やはり俺たちの防衛生活はどこかおかしい。 作:ハタナシノオグナ
誕生日おめでとう、比企谷八幡。
どうか彼等彼女等が幸せな世界が訪れますように。
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「────んー…………」
先生達の長々しいだけのお説教をやり過ごし、晴れて夏休みへと突入したばかり。
大概の生徒が晴れやかな顔で学校を後にする中、比企谷小町だけはぼんやりと悩んでいた。
……お兄ちゃんの誕生日プレゼントどーしよ?
ここ何年かというもの、同じ頃、同じように悩むのが慣例となっていた。
今年もその例に漏れず考えてはみたものの、年を追うごとに選択の幅が狭まるということもあって、選ぶために必要な時間は二次関数並みの増え方をしている。
「あづーー……」
そこに加えて連日の酷暑。特に梅雨明け以降は太平洋高気圧が猛威を奮っていた。
思考などまとまろうはずもない。
「小笠原気団は温暖湿潤……ああ愛しのシベリア気団ちゃん……」
受験生らしく理科の知識を口もとで弄りながら、去年も似たようなことを考えていたことを思い出す。
確か茹だりそうな気温と湿度に辟易し、自分のものと揃える形で保冷性能に優れたタンブラーやら冷感を謳うシャンプーやらをまとめて贈ったのだったか。
「でもネタ被りは小町的にポイント低いしなぁー……」
時期が似るなら思考も似るのか、いつかの焼き直しのような発想をしては廃案ということを繰り返し、気づけば1時間以上が過ぎている。
扉越しにしていた生徒の歓声も減り、校庭からする運動部の掛け声や吹奏楽部の疎らな音が空の校舎に寂しく響いていた。小町はそんながらんとした学校の生徒会室でひとりのんびりと唸りをあげる。
ここならば冷房も使えるだろうという心算は甘かったらしく、空調設備は管理権が職員室に集約されていた。大方消し忘れ防止のための措置だろう。小町にとっては不満極まりないが、家庭人として合理性を踏まえれば頷くほかないというジレンマであった。いずれにせよ、施錠されているはずの部屋で空調が作動していればそれはそれで怪しまれるのだが。
とまあ、諸々の状況を鑑みて快適な環境確保は諦めたものの、落ち着ける場所であることに変わりはないのだからという理由でそのまま居座っていた。
もちろん現役の生徒会役員がこっそり忍び込んでいるなんて学校も想定外だろう。仮にバレればタダでは済まないことは言うまでもなく、それに何より小町の代で露見するわけにはいかない。
実はこっそり合鍵を持っているのは生徒会代々の秘密なのだ。
「んぁー…………」
暑さのせいか、頭がぐるぐるしてきたことを感じて撤退を決意した。
誕生日プレゼントは帰る道すがら悩むとしよう。
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学生は夏休みでも、世間は平日。
帰り道を少し外れて立ち寄った先がそこそこ大きな駅ということもあって、老若男女問わず多くの人が昼食を求めてふらつき、あるいは頬張りながら談笑していた。
学校を遅れて出たためにお昼時と重なってしまった格好だ。
「──その手があった」
雑踏の中でたまたま目に止まったのは1人のビジネスマンらしき男。その首元。
クールビズが励行されるこのご時世に真っ向から立ち向かう気でいるのか、ただのお洒落要素なのか。その男の首には鮮やかなネクタイが結わえられている。締め付け過ぎず、それでいてだらしなくない程度に形を整えたタイはむしろ全体的なバランスを見栄え良くしているように思えた。なんというか、オトナな感じだ。
「────うん、今年はネクタイにしよう」
決意を呟いて、すぐさま柄に思いを巡らす。
シックなものもいいが、どうせならお兄ちゃんが自分では買わなさそうなものにしよう。派手目な柄物とかいいかもしれない。
一度方向性を固めてしまえばアイデアは湧いてくるもので、家に着くまでにたちまち候補を挙げ、いくつかに絞るまで実に調子良く進んだ。
「よし、これと……これにしよう」
とあるお店のサイトに辿り着き、選んだのは2つ。
和紋様っぽいナロータイと、赤と青と白が入り混じったような……古ぼけたフランス国旗をパレットの上でぐちゃぐちゃにしたような……変な、でも綺麗な柄のもの。ペイズリー柄と言っていいのかな?
散々な言い方をしていてなんだけど、お兄ちゃんには似合う気がした。
そんなこんな物色を重ねていると、出掛けるには少しばかり遅くなってしまった。
でもその代わり、我ながら満足のいくものが選べた。あとは明日にでもお店に行って現物を見に行こう。
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果たして、現物は写真以上の出来だった。想像以上のものに満足してついもう一本余計に購入してしまったほどだ。
ただ。
「シルクとはいえ、緑のアーガイルはやりすぎたかなぁ……」
悪意がないとはいえ、贈り物で遊びすぎた気がしないでもなかった。
小町が見る限り似合うことは間違いないだろうが、そもそも八幡は私生活でそこまで積極的にネクタイを採用しない。
そんな企画倒れの感さえ否めない事実を、しかし小町は黙殺した。
「まっ、いっか♪」
機会がないなら作ればいい。習慣がなければ習慣にすればいいのだ。早い話がこれを機に日常にしてしまえばいいのである。
それにいつぞやの川崎さんの時のように、いつまたスーツがいるとも限らない。体型が変わりやすい時期に本格的な一式を拵える必要があるかはともかく、ネクタイはやはり揃っていて損はないのだ。うん、何も問題ないね!
脳裏に浮かんだ不意の懐疑を瞬く間に氷解させて、小町は鼻歌交じりに歩き出す。
ところが、間もなくして小町は軽やかだった足取りを縫い止めた。
「────あれって……」
思いつきのついでに、プレゼントをもうひとつ増やしてみようかと思い至った。
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────そして。
瞬く間に日は過ぎて、遂に誕生日の当日。
お互いにどこかそわそわしてしまい、なんともくすぐったいような時間を過ごしていた。けれど、考えてみれば別によそよそしくする必要なんてないんだったと気がついて、少し早いけれどプレゼントを渡す決心をした。
「おにーぃちゃん!」
別に特別なことをする必要はないって考えたばかりなのに、やっぱりちょっと恥ずかしくて、少し小悪魔な小町で声をかける。
「お、おう」
お兄ちゃんはお兄ちゃんでどうしたらいいか分かってないらしい。いい加減慣れればいいのに、……ってのは小町もだった。
「お誕生日おめでとう! はいっ、プレゼント!」
「──おう、サンキュ。愛してるぞ、小町」
「小町はそうでもないケド、ありがとー!お兄ちゃん!」
また照れ隠しに心にもあることないこと言ってしまった。ん? ……まぁいっか!
「ささ、開けてみて!」
「おう。ありがたく」
そう言って丁寧に包みを解いていく。その手つきさえもが愛おしい。小町の思いは届くだろうか。日頃の感謝は伝わるだろうか。心からの愛は響くだろうか。
『どうかバレませんように』と白々しいお願いをして、淀んだ目に光が差していくのを見詰めた。その光景に小躍りしそうな身体を抑えると、代わりにニンマリと口角が上がる。兄妹だからこそ読み取れる兄の高揚感を証に、誰宛でもない勝利宣言をすることにした。
「ふふーん、どう? 気に入った?」
「ああ……ぁあ、スゲー……うれ、しい……」
唇も声も震わせてどうにか絞り出そうと頑張っているようだけど、結局は手で顔を覆いながらうずくまってしまった。
「ズルいなぁ、お兄ちゃんは。どうっ……して、そこで、泣くの? ずるい……よ……っぐ」
堪えようとしても、ダメだった。小町もついに堪えられなくたって、お兄ちゃんを抱くようにしてわんわんと泣き喚く。
誕生日を祝うだけで大袈裟なって、自分たちでも思うけど、でも小町達にとってはとても特別なこと。しっかり生きて、こうして誕生日をお祝いして、お祝いされて、ありがとうって言われて、ありがとうって返して。
それが途方もない奇跡に支えられてるって思い返して、それで怖くなる。小町はお兄ちゃんの妹でよかったけれど、本当に幸せだけれども、それはどこまで続くんだろう。どこまで続いてくれるんだろう。
だから今、せめて今だけは。
思いっきり喜ぼう。怖いって泣こう。それでお祝いしよう。ありがとうって、恥ずかしくても何度でも言おう。
お兄ちゃんでいてくれてありがとう。
産まれてきてくれてありがとう。
誕生日おめでとう。お兄ちゃん。
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「──せっかく貰ったのに、シワにしちまったな。あと、涙も」
「いいんだよ、喜んでもらえたみたいだし」
「ああ、本当に、嬉しい」
今度はハッキリと感謝を伝えてくれた。少しだけ逸らした視線がまた『らしい』なって思う。
「──もうひとつね、プレゼント」
お互いに泣き疲れて、ちょっと頭も冷えて、恥ずかしさが帰ってきた頃。
ぽつりぽつりと会話を紡ぐ時間が続くことに耐えかねて、小町は繋いだ手をほどく理由を口にした。
興奮して熱っぽい肌の感触は少し名残惜しかったけれど、これ以上はやばいと本能が告げていた。
そんな時に限って残念そうに手を引きかけるお兄ちゃんは本当にずるい。そして、とんでもなく愛おしい。放蕩に依存してしまいたいくらいに。そんなことは誰も、小町だって許さないけれど。
「……これって」
先程のものよりも堅牢な造りを思わせる小包を手に、お兄ちゃんは首を傾げた。
「開けてみて」
お兄ちゃんは無言で頷いて、恐る恐る手を伸ばす。
しゅるしゅると小気味良い衣擦れの音がして、取り払われた包装の内からやや厳しい小箱が現れる。開くと、審美眼の有無なんて無視して『良い物だ』と思わせる腕時計があった。
メーカー自体は千葉にも本社がある精密さが売りの国内ブランドだが、デザインも落ち着いた雰囲気に洗練されていた。
「……高かったろ、これ」
事実、店頭で見せてくれた中で許す限りの高いものを購入したのだ。
言葉に詰まり、どうにかして口にしたのが値段のことであるあたり小市民っぷりが窺えるが、それも仕方ないと思えるほどの美しさを備えた逸品だ。
そして、それを購入した人間が自分の妹だという事実に並ならぬ思いがあることを感じとらずにはいられない。お兄ちゃんはそんな顔をしていた。
「中学生の買い物じゃあなかったかもね」
悪戯っぽく少しはにかんでみせて、少しだけ目線が沈む。
「……だから、
瞬きくらいの無音の先で、優しく微笑む兄を見た。
「ああ、大切にする。約束だ」
笑顔にも泣き顔にも見えるその奥で、一体何を感じているのだろう。小町のずるさを全部全部受け入れてくれて、こんなにも重い妹を許してくれて、縛り付けられることをよしとして、それでも笑えるのはやっぱりずるいし、強い。
でも、その強がりはやっぱり強がりでしかなくて、お兄ちゃんも苦しんでいるだろうから。
だからどうか、この先が幸せでありますように。大好きな人達が何不自由なく暮らせますように。お兄ちゃんと小町の未来が幸福に溢れていますように。もう苦しまなくてもすみますように。
たとえ叶わなくても、祈るくらいは許されるだろう。
だから、お兄ちゃん。誕生日おめでとう。
これからもよろしくね。
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改めまして、比企谷八幡の誕生をお祝いします。
今回は比企谷八幡誕生祭ということで、10巻扉絵で八幡が着用しているネクタイを欲しがった作者が出所を妄想した作品です。
私のストーリーと絡めてもう少しダークな雰囲気を出そうかと考えたのですが、7月18日以降辛いニュースばかり耳に残るものですから、どうにも幸せな物語を読みたくてこうなりました。理屈とかじゃなくただ幸せな世界に浸りたかったのです。とはいえ、やはり私が書く小町は私の世界の小町になってしまいましたが。
彼ならば、私の慰みからくる筆を『欺瞞』と一蹴するのでしょうか。
それはわかりませんが、読んでくださった皆様が少しでも幸せを感じて頂けたら幸いです。
それと最後に私なりの祈りを。
どうか見渡す限り幸せな世界でありますように。
どれだけ陳腐で荒唐無稽でも祈らずにはいられない日々です。
【追記】令和元年8月9日
やっつけ仕事ゆえ粗は元より織り込み済みでした。
大幅に改訂しました。
【追追記】令和元年8月11日
一部文章の修正(削除及び添加含む)を行いました。