オリ主で振り返る平成仮面ライダー一期(統合版)   作:ぐにょり

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36 未練、燃え尽きて/ハートに火をつけて

空に黒黒とした雲が広がり、木々生い茂る森の中を赤光が駆ける。

木々をすり抜け、獣道とも呼べぬ様な茂みを踏み越え走るのは奇妙な風貌の二足歩行の怪人。

二本の金の大角を頭部に頂き、レザースーツの如き質感の赤い肌を、奇妙な紋様の浮かぶ黒塗りの金属板を組み合わせた装甲に包んだそれは、息を荒げながら決して立ち止まらない。

 

走る怪人の出す音を除けば森の中は無音に近い。

虫の音、鳥の、或いは有象無象の獣の鳴き声や移動音は一切せず、びょうびょうと吹く寒々しい風と、それに吹かれてざわざわと木の葉が擦れ合うのみ。

この森に住まう全ての生き物は今、息を潜め、身を隠し、嵐が通り過ぎるのを待っている。

 

嵐が来る。

嵐としか呼べぬ何かが。

木々を揺らす程度の風と、雨が近づく臭いを予兆とする嵐ではない。

しかし、森を生きる獣達にとって、どうすることもできない災害としか感じられない何かが来る。

それは先の怪人ではない。

そんなものを意識する事すら愚かしいと思えてしまう何か。

 

ぎゅん、と、金属の撓むような音が複数。

音に先行して飛来するのは高速で回転する何か。

走る怪人が倒れ込むように身を屈め、その頭上を通り過ぎていく。

みし、という音の先には、その太い幹を半ば断たれ、自重に耐えきれずにへし折れていく幾つかの木。

或いは、常人の数十倍、数百倍の動体視力などを備えていれば、湾曲した長い刃を持つ手裏剣染みた凶器が、高速回転で起きた大気との摩擦で薄っすらと帯電しながら飛んでいくのを確認できるだろう。

 

身を低く屈めながら止まらず、四脚の獣の如き姿勢で走る怪人がちらと振り向く。

顔面のサイズに対して大きな面積を締める赤い複眼は広い視野角を持つ。

故に、僅かに首を曲げるだけで、その飛行物体、飛来物、投擲物の主を確認できる。

その主は遠く、光源の無い夜の森でも不自由なく活動できる怪人ですら薄っすらとしか確認できない。

だが、姿が見えずとも、その場所だけはわかる。

煌々と輝く黄金の瞳。

怪人の仄かに輝く赤い複眼と同じ様なサイズの強烈な光源が、夜の森の中、灯台の如く自己主張をし続けている。

 

「どうした」

 

金眼の怪人の静かな声は、風と木々の音だけが満ちる森の中でも、酷くはっきりと赤眼の怪人の耳に届いた。

或いはそうなるよう声を出しているのか。

 

「反撃の手はまだか」

 

悠々と歩く金眼の怪人。

油断や余裕ではない。

視線は赤眼の怪人を捉えて放さない。

反撃の初動を見逃すまいと、手管の全てを踏み潰さんと、今か今かと待ち構えている。

 

赤眼の怪人が跳ぶ。

金眼の怪人目掛けて、ではない。

ただその場を逃れる為に空へ。

僅かに遅れ赤眼の怪人が一瞬前に居た空間から破裂音が響く。

跳ぶのが遅れていたなら何が起きたか。

巨人の手に握りつぶされたかの様に圧搾された周囲の木々を見れば嫌でも理解できるだろう。

念動力による空間圧縮だ。

 

赤眼の怪人と金眼の怪人が共に持つ、超常の力、進化の光は、超能力やそれに類する異能からの直接干渉を抑制する。

しかし、本人への干渉が不可能であったとして、周囲の空間ごと物理的に圧縮されてしまえば無事では済まない。

無論、ある程度の強度があれば耐えることは不可能ではないが。

 

風切り音。

跳躍し、足場すら無い空中で無防備になった赤眼の怪人目掛け、手裏剣染みた凶器が飛来する。

刃は鋭く、長く、当たりどころによっては手足の一本や二本は容易く切り落とす。

胴に当たれば肋骨すら障害とせず、断面から臓物がまろび出ることだろう。

いや、首や頭部にでも直撃すれば生半可な生物ならば死を免れまい。

 

だが、赤眼の怪人は尋常の生物ではない。

頭部を切り裂かれ脳を損傷しようとも、腹部に内蔵した人工知能が肉体を操り逃走、再生までの時間を稼ぐだろう。

だが、金眼の怪人の眼の前でそれは致命的だ。

肉体の操作権がベルトに移譲されるまでの僅かな隙に追撃の手を撃たれ死に絶える。

 

──死にはしないか。

 

赤眼の怪人がふとそんな事を思う。

死なないだけだ。

死なないだけで、戦いは終わる。

それはいけないことだ。

まだ逃げているだけなのに。

戦いと呼べるかもわからない無様を晒しただけで終わりなんて。

許される事ではない。

 

赤眼の怪人が空中で身を捻る。

身体の動きに合わせて風が逆巻き、手足から噴炎が迸る。

それも一瞬。

空中での姿勢制御は身を捻り振り返るだけ。

未だ迫る刃から逃れる場所に居ない。

 

脚を振るう。

脚甲に包まれた脚が飛来物を横から蹴り弾く。

襟元にジャラジャラと吊るされた装飾を一つ引き千切り、二つ目の飛来物に一振り。

手品の様に手の中から現れた冷たい鋼の刃が飛来物を叩き落とし。

腹部に迫る円盤を膝と肘で挟み砕き。

そして、顔面に迫る飛来物を防ぐ()が無い。

故に。

口部──銀のクラッシャーがガシャリと開き、閉じる。

じゃり、と、クラッシャーと、その内部にコンパクトに収められた舌を、口内の肉を僅かに切り裂き飛来物が止まった。

 

人工物染みた外骨格の中に収められた強化筋肉の頬をぎち、と、笑みの形に歪める。

ごう、ごう、と、風が吹く。

嵐ではない。

一定の方向性を持った風の渦。

竜巻。

 

それは赤眼の怪人のベルトを起点に激しさを増していく。

巻き込まれた土や枯れ葉、木の枝などで渦の形が常人に目視できるほどの規模になるのは、跳躍していた赤眼の怪人が地に足を着き、背に大岩を背負うのとほぼ同じタイミング。

横倒しの竜巻が、起点となるベルトのバックルから放たれた炎を巻き込むのはその一呼吸後。

七千度の、いや、多量の酸素を取り込んだ炎の渦の温度はその程度に収まる事はないだろう。

巻き込まれた周囲の木々が炭を通り越して灰に変わる光景がその桁外れな温度と威力を物語る。

 

そして、その炎の竜巻の先には金眼の怪人。

手を前に翳し、横に避けるでも跳躍するでもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

巻き込まれればゴ階級のグロンギや、或いは位階の高いマラークですら焼き尽くすほどの熱量の範囲攻撃。

間違いなく、相手を仕留める為の技ではない。

派手で、避けにくく、相手を雑に殺せる程の高威力。

故に、防げばどこかで乗り越えたという安心感が生まれる。

緩み、隙。

突くならばそこだろう。

自分ならばそう使う。

 

炎の渦の起点は赤眼の怪人のベルトにある。

それを知らない訳がない。

そう運用できるように設計したのは金眼の怪人だ。

故に、横に逃げようが縦に逃げようが、僅かな身体の動きで追従させる事ができる。

逃げる敵を追うのが容易い作り。

あのベルトの切り札の一つと言っていい。

 

だが、欠点が二つある。

反動を殺す為に、その場に立ち止まるどころか、背後に身体を支える大質量を背負わなければ筋力やバランス感覚とは関係なく本体が宙に浮き転倒してしまうこと。

体内の熱量を調整する機能を応用した炎の渦は、それ故に必ずベルトの排気口からしか放つ事ができないこと。

つまり渦の根本には、必ず赤眼の怪人が存在するのだ。

 

対処は一つ。

炎の渦の中を最短最速で突き進み、動けない大本を叩き潰す。

 

難しい話ではない。

確かに、真っ当な人工物であれば耐えきることが難しい熱量を持った炎の渦だが、超常の力を殆ど伴わない。

断熱機能を持つ装甲か、或いは何らかの熱を遮断する障壁を展開する事ができれば良い。

 

走る。

金眼の怪人が翳す腕は内部構造から既に変質しており、真っ当な筋肉構造は最低限。

分厚い装甲は気泡を含む装甲が蒸発しながらも絶えず内側から再生を続け、冷却材を散布し続ける。

手の先には、鋭角に鏃の如く展開された念動力の障壁。

文字通り、炎を切り裂き、焼け続ける肉体を回復力に任せ再生しながら走る。

 

不意に、炎が途切れる。

無尽蔵に打ち続ける事ができる技ではない。

限界が存在した。

金眼の身体がみちりと音を立てる。

片手を翳し、弓を引き絞る様に引かれたもう片方の手先は冷たさすら感じる程に鋭い。

後の先から放たれる桜花ならぬ、先の先を取る殺人手刀。

早く、鋭く、相手の肉を骨を断ち切るだけの、かつて自らの首を撥ねる寸前まで切り裂いた一撃。

大気を引き裂き、大岩に背を預ける赤眼の首に迫り──皮一枚を貫いて、止まる。

 

勝ちを確信して、ではない。

そこに居たのは、未確認生命体四号や二十二号を参考に調整された変身体。

赤眼の怪人──ではない。

肩は丸みを帯び、肌はレザーに似た黒、シンプルな造形の装甲は、只人がベルトを装着した場合に発現する基本形。

 

振り向き様に手刀を、装甲を鋭く変異させ文字通りの刃と化し、背後へと振り上げる。

視野角の広さ故に、見えていない箇所は真後ろのみ。

来るならばそこだ。

炎の渦は伏線。

視界を、聴覚を、嗅覚を高熱量の風の渦で封じていたのだ。

 

燃える森をバックに跳躍する影。

半ばまで焼け落ちた鯨の頭部の外殻をフードの如く被った以外は、先までと変わらない。

いや。

赤い瞳。

その色だけが残された燃えカスの如き灰の色。

ベルトの装着者であれば誰しもがもつモーフィングパワーの落とし子。

天使たちの呪いを核に生み出された仮初の器。

 

手にした長柄の槍を振り下ろす赤眼。

振り下ろす手からザラザラと灰が零れ落ちる。

その意味を赤眼も金眼も知っている。

だが。

穂先に込められた力が緩む事はなく。

刃と化した指先の勢いは鈍らない。

 

穂先と指先がかちあい。

さしたる抵抗も無く灰色の槍がへし折れて。

赤い目を持つ灰の怪人は、あっけなく袈裟懸けに切り裂かれた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

私は、半ば幽霊の様な気分だった。

幽霊、という概念を知ったのはこの時代に目覚めてからだけれど、一番近い感覚はそれだと思う。

夢を見ている、という方が近いと思う時もある。

まぁ、似たようなものだ。

細かい違いを指摘しても仕方がない。

重要なのはそんなことじゃない。

重要なのかはわからないけれど。

 

未練が無いと言えば嘘になる。

もっと戦えた筈だし、もっと殺せた筈だ。

メに上がる、そしたらゴに上がって、最後にはザギバスゲゲルだ。

 

できなかった。

負けて死んだらそれまでだ。

どれだけ強くてもそこは同じ。

文句を言っても始まらない。

運良く意識が残ってて、でも、自由に動ける訳でもない。

自由に動けても、自由に動かせる様な身体でもなかった。

 

勝手に動く身体。

それを中から見続けるだけの生活だ。

瞬き一つとっても私ではない誰かがする。

私は何一つやることがない。

 

退屈かと言えばそうでもない。

覚えの悪い、理解の遅い頭でする勉強は地道なもので、繰り返し繰り返し、覚えきれない知識を、油断すればぼろぼろと溢れていく知識を完全なものにする為に。

立つとコケる、歩くとコケる、這いずり続けて力尽きる、まともに動かない身体を、ゆっくり、少しづつ、無理のない様に動かし続ける。

そうしている内に一日が終わる。

何もない時間というのは驚くほど少ない。

 

長時間の学習にも、長時間の運動にも耐えられない貧弱な肉体。

リントのそれと比べてもなお弱く、脆く、不完全。

自由に身体が動かせない事に不便や不満を感じる事は多かった。

しかし、却ってこの不備の多い肉体が自分のものではないと言い聞かせるには都合が良かった。

後ろ向きではあったが、自尊心ってものはどうしても存在する。

私なら、元の身体の私ならこうはならない。

もっと覚えが良い。

もっと普通に動ける。

 

頭が悪くなったのも、まともに身体が動かなくなったのも、私が負けたからだ、という自覚はあった。

でも、そんなものは、死んだ他人の身体を勝手に動かしている方が悪い。

 

ただ。

頭の中から、何をするでもなく覗き見ている私の考えなんて、知ったことではないとばかりに、身体は動いた。

言葉を聞いて、その言葉を返そうと口を動かして、喉は震えず。

繰り返す内に、口にする事はできなくても言葉の意味を覚えていた。

覚えが良かった訳ではない、と、思う。

たぶん、()()()は必死だった。

ひたむき、と言う方が正しかったのかもしれない。

教えられた事を足りない頭で覚えようと、手を引かれ、支えられながらでも、一歩一歩、震える筋肉を動かして。

与えられる教えをものにしようと、与えられる手助けを無駄にしないようにと。

 

こいつが、赤ん坊みたいに純粋なこいつが頑張り続ける事ができた理由なんて、一つしか思いつかない。

()()()

忌々しくも、でも、見事に私の事を鮮やかに殺してみせた戦士。

 

ボロボロになりながらたどり着いた先で対面した時、あいつの態度は最悪と言って差し支え無かった。

殺した相手が何故か生き返って訪ねてきたんだから当然の話ではあるけれど。

私の戦いの杜撰さを徹底的に詰ってきた時はどうしてやろうかとも思ったものだ。

もっとも、実際にそれを言われていたこいつは、何の事かわからずにキョトンとして、あいつも手応えの無さに渋面を浮かべていたので、それで収めてやった。

 

怒りを収めるしかなかった訳じゃない。

きっと、負けた悔しさだとか詰られた屈辱とかを抱えたまま、ドロドロとした感情に変えていく事もできたと思う。

でも、そうはならなかった。

 

毎夜毎夜、何の役に立つかわからない知識を詰め込んで、こいつの勉強と身体を動かすのに付き合って、それが終われば、こいつを見える範囲に置いて一人で身体を動かし始める。

剣を振る動き、槍を突く動き、拳打を、蹴りを。

何かを殺す為の動きだ。

誰かを殺すための動きだ。

一端の戦士の私にはわかった。

ゲゲルの為の、狩りの為の、無力な獲物を狩る動きではない。

対等な力を持つ戦士と、強大な力を持つ戦士と、戦い、そして殺すための動きだ。

 

何度も何度もそんな技を繰り返す。

厚く硬い装甲を貫く動き。

素早い相手を捕らえる為の動き。

殺すための動きの中に、死なない為の動きがある。

繰り返し繰り返しそんな動きを見続ける間に、あいつの目の前に、見えない何かが浮かんでいる様に見えてくる。

無数の戦士。様々な戦士。

素早く、硬く、力強く、タフで、悪知恵が働いて、悪辣で、高潔で。

 

その中に、私を見た。

数多くの敵の中の一人だ。

あいつの想定する敵の中では、悔しいけれど、取るに足らない部類に入るだろうに。

繰り返し繰り返し、あいつの想定する私が現れる。

より効率的な動きで、より力強く、より疾く、より巧みに動く、私の想像力の外にあった私だ。

私よりも理想的な、そうあれたかもしれない、より優れた戦士としての私。

 

呆れて、それで、渋々だけど、納得した。

あいつはきっと、戦う相手を、殺す相手を、その本人よりも良く考えている。

殺して終わりじゃあない。

──相手を殺す事に対する意識が違っていた。

誠心誠意殺していた。

絶対に生き残らせてなるものか、と、相手の生命を奪い殺す事に真摯だった。

 

私にゲゲルに対する向上心が無かったとは言わないが、ここまで徹底していたかと言えばそんな訳はない。

才があって、努力を欠かさない。

なるほど、優れた戦士で、優秀なムセギジャジャになる。

 

意識の中の敵と戦い、殺されて、殺して、殺されて、殺して。

毎日毎日それの繰り返し。

……毎日毎日繰り返しているのに、とても楽しそうには見えなかった。

無愛想な仏頂面。

鍛錬が終わると、ほっと息を吐いて安心した様に力を抜く。

恐ろしい時間は終わったのだと言わんばかりだ。

 

こいつが、声の出ない喉で、唇だけを動かして問うた事があった。

やめないのか。

そう聞かれれば、無愛想な声で『やめて済むならやっていない』とだけ返して。

 

結局、あいつは戦士だけどリントでもあった。

私達とは違うのだと。

呆れと哀れみが浮かんだ。

恨むほどの相手ではない。

自分で落ち込んだほどだ。

こんな奴に負けたのか、と。

 

巨大な化け物と戦っても、白い私達の紛い物を殺しても、ちいとも嬉しそうにしない。

滑稽だった。

やりたくないだろうに。

何をそんなに必死に戦っているのかと。

散々に、こいつにリントの世の道理を問いておきながら。

自分からその道理を外れている。

するべきでない事を続けている。

するべきでない事をしなければ、満足に生きていくこともできないのか。

 

聞けば、学校とかいう場所では優等生で通っているらしい。

何が優等なものか。

苦しみながら生きることしかできないような奴が。

泥を喰む様にしか進めない奴が。

何故、優等であると言えるのか。

 

その答えを得るのに、さして時間はかからなかった。

恐怖と、苦痛と、困難の中で。

楽しそうでも、嬉しそうでもない。

なのに。

 

何時も視線は、前を向いていた。

 

私達の首長が、王が待ち構えている。

その王が倒すべきすべての始まり、神が、人々を滅ぼそうとしている。

鏡の中に、人を食らう怪物が潜むという。

不死の怪物が殺し合い、結果として人類が滅ぶ可能性があるという。

未来も過去も不確かにする怪人があるという。

ただあるだけの自然ですら、時に人を食らう化物を生み出すという。

人の中に潜み、人を殺して増える化物が、人に化けて人を食らう化物が居るという。

滅ぼしきれない脅威があるという。

無限に戦い続けても終わりが見えない世界であるという。

声には苦悩が、疲労がありありと浮かび、しかし。

その目には、諦めに似た感情は、何一つ浮かんでいない。

 

憧れたメの連中を、恐るべきゴの連中を、一人、また一人と殺していく。

圧倒的な戦いがあれば、接戦と言って差し支えない戦いがあった。

長い長い道の、ほんの初めの戦いで。

諦めても、下を向いても、立ち止まって後ろを向いても、誰も文句を言わないだろうに。

前を向いていた。

 

何故か?

決まっている。

生きるためだ。

その為に、その為だけに戦っている。

 

戦う中で死ぬかもしれない。

家族友人知人が死ぬかもしれない。

人類が無事では済まないかもしれない。

文明が崩れ去るかもしれない。

戦って戦って戦い抜いて、最後に立つのは無人の荒野かもしれない。

 

そんな可能性を考えないやつではない。

危険な連中が同士討ちで滅ぶ可能性だってあるだろうに。

奇妙な程に確信的に悲観的で。

友が死ぬ可能性すら考慮に入れて、何時化物に成り代わられているともしれないと渋面で考えている様な奴だ。

戦って、殺して、傷付いて、恐れられて。

そんな事、全てが無駄なのかもしれない。

 

それでも。

戦っている。

明日が来るのを信じている。

 

そんなあいつの背中を見て、こいつは育った。

赤ん坊みたいに純粋な奴が、こんなものを見て育つのだ。

それはまっすぐ育つだろう。

明日は来る、必ず来る、来なくても来させる。

明けない夜が続いても、苦しい時が続いても、石を投げ掛けられようとも。

歩き続ける限り、絶対に、今より良い明日へと辿り着けるのだと。

そのために何もかもを積み重ねていくのだと。

まるで燃え盛る炎に向けてまっすぐ飛んでいく虫かなにか。

とても、みていられない。

声を掛ける事が多くなったのは、たぶん、そんな気持ちからだ。

 

余計な事だったようにも思う。

こいつやあいつにとって、ではなくて、私にとって。

未来をなくして、これからどうしようなんて展望も無くて。

誰かの視線から今をぼんやりと眺め続けるだけの自分が、酷く、情けなくなっていった。

 

―――――――――――――――――――

 

そして、あの雪の日。

私達が夢見たザギバスゲゲルの日。

こいつは、ふと、おぼつかない足取りで歩き出した。

目的地は九郎ヶ岳。

屈辱の地、そして、運命の地。

家から出ようとするこいつに、何も言わずに防寒着を着せたママさんには抗議の声を上げたかった。

ザギバスゲゲルに挑みたかった。

だけど、今の私が行っても何にもならない。

下手をこけば巻き込まれて無駄に死ぬだけだ。

 

雪道を、ざく、ざく、と、踏み進める。

そもそも歩いていける距離でもない。

途中で力尽きるのが関の山だ。

そもそも雪道を歩くだけでもこけて怪我をしかねない。

引き返せ、と、きっと勝って帰ってくると、信じてもいない嘘まで吐いて説得して。

不思議な程にしっかりとした足取りに、気付く。

 

変身している。

私が、ではない。

こいつが、変身している。

魔石を使う変身ではないけれど、一つだけ確かな事があった。

こいつの、戦いを見届けなければという()()が、力を呼び起こしたのだ。

燃え盛る炎の力、降り注ぐ太陽光の如き力。

 

走り出す。

一歩、二歩、踏み出す度に加速して、気付けば、背後から追いかけるようにやってきた虫の様な変なバイクと並走し、飛び乗って。

空へ。

 

雲をすり抜け、風を引き裂き、辿り着いた先で、あいつの戦いを、ザギバスゲゲルを見た。

刹那的な、でも、ともすれば永遠とも思える程の、悪夢染みた戦い。

今という時間に全てを注ぎ込む様な、文字通り先の見えない殺し合い。

眼の前の相手だけに全てを向けた、二匹の獣の喰らい合い。

 

勝ったのは、あいつ……コウジだった。

今を捨てても未来へと手を伸ばす、そんな決着。

見届けたこいつ……ジルは安堵からか意識を手放して、空の上で唐突に、私は自由を手にした。

自由に動く視線、自由に動く手足。

久方ぶりの生を実感する間もなく、私は動き出した。

バイクを地表に降ろして、倒れ込むコウジを受け止める。

 

ああ。

生きている。

うわ言の様な言葉を聞きながら、私は、どうしようもなく溢れ出す衝動に任せ、コウジの身体を抱きしめた。

 

今を生きる命が、明日を掴もうと足掻く命が、こんなにも美しくて、心を打つものだなんて、思いもしなかった

どうしようもなく惹かれて、どうしようもなく恋焦がれて。

 

愛おしい。

 

―――――――――――――――――――

 

自覚する為のきっかけにしか過ぎなくて。

私はきっと、もっとずっと前から惹かれて、イカれていたんだと思う。

殺された瞬間から、なんて、流石に言うつもりは無いけれど。

リントの文化に触れて、リントの元で無力なガキとして過ごして。

コウジに色々と教わる中で、その背中を見て過ごす中で。

私は、憧れるようになっていた。

 

……だからこそ、余計にいたたまれなくなった。

コウジの生き方に憧れて、それを見てまっすぐ育つジルに感心して。

なら、私はなんだろうか。

たまに身体を動かす事はあるけれど、普段は人の頭の中から人生を覗き見るだけ。

 

ああ、私は、何故あの時に死ねなかったのだろう。

リントからすれば罪深い生き方だったろう。

でもそれはグロンギのムセギジャジャとしては当たり前の生き方で、それを反省するつもりはない。

人に迷惑をかけるだけの存在でしかなくて。

それでも、あの時の私は前を向いていた。

今は、そんな気持ちも起こせない。

死にきれなかった未練の塊の様な亡霊が、人の人生を眺めて、美味しいところの、気持ちいいところのお零れを貰うだけ貰って、ふわふわ、消える事も出来ずに。

 

そんなある日のこと。

外出から帰ってきたコウジが、いきなりバイクで沖縄に向かった日。

珍しい客がやってきた。

黒い外套に帽子、白いマフラーをぐるぐる巻きにした、如何にも不審者といった風貌の男。

見覚えがあった。

ラ・ドルド・グ。

ゲリザギバスゲゲルの審判役。

ここに居るべきでは無い相手だ。

ジルに変身を促し、ドルドが変身する前にブチ殺してしまおうと全力で殴り掛からせる。

その拳が、ママさんに優しく受け止められた。

 

『もう長くないわ。話を聞いてあげたら?』

 

言われて初めて気付く。

力を感じない。

コウジに言われてからなんとなくわかるようになった魔石の気配が、ドルドから感じられない。

見れば、黒い服の腹部がバリバリに乾いた血液で汚れていた。

……ベルトを摘出して、魔石を引き抜いた痕だ。

そうなった戦士は、そう長く生きられない。

死んで生き返って、別人が身体の主になった私の様な例外でも無ければ。

 

『新たなンが生まれた。究極の闇を齎す者が、古き闇を喰らう時は近い』

 

ジルが私に身体を明け渡した。

ドルドが話している相手が私だと気付いたのだろう。

 

『手短に……、いや』

 

ここまでくれば、ここまでされれば、魔石の抜けた緩い脳みそでも理解できる。

使命を託しに来たのだ。

ムセギジャジャとしての、ではない。

 

『私は何をすればいい』

 

究極の闇を齎す、グロンギとしての使命を。

 

―――――――――――――――――――

 

静かな森の中。

じり、じり、と、炭が焼けるような音が響く。

音の出処は、赤眼の、灰の怪人。

逆袈裟に切り裂かれた傷跡から血は一滴たりとも溢れず、痛々しい断面からは薪の火の粉にも似た光がぽつぽつと覗いている。

心臓にあたる箇所には、一際大きな炎の塊。

生物に有るまじき異形。

 

「負けたぁ……」

 

「そして、俺の勝ちだ」

 

傷付き、倒れ伏す灰の怪人と、それを見下ろす無傷になった金眼の怪人。

灰の怪人の本体とも言える身体も、変身を解き、無力な少女の姿で意識を失っている。

勝敗がそれぞれどちらのものかなど、一々説明する必要があるだろうか。

灰の怪人──グジルにとってのリベンジマッチは、言い訳のしようも無い完全敗北に終わった。

負けて殺され、また負ける。

なんとみっともない、と、笑うだろうか。

だが、

 

「ああ」

 

手を伸ばす。

いつの間にか、雲は晴れていた。

切り札の影響だろうか。

空には、満天の星空。

心の中身が溢れ出した様な光景に、グジルの口元に笑みが浮かぶ。

 

「コウジ」

 

「なんだ」

 

「私を封印しろ」

 

―――――――――――――――――――

 

「────」

 

返事はない。

慌てるように反駁するでもなく、先を促す様な沈黙。

 

「そもそもが、イレギュラーなんだよ。私が居るせいで、ジルの力は分かたれてる。私を保つ為に、ジルの脳は余分に負荷を掛けられてる。声がでないのも、身体に不備がないのに、未だに動きがおぼつかないのだってそうだ」

 

すう、と、息を吸う。

夏が過ぎ、夜の山の森の中となれば、もう空気は冷たい。

あるか無いかもわからない肺が冷たくて気持ちがいい。

 

「ジルの不足は無くなる。不完全な戦士が消えて、完全な戦力が一人増える」

 

「それに」

 

「封印の仕方、覚えねぇと」

 

「封印すれば、()()()()()()()()()()()

 

沈黙。

 

「必要なんだ」

 

長く続くグロンギの、ゲゲルというシステムの、その創始者の、無数のムセギジャジャの悲願だ。

封印されれば、どうなるかは知っている。

しかも、今度は肉体の無い状態での封印だ。

仮初の器ごと、とはいかないだろう。

復活できる形が残るとは限らない。

ただ、力と意識が停止し、何も出来なくなり、それが、永遠に続く。

今とそう変わらない。

それどころか、ジルが、コウジが、未来に辿り着く為の力になれる。

二度も負けた亡霊にはもったいなさすぎる最後。

有終の美だ。

 

「さぁ」

 

躊躇う必要は、無い。

目を瞑る。

瞼の裏に映るのは、不思議とこの一年と少しの時間のことばかり。

戦って、力を使い果たして、満足して。

最後に、楽しい時間を思い出しながら。

贅沢な最後だ。

 

―――――――――――――――――――

 

「馬鹿を言うな」

 

怪人態から半ば人間態の姿に戻りつつ、しかし、ざらざらと崩れかけるグジルを抱き起こす。

モーフィングパワー切れだ。

封印をしなくとも、本体から切り離されたオルフェノクの因子らしきものは、程なくして消え失せるだろう。

……こいつは、大きな思い違いをしている。

 

封印の仕方は、基本的な機能として既に実験済みだ。

わざわざ標的を用意して、今更練習するまでも無い。

 

そもそも、こいつを封印したからといって、ジルの肉体が健常になるとも言い難い。

むしろ、こいつが消えることで他の機能にまで不全が及ぶかもしれない。

 

そして、ああ、これが、これこそが一番大きな、特大の勘違い。

 

「俺が勝者で、お前が敗者だ。だから好きにさせて貰う」

 

命令は勝者が敗者にするもので、敗者の言葉に従う理由なぞ、一つも無い。

当然、勝手に死ぬなんて事を、勝者である俺が敗者に許す道理もない。

崩れかけた肉体にモーフィングパワーを、そして、新たな()を注ぐ。

元の形を取り戻していくグジルの顔に手を当て、前髪を退かす。

きらきらと、空の星を写す、炎の様に赤い瞳。

 

「お前はもう、俺のものだ」

 

 

 

 

 

 





よーいどんで決闘始まるのを描写するのが間抜けに思えたのでこんな感じで
振り返る平成ライダー……
振り返る……?
ライダー……?
振り返るとはいったい……ウゴゴゴ
というオリパート
そんな日もある

☆優秀な戦士が消えるの絶対許さない的な意味で言ってるだけ、ではないマン
情にほだされてる自覚があってもこういう時には私情で動いてもいいと知っている
ぶっちゃけ単純に殺す気なら速攻で捕らえてどうにかグジルだけ引き抜いて殺してる
テオス戦直前だけどちょっと調整入った
幼馴染みとお嬢様を選べずデボラを選んでたみたいな話しではないから安心してほしい
俺のもの発言したからグジル相手にだけは好き勝手しちゃうけど気にすんな
そうなると実質ジルにも手を出す事になるけど、そこらへんの折り合いは後で考えるものとする

☆ヒロインちゃん登場より先に出たから実はダブルヒロインのどちらよりも実は付き合いが長いし腹を(物理的に)割って話したりしてる乙女ゲーの主人公みたいな扱いされた最後のグロンギの戦士グジルちゃん
実はグロンギの悲願を果たすための使命とかを託されていた
死に場所を求めていた系
でも情熱的に求められてCQキュンキュンしちゃうので次回から希望の未来にレディゴーレリゴーって感じ
逆タイフーンファイアーバージョンのおかげで少しも寒くないわ
本来はジル変身体で行う放熱攻撃なので本体は寒くなる
動きが主人公の稽古を見て覚えたテクニカルなのと魔石の補強の結果として力と技を併せ持つ三号的なあれ

☆目覚めた魂は走り出すジル
未来を描くためなのは絶望しても許される状況で絶対に諦めず戦い続ける変なのの背中を観続けて育ったからなのだ
初変身はグジルではなくジルの意思の力によるものが大きい

☆ラ・ドルド・グ(回想)
生きてたけど回想のすぐ後に死んで死体は秘密裏にショリショリされた
自分で魔石とベルト引き抜いてすぐにバルバ姐さんにモーフィングパワーでむりやり傷口を塞いでもらって延命して、実はとっくの昔に掴んでいた新しいンの拠点に向かって生き残りの脱落ムセギジャジャに使命を託す
死体が修復不可能なまでに破壊されるまでは再登場の可能性があるのは常識だよね!

☆早とちりからの暴力を未然に防いでくれる心優しいどこにでも居る一般ママン
心優しいし強いやつほど笑顔は優しいし当然強さは愛なので手のひらも無傷
息子の様子を見に行く義娘の為にこっそりバイクも差し向けてくれる優しさも持つ

☆ママンの愛車
ジルと主人公を回収した後に近くに置いてあったスクラップバイクも回収してくれる気遣いが嬉しいバイク
近場の森に降ろした後はクールに去っていった
一家に一台はほしいよね
バイクはマスコットなので自立するしかわいい
常識

☆赤い目の灰の怪人
たぶん今回限りのギミック
オルフェノクの因子とセットになったグジルの意識をモーフィングパワーで具現化して実体化させる
死因である槍が武装
能力は並のオリジナルオルフェノク程度はある
実体化中はジルがしんどい

☆実はちょっと離れたところで立会人をしていた独り身の師匠
変身を見た事より自分に正体を明かした事に驚いたり、近隣の森を焼かれて顔面中に血管浮かべて激おこしたりもしたけれど、最後の少女漫画みたいなセリフを見て安心して苛立たしげに舌打ちしたりもしたけど元気です
助けてスーパー1!
助けなくてもいいから師匠の元にはきて矛先を自分に向けてスーパー1!

☆そして来る支援絵……!
早い!上手い!おいちい!(プリンシュバッ)
ありがとうナナスさん、こんな速度で支援絵を下さる貴方こそ最強のカルマ戦士なのできっと火星戦記もいい加減話が進む!


【挿絵表示】


飛び道具も無敵のユニコーンも失って絶体絶命のG1条さんに救いのアーマー進化ぁー!って感じですね
自発的にゴウラムが来たか、或いは新しいベルトの拡張機能でゴウラムに干渉できるようになったか
ともかく、アーマーでの強化は良い文明なのだ
昔サムライトルーパーのアンソロ本が兄貴の本棚から大量に出てきてなぁ……(古代人並の感想)
まぁ案の定鎧はあんまり使わないタイプのアンソロ本だったのですが!
ふんどし!
ナナスさん、繰り返しになるけどありがとうございます!


さあアギト編のオリジナルキャラパートもこれで終わり
テオスを殴りましょう
殴りましょう
隠れる必要なんか無いので
もはや原作要素の影も形も見えないけれど、それでもよければ次回も気長にお待ち下さい

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