やはり俺たちの防衛生活はどこかおかしい。   作:ハタナシノオグナ

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ただいま帰りました。


【追記】令和元年7月25日
誤字訂正致しました。
霧玖様、ご報告ありがとうございます。
本音を言えばこの辺りはルールがボロボロでして、書き直すべきでもあるのですが、恥は晒しておくとします。


(2)コブシヲニギレ

Hachiman's Reason ―大規模進行後・三門市内病院―

 

 

 

―――バケモノの襲来から早一月が過ぎていた。

 

俺こと比企谷八幡と妹の小町は未だに病院での生活を余儀なくされている。

別に、これといった重傷に見舞われているわけではない。

だが同時に、あの大災害で二人とも全くの無傷、という程の幸運の持ち主でもなかった。

それでも、見える傷などとうの昔に完治している。

 

で、ありながら。

 

そうでありながらも病院から出ることを許されてはいないのは、

 

『精神的に安定していないから』

 

……だそうだ。

 

言いたくはないが、あれだけの災害の後だ。

理由は様々であれ、同じ様な境遇の子供なんてゴロゴロいる。

そんな彼らと一括りにされ、病院内の一区画に妹共々放り込まれているのが現状という訳だ。

医者っぽい人が『なんちゃらグループカウンター(?)』とか小難しい事を言っていたから、一応こうして寄せ集められていることにも意味はあるらしいが。

もっとも、それらの似た境遇を共有する人間同士の中でも浮いていた俺は、やはり天性のボッチという事なのだろう。

 

……少し話が逸れたが、まぁつまり何が言いたいかと言うと、状況を共にするからといって経歴までもが同一ということは有り得ないってことだ。大なり小なり、現在に至るまでの差が生まれる。

 

そして、俺が精神疾患認定されたのは、大多数の子供とは絶対的に質の異なる理由からだろう。

 

俺は、両親を殺すつもりでいたのだから。

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

殺意は大規模侵攻から数日後の頃に起因する―――

 

珍しい苗字が幸いしたのか、俺と小町は同じ病院で再会できた。

小町が無事だったことに安堵と狂喜を感じたが、小町は怯えるばかりで会話もできなかった。

 

始めは、あれだけの事があってまだ恐怖から覚めないのだろう。

そう自分を納得させていたが、次第にそれは違うのだと気づいた。

小町はバケモノや他の人間ではなく、俺自身を恐れていた。

赤の他人であれば無視する程度だったが、俺が声を掛ければしきりに喚き声をあげ、手を伸ばせば威嚇でもするように睨みつけた。

訳も分からず、ただ拒絶だけを突きつけられた俺は、またあることに気づく。

 

両親が来ないのだ。

 

日頃小町を溺愛し、小町至上主義体制ともいえる両親が。

まさかくたばったのかと恐る恐る調べても、死亡者・行方不明者リストに比企谷の名前は無かった。

つまり、少なくとも生きてはいるということになる。

であれば、何故彼らはこの場に姿を表さないのか。

自分だけならば両親は来ないだろう。

いや、来るはずがないといった奇妙な自信さえあった。

俺の扱いなどそんなものだ。

 

しかし、小町がいるならば状況は変わってくる。変わらなければおかしい。

 

なぜ来ない? 来られないのか? 来たくないのか? 来る度胸もないのか?

 

当時はこんなネタを挟める程度の楽観をしていた。

少なくとも、全く相手にされていない自分よりは小町をわかってやれるだろう、と。

見落としていた可能性を視野に入れて舞い上がってしまっていたのだ。

その希望がまったくの誤りであったと気づかされるのは、そう遅いことでもなかった。

思えば、来ないと断言しながらも、心のどこかでは期待をしていたのだろう。

小町のために、という金科玉条に従う名目で瞑目し、己を優先させた。

少しくらいは気にかけてくれていいじゃないかと。更に小町を傷つけると知ろうとせずに。

そうして、愚かにも俺は怯える小町に対して必死で言葉を投げかけた。

 

相変わらず小町は怯えるばかりだったが、ソレを尋ねた途端、その様子は一変し、その目は敵への明確な憎悪を抱いて襲いかかってきた。

 

「親父たちについて何か知らないか?」

 

このたかがひと言が核心に触れてしまったのだ。

 

―――今思えば余りに軽率な行いだったと慚愧に堪えない。いくら悔やもうとも所詮は自己満足でしかないのだと、頭では知っていて、だ。どれほど他人に理解されない悩みであっても、俺にとっては―――

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

ショックで呆けている俺だけが『現実』から切り抜かれている間に、暴れる小町を看護師と医者が押さえつけ、鎮静剤が打たれると、すぐに薬が効いてきたのか糸が切れたように眠りについた。

医者が言うには、『キュウセイストレスショウガイニヨルカカクセイ』というもので、今は思い返させるような行為を慎むのが最良だという。

続けて、何が禁句なのかを知らなければならないから、と暴れる直前に何を話していたのかを聞いてきた。

 

その時、俺はどうしようもなく愚かな間違いを犯した。

 

―――俺は答えられなかった。答えたくなかった。

 

だってそうだろう。

 

いったい誰が、『家族を怖がって暴れました』なんて口にできるのか。

 

家族に嫌われているんです、と言えるのだろう。

 

そうしてまた、小町の為だと頷いて。

 

「わからないです」

 

 魔法(欺罔)の言葉を口にした。

 

嘘つきではありたくないと思っていたはずなのに。

 

そうある人間を嫌い、俯瞰し、奥底で嘲笑ってさえいたはずなのに。

 

ささやかな矜持としていたはずなのに。

 

気がつけば、俺はそれらと舞台を同じくしていた。

 

ひどく不様で、惨めで、醜悪なその生き方は、

 

―――しかしとても楽だった。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

その時は、まさか自分の口から卑怯者同然の言葉が出てくるなんて思いもよらなかった。

今でこそ理解しているが、それは………いや、その瞬間でさえ知ってはいたのだ。

俺の行いとは即ち、卑怯者『同然』ではなく、卑怯『そのもの』である事を。

だけれど、それを額面通りに受け止められる程には大人でもなくて、小町の寝ている隣で自分を正当化しては罵るという堂々巡りに陥っていた。

 

どれ程経った頃か。

気づけば、ベッドに伏したままの小町が俺を見据えていた。

まだ鎮静剤が効いているのか、その表情にはこれまでの様な敵意はなく、生気のない虚ろな目だけを動かしていた。

 

安堵し、声を掛けようとして、それを躊躇って。

幾度となくそれを繰り返す俺を見ていられなくなったのか、小町から声を発してくれた。

 

「―――ヒッドイ顔だなぁ、お兄ちゃん」

 

「………………………………………………………」

 

「目が覚めたのか、本当によかった!」そうやって声を掛けられるわけがないじゃないか。

涙ながらに抱きしめる事なんて、許されるわけがないじゃないか。

小町を追い詰めたのは、『こんな様』にしてしまったのは、他でもない俺の両親で。

そんな小町にトドメを刺したのは、間違えようもなく俺なのだから。

 

そんな身勝手な葛藤を興味無さげにも一瞥すると、今度は視線を宙空に投げ出してぽつりぽつりと言葉を口にした。

 

何の疑問も無く、露ほどの怒りも持たず、ただそうあれと言われたかの如く無邪気に、だ。

あれだけの災禍を経て、なおも歳相応に、カラカラとした笑みさえ浮かべて。

そんな妹の言葉は独り言のようで、物語のようで。

 

―――或いは、黙殺していた現実に似ていた。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「小町はねぇ―――棄てられたんだよ。ううん…売られた、消費されたって言うのかな?」

 

冗談だろう、と言えただろうか。恐らく言えなかったのだろう。

きょとんとした顔で、何を言っているのお兄ちゃん?―――と小町が嗤っている。

 

「自分が危なくなったら身を守る。みーんな、そうして生き延びたでしょ? おんなじことだよ。あの人たちは小町を差し出してその場を凌いだ。小町だって逆の立場ならそうしたかもしれないよ」

 

それは自らに宛てた言葉でありながら、吐き捨てる様に、呪詛の様に、どこまでも心を粉々に擂り潰したモノだった。

 

「小町は沢山の人達に可愛がられてきたよ。そりゃー可愛いよね? 可愛いんだもん。愛されて、チヤホヤされて、ていちょーに扱われて、もてなされて、磨かれて、拝まれて、ワレモノ注意で……美術品みたい」

 

声にはならない。だが、そうであってたまるものか。

 

「小町を見て大体の人はこう言うんだよ。''小町ちゃんは可愛いね''って。それで、その大体の人は小町になんにもして欲しくないの。だって小町は財産なんだよ。………そう気づいたら納得しちゃった。小町だってカーくんが知らないうちにどっかいっちゃったら嫌だもん。安全なお家の中で飼っていたいもん。…………でもね、いつかカーくんより大事なものを見つけて、どうしようもなくそれが大切になったら、きっと小町はカーくんを捨てちゃうんだ。」

 

まるで私みたいに、と戦慄いて言葉を留めた。その心憂さを吐露させまいと必死に嚥下している。

 

「だから、あの人達がしたことは間違ってないんだよ」

 

そんなものが、そんなものが親の所業であってなるものか。

 

「……………んー? どーして死にそうな顔してるの、お兄ちゃん。言ったでしょ? あの人達は悪くないんだよ。千円の価値はみんなが知ってるけど、お札でも硬貨でも、千円なんていくらでも替えがきくでしょ? 一緒だよ。小町っていう財産をどう使おうと、あの人達の勝手だったんだよ。」

 

叫びたい。強く否定したい。そうではないのだと。だがそれも叶わなかった。

ついさっき、俺はまさに『それ』をしたのだ。

身売りが嫌で、身内を売った。

 

ああ、喉が干上がる。目が枯れそうだ。

 

身体が水分を拒絶するかのようにとめどなく、目から、口から、鼻から。

 

片端から掻き毟って、嗚咽を噛み締めて、零して、

 

――ああ、熱い。

 

―――――――熱い。

 

―――――熱いんだ。

 

―――熱い、熱い…あつ…………

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

気がつけば、今度は小町が俺を心配するように覗き込んでいた。

未だハッキリとしない意識で聞くところによると、貧血で倒れたらしい。

先程の事を思い出してまた気持ち悪くなったが、意識が冴えるばかりで吐くこともできなかった。

 

「お兄ちゃん」

 

顔色を悪くする俺を、憑き物が落ちたかのように表情を塗り固めながら気遣う小町を見て息を飲んだ。

 

駄目だ。これは駄目だ。この顔は、俺達みたいな子供がしていい顔じゃない。

 

嘘に塗れて、長いものに巻かれて、建前に流されて、何が本音かさえ忘れてしまった『ヒト』のソレは、小町でありながら

 

――――――例えようもなく気持ち悪かった。

 

俄な怒りを吐き気が上回り、慌てて右手を口許へと差し出す。

 

……いや、いっそ自制なんて取っぱらってしまえばいいじゃないか。

そうだ、俺は何を思い悩んでいたのだろう。言ってしまえ、言ってしまえ、言ってしまえ

 

唐突に、それは本当にふとしたタガの緩みだった。

意識と言語の狭間にある堰を切ったように、本来濾過されるべきモノも綯い交ぜに。

 

―――氾濫した(ブチマケル)

 

「小町、あんな言葉は違う。子供を道具として処分するなんてのは、それは絶対に違う。お前は怒っていい。怒鳴り散らしていいんだ…!どうして置いていったんだと!どうして一緒にいてくれなかったんだと!……恨んでいいんだ。憎んでいいんだ。認めなくていいんだ。………自分に嘘をつかなきゃ耐えられないような相手を、自分を殺してまで守らなくていいんだ。そ………な相手に......自分を売り渡しちゃ……けない…たのむ、頼むよ………兄ちゃん頼むから………殺さないで………死のうとしないで………独りぼっちにしないでくれ………」

 

―――ああ、まただ。

 

断じて、これは小町への思いの丈とかじゃない。

 

自身への贖宥状だ。

 

卑しい、醜い、浅ましい。そして甘美だ。

 

嗚咽と我儘まみれで、途切れ途切れでようやく言い切った中に小町を案じての言葉など一片もない。

 

だが、こんな醜悪な言葉にこそ、小町は反応したらしい。

 

声を荒げるでもなく、かと言って据わった表情でもなく、ハイライトの消えた瞳に涙を浮かべて泰然としていた。

 

「きっもち悪いなぁ、お兄ちゃん」

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

きっとこれが、初めて口にした小町の言葉だ。

 

「そんなの言われなくても怨んでるに決まってるじゃない。大嫌いだよ、だいっ嫌い。怨んでるもん。憎んでるもん。殺したいもん。気付きたくもないのに、夢にまで居座っているくらい図々しくて。その度にどう殺してやろうかって考えて、でも小町はいい子だからそんな怖いことできないし、アレの笑顔がチラつく度に八つ裂きにされたみたいに嬉しいし、おかーさんに会いたくないけどカーくんは右眼しか見つかれない。投げて転んでダルマさんごっこみたいだったなぁ。んっ…ねえ苦しいよ誰が巣穴と帰ってない今日の宿題は胡麻プリンだったけど亀の餌でいいよね?だってマンモグラフィであってる筈だよ、だってだってだってだってだってだってだってだってだってだって」

 

どうしようもなくて、抱き留めた。

 

酷い有様だ。

 

心はとうに擦り切れてしまった。

 

元々華奢だったその矮躯は、握れば塵となって崩れかねないほどだ。

 

自分を美術品と例えた妹は何も好き好んでああしていた訳ではないと、眼前の光景が如実にそれを語っている。

 

―――当たり前だ。

 

小学六年生の女の子が実の両親に裏切られ(棄てられて)、実兄が (執拗に苛ませる)それを思い返させる。

 

そんな地獄があるのだろうか。

 

存在してよいのだろうか。

 

許容されてしかるべきものか。

 

―――冗談じゃない、冗談じゃない!!

 

耐えられる訳が無いのだ。

 

それでも必死に抗って、味方もいない中で行き着いたのがあの様なのに。

 

生きようと、死にたくないと、小町の精一杯の生存戦略だったのに。

 

「ゴメンな、本当に良く頑張ったな。小町」

 

聴こえているかも定かではないが、耳許でそう伝えた。

 

「ゆっくりでいいから、信じてくれ。俺が小町の味方だ。俺だけは、死んだって小町の味方だ。これからは、ふたりで生きていこう。」

 

どう受け取ってくれたのかは分からない。受け止めてくれたのかも。

 

それでも、いつかは信じてもらえるようにと願って。

 

次第に深く、そして穏やかになる呼吸を感じて、小町を静かに横たわらせた。

 

なにが解決した訳でもないのに晴れてゆく思考と滾々と湧いてくる粘度の高い感情は、やがて××となって落ち着きを見せた。

 

必ず×××!!

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 




お久しぶりです。ハタナシノオグナです。
一応年内にご挨拶できたこと喜ばしく思っております。まぁ、5000字で切り上げたからできた事ですが……。

さて、お話の方はといいますと、今回も暗い内容ですね。年の瀬に投稿するにはどうなのかといった問題はありましょうが、久しぶりに書けた内容ですので案外自己満足もはかどっております。
また、今回も本編は一人称視点で進んでおります。…………ちゃんと意味はあるんですよ?

何はともあれ、来年もまだまだ続ける気概でいます。
掛けられる時間は年ごとに減ってはゆくでしょう。それでも辞める気はございません。
私自身の趣味の範囲で留まる限り、やりたい放題尽くします。
それでは皆様、よいお年をお迎えください。
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