やはり俺たちの防衛生活はどこかおかしい。   作:ハタナシノオグナ

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次回は本編に戻ると言ったな? あれは嘘だ。
琴時編は頃合いを見て追加すると言ったな? それが今だ。
ということでご無沙汰しておりました。ハタナシノオグナです。
本来こんなことしてる場合ではないのですが、現実逃避も時には必要でしょう。
ということで趣味に逃げました。
どうかお楽しみあれ


(4)君を気にしない日など

Kotoki's Doom―新学期開始後・比企谷支部―

 

 

 

四方八方十重二十重、あらゆる言葉が私の為にあった。

 

お前のせいで。

何でお前だけ。

生きたかった。

死んでしまえ。

 

概ねこのような言葉の数々。

 

坩堝に、この世すべての呪いを注いで。

砕け損ね、溶け残った私は、ひとりぼっちで泥の底。

 

はっは、コレではまるで『アイドル』だ。ハッチボッチステーションと笑ってもいられない。私としてはそれそろ迎えが欲しいのだけど……。

 

……ああ、来た来た。

遅いじゃないか、まったく。

 

夢の間際は常に同じ。

 

『声』凄絶に叫んで曰く、これは私の『咎』であると。

永劫に贖えぬサバイバーズ・ギルトであると————

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

冷や汗をかき、怯えながら飛び起きるような真似はしない。

最早こんな悪夢でさえも、せいぜいタチの悪い目覚まし程度にしか感じなかった。

逃れるように、心の内でする仰々しい言葉も平常通りだ。

 

ああ赦せよ、名も知れぬ同胞。お前達の生命は助からなかったけれど、お前達の『一部』は、確かに『俺』が請け負ったから。

 

日常に組み込まれた『儀式』を終え、私は見慣れた部屋模様と微かな生活音に安堵する。

 

俺って一人称について? なんとなく強くなれる気がするじゃないか。

とはいえ、やっぱり気分のいいものでもないなぁ。

 

目を閉じて、ふかーくふかーく息を吐こう。

 

1.2.3.…………

 

幾分マシになったかな。今度は吸ってー。

 

1.4.2.……っと……違ったかな?

 

ま、いいでしょ。着替えよっか。

世の中には兄の前で着替える妹(どこぞの小町ちゃん)も居るらしいけれど、義兄大好きな私も流石にそんな事はしないな、恥ずかしいし。

いや、わかってはいるのよ? 兄妹だってね? でも、義兄さん包み隠さずシスコンなんだもの。異性向けの愛情じゃなくても恥ずかしくもなるわよ…………まさか本当に好きなわけじゃないわよね? いやっ! 私も好きだけどッ! そうじゃなくてぇぇぇ!!!

 

……みたいなヒロイン脳を持ってればもう少し明るくなれるものかしら。

ハァ、司○深雪が少し羨ましい。

まあ、兄はこっちの方が上ですけれども?

私達合法的に結婚できますし。

 

というブラコンアピールも済ませた所で準備も完了。

愛しの兄さまに会いに行こう(そんな大げさな事でもないけど)。

 

意を決して部屋から踏み出すと、僅かに温かい空気と爽やかな渋みの芳香が出迎えてくれた。

 

ほう、今日のほうじ茶はアタリかな? 随分と香りがいい。

 

四月とはいえまだまだ朝夕は冷え込む。

ただ温まるだけでなく、うなされた後には絶好の安らぎだ。

 

フフーフ、ささやかな楽しみを控えていれば二度寝への未練も断てるというモノ。

まったく、頭の下がる兄さんだ。

 

ふと立ち止まっていた事に気付き、改めて歩みを進める。

まだ寝ているはずの比企谷兄妹を起こさないよう慎重に、足音を忍ばせつつ階段を降り、リビングを覗き込む。

 

そこでは、私を最愛と公言して憚(はばか)らない義兄がお茶を飲みながらほっこりしていた。

 

……なんか男のクセに『女子力』という言葉が似合う光景だ。腹立つ。

 

「おはよう琴時」

 

ついついぼけーっとしていた私を笑顔で迎えて湯飲みを差し出してくれた。

 

「おはよう兄さん」

 

私も挨拶を返し、湯呑みを受けとった。火傷をしないようゆっくりと口に含む。

しっかりと温められていたらしい小ぶりな湯呑みは、淹れ立ての魅力を損ねることなくその温度を保っていた。

 

ああ、これはラテとして頂くには惜しいなぁ……。

 

腹式呼吸を繰り返しながら顔をほころばせる私を見て満足したらしい。ようやく納得いったようだ。ほうじ茶と言えば専らラテ派の私がそのまま飲んでいることも一助となったろうか。

………いや、それを差し引いても会心の出来と言えるだろう。

何より、まだ午前六時だというのにこの手の込みようだ。

 

「……ありがとう」

 

色々な思いを込めて込めてお礼を言う。

「どういたしまして、喜んでくれた様で何よりだ…………一応感想を聞きたいね」

 

「むッ……野暮」

 

「ウグッ」

 

こうか は ばつぐん だ !

 

ついでにどうやら急所にも当たったらしい。

先ほどまでとは真逆の表情に耐え切れず吹き出してしまい、フォローに回る。

 

「フフッ、冗談冗談。すっごくおいしかった」

 

「あー、安心した。危うく意識を手放すところだったよハハハ」

 

目が本気なのよね…………あれ?

 

不意に目に留まった時計が疑問を生む。

 

「そういえば……今週の家事当番は私よね?普段この時間はまだ外じゃなかった?」

 

比企谷支部、もとい比企谷・杜家共同住宅での家事全般は週番制となっており、今週は私の当番であったはずである。(ちなみにこの家庭では共同生活基本法が制定されている)

兄が自分の当番の日を間違えるはずもないし(殊に私が当番の際には)、起床が早いのはいつもの事としてもこうして家に居ることは珍しい。

普段であれば……そう、日課と称してのランニング中ではないか。

 

「ああ、その事だけど今日は少し早く出て司と瑞璃さんに会ってきた。」

 

―――――――あっ。

 

たった一言で合点がいった。お父さんもお母さんも、『仕事』の都合上あまり家にいる訳にはいかない。(もっとも、お母さんは好きで付き合っているので本人曰く「デート感覚」らしいけど)

そういった理由で二人に会えるのはどうしても一般の生活リズムから外れた時間帯となる。

義兄だけを呼んだのもその辺りが理由なのだろう。私としてもお母さん達には会いたいけど、こればかりはどうしようもないか、と私の中で折り合いはつけている。

会えるのが急なのはいつも通りだけど、夜中に呼出すのもなかなか稀だ。

恐らくだが、新学期に入った事を思い出して(保護者としてはどうかと思う考えだが)せめて息災か知りたかったようだ。

 

「元気そうだった?」

 

あのふたりのことだ。

まさか病気などはしてないとは思うけど、最後に直接会えたのが二か月前では心配にもなる。

 

何気ない言葉を投げかけ、湯呑みから立ち昇る湯気をなぞって兄の顔に焦点を合わせると、思わぬ顔が浮かんでいた。

 

「……………………………………………………………」

 

……え? ちょっとやめてよ、なんでそんなそんな深刻な顔なのよ?

 

心に寄せるさざ波を感じながら兄の言葉を待つ。が……

 

「砂糖吐きそうだった……」

 

「あっ、ああぁ……そゆこと……」

 

結果として、私の考えは杞憂に終わってくれた。

 

それにしても、兄さんをここまで苦い顔にさせる人はそうはいないだろう。

つい顔が引き攣ってしまうけれど、それも許してもらいたい。

何しろアレで三十七歳と三十六歳だ。見た目が若い(特にお母さん)せいでライトノベルの主人公&ヒロイン(特にお母さん)にしか見えないし。

 

……しかも籍入れてないのよ!? あの雰囲気で!!!

 

…………少し熱くなっちゃったけど、シスコンの名をほしいままにする兄さんをして胸焼けがするといえば伝わるかな……うん、アレはおかしい。

 

こんな話がある。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

『あの事件』の後、初めての授業参観の時だ。

あの時は、お父さん・お母さんが初めて私達の行事に顔を出してくれた。

呼び方もまだ慣れていないなかった頃で、司さん、瑞璃さんと呼んでたっけ。

居てくれたのが嬉しくて、思春期始めの頃だったのに頻りに教室の後ろをチラチラと見てい

 

幸いと言うべきか、私達のクラスで親族を喪ったのは私の家だけだったので、担任の先生も、クラスの皆も、私を咎めることなく(むしろ安堵さえ浮かべて)見守ってくれていた。

 

……とまぁ、それだけなら微笑ましいだけで終わってたはずなんだけど(当人除く)。

 

そんな中で、唯一ダメージを負ったグループがいた。

何を隠そう、参観に訪れていた父兄の方々である。

 

考えてもみて欲しい。日本国の平均初婚年齢は上昇の一途を辿っており、そこから導き出される「十二、ないしは十三歳の子供を持つ人間」の推定平均年齢は、男性四十四歳・女性四十二歳。

 

対して、司さん三十三歳(当時)、瑞璃さん三十二歳(当時)。

加えて瑞璃さんは絶世の美女(独神)と来た。

 

本来であれば、三十代の女性とは年齢のことを気にするのではないだろうか。(そういった意味では平塚先生を見ているとこれが普通だよなぁ……と頷けるのだけど)

ところが、当の瑞璃さんはまったく気にしてなかった。(というか、本人にはケロッとした顔で「最近の女性ってそんな事気にしてるの?」と言われた。浮世離れが過ぎませんか……)

 

……少し脱線したけど、とにかくひと回りほども年の離れた、恐ろしく美しい自称夫婦(詐称独身)が訪れたのだ。

 

例え本来子供達宛の視線を拐かし、参観にいらっしゃった男性陣の心を満遍なく魅了し、或いは女性陣の精神を悉く打ちのめしても、それはきっと仕方のないことなのだ。南無三。

 

結果として、あの教室は女神(お母さん)を崇め奉る神殿と化していた。(その女神御本尊様が授業見学が出来ないと怒ったせいで教団は解体したが)

最後まで本人は無自覚だったろうけれど、終業の頃には外見的な年の差は十二支どころか干支ひと回り(六十歳)程もあった……と、今なお同級生の間で語られる伝説となっている。(お父さんはそれを聞いて自慢げに大爆笑していた。ホントさっさと籍入れればいいのに)

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

――――思い出したら私まで胸焼けがしてきた……ああ、これ以上はやめておこう。

 

急須に残ったお茶を絞りきって、一気に呷(あお)る。

 

まだ仄(ほの)かに温さを保っていたそれは、僅かに胸の内のモヤモヤを癒してくれた。

 

なるほど、兄さんがほうじ茶を淹れた理由がわかった。あてられたのね……。

 

お父さんもお母さんも、日頃からそんな感じだからとてもそうとは見えないだろうけれど、二人は何の比喩もなく私達義兄妹にとって『命の恩人』なのだ。

それ程までに、『あの事件』は私達を追い詰めた。そしてそれは今日に至るまでずっと変わらない。

 

───────例えば、だ。こんな事実がある。

 

私達には、家族がいない。

 

正しくは『本来の意味での』という条件を付すべきなのだろうけど、私はあえてこの言い方をしている。そしてこの事実は、私達の感情表現を大きく捻じ曲げている。

家族がいないから、制度上の家族に強く依存する。してしまう。

日頃ここまで私が好きで好きで仕方のない義兄さんでさえ、私と何の血の繋がりもなく、『私が愛する義兄』という役割に過ぎず。本当の父親の顔も覚えてはいないのに司を『お父さん』と呼び、瑞璃さんに対しては本当の母さんとは違うと知っているから『お母さん』と甘える。誰かの面倒を見ることで自身の問題から目を逸らそうと小町ちゃんを猫可愛がって、『悪そうな従兄』を窘めるポジションが欲しくて『優等生』の外観を追い求め。

その様はまるで、人を使ったおままごと。ロールプレイング。

 

言うなれば、そんな家族的概念に依存している。狂信的に、それがなければ壊れてしまう程に。

 

これは何も私に限った話でもなく、義兄さんにとっても、私という存在は『大好きで守るべき義妹』でしかないし(本人は中二病と言い張ってるけど)、私達にとって司さん達はそれぞれが『両親』という役柄のアクターとアクトレスだ。

かと言って、義兄さんやお母さん達を本心では嫌っているということもないし、義兄さんに対しては『あの事件』より前からこんな感じだった気さえする。

ただそう依存することしか出来なくなっただけで、感情そのものまでは変わってない。

それに、そもそも互いが互いの片親の連れ子だった私達にとって、血が繋がっていないことに対する心の折り合いなど今更つけるまでもなく、考えたことさえもなかった(考えるには多少幼すぎたという実情があったにせよ)。

 

────ああ、そう?

 

いずれにせよ、こんなたった一言で事足りるモノだったのだ、本来は。

 

だけれども、人の世は往々にして優しくない。

否が応でも傷は抉られるものであり、またこの度もその例には漏れなかった。

心の内はこんなだというのに、私達を見て人々は宣う。

 

「彼氏/彼女みたいだね」と、一片の悪意もなくそう零すのだ。

相手方の善意無過失を知っていても、この言葉は結構堪える。

 

例えば「セックスしたい」と高校生の脳みそで考えたとして、或いは私達自身の意思とは別にそれに類する状況が生まれかかったとして、だ。

私達義兄妹が互いを相手にその選択をし、実行に移すことは、いかな理由があろうともない。

 

もちろん内心の自由は憲法が認めているし、私(或いは兄さん)に『近親相姦』という多少倒錯した性癖があろうと、それは所詮個人の問題、大したことではないはずだ。

刑法や諸々の条例がおっ始める年齢に制限を課していることを除けば、世間一般的に私達は『他人』であり、禁忌的な趣はその字面だけのものだから。

しかしそれをしないのは、できないのは『兄妹』とは、『家族』とは、社会通念上そういうものではないからだろう、きっと。

 

それを犯せば、私達は義兄妹ではなくなってしまうじゃないか。

心の安定が崩されてしまうんじゃないか。

 

そんな恐ろしさがあって、また『兄妹』であることにのめり込む。

私達の自己愛から来る行いが、どれほどカップルや夫婦に見えようとも、また私達がどれほどそれを望もうとも、その実はメンヘラ×2の傷の舐め合いなのだ。

 

こうして私達は、今日も『理想』の義兄妹である為に。

 

どうしてこんなことになってしまったかが分かっているというのに、どうにもできない歯痒さは何度感じたか。愛することを、その体を保ったまま依存することを心が強いて、体は従うだけ。

好きでいたくないわけじゃない。それでも、私達は自分を守るために相手を好きでいる。

一体誰が、どれだけの人間が自身の正気を確信出来るのだろう。

こんな浅ましい『自我』とやらを持ちながら。

 

こうなってしまったのは、苛烈な災禍に晒されたから、ではない。

……いいや、それでは誤解を生もう。

そればかりが原因の全てではない、と言うべきか。

あの大規模侵攻だけであれば、きっと私は唯死んでいたか、持ち前の楽観的な性格で何も感じていなかったことだろう。

 

私にとって本当の地獄とは、きっと騒ぎが収まった後の方だったのだ。

 




話がバッサリ途切れていますがここから先はしばらく投稿せず、今度こそ本編に戻ります。
次話以降の構成上どうしても入れておくべきと判断したために追加したのでね……
それはともかくとして、こうして戻ってこられたことは本当に喜ばしい限りです。
失踪は宣言してからしますので、たとえ9ヵ月ぶりの投稿だろうとこれが平常運転です(強弁)。
ではまたいずれ

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