅ぼしにかかる可能性だってある。

例えば、人類から発生した白い異形に文明を乗っ取られる。

或いは、異星からの来訪者に記憶も立場も奪われて残らず消え去る。

そんな惨めな滅びを迎えるのならば、いっそ創造主である自分の手で……。

そんな可能性が無いとは言い切れない。

 

俺には策が無い。

だが、どこにもない訳ではない。

今、現状では何もできない、というだけで。

倒す事も殺す事もできないテオスに対抗する手段は殆ど無い。

殆ど無いが、一つだけ、既に()()()()()()()

恐らくはぶっつけ本番で試すしかないが。

既に、切り札は存在しているのだ。

 

今はやれる事がない。

だから、時が来るのを、じぃっ、と、息を潜めて待つ。

 

―――――――――――――――――――

 

高層ビルの立ち並ぶ大都市、東京。

その上空を、ひょう、と、木から木へと飛び移るジャングルの獣の如く跳躍する影があった。

青い生体装甲に身を包む、カミキリムシにも似た異形の戦士。

未だ成人していない、高校生程度の少年を小脇に抱え、時折背後を振り返り、ビルからビルへ。

跳躍し、ビルの屋上を僅かに駆け、再びの跳躍を繰り返し、然程高くもないビルの上で脚を止める。

高すぎるビルの上に飛び乗るのは、それだけ周囲から見えやすい。

適度な高さで、なおかつ似た高さのビルが乱立する中の一つを選んだのは、追跡者の目を逃れる為の選別だ。

 

「何を考えているんだ、あいつは」

 

溶けるようにその外殻を消し去り人の姿を取り戻した異形──葦原涼は、その場に荒っぽく降ろした少年に問うでもなく独りごちる。

何しろ、涼と共に追跡者──木野薫に追われる事になった少年、真島浩二ですら、何故木野が突如として襲いかかってきたか理解できていないのだ。

襲いかかってきた直後に、銃で脚を狙い撃ちにしたのが功を奏したのか、今の所追いつかれてはいない。

だが、脚を撃たれながらも途中まで追いすがってきた様子を見れば、長くこの場に留まる訳にもいかないだろう。

 

いっそ、警察にでも駆け込むか。

そんな考えが頭に浮かんだのは、先の自衛隊基地襲撃の際に一時警察に手を貸した経験があればこそ。

しかし、あの場で攫われた一般人を助け出す為に動いていたのは、現場の極一部。

警察全体が信用できるか、と言えば、首を捻らざるを得ない。

何しろ涼は既に一度、アンノウンからの襲撃を受けている最中に警察から一方的に銃撃を受けている。

 

あの後に聞いた話では、警察の一部はアギトを捕獲して研究材料にしようとしているという。

ならば、アギトの力に目覚めかけているという真島ですら、預けるのは危険だろう。

何故そうなるかはわからないが、木野の狙いはアギト、或いは、アギトの力に目覚め掛けている者だ。

警察に預けたからといって安全とも言い難く、また、真島がアギトになってしまえば、今度は警察で何をされるかわかったものではない。

 

ふと、ポケットに入れたままの携帯に視線が向く。

一人、手を貸してくれる宛があった。

津上翔一。

楽天的で人が良いアギトの青年。

自分が、いや、人が命を狙われていると知れば手を貸してくれるだろう。

まして、その生命を狙ってくる相手が同じくアギトである木野である事を知れば尚更だ。

 

「はぁ……」

 

溜息を吐き、携帯から視線を外す。

同じ境遇の、仲間とも言えるような相手だ。

いざという時に頼るのは悪いことではないだろう。

だが、津上には生活がある。

自分は失ってしまった穏やかな生活。

居候先の家族と共に普段は穏やかに生きるあの人の良い男を、無闇に荒事に巻き込みたくはない。

幸いにして、逃げるだけなら今の所どうにかなっている。

 

その場に座り込み、眼を瞑る。

涼の身体は酷い倦怠感に包まれていた。

四号からベルトを受け取ってからは久しく感じていない感覚だったが、それを不思議とは感じなかった。

肉体的に疲れなくとも、精神的に疲れる、という事は多い。

心を通わせる事ができたかもしれない女性との別れ。

超能力に目覚め、自分の知らぬ場所でアンノウンに殺された男。

アンノウンに乗り移られ操られていた女。

そして、アギトを、アギトになってしまうかもしれない人間を守ると言っていた男の突然の凶行。

 

涼は多くの戦いを生き延びてきた。

ギルスの力は強靭で、ベルトの与える強い生命力はギルスの力が齎す反動を全て押さえ込み、万能とも言える力を与えた。

だが、それは涼を守るだけの力だ。

変身の副作用で死ぬ事は無いだろう。

生半可なアンノウンに殺される事も無いだろう。

だが涼の周囲の人間はそうではなく、涼もまた、自らを守る事に必死で周囲の人間を守る事に注力する事ができる訳でもない。

自らが必死に戦い生き残る中で、周囲の人間はゆっくりと、手で掬った水が指の隙間から溢れる様に確実に死んでいく。

 

関わるべきでは無かったのか。

いや、そうではない。

そうではない筈だ。

重く、沈み込んでいく意識の中で、涼は自分に言い聞かせる様に否定する。

自分が戦えるからこそ、死なずに済んだ人間も、確かに居る筈なのだ。

戦いに身を投じる事で、誰かを守る事が。

四号の様に。

津上の様に。

機械のスーツを纏い戦うあの警察官達の様に。

或いは、世間に何と騒がれても戦いを続けていた、二十二号の様に。

 

(願望か)

 

ここに来て、二十二号を擁護するような考えが浮かぶ。

余程心が追い詰められているのかと、頭の中の、或いは、頭以外のどこかの思考が冷たく断じる。

自分がどう見られるか。

水泳部のコーチの、恩師の自分を見る眼を思い出す。

自分の意思があるか。

誰かを守るために戦っているか。

それが、人からどう見られるかに、必ずしも繋がるのだろうか。

 

それとも。

受け入れてほしいと、そう願う事すら罪なのか。

 

―――――――――――――――――――

 

座り込み、眠るように瞼を閉じた涼の姿を見た真島は、背にヒヤリと冷たい感触を得る。

それは超能力を得ること無くアギトの力に目覚め掛けたからこそ得た超直感なのか、或いは、曲がりなりにも医者になることを望まれて教育されてきた知識が無意識の内に涼の状態を察した為か。

 

「葦原さん?」

 

座り込む葦原に近寄り、その額に触れる。

熱は無い。

いや、無さ過ぎる。

寸前まで変身して動き回っていたにしては、明らかに体温が低い。

まるで死体の様に冷え切った身体。

呼吸が薄い。

胸も上下せず、冷たい息は徐々に遅くなり始めている。

 

「葦原さん? 葦原さん!」

 

焦る真島。

元より、生き残るため、アンノウン、水のエルに命じられた『あかつき号事件に関する事象を他言しない』という条件を守る為に寄り集まっていただけの集団の一人に過ぎない。

自分を守る存在が、何故か今にも息絶えそうになってしまえば狼狽えもする。

それは最終的に自らも命の危機に晒される、というだけではなく、一般的な良識の範囲で、眼の前で人が死にそうになった時に『死なせたくない』と思いと、人命救助に対する知識の無さ故にどうする事も出来ないという無力感からくる混乱が綯い交ぜになったものだ。

こんな時に木野さんが居れば。

そんな考えが一瞬だけ浮かび、首を振る。

その木野に殺されかけているからこそこんな事態になっているのだ。

だが、自分ではどうする事もできない。

何かをしなければならないにも関わらず、何をする事もできない。

だからこそ、焦りが浮かぶのだ。

 

そんな真島の眼の前で、涼の額にそっと手が当てられる。

奇妙な入れ墨の彫られた手の甲。

その手の持ち主の顔に、真島は僅かに見覚えがあった。

入れ墨の男は、しばし涼に憐れむ様な視線を向けた後、真島に視線を移す。

 

「彼を助けたいか」

 

「何を……葦原さんを助けられるの?」

 

入れ墨の男──沢木哲也は首を振る。

沢木には、風谷真魚という治癒能力者のあてがあった。

しかし、今の涼の症状は治癒能力でどうにかできる類のものではない。

怪我をしているでも、アギト、いや、ギルスの力に身を焼かれている訳でもない。

言うなれば、()()()()()()だろうか。

眼の前で多くの死を見続け、救えなかった自分を許せない、自分だけが助かるという在り方を許せない涼の心が、今の涼の在り方を、命を否定している。

その重い罪の意識にギルスの力が反応し、自らの命を終わらせるが如き形に進化を進めてしまっている。

神の力の欠片を与えられた沢木には、その痛ましいまでに優しい涼の心と進化が手に取るように把握できていた。

 

「彼を助けるのに必要なのは……お前の力だ」

 

「俺の……力?」

 

「そうだ。お前の中の目覚めかけているアギトの力、その力を彼に与えれば、彼の命は助かる。だが、その時は、お前は力を失い、普通の人間になる」

 

力の多さの問題ではない。

ただ、別の人間からアギトの力を譲り渡せば良い、という訳ではない。

自らの死を無意識に願ってしまっている涼の進化の方向性を、涼の生存を願う真島が持つアギトの力を取り込ませる事により、生きる為の進化に方向を修正する。

 

「決断は早い方が良い」

 

「いいや、もっとじっくりと考えたほうが良い」

 

突如。

第三者の声が割って入る。

涼を間に置き向かう合う真島と沢木。

そして、座る涼の正面に、もう一つの影があった。

 

「アギトの力は、人に譲り渡した程度で逃れられるものではない」

 

「ひっ」

 

怯えるような悲鳴。

中腰で沢木の言葉を聞いていた真島が尻もちをつく。

 

「お前は……」

 

沢木が目を見開く。

見開いた瞳に映るのは、黒い相貌に、金の六本角、燃える様な黄金の瞳を持つ異形。

最も早く世間一般の眼に触れたアギトにして、沢木ですらその正体を把握していない謎のアギトの一人、二十二号。

 

「はじめまして。出会って早々になるが、手を出すのは少し待って頂きたい」

 

「わかっているのか? 今の彼は」

 

「死に向かっている」

 

「ならば!」

 

思わず声を荒げる沢木を、二十二号が手のひらを向けて制止する。

 

「死は必ずしも終わりではない。彼の進化を見届けるのもまた、貴方の果たすべき役目ではないか」

 

「お前は……何を知っている」

 

「まだ知らない事が多く有る。それを減らしていくべきだと知っている。……見ろ」

 

二十二号の、沢木の、真島の眼の前で、涼が息を一つ、大きく吸い込む。

息を引き取るという言葉の通り、それは涼の命が止まった証だ。

心臓が静かに動きを止め、脳波が緩やかにフラットに向かい──再び、動き出す。

ベルトから全身に張り巡らされた神経網が、停止した臓器へと侵食し機能を代替し、あらゆる機能を復元していく。

 

「再生、再誕、再構成、再定義の時間だ」

 

無意識の罪の意識がアギトの力によって死へと向かわせるのであれば、後付で組み込まれたベルトは、表層の戦い続けるという意思を、或いは本能に根ざした生存意欲を肯定する。

力が無い為に、自分だけが生き残ってしまうが故に死を望むのであれば。

より強い力を、周囲すら守り切る事ができる力を。

罪を背負う許すことの出来ない自分を。

罪を償い続ける為の自分へ。

死のうと諦める自分を生きねばと足掻く自分へ。

 

「これは……」

 

テオスの神話を研究し、アギトの力を目覚めさせる力を貸し与えられた沢木ですら知らない現象。

涼の体内で、肉体が、そして、ギルスの力が変生する。

超常の力が無ければ感じ取る事の出来ないその変化を見届け、二十二号が満足げに頷く。

 

「彼は良い結論を得られた様だ。参考になる」

 

立ち上がり、何もかもが済んだとばかりに背を向ける二十二号。

 

「……お前は、何を望む」

 

沢木がその背に問いかける。

恐らくはアギトの力にも、今の未知の現象にも知識のある二十二号。

あかつき号事件の関係者では無い、恐らくは雪菜と同じく天然のアギト覚醒者。

昨年の活動を含め、その多くが謎に包まれた黒い異形は僅かに振り向き、仄かに輝く金の瞳で沢木を射抜く。

 

「貴方の望みが叶うように祈っているよ」

 

半ば笑い声の混じった答えだけを残し、その黒い背中は、その場から煙のように消え失せた。

 

 

 

 

 

 




☆開幕脱衣ヒロイン
なんだかわからんが、とにかくよし!
やっぱり変身アイテム授与式は全裸が作法だよね、尻彦さん!
自慢の義妹の誕生ですよお兄様
つまり刺す鬼っていう……いや、忘れてくれ
全裸の肉体描写は精一杯頑張った
頑張りが出来の良さに繋がったかは自分ではどうにも評価しにくいけど個人的にはまぁまぁ良し
決闘シーンは或いはカットして回想シーンとかで出てくるかも
決闘の場面よりも決闘する理由こそが大事なので……
どうするかは次回というかもう書くなら次回しかないけどあんまり原作にかかわらないオリキャラとオリ主のからみばっかり書いても仕方ないかなって
書いていいならテオス遭遇前に決闘シーン書く
書いていいならっていうかもう原作との絡みテオスとの接触シーンくらいしかない……
木野さんはネオ葦原さんが殴って水に沈めて説得してくれるし……
寸止め本番無しヒロインからの昇格イベントでも有るため基本的にカットは出来ないのだ
龍騎編終わったら実家を離れるからそれまでに爛れた関係にしたい
する(鉄の意志と鋼の強さ)
ASHRさんや難波さんとは異なる特殊なベルトを与えられている
変身後の姿は前回の謎の白塗りクウガのトゲトゲしてる方に色がある感じじゃないかなって
アギトの力抜かれても直ぐには灰化しないだろうからどうにかなるやろ

☆刺す鬼系主人公マン
首を撥ねる、唐竹割りにする、などのフィニッシュが多いが現状の大金星の決め技が爆発して爆発させる系抜き手なので間違いとも言い切れない
ベルトを装着する時に下にある布なりなんなりは破損するのでとりあえず腹を出す様に提案したらもっとそれっぽくやりたいと言われたので部屋を用意したら全裸が来たが理に適ってるのでノーリアクション
色々やってるけど切り札は自分だけって感じ
まぁ後々頼る時は頼るから……
ASHRさんが変な挙動をしていたので見に行ったらギルス調整体の特殊な変異を確認できたので嬉しい
難波さんが落ち込んで死にたくなったりしないようにしないといかんね!
そうでなくともかけがえのない友人なのでめっちゃ気遣う
こいつ死ぬと難波さんがどうなるかわからん

☆夏休みは思い出いっぱいの難波さん
修行と言いつつ結構デートができてホクホク
結局書かなかったされおつレストランでのプレゼント・イベントは行間で消化
思い出のプレゼントとか貰っちゃったんだって
無邪気なもんだぜ
テオス戦で曇らせたい

☆生き残れているし肉体的には健康なASHRさん
でもSAN値ゼロのダイバーさん以外は新しい知り合いことごとく死んでる
自分に肉体的余裕があるから余計に気負うし罪の意識を無駄に背負う
悲しみの自責死!
からのグッモーニン★
オイラはゾンビィ!
とはならずに密かに進化
瞳孔が広がっても余計なことすんなよ(古代語翻訳済み)
余計な事はさせなかったのでパワーアップ
どういう変化をするかはアギトパワー奪われて取り戻した後の戦いで描写できるといいね
できなかったら後々描写すりゃええねん
たぶんスマブレが上の上の人に乗っ取られた後ならオルフェノク亜種みたいに認識されて絡まれたりするからそん時出してもいい
運が悪いから適当な適性種族に絡ませても不自然にならない
オイラは便利ィ!
何なら拾った子犬にも魔石突っ込めばええねん!
敵対して死にそうだけど

☆そして何故か次の話を投稿するよりも早く届いてくる戴き物
ナナスさん本当にありがとう!
描くペース早いけど大丈夫ですか!


【挿絵表示】


この変わり果てた姿……一条さん!
全体的にクウガマイティっぽいカラーリングなのに顔つきがかなりダグバなあたりがバラ姐さんの皮肉ってたグロンギと等しくなりつつあるリントを現してる感あって良くないですか
ムキムキ過ぎるのは多分、G1纏ったまま何らかの理由で封印されてる変身機構が誤作動で動いて取り込んでしまったとかかなぁと思います
変身機能の限定解除でヒーローっぽいフォルムになる可能性があるのでこのゴリゴリマッチョも予定調和ですね!
たぶんアギトの力取り戻しに行く場面ではアンノウンへの警戒があるから駆けつけられないだろうけど裏では頑張ってるんですよ!
G3を量産すれば駆けつけられたんだろうけどなぁと思う
いや、去年未確認が出てそれから一年で試作機が完成してG3Xにたどり着いてるから、量産にまで手を出せってのは贅沢なんだろうけど
むしろ異常にペース早いまである
ガンダムで言うとV作戦前の試作機使って戦ってるようなもんだからこれからこれから



夏休みの後半なんて無かったんじゃないかな
無理に木野さんを殴りに行く理由が思い浮かばないので後はテオスが来るのを待ち構えたり全身触れてないとこが無いくらい弄り回した調教済みヒロインと殴り合ったりするだけやで!
テオス戦、というか、テオス解決編まで後少し
解決方法は既に決まってるけど賛同が得られるかはわからん
わからなくても書きたくなったら書いちゃうのだ
書きたいもの、書けるもの、思いついたものしか書けないものだから仕方がない
それでもよろしければ次回も気長にお待ち下さい

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