オリ主で振り返る平成仮面ライダー一期(統合版)   作:ぐにょり

43 / 206
42 ΑGITΩ

その戦いに、人の影を見ることは難しい。

 

マラークの群れを曲がりなりにも率いていた元エルロード、エルアギトは言うまでもない。

既にエルロードという枠を超え、アギトの近似種へと変貌を遂げつつある今、その純粋な戦闘力は目を見張る物がある。

司る性質、風と地。

何れも自然そのものの一部を支配し管理していると言っても過言ではない超能。

それはアギトとして、個としての進化で捻じ曲がり、ただ自らの力を、位階を高める為の異能と化した。

 

大凡の生き物が抗いがたい自然の驚異、それをそのまま人型の枠に押し込め、人の手の届く範囲で振り回す。

それに加えて得物がある。

矢は風に遮られる事無く走り、風の後ろを歩むように音すらしない。

一刀はまるで高所から地面に落下したかの如く抗いがたい重さを備えた。

振るわれる度に、その余波が周囲のマラークを、そしてその向こうの人類の戦士達を巻き込むほどだ。

 

対し、相対する戦士の力もまた尋常のものではない。

確かに、純粋な力で言えば完全に劣るだろう。

G1の金属侵食装甲も、葦原クウガの変異したブロッカーもブラックスキンも、エルアギトの一撃が掠めただけで容易く貫かれてしまう。

直撃する度に装甲が、その下の肉が抉れ跳ぶ。

警察学校仕込みの武術が、あるいはギルスであった時に得た本能的な動きが、魔石の齎す高度な観察力により見出したエルアギトの動きの隙を付く動きが、辛うじて二人の即死を免れさせている。

 

──そして、即死でない限り、魔石の戦士が戦いの場で負傷により脱落することはありえない。

切り裂かれた装甲が、抉られ欠損した血肉が、瞬く間に修復していく。

モーフィングパワーによる理外の回復能力だ。

ある意味で言えば、アギト、ギルスのそれを遥かに超える理不尽な力。

明らかに質量保存の法則を無視した再生。

純粋な戦闘力において、一般的な魔石の戦士はアギトやギルスに劣る。

だが、こと再生能力……継戦能力に限って言えば、文句のつけようが無いほど、魔石の戦士は圧倒しているのだ。

 

仮に、エルアギト二体の攻撃が関節部などに直撃し、手足の一本も無くなればまた話は違う。

現代式の魔石の戦士の再生能力は旧グロンギのゴ階級相当。

それなりに複雑な構造の部位を大きく欠損すれば、完全に修復するまでにそれなりの時間を取る必要が出てくる。

そして、エルアギトの膂力と得物は、当たりどころが良ければ腕の一本程度ならば容易く切り落とせる。

 

そうなっていないのは、双方の肉体を操るソフトの差だろう。

そもそもの話として、アギトの力は身体、精神、感覚を強化することは出来ても、戦い方を教えてくれるものではない。

一部アギトは無の境地とも言える状態で、力が導くままに最適な戦闘方法を取る事ができるが……これは単純に元になる人間の素質に依存したものでしかない。

エルアギトに至っては、アギトに変異した事で元のエルロードとしての戦闘経験を半端に引きずり、その性能を活かしきれていないのである。

 

対する二人の魔石の戦士は違う。

万全ではない。

片や戦いの中で装備の能力を逸脱した力を得つつあり、片や今まで付き合ってきたギルスの力を喪失している。

だが、それを補って余りあるアドバンテージとして、ベルトのバックアップがある。

強化された頭脳が戦闘に注力し、もう一つの頭脳とも言えるベルトのAIが常に肉体の動きを最適化しているのだ。

戦いの中ですら、いや、生死を賭けた戦いの中()()()()()、その動きは一瞬一瞬の内により鋭く、より無駄なく洗練されていく。

あるいは、この戦いが長引けば、エルアギトの隙を突き、致命傷を与える可能性すらあるだろう。

 

だが、一条も葦原も、この場でのんびりとエルアギトを相手に隙を伺い続けることは出来ない。

そもそもが、この状況を打開するために親玉を狙ってここまで来たのだ。

そしてこれが横槍の無い決闘ではない。

エルアギトの動きにいくら対処できたとしても。

人を超える感覚器が周囲に注意を巡らせていたとしても。

周囲を取り囲むマラークがエルアギトの動きの邪魔にならない様に時折繰り出す攻撃は、その数もあり意識の隙間を縫って届くものも少なくない。

 

剣が、槍が、斧が、矢が。

鋭い切っ先が二人の体を削り続ける。

 

再生能力がある。

継戦能力が高い。

……だが、無限に再生を続けられる訳ではない。

尋常ならざるスタミナにも限界がある。

上位ムセギジャジャに迫る力を持つ。

逆に言えば、そこまでの力でしかない。

無敵でも、最強でも、不死身ですらない。

 

そして、明確な弱点も存在している。

魔石を砕かれれば、制御装置であるバックルが機能不全を起こすレベルの損傷を受ければ、そこで全てが終わる。

マラークはそれを知らないだろう。

しかし、知らないからといってそこを突かれない訳ではない。

或いは直撃でなくとも、ベルトから全身に伸びる神経を断ち切られれば、再生までの僅かな時間、動きは確実に鈍る。

そうでなくとも、深く筋肉や筋、骨等を切り裂かれればその部位の動きは修復が終わるまで完全なものではなくなるのだ。

それが僅かな、秒にも満たない時間だとしても。

敵に囲まれている状況では致命的だ。

 

さらに、魔石の戦士程に急速にでは無くとも、エルアギトも学習する。

既に天使としての枠を外れた二体は、例外的に与えられた機能を逸脱する事ができる。

そして繰り返しになるが、マラークは本来複数体での連携を行う様に製造されている。

 

暴風を纏う矢が立て続けに射掛けられる。

射手であるエルアギトは既にマラークによる包囲を抜け、道を譲るマラーク達の隙間を縫うように走り続け、一条にも葦原にも捕捉できない。

矢を避ける、避ける先にマラークの得物が迫る。

矢が顔を掠め、槍か剣か、切っ先を受ける。

一条の、G1のマスクが割れ、魔石による侵食からか無数の血管とも神経ともつかない筋が浮き出た素顔が僅かに晒された。

 

腹部装甲を硬い切っ先が貫き、その得物を横から葦原の手が掴みひったくる。

モーフィングパワーにより変異した得物の柄が刃に、刃や柄に。

横薙ぎに払う動きで下手人である何らかのマラークが、その周囲の何体かが横一文字に切り裂かれ爆散した。

 

眼前での爆発に視界と聴覚が僅かな時間奪われる。

そこに、マラークのそれとは比べ物にならない程に重く鋭い剣による振り下ろし。

地のエルアギトだ。

葦原の脳天を唐竹割りにせんとするその一撃を、横合いから割り込んだ紫の直剣が遮る。

拮抗は一瞬。

半ばまで断たれたタイタンソードが、モーフィングパワーによる修復で僅かに振り下ろしを押さえ込み、断ち切られる。

庇われた葦原が逃げるのに十分な時間ではない。

身を捩る葦原の肩口から刃がめり込み、鎖骨を、胸骨を切り裂き、背骨を、脊柱を断ち切る。

 

斜めに断たれ半身が動かない。

葦原が残った動く腕を地のエルアギトに向ける。

肘から先が元の形を捨て銃器へと変わった。

完全変形と同時に封印エネルギーを込めた鉄弾が放たれ──横合いから飛んできた矢が銃口を逸し、刺股の様な得物に腕を抑え込まれた。

半身を切り裂いた刃は鋭く、既に修復は完了している。

だが、葦原は地に倒れ伏し、そこにここぞとばかりにマラークが殺到している。

未だ二本の足で地面を踏みしめる一条は矢衾の如く全身を風のエルアギトの、そしてそれ以外のマラークの矢や槍に突き刺され、折れたタイタンソードを握りしめ、ゆっくりと勿体つける様に歩み寄る地のエルアギトに対し、剣を振り上げる事すらできない。

 

「お……!」

 

叫ぶ。

遠くに聞こえる警官隊の雄叫びにかき消されぬ程の裂帛。

だが、マラーク達を瞬時に押しのけられるものでもない。

そして一条を助けに行くよりも先に、葦原の体がマラーク達の持つ凶器に貫かれ、その機能を完全に停止する方が早いだろう。

遅いか早いかの違いでしかない。

既に葦原の脳裏には現状の打開策が浮かんでいない。

諦めではなく、単純に戦力差に押しつぶされ、ベルトのAIすら最善手を打ち出す事ができないのだ。

だが、

 

「待て! ……待てよ!」

 

喉からは声が溢れ、無数の武器を突き立てられながら、無数のマラークに押さえつけられながら、身体は立ち上がろうと力を込める。

諦めてはいない。

突き刺さる凶器を避けるように体内で臓器と神経がその位置を変え、自らの命を繋ごうと足掻く。

どう動くべきか、この状況をどう脱するべきか、眼の前の堅物な、しかし、人のいい刑事を助けるためにどうするべきか。

わからないままに動く。

手をのばす。

その手が届くより先に、身体を貫く凶器が自らの命を奪うのだとしても。

諦めない。

 

──ふと、身体が軽くなった。

 

―――――――――――――――――――

 

処刑場と化したその戦場に、一筋の光が煌めく。

それは雨露を受けた蜘蛛の糸か。

雲の間から除く日の光か。

 

一斉にその身を寸断されたマラーク達の死体に、その答えが示されていた。

 

美しい断面はその全てが焼け焦げ、いや、蒸発し融解している。

恐ろしい高温を持つ刃物に切り裂かれた跡か。

だが、この場にその様な刃物は存在しない。

代わりに、とでも言う様に、風に揺れる蜘蛛の糸の如き輝跡があった。

音すら無く宙を舞う光糸。

それがマラークの合間を縫う度に、まるで思い出したかの様に、マラーク達の肉体が縦に、横に、斜めに、ずれていく。

僅かな肉の焼ける臭いだけを残しながら。

 

「やるじゃん」

 

戦場に似つかわしくない、高い少女の声。

かつ、と、足音が響く。

声と音の元を、マラークから開放された葦原が振り向く。

──天使か。

いや、違う。

それは紛れもなくアギトなのだろう。

見慣れた複眼、金の角。

しかし、その全身はかつての二十二号の如く赤黒く染まっている。

見間違える理由があるとすれば、その背に負うもののせいだろう。

くすんだ赤黒い装甲に似つかわしくない、白く輝く光の翼。

 

「お前は……?」

 

「私か? そうだなぁ……」

 

無数の同胞の死、それに伴い現れた謎の闖入者。

明らかなアギトの気配。

警戒しながらも距離を詰めてくるマラークを、まるでカーテンを開けるような気軽さで手を向け、横に薙ぐ赤黒い戦士。

腕の動きに合わせるが如くその背の羽根がマラーク達を扇ぐと、その羽根の輪郭がぼやけ、眼前のマラークの群れがスライスされていく。

 

「私は、天を焼く翼。名前は……秘密!」

 

輝く翼は高い熱量を持つプラズマの塊。

糸は、アギトの力で制御されたプラズマの変形。

フレイムフォームの延長線上にある力であり……。

魔石を搭載したバックルの制御を、可能な限り外した驚愕体。

 

「今、最も熱いムセギジャジャとは、私のことさ。覚えといてくれよ、先輩?」

 

振り向いたアギトの顔は、心なしか愉快そうに笑っている様に見えた。

 

―――――――――――――――――――

 

突然の乱入者に対し、しかし地のエルアギトが対応を変えることはなかった。

あれはアギトだ。

それを最優先にするべきかもしれない。

だが、それを置いてもこの眼の前の脅威を先に始末した方が良い。

主に指示を仰いでの判断ではない。

完全な自己判断での優先順位の決定。

エルロードではなくアギトとして変化を続けるからこその選択。

 

間違いではない。

それが敵であるというのなら、アギトを狩る邪魔をするというのなら、消せる相手から消すべきだろう。

しかもこの敵は少し間をおくと直ぐに復活する。

殺せるのであれば殺すべきだ。

その思考になんの異常もない。

それが再構築されつつあるエルアギトとしての思考形態だからだ。

 

だが──

 

「とぉ……」

 

その姿に影が刺し──

 

「りゃあああぁ!」

 

轟音と共に、一条とエルアギトの間に何者かが割り込む。

衝撃で後ろに吹き飛ばされる様に倒れ込みながら、一条の視界がそれを捉えた。

分厚い鉄塊。

近い形を言えば六尺棒だろうか。

だが、大きさが異様だ。

実物を見たことはないが……最も近いものを挙げるとすれば。

鬼の金棒。

 

ついで、それを手にする一体の異形。

滑るような輝きを放つ、赤黒い装甲。

しなやかに伸びた手足。

太くは無く、しかし、ワイヤーを寄り合わせて作ったと言われても信じる強靭な筋肉。

顔は、紛れもなくアギトのそれだ。

しかし、捻れながら高く天を付く二本角は、まさしく童話に出てくる鬼を連想させる。

 

「刑事さん、立っ、うわ、あの、大丈夫ですか!?」

 

威勢よく立ち上がるように促そうとし、一条の姿を見て慌てて心配する声に、一条は聞き覚えがあった。

 

「君は、二十二号の」

 

「はい! えっと、二十二号くんの、こっ、こいっ、あの、んんっと…………友達です!」

 

砕けたアスファルトをぱらぱらとこぼしながら、電柱ほどの太さがある金棒を持ち上げる異形の少女。

しどろもどろになりながらも、まるで野球の打者が打席でバットを構える様に金棒を担ぐ姿に、複雑な感情を抱く。

 

「……手を貸してくれる、という事で、いいのか」

 

苦渋の決断だった。

物の道理で考えれば、おそらくは民間人であろうこの少女に協力を要請するのは人道に反する。

本人の言葉を信じれば、変身の副作用を抑えるために二十二号からベルトを譲り渡されただけの善良な少女のハズだ。

だが、今、何らかの目的を持ってこの場に現れたというのであれば。

この窮地を、乗り越えるために。

 

「駄目です! あの……できれば、刑事さんが、手を貸してください!」

 

「何?」

 

「こ、二十二号くんが、こいつらのボスに捕まってるんです! だから」

 

「……なるほど」

 

身体に突き刺さる矢を、無数の凶器を引き抜いていく。

少し離れた場所に居るのは、夏の自衛隊基地で出たというもう一人の二十二号の協力者だろう。

……本音を向ける相手か。

場違いな、ほんの少しだけ、胸が軽くなる様な気分を振り払い、引き抜いた剣を新たに構え直す。

それを、何故か困惑した様な雰囲気で見つめていた地のエルアギトが、口を開く。

 

「アギト……」

 

「ギルスだよ。でも、今の私は」

 

ぶん、と、金棒を構え直す。

驚く程大雑把な武器であるにもかかわらず、その構えに隙はない。

武術の、棍術の延長線にある動きだ。

 

「破壊のカリスマ! なんだから!」

 

―――――――――――――――――――

 

拮抗は崩れた。

二人の魔石の戦士の処刑場は、新たに現れたアギトとギルス、各地の原子力発電所に忍び込み、ベルトの安全装置を一部解除することに成功した二人の魔石の戦士の手によって逆にマラーク達の処刑場、いや、屠殺場と化した。

 

白く光り輝く翼──アギトフレイムフォームの操るそれを遥かに上回る温度のプラズマを自在に変形させ、マラークを切り刻むアギト。

恐るべき剛力に任せ、エルアギトへ向けて振り回す凶器がそのまま周囲のマラークすらも薙ぎ払うギルス。

既に、並のマラークでは介入する事も出来ない。

更に、マラークの数が減れば、葦原と一条の負担も減る。

既に一条も葦原も、マラークから負わされた傷を修復し、新たに現れたアギトとギルスから距離を取りながら戦っている。

 

新たに現れたアギトとギルス──難波祝と小春グジルは、明確にそれぞれの役目を決めて戦っていた。

遠距離から広範囲を薙ぎ払う事に特化したグジルがエルアギトの周辺のマラークを片付け、横槍を減らした上で、祝がエルアギト二体を叩く。

連携、と、呼べるほどの練度は無い。

だが、それで良い。

以前に、一対一で足止めをするのが精一杯だった戦力バランスは既に崩れている。

 

「んなぁっ!」

 

ごう、と、嵐の如き音を上げながら、祝が柱を振り回す。

電柱ほどもある、とはいえ、その長さはそこまでではない。

だがその長さはこの場に居るどんな戦士の、或いは天使の持つ手持ち武器よりも長大だ。

しかし、この武器の真価はその長さでも巨大な質量でもない。

 

迫る柱に地のエルアギトが己の武装である敬虔のカンダで迎え撃つ。

太い、長い、重い。

だが、主より賜った剣で切れぬ程ではないと確信できた。

エルロードとして、天使としての超能故か、或いはアギトのそれか。

どちらにせよ間違いではない。

敬虔のカンダの刃を防げる程の強度を、祝の持つ柱は備えていない。

 

横薙ぎに振るわれる柱に真っ向から斬り付ける。

唐竹割りだ。

半ばから断たれたなら、如何な豪腕で振るわれたとしても切り落とされた先はそう大した威力を持たない。

人間であれば残された勢いだけで内臓が破裂して死亡するかもしれないが、エルロードでありながらアギトでもある肉体には些かの痛痒も与えられないだろう。

 

柱に刃がめり込む。

まるでバターに熱したナイフを押し当てる様にあっけない手応え。

だが、柱の半ば程で動きが止まる。

押し切れない。

切り裂けない。

まるで固定された様に前にも後ろにも進まない敬虔のカンダに地のエルアギトが戸惑う。

それは瞬きにも満たない時間だったろう。

だが、戦闘中であれば、超越者の戦いの中では致命的だ。

ギルスの、高度に進化した魔石の戦士の膂力で振るわれた巨大な柱は、その半ばですら音の壁を容易く突破している。

 

或いは、手を離せば、自らの得物を捨て去りさえすれば回避する事も可能だったかもしれない。

既にアギトの亜種として覚醒しエルロードとしての軛から半ば解き放たれているエルアギトであれば、その判断も可能ではあっただろう。

だが、一瞬、僅かな逡巡が生まれる程度には、エルロードとしての忠義心が残っていたのか。

地のエルアギトは、自らの剣を手にしたまま、巨大な柱によって弾き飛ばされた。

 

「どうだぁ!」

 

ふんす、と、鼻息を荒げる様な声を挙げる祝の眼の前で、吹き飛ばされたエルアギトがマラークの群れをなぎ倒しながら飛んでいく。

下位のマラーク達がクッションになる事で幾らかダメージは抑えられるだろうが、手応えは確かにあった。

そして、少なくともこの敵は倒せるという確信を得る。

だが、意識が高揚する事はない。

前は倒すことが出来なかった強敵であれど、所詮は前座だ。

大ボスを倒さなければ目的は果たせない。

手間取る暇など無いのだ。

 

祝の確信は勘違いではない。

既に地のエルロードの、地のエルアギトに勝機はない。

肉体的な強度、腕力、反射神経などでは既に祝が勝り、おそらく未だに上回っているであろう武装、敬虔のガンダに関してはメタを張られている。

 

敬虔のカンダは単純な破壊力、切断力において、シャイニングカリバーすら粉砕する程の威力を持つし、そうでなくとも魔石の戦士の使う即席武器では拮抗も難しい。

だが、形態としては確かに刃物として存在しており、サイズ、形状も決まっている。

少なくとも祝は前回の戦闘においてその形が変わる姿を目撃していない。

なら、話は簡単だ。

刃物は鞘に収めてしまえば斬ることができなくなる。

刃渡りよりも太い何かで包み込んでしまえば無力化できる。

 

手にしていた巨大な柱は、何も腕力を活かせ、周囲一帯を薙ぎ払う為のものではない。

強度で言えばモーフィングパワーで作れる最高の硬度ですらない。

いや、実態は金属ですらない。

その実態は、複雑に絡み合った筋肉と骨格である。

武器というより、肉体と直結せず、しかし肉体の延長線上にある戦闘用の生体器官と言った方が正しいだろう。

超空間的な念波のやり取りで接続されたそれは、あり方としてはギルスレイダーに近いか。

突き刺される、切り裂かれると同時、切り裂かれた部分を修復し、膨張する事で刃でない部分を押さえ込み固定する事を目的として作られているのだ。

 

そして、当然であるが抑え込めるのは刃だけではない。

祝の、ギルスとも鬼ともつかぬ顔が、風のエルアギトへと向く。

その多くをグジルに焼き斬り殺され、それでもなお両者を隔てるマラークの肉壁は健在だ。

十数体か?数十体か?

祝の得物は届かず風のエルアギトは一方的に矢を射掛ける事が可能な距離。

エルロードであるという軛から解き放たれたとはいえ、エルアギトの力はアギトとして変化しつつもエルロードであった頃の延長線上に存在している。

風のエルアギトにとって最も信頼できる武器はその弓矢、憐憫のカマサに変わりはない。

並のアギトやギルスであれば、射抜けば消滅させこそ出来ないものの、ごっそりと肉体を消し去る事も可能な恐るべき武器だ。

だが、続けざまに放たれる矢は分厚い筋肉と骨で構成された柱に僅かに大きな穴を開ける事はできても、貫通する事は叶わない。

逆に、突き刺さった矢はみしみしと音を立てながら砕かれ、結果として柱は元よりも質量を増している様にすら見える。

 

どうする、と、エルアギトが思考する隙すら与えるつもりは無いとでも言う様に、祝が走り出す。

街灯の光を浴び、滑るように様々な色彩を見せる不可思議な色合いの装甲をしなやかに伸縮させながら、前には柱を盾の様に構えて。

最早振り回すことすらしない。

必要が無いのだ。

初速からスポーツカーもかくやという速度で走り出したその勢いだけで、彼女に接触したマラーク達は跳ね飛ばされ、風のエルアギトへの道を塞ぐことすら出来ない。

迫る異貌のギルスを相手に、風のエルアギトが空へと退路を求め──その翼腕が撃ち抜かれた。

 

祝ではなく、離れた位置に居るグジルでもなく、そのまた後ろ。

ボウガンを構えているのは、ギルスの意匠を角に残した魔石の戦士。

エルアギトの翼腕に、光り輝く封印の紋章が浮かび上がり、動きが鈍る。

落ちるでも、飛ぶでもなく、浮かんだままのその身体に、走る勢いを殺さずに、祝の構える柱が大上段から振り下ろされる。

 

「てい、やぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

鈍い音。

肉が潰れ、骨が砕ける音に次いで、アスファルトの地面が砕ける音。

バウンドした死に体の風のエルアギト目掛け、何かが頭上から舞い降りる。

砕けた装甲を葉脈の様に走る修復跡で繋いだ、一条薫のG1。

彼の頭上には飛翔形態のゴウラム。

手に構えるのは折れたタイタンソード。

切っ先すら無いそれは、落下と共に風に解ける様にその姿を削り、一つの刃と化す。

GK06ユニコーン。

その短い刃が、風のエルアギトの頭部に根本まで突き刺さる。

突き刺さったユニコーンから手を放し、人間離れした反射神経と膂力で、地面に激突する前に風のエルアギトを踏み台に跳躍。

離れた位置に着地、警戒の為に振り返った一条の目の前で、風のエルアギトは最早起き上がる事すら無く倒れ伏したまま絶命し、光輪を浮かべ、爆散。

 

「まずひとり!」

 

だぁんっ、と、柱を縦に地面に突き立てる祝。

その隣に光翼を揺らめかせたままのグジルが並び。

少し離れて二人の両脇に一条と葦原が立つ。

マラークの数は、総体としては減っていないだろう。

だが、既に増やす数と減らす数は拮抗を初めている。

そして、最大戦力の一つとも言えるエルアギトの片割れは肉体を失った。

 

──だが、それすらも前座に過ぎない。

 

時間を掛ければ、また元の状況にまで巻き戻す事すらたやすい黒幕が居る。

そして、事ここに至って、自らの創造物に事態を任せる程、それは自分以外を信じていなかった。

 

マラークが前進する。

恐れすら無い。

恐れを司る機能が元からあったのか無かったのかはわからない。

だが、明確に、恐れる機能すら省かれたが如く前進する。

結論から言えば。

その多くを殺害されながら、マラークの数は()()()()()()

殺され爆散し、消え失せた分を補充する様に、後から後から押し出されてくる。

 

「来たぜ」

 

グジルの言葉に、その場の誰もが視線を向けた。

 

──居る。

 

それは、マラークの群れの中にあった。

僅かな空白地帯。

虚空から溢れ出すマラークの中心に、直立状態で浮かぶ黒衣の青年。

眠るように、何かを思案する様に瞼を閉じた男。

その眉根は僅かに不快気に寄せられている。

ただそれだけで、何かが青年を守っている様にも見えない。

 

無限に補充されるマラーク。

アギトの近似種へと進化を果たしたエルロード。

それらは単純に、アギトを、アギトの力を秘める人間を狩り出す為の猟犬に過ぎない。

その遥か向こうに、彼らを生み出す、彼らの仕える主が居る。

マラークもエルアギトも、彼らの主を守るために居る訳ではない。

人の抵抗は既に、かの存在を脅かすものではない。

或いは、()()の集中を、物思いにふける時間を妨げぬように、雑音を遠ざける程度の役目はあったのかもしれないが。

 

青年が手を向ける。

空間が歪む。

光線か、力の奔流か。

薙ぎ払うようにして放たれた人類には理解できない何かが、今なお青年自身が生み出し続けているマラークを飲み込みながら、葦原と一条を無視し、祝とグジルへ。

何かに飲み込まれたマラーク達がばたばたと傷一つ無い身体を人形のように脱力させて倒れ伏し、祝とグジルが転げる様にして避ける。

倒れ伏したマラークは爆発すらせずその姿を霞のように消し去り、生まれた空白に新たなマラークが生まれ落ち穴を埋めた。

 

「問答無用かよ!」

 

叫ぶグジルが片膝を突いたまま翼を羽ばたかせた。

羽ばたきと共に巨大化した光翼が背後を、そして前方のマラークを薙ぎ払い、そのまま青年へと伸びていく。

熱放射すら抑制し、直に触れていないモノには殆ど熱を伝えないそれはしかし、フレイムフォーム時の炎とは比べ物にならない熱量を秘める。

仮にも人間をモデルに形作られた肉体である以上、青年──テオスの肉体はこれに耐える事はできない。

だが、死の翼はテオスの肉体に触れるどころか近づく事すら出来ない。

バリアだ。

当然、マラークなどの木っ端やエルロード、その進化体であるエルアギトのそれとは比べ物にならない。

 

テオスの手がグジルへと向けられる。

そこから放たれる力はグジルの命を奪う事はない。

マラークが消滅したのは、彼らがあくまでも魂を主体とし、即席で作られた肉体を動かしていたからに過ぎない。

アギトの力を失ったのであれば、変身の負荷が寿命を減らす事はあるかもしれないが、普通に生きていくだけなら何も問題は無い。

だが、だからこそ、グジルはこれを避けなければならない。

 

歪みを受け、グジルの肉体が左右に張り裂ける。

いや、受ける瞬間に、グジルの肉体が解ける様に自分から()()()のだ。

元となる肉体を分子レベルで分解し、不足部分をモーフィングパワーによって作り出した仮初のパーツで補填し、その場に現れた二人分の肉体が互いを押し出し合う事で難を逃れたのである。

 

『あんあ!』

 

片方の肉体を操作するジルが、声にならない意思を飛ばす。

意思を向けられた祝が首肯も無く応じ、地面を蹴る。

無手の突撃。

勝算が無い訳ではなかった。

祝もグジルもジルも、修行の合間にテオスの能力についての軽い概要を聞いていた。

テオスは正に神のごとき力を持っているが、戦闘行為が得意という訳ではない。

故に、一方の攻撃にバリアを張っている間、別方向からの攻撃に意識が向かない場合がある。

それで倒す、殺す事ができるかと言えば違うのだが……。

 

「……じ君を」

 

一息でテオスと祝の距離が詰まる。

手刀ならぬ拳は正しく祝の戦意の現れだ。

 

「返せぇ!」

 

ばん、と、破裂音。

水気の音が遅れて聞こえてくる。

テオスの頭部が弾ける音、ではない。

殴り付けた祝の拳が、数十トンにも迫る威力の込められた拳が、虚空を殴り砕け散った音だ。

必殺の意思というよりは、純粋に怒りと悲しみの込められた一撃はしかし、テオスの顔面まで数ミリという所で見えない壁に阻まれて届かない。

 

がん、と、打撃音。

踏みしめる地面が砕け散る程の踏み込み、全身の筋肉を捻る音を引き連れて、先よりも硬い音が聞こえる。

砕けひしゃげた拳を引き、反対の拳で殴り付ける。

既にその拳は生き物らしい構造を捨て去り半ば金属塊と化し、しかし、それでも殴り付ける腕の筋肉が、腱が、骨格が、みちみちと音を立てて断裂していく。

 

更に一撃。

砕けた拳が硬質化し、鈍器と化して振るわれる。

もう一撃。

もう一撃。

もう一撃。

 

砲撃の如き衝撃波を撒き散らしながら、自らの身体の自壊すら厭わずに繰り返される拳の無呼吸連打。

真っ当なエルロードであれば一撃は耐えられても二撃で戦えなくなる程の威力。

それはテオスの肉体を捉えることなく障壁を虚しく叩くのみだ。

何時か見た自衛隊の演習で、或いは新型の特殊装甲服のコンペに提出された武装がこんな音をだしていたか、と、一条の頭にそんな考えが過る。

手を出す事はできない。

何かを叫んでいたようだが、炎の燃え盛る音、本人の放つ拳の音、そして何より自分に群がるアンノウンを切り裂き殴り飛ばす音で聞こえない。

 

しかし。

その拳が怒りとか、憎しみとか、まして、闘争本能なんてものを糧に打たれている訳ではない事くらいはわかった。

 

「二十二号……」

 

君が、何を目指して、何処を目指して走り続けているのかはわからない。

与えられたヒントから導き出された無数の危機、潜在的脅威。

たどり着くよりも先に遮られた未知。

それをどうにかしたいのだろう。

どうにかするために戦い続けているのだろう事しか。

他に目を向ける事すら難しい程に、ひたむきに、必死にならなければならないのもわかる。

 

「二十二号!」

 

握りしめた剣の柄で一体のアンノウンを殴り飛ばしながら、叫ぶ。

呼ぶ名すら知らない自分が言える言葉はない。

しかし、あの青年が、アンノウンを統べる謎の存在が、二十二号を捕らえているというのなら。

答えなくても良い。

信頼も信用も、互いに出来ていない自分の言葉には。

だが、涙も流さず泣いているあの少女の声にだけは。

 

―――――――――――――――――――

 

この場でテオスを除けば頂点に近い戦闘力を誇る二人の戦士。

憎むべき相手の力を秘めた、敵とも言える相手に向けるテオスの視線には、ただ悲しみが、哀れみが浮かぶのみ。

逆らう意味が無い程に絶対的な差がある。

それは、アギトとしてか、進化を果たせば果たすほど、近づけば近づく程に理解できるようになるはずだ。

しかし、あのヒトの子等は、それを理解した上で、諦める事ができないのだ。

 

あの哀れなヒトの子、混沌の申し子、人の身に過ぎた知識を持つ人間を。

 

「それでも、ヒトはヒトのままで無ければ」

 

それが、愛すべきものの正しい形なのだから。

そこに迷いはない。

例え命をつなぐ為と言えど、その在り方に正しさは無い。

或いはそれで人が滅ぶ事になろうとも、それが、限りある生命として作られた人間としての正しい終わりなのだ。

それを、人を捨ててまで捻じ曲げる事に、どれほどの価値があるというのだろうか。

 

手を向ける。

他の何もかもを無視し、光の翼を持つアギトと、拳を振るうギルスへ。

あの二人もまた、あのアギトと同じ様に、夢の中へ誘う為に。

それこそが、神であるテオスにとってのせめてもの慈悲。

 

力が放たれる。

何かの光線でも引力でもない、神の権能とも言える力。

それは手を伸ばして物を掴む様に、触れてさえしまえば当たり前の様に力を、魂を抜き出す真の超常。

今度こそ、逃げる余裕も無く。

分かたれたアギトの、力を備える本体に。

今も拳を振るうギルスへと。

 

―――――――――――――――――――

 

力が迫る。

誘導する訳でも恐ろしく早い訳でもない。

しかし、決して逃れ得ぬだろう事だけは確信できる。

いや、

 

──避ける必要が無い。

 

光が迫る。

しかし、それよりも先に。

グジルの、そしてジルの手がテオスへ向け伸びる。

一瞬の力み、脱力と共に、テオスから伸びるのとは別の光が飛んでいく。

 

祝の振るう、拳とも言えない腕の先に生えた塊から、光。

それは彼女にとっての呪いで、忌まわしい力。

 

アギトの力。

ギルスの力。

火のエルの力の欠片が、テオスに取り込まれるよりも早く、テオスの肉体へと着弾する。

その力は物理的に何の破壊力を持たず、テオスに何らかの痛痒を与える事もない。

 

グジルの、ジルの、祝の意思とは関係なく手放された力。

無意識に──記憶を移されたベルト側の制御により解き放たれた力は、それ故に人間の意思を読むテオスには反応できない。

威力の無い不意打ち。

半分と半分、そして一つ。

合わせて二つ、たった二つの力がテオスの中に吸い込まれ──

 

──その胸を引き裂く様にして飛び出た異形の腕に掬い上げられた。

 

―――――――――――――――――――

 

手が赤い。

血に塗れ、骨を砕き、肉を裂き、再び大気の中へ。

ギャラリーが異様な光景にざわめき、次いで、絶叫と共に燃え上がる。

炎に巻かれ、同級生や難波さん、ジル、グジルの()が踊り狂う。

 

にこ、と、相対する白い道着を身にまとった少年が笑う。

その晴れやかな笑顔が白い異貌へと変化し──きるよりも早く、貫いた腕が炸裂し、跡形も残らず消滅する。

容易い事だ。

だが、その容易い事を成すまでに、嫌に時間を掛けてしまった。

 

ダグバ(本物)なら避けたぞ」

 

虚空に吐き捨てる。

なんなら避けた上で更に高度な返し技で俺の頭を潰すなり胸に風穴を開けるなりする筈だ。

こんな、優しいだけの、都合がいいだけの世界にそんなものは存在できない。

 

ジルが妹、グジルが妹、恐るべき力を秘めず平和に暮らせる難波さん。

それだけならまだ騙されてやっても良かったかもしれない、騙されてやれたかもしれない。

黒貫(ぐろんぎ)高校空手部なんてジョークにも、多少なら付き合ってやれた。

だが。

 

「この関係だけは絶対に無い」

 

空手部の、何の変哲もない助っ人として、エースとして活躍する白い青年と打ち合う。

悪いジョークだ。

そんなもしもはありえない。

こいつとの出会いは、こいつとの別れは。

 

あの雪山で殺し合う為に出会い。

どちらかの死で別れる。

そして、既にその結果は出ている。

俺が殺して、あいつが死んで。

あいつの負けで俺の勝ちだ。

それは、世界がひっくり返っても、変わらない。

 

血に塗れた腕が、燃え上がるようにして人の姿を失う。

偽りの姿、仮初の姿。

ただ鍛えただけの、怪物と戦う事なぞ想定していない、平和な世界を生きる肉体が消えていく。

節くれ立った獣じみた手指。銃撃も砲撃も通じず、破損は見る間に消え去る黒い装甲(はだ)

白い道着は葉脈の如きラインが浮かぶ黒いスマートな外殻に。

顔に触れれば瞼すら無く、顔の半ばほども占める巨大な複眼に刃物の如きクラッシャー。

天を突く鋭い六本角。

 

怪物だ(正しい)

元の身体、元の俺、今の俺だ。

 

燃え盛るまやかしの試合会場は、いつの間にか熱気も死体も無く、白く染まっている。

九郎ヶ岳。

違う。

ただ、白いだけの空間。

これがテオスの中か?

何時か見た樹林帯ではない。

……これは。

 

「アギトの力……火のエル、いや」

 

白い空間が蠢く。

 

「光のテオス」

 

俺の言葉に反応する様に、周囲の白く輝く力が、一つの形に収束する。

この世界に生まれてから一度だけ見た、黒い青年。

その衣服の色だけを反転させた様な。

或いは、人の形を取り繕った光の塊。

それが手を伸ばしてくる。

 

わかる。

この手を取れば、このアギトの力は、光のテオスの残骸は俺の力となる。

 

思惑が一致していたのだ。

俺は闇のテオスをどうにかしたい。

それは光のテオスも似たようなもので。

グロンギの、ゲゲルというシステムの創始者も同じで。

だからこそ、これほどのアギトの力がここに集まっている。

闇のテオスの、アギトの力を回収したいという思惑に潜む様に。

力ごと取り込まれた俺を核にする様にして、闇のテオスの最も守りの薄い場所に集まった。

 

「目指すところは同じ、か」

 

光が言葉も無く頷きを返す。

 

「なるほど」

 

同意は得られている、という事か。

ならば、答えは一つ。

握手をするように拳を開き、

 

死ね(ギベ)

 

指先を揃えた手刀で、輝く身体を貫いた。

 

―――――――――――――――――――

 

宇宙の大半の要素を占める闇。

その闇を統べる超存在、テオス。

その中に集められた火、光が吹き出す。

無が破裂して宇宙が生まれる全ての始まりの焼き直し。

 

闇のテオス、その肉体の内側から腕で貫かれた穴から、顔の穴という穴から、眩い光が途切れる事無く溢れかえる。

夕暮れも終わりに近づき夜になりつつあった東京の空を照らすのは、吹き出した光が作り出す一面の流星。

空に光る星が一斉に落ちたかと見紛う程の無数の流れ星は、これまで闇のテオスが回収したアギトの力だけではない。

 

かつて、闇のテオスが生まれた時の様に。

かつて火のエルが、光のテオスとして生まれた時の様に。

無限の可能性を持っていた無が、あらゆるエネルギーを解き放ちながら宇宙として生まれ落ちる様に。

 

解き放たれるアギトの力に引きずり出される様に、闇のテオスを構成する力が剥離し、具体的な方向性を持たない無色の力として解放されていく。

 

溢れ出る光に、マラーク達が、力尽き倒れ伏す装甲服を纏う警察官達が飲み込まれる。

溶けるように消えていくマラーク達。

かと思えば、警察官達の内、何割かがゆっくりと起き上がり始めた。

装甲服のバッテリーが切れ、或いは疲労から、負傷から、そして命が尽きたはずの者ですら。

立ち上がる。

そして、未だ戦い続けていた者達も、確かにそれを見た。

その場の誰もが。

溢れ出る光の源を。

 

悶え苦しみながら、自らの胸元を抑え込もうと足掻く黒い青年。

その青年の胸元を、内側から引き裂きながら現れる異形の腕。

 

蛹から羽化した直後の虫の様に透き通り。

しかし、大理石を思わせる重厚さを伴い。

瞼を閉じても眼を焼く程の光の白。

 

「何故……! 何故目覚めるのです! 貴方の生には、救いも、安らぎも……!」

 

苦悶、悲しみ、疑問。

全てが入り混じったテオスの問いに、答える声が一つ。

 

「ある」

 

二本の腕が青年の胸元を内側から押し開き、噴き出す光と共にそれは現れた。

見慣れた姿だった。

獣の腕とも篭手とも見える、強固な装甲に覆われた腕。

エネルギーラインが葉脈の如く走る、身体に張り付く様な鎧。

 

「幾つもある」

 

マントにも見える、孔雀の羽根を模した黄金の飾り羽。

複雑な意匠の施された肩当てに、胸元を飾る首飾り。

黄金のバックルの中心で、そして、ワイズマンモノリスと融合する様に、白く輝くのは霊石アマダムと魔石ゲブロン。

それはテオスの似姿として作り出された人類が、全ての人が生まれ持つ、テオスの域へと至る為の可能性の結晶体。

 

「まずは、お前を殺して、一安心だ」

 

六本角を頂く頭部で、巨大な複眼が光り輝く。

鈍い輝きを放つ黄金の装飾を纏った、純白の二十二号。

 

「人間風情が……!」

 

胸から腹と、常人ならば既に生きてはいない程の傷を受け、それでもなおテオスの顔に死相は無い。

所詮はこの世界で活動する上での入れ物に過ぎない肉の器は、テオスの存在そのものへのダメージには直結しない。

ただ、人への愛も、哀れみも捨てたと言わんばかりの怒り、屈辱だけがある。

裂けた身体から溢れ続けていた光が止まる。

代わりに溢れ出るのは黒い靄。

いや、それこそは宇宙。

未だ人類には観測も計測も不可能な宇宙を構成する闇。

空を照らすアギトの光の群れすら覆い尽くさんと、自らの身体も、周囲の光も飲み込み膨れ上がる。

そのあまりの大きさに全体を観測できないそれは、恐らくは大まかに人の形をしているのだろう。

 

宇宙そのものと言っても過言ではない存在が、敵意と害意を持って力を振るう。

空から降りてくる暗闇は正しく神の怒り。

それに抗う力は未だ人間には無い。

 

二十二号が空を見上げる。

足元には、東京一帯を覆い尽くす程に巨大なアギトの紋章。

純白の身体が解け、生まれた光の粒子が膨れ上がる。

 

「二十二号……」

 

葦原が形を失いつつある二十二号の背を見つめる。

何をしようとしているのか、ぼんやりとだが理解できた。

胸に去来するのは無力感ではない。

戦い続けるのならば、いつかたどり着いてしまう結末への寂しさか。

 

「戦うというのか、あれと」

 

半ばから割れた頭部装甲を外しながら、光の塊として膨れ上がる二十二号を一条が見つめていた。

心が折れた訳ではない。

だが現実問題として、倒すべき害敵から、恐るべき災害とでも見える何かに変わった相手に、それでも立ち向かう二十二号に、呆気に取られてしまう。

お前も行ってしまうのか、と。

そんな考えが浮かんだのかは、一条以外にはわからない。

 

「ははははははっ、あははははははは!!」

 

灰で彩られた仮初の身体で、尻もちをつく様に倒れたグジルが、闇と光で区切られた空を仰ぎ笑っている。

とうとう辿り着いたのだ。

真の王者が臨む最終決戦。

 

「あぁ……」

 

究極の闇が齎された。

戦いの場に。

ゲゲルの標的として。

それを、たかだかズの一員でしか無かった自分が見届けている。

 

「そいつは、私に勝ったんだ」

 

私に勝って、多くのムセギジャジャに勝って。

私達全員を踏み潰して頂点に立つ男。

究極の闇(旧き神)齎す(下す)究極の闇(新たなる王)

勝つか負けるか。

言う必要すらない。

フードの様な装飾で隠された、二十二号に似た仮面の下で、グジルは穏やかな表情を浮かべていた。

 

「────」

 

ジルが声も上げずに光の巨人を見上げる。

アギトとしての力を失い、しかし魔石の戦士としての仮面に隠されたその表情は誰にもわからない。

不安なのか、勝利を確信して見届けようとしているのか。

それを表現する手段は幾つもあるが、ジルがそれを使う事はない。

ただ、見上げるジルの手を握るものが居た。

ギルスの力を解き放ち、黒ずんだ装甲の魔石の戦士としての姿で佇む祝だ。

 

「交路くん」

 

闇の巨神と化した闇のテオスと同じく、光輝く巨大な人型になった二十二号に、最早顔と認識できるパーツは無い。

だが、祝が呟く小さな言葉に、確かにその視線が、意思が向けられる。

 

「待ってるから」

 

頷いたのか、視線を元に戻したのか。

眩い光の巨人と化した二十二号の動きを正確に捉える事はできないだろう。

しかし。

この戦場に居る全ての戦士が。

或いは、東京から離れ避難した市民たちですら。

人型であると認識出来ているものなど殆ど居ない中で。

戦いの予感を得ている。

 

誰もが声もなく見上げる中で。

光の巨人と闇の巨神が、互いを喰らい合う様に激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




☆巡り巡って石ノ森ワールドで円谷形態へと変身を果たした二、三話ネタロスマン
『ヘァッ!(迫真)』
なお、マスコット型の自律機械に魔石搭載型のペンダントなりなんなりを搭載し、人外に襲われて殺されそうな被害者に近づき
『これをつけて伝説の戦士に変身するヘボ!(裏声)』
という形でなし崩し的に魔石の戦士を増やすぷいきゅあ計画(或いはトランセイザー計画)が暖められていたが、今回の事で
『へっへっへ、心配することはない……(ゲス声)』
という新たなプランが一瞬だけ生まれた
夢の中でヒロインと接触する事で現実世界へと旅立つ辺りは実に王道なのではないかなと思わない事もないでもない
出会った場所も別れた場所も深く魂に刻まれているのでそこ以外での接触は一発で正気に戻る程の違和感を抱ける
或いは接触場所がポレポレとか最終回後の乙彼の河川敷だったりしたら復活が遅れたかもしれない
ライアルには意地でも進ませたくないので色白にして思い出深い装飾も増やした
そもそも自分の胸の中(物理)にダグバの本体とも言える石がひっそり埋め込まれているのでそこ以外に出てきたら偽物確定である
変身形態はシャイニングというよりもビッグバンフォームとか、或いは捻ってグローイングフォームというか、そんな感じ
アルティメットの上というより、一段上の段階の初期形態、みたいな
当然光の巨人は今回限定

☆ASHRさんとG1条さん
流石に今回ばかりは相手が悪かったかなぁと思う
実際変異と戦闘経験でASHRさんはエルアギトとタイマンなら勝ててた可能性があるし、一条さんはまだスーツ破損によるキャストオフからのベルト破損での多段進化が残っていたので取り巻きが邪魔しなければ勝ててた
どさくさでギルスの力も戻ってきたし、一条さんもともすれば何かが起きる可能性を否定できなくなった
でも次の龍騎編では流石に出番を作るのが難しいのだ……

☆突然のゴウラム
ベルトさん『うおぉアカンアカン死んでまう! ゴウラム、ゴウラムー!』
みたいに気合で呼んだ
本来操作権限があるかは不明だが、なんか必死だったので思わず応えてしまった説がある
割とゴウラムは命令に答えるタイプなのかある程度の自意識があるか謎

☆ヒロインズ(ダグバ以外)
原発ハシゴ後
アギトの力を取り込むと苦しむ、という事前情報があったので、それを狙って適当なタイミングで自分から力を渡して衝撃を与えて、主人公が出てくる助けをしよう
みたいな作戦を立てた上でベルトにその記憶をバックアップして脳味噌からは消した
人間の意識や記憶を読むって話なのでね、それくらいの拡張性はあるベルトなのだ
力を手放す、捨てる事がギルスに可能か、という点に関しては半ば賭けだった模様
一部ヒロインムーブしてるけどそれに対するアンサーは次回な
進化形態が単純にアメイジング化でないのはアギトの力にギルスの力の影響

☆ダグバ
こいつとの出会いも決着もあれ以外はありえない
実際初期とアギト編での主人公の振る舞いとか精神状態が大きく変化しているのはこいつとの出会い、戦い、別れが大きく影響している様にも見える

☆オリジナル戦闘形態を披露してしまったテオス
もうふわーって浮いてその場を逃げるテンションではなかった
アギトを消し去った後に人類に敵対的な種族を殺そうって考えは一件過激派だけど人類を守ろうとしているようでいて、マラークによる殺戮四十年見守りからの洪水とあんまり方向性は変わっていない
それでもアギトの力を集約した人間ごときが戦えるような規模の相手では無かったが……
理由に関しては後述

☆エルアギト(故)
身体能力で圧倒された上に武器にまでメタ貼られたのでどうにもならない
生き残ってた方もテオスが撒き散らした謎の力に飲み込まれて消滅

☆ママン
現場に居ないし何の変哲も無いので家で夕飯作って待ってるぞ
別に東京の方に視線を向けて、主人公復活と同時ににっこりと自慢げに笑っていたりはしない
けど子供の事は自慢の子供だと思っている事だけは確かなのだ


本編ではテンポの関係で説明出来なかった部分に関する、オリ設定乱舞な上にそんなふざけてないのでめっちゃ目が滑るであろう読まれるかは不明な自問自答のコーナー

Q,結局主人公はテオスに対して何をしたの?
A,主人公及びアギトの力こと火のエルこと光のエル及びグロンギの仕掛け人は、闇のテオスの中に対となる存在のアギトの力を全て集め、光と闇に分かたれる前、宇宙が生まれる前の無に近づけ、それを内部で炸裂させる事でビッグバン的な現象を再現し、闇のテオスを弱体化させる、という方法をとっています
闇のテオスが何故か自分に比べて遥かに矮小である筈のアギトの力たった三人分で苦しんでいたのは、宇宙が生まれるきっかけ、無を何らかの方法で宇宙に転じさせた衝撃、きっかけこそがアギトの力、後の光のテオス或いは火のエルであったから
母体となる無に性質も規模も近い形で生まれた闇のテオスは本能的に以前の自分を弱体化させた力を忌み嫌うし、それを抱えたまま今の自分を保つことが難しい為に苦しんでいたと解釈しています
なので現状、闇のテオスは元から考えると惑星とミジンコというくらいに弱体化してます
対してアギトの力を集約する核となっていた主人公は放出される闇のテオスの力だったものやアギトの力を幾らか吸収している為、一時的にそれに拮抗できる程度に強化されてる感じ
もちろんオリ設定の塊
ビッグバンについても否定説いろいろあるけど少なくともこの世界はビッグバンがあったという前提でお願いします

Q,魔石がテオスに至る可能性って?
A,これもオリ設定だけど序章にてほんのり予告してあったりします
この世界において、マラークの似姿として作られた動植物達は進化の果てにアンデッドや魔化魍になる可能性を秘めているし、イマジンが生まれる世界では動物に秘められた力も、人に秘められたテオスの力もある程度解明されて利用してる感じ

Q,じゃあどうやって魔石は作られたの?そも魔石ってなんなの
A,グロンギ或いはゲゲルの創始者、恐らくは火のエルと同様、光のテオスから派生したけど表立って闇のテオスには逆らわなかったであろうエル(雷のエルが居る可能性はイコン画などで示唆されている)の仕業
魔石を扱う戦士及び文明には、明確に分かたれた二つのエネルギーがある
それが封印エネルギーとモーフィングパワー
ここでは封印エネルギーこそが光のテオスの力、何にでもなれる可能性を持っていた無を宇宙という可能性に収束させる火種であり、これを使い人間の中からテオスの力の欠片とも言えるものを結晶化させている
封印は、何かになる、変身する、老化する、死亡する、というこれら可能性を全て閉じ、解除されるまで封印されている、という状態に可能性を狭めている状態を指す
なので、他からの接触が無い限りは問題ないが、封印を解く、という、別の場所からの干渉に対して封印は極めて弱い
人間から抽出して魔石を作るという工程はそれこそ公式ですらガミオがディケイドの時に示している
主人公が黒い煙を動物に使って魔石を量産しない、できない理由がこれ
魔石を使い戦士を作るというのは、後に魔石を持つアギトが生み出された時に、ここの主人公の様にして体内に取り込ませてアギトの力の収束用の核として機能するよう、闇のテオスに親和性を強くするという面も考慮されていた
歴代のンはテオスを打倒する為の戦士としての側面と、闇のテオスに対する銀の弾丸としての側面を持たされていた
当然、モーフィングパワーは闇のテオスの力の現れである
長じれば無から物を作り出すなんて正しく神の所業だからね、仕方ないね
なので実は、人間としての要素が切り落とされた王の洗礼を受けたオルフェノクからは魔石を作り出せない、みたいな話があるが、オルフェノクの王は出処もわかっているので確殺される可能性があるからそれほど気にしなくても良い
不死化したオルフェノクにしてもこのSSの設定だとマラーク化みたいなもんだし、アギトなら殺せる感じになっちゃうしね……
青バラ郵送にだけは気をつけよう

真面目な話したから好きな漫画の紹介入れるね……

☆☆☆スピーシーズドメイン☆☆☆
取り替え子と呼ばれる現象により、エルフ、オーガ、オーク、ドワーフ、翼人、等々、様々な種族が現代社会に存在する世界で繰り広げられる現代学園SFファンタジーラブコメディー
エルフらしく振る舞う事を意識しながら、異世界のエルフの様に魔法が使えない事をコンプレックスにしているエルフの取り替え子風森さん
ある日、屋上でぼっち飯と爽やかな風を楽しんでいると、屋上への入り口が施錠されてしまい閉じ込められて……
ええい面倒だ適当な電子書籍でまずは一巻を買おう!
男の子キャラも女の子キャラも基本的に全員可愛くて見ていてほっこりできる
男女のラブコメも良いのだが、男子同士のさりげない仲良し描写、そして人でない種族が人間社会で生きていく上での諸々の問題点をきちんエグくならない程度にしっかり描いている良作です
最新十巻はこの春発売!
単行本派だけど、かわいいかわいい恵良さんの負けヒロイン臭は良いぞ!



そんな訳でさして盛り上がらない上に原作主人公三人の内二人をはぶにする糞最終回でしたがいかがでしょうか
ハブにした理由は……翔一くんもこの状況で流石に生身で突っ込んでこないだろうってことと、氷川さんは自体の中心から離れた場所で戦闘を初めてしまったからってことと
名前付きキャラの人数が多くなりすぎると処理仕切れないというどうしようもない事情があっての事で特に好き嫌いの問題ではないのです……
ぶっちゃけ主人公があれこれ手を出して原作からそれすぎるとこういう自体もまぁまぁ起きる可能性があるので今回に限った話ではないけど、原作の主人公が必ずしも最終決戦で活躍したりしないと嫌だ、と、そう思う方にはおすすめしかねますこのSS
まあそれはクウガ編最終回の辺りで言っておくべきことだったとは思うのですが
それでもよろしければ、次回アギト編エピローグの投稿を気長にお待ち下さい

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。