イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
ようやくランキング下火になって逆に安心してます
「っと」
ポッドから手を離して、9Sが降り立った。その隣に2Bが続き、顔を上げて此方に近づいてくる。11Bはイデア9942の背中にさっと隠れた。
「イデア9942。さっき、ここにアンドロイドが来ませんでしたか? こう、長い髪で僕達ヨルハと同じタイプのA2というアンドロイドなんですが」
2Bの天頂から腰元まで手で尺を表現し、髪の毛がここまであるぞというジェスチャーをする9S。2Bもたとえとしてはわかりやすいのが分かっているのか、別段彼の行動を咎めたりはしなかった。
「ふむ、この身が機械生命体だと認識するや否や、先程襲い掛かッてきた。なんとか撃退したはいいが、どこかへ行ってしまったよ」
2Bたちとしては、こうした平凡な回答ではなくA2というアンドロイドの特徴や普段どこにいるかの情報がほしかったのだが、しれっと誤魔化したイデア9942の本当に知らなさそうな口調を聞いて内心肩を落とした。
「逃げていったのか、それはどっちか分かる?」
せめてそれぐらいの情報くらいは欲しかった9Sだが、イデア9942は否と首を振った。
「いや、城壁を超えたのは向こうだが、相手も馬鹿ではないだろう。すぐさま別の方向に走っていッただろうし、マーカーも付けていない。追いかける助けにはなれない。すまんな」
「ああいえ、そっちも襲われて大変だったでしょうから……」
「情報、感謝する。9S」
「うん、わかってるよ2B」
9Sは耳元に手を当てる。
「バンカー。こちら9S。司令官につないでください」
レーザー通信で先程の情報をやり取りする9S。非常に危険な個体であると伝えられたが、9Sが求めた「ヨルハの脱走」なんて、疑念を刺激して仕方のない情報に関しては秘匿されてしまった。
流石にこの場において9Sもふざける余地はない。本格的にこの「ヨルハの脱走」について考えようとした瞬間、切ったはずのレーザー通信で再び回線が開かれた。ホログラムウィンドウに写っているのは9S専属のオペレーターモデル、21Oだ。
「あれ、どうしたんですかオペレーターさん?」
「いま、あなた方の隣に特殊個体、イデア9942はいますか?」
問われたのはイデア9942の存在である。投写された画面から音声を再生しているため、その会話に関してはイデア9942たちにも筒抜けだ。故に、いるぞ、という自己主張の代わりに軽く右手を上げた彼の姿を見るに、応じる姿勢らしい。
「司令官につなぎます。そのまま、ネットワークに侵入されないよう気をつけながらイデア9942という個体と対話させてください」
「え」
演算処理を上回る相手にどうしろと、固まる9Sを尻目に、既に相手方のホログラムは司令官の顔を写していた。
「……君が、2Bたちに協力し、地上のレジスタンスにも協力体制を取り付けた特殊個体、イデア9942だな?」
「如何にも。あァ、こちらは機械生命体のネットワークから既に分離している。通信先の情報に関しては、直接データを抜かれるか、コアをつながれない限り漏洩しないから安心して欲しい」
「…たったこれだけでバンカーの場所を突き止めた、ということか。末恐ろしいな」
前置きはいいだろう、とヨルハ司令官・ホワイトは目つきを変えた。
「なぜ、お前は積極的にアンドロイドの味方をする? 2Bたちに接触する以前からの報告は聞いている。廃墟都市を中心として活動しながらも、同族であるはずの機械生命体を破壊しているそうだな。その間に、変な言い訳でお前に助けられたというアンドロイドも少なくはない」
ホワイトの口から語られたイデア9942の来歴は、
機械生命体が製造されてから約5000年間、平穏を乱され地球を侵略され、今や地上にいられず多くのアンドロイド達は衛星軌道上や特殊な環境での生活を余儀なくされている。そんな中、ごく最近になって現れたとは言え製造理由を真っ向から否定するような行動を「選択」するイデア9942。
アンドロイドには簡単に真似できるわけではない。こうあれと望まれたからこそ、こうであると返すことで、創造主たる人類に栄光を捧げる。だからこそ、気になったのだろう。
「簡単なことだ。そうしたいと思ッたからだ」
自発的に0から道を決める。
イデア9942はそう答えた。
「誰が作ッた、誰かが命じた。そんなものは関係ないんだ。大事なのはこの身がどうしたいか、この命を全うする上で、何を成し遂げたいか」
既に決めているのだ、とバンカー総司令を相手に言ってのける。
帽子の影から覗く無機質なはずのカメラアイには、心で感じる重みがあった。
「決めたから、助けているという結果に繋がッている。それだけだろう」
「……そう、か」
「意味を求めても仕方がない。ただ生きているだけだとも」
イデア9942には成し遂げたいと、心の底から思う目的は在る。
が、それに何の意味があるのかと問われれば、何の意味も無いと言えるだろう。アンドロイド側に何かしらの利点が在るわけではないし、機械生命体にも損も得も無い。
今となっては地上の覇者であるこの二種族どちらの大勢にも影響しないイデア9942の目的は、まさしく意味がないのだ。
「時間を取らせたな、機械生命体にもこのような考えがあるという貴重な意見だった」
「いいや、量産された程度のこの身が、かの人類軍最終決戦兵器たるヨルハ部隊総司令と話せるとは、此方も貴重なひとときを過ごさせて貰ッた。礼を言うのはこちらの方だ」
「お前のような意見もある、というのは此方で話し合った末、人類会議に提出する。お前のような個体が失われるのは損失だからな。いい結果を期待してくれ」
それでは、と彼女の言葉を最後にバンカーからの通信が切られた。
「……あれ? まだつなが――」
――――――け―――た――――せん―――ぱぃ
「ノイズ……ってあれ、切れた。なんだったんだ今の。別にウィルスでもないし」
訝しむ9Sだったが、そんなことよりも9Sに衝撃を与えた事がある。
「司令官が、機械生命体と話すなんて……」
信じられないといったふうに、9Sはかぶりを振った。
普段から彼が言うように、司令官はまさに鬼のような決断すら迷いはあれど最終的には言い切るタイプの人格だ。そうでなければ司令官なんて務まらないというのもあるが、9Sのようにラフな人格の者たちにはあまり受けはよくない。
だからこそ、機械生命体と話すなんて行為をしたのがよほど衝撃的だったのだろう。
「ところでイデア9942」
先程の記憶を吟味する9Sよりも衝撃は小さかったのか、それよりも気になったことがあるのか。2Bはイデア9942に聞きたいことが在るらしい。
「どうした、2B君」
「貴方の背中に隠れているアンドロイドは……何者?」
当然といえば当然だろう。A2のこと、司令官のこと。
衝撃的な事実が続いていたが、2B達が来てから必死に彼の背中に隠れるアンドロイドは、正直なところ怪しいの一言であった。商業施設で出会った球形の首のようなナニカから始まり、怪しい事態が幾度も起こっている。そのうちの一つくらいは解明したいという気持ちにでもなったのだろう。
「彼女は11Bだ」
彼の背中で、こともなげにバラされた11Bがビクリと震えた。
「っ! ……ポッド、どういうこと?」
11Bといえば、大分前にイデア9942が言及したヨルハの脱走兵である。以前彼が予想したとおり、11Bには捕縛命令が出ており、脱走した理由について尋問するよう指名手配がされていた。
そんなある意味時の人物、そして何よりヨルハ機体であるならポッドがわからないはずもない。判断を仰いだ2Bは、その頼みの綱のポッドからもたらされる情報を持った。
「予測:イデア9942が何らかの方法でブラックボックス信号を感知させなくしていると思われる。事実、接触可能な距離であっても当該個体からはブラックボックス信号が感じられない」
淡々とした男性の声で2Bの随行支援をするポッド042が続ける。
「推奨:ヨルハ脱走機体、11Bの捕縛」
「……その、つもりなら」
はじめて11Bが声を出した。
その手には、既に三式戦術刀が握られている。
当然と言えば当然の反応だ。誰も好き好んで捕まる輩は居ないし、何よりイデア9942から永遠に引き離されるなんて、そんな事態は11Bの人格データの底から望まない展開だ。
ざわめいた空気が流れ、圧縮されていく。
ほんの一度でも突いてしまえば破裂しそうなほどに膨らむかと思われたが、
「武器を収めましょう2B。イデア9942、あなたも彼女を抑えるように言ってください」
なんと妥協案を出したのは9Sだった。
2Bよりも任務にそこまで忠実ではないからだろうか。
「9Sっ! でも」
9Sを諌めるために身を乗り出した2Bだったが。
「そうだな。11B、武器は離さなくていいがせっかくの同僚だ。積もる話もあるだろう」
「イデア9942はそのノリやめてよ……もう、そんな気軽な関係じゃないのに」
イデア9942があえて便乗したせいで、その機会も失われた。
流石にこんな状態で戦闘を続けようという鋼の意志は2Bにはない。渋々、その刃を収めてイデア9942たちに向き直った。ゴーグル越しで2Bたちがどんな表情かはわかりにくいが、11Bはあまりにも分かりやすい苛立ちを感じさせる表情を作っていた。
「それじゃあ、イデア9942。あなたはどうして11Bを助けたの?」
遺されていたヨルハ正式鋼刀の記憶領域。11Bの最後のテキストデータを見る限り、撃墜された直後は本当に死の目前だったというのは2B・9S両名が持つ認識だ。
「いつも通りでな。11Bが死にかけるのを知っていた。だから拾って、戦闘では前衛を任せている。中々楽しいぞ」
一体なにが楽しいのか、こともなげに言ってのけたイデア9942の言葉に9Sは頬をヒクつかせる。
「あー、動物を拾ったんじゃないんだから……どうしましょう2B。動機が軽すぎるのと、本当に事の重さを分かってるのか、知っててやっているのか、すごくやりにくいんですが」
「いや、事の重さは分かッているとも。アンドロイドは大変だな」
「えぇっと、そんな程度じゃなくて……その…2B、どうしましょう」
更に返された答えが何とも言えず、2Bに助けを求める。
「……っ」
「いや、無言で首を振られても…」
彼女もどうにもできないとかぶりを振った。イデア9942は誰と話すときもこの態度を崩していない。真面目に、日常生活レベルの出来事だと言わんばかりの口調で言うのだ。
いかに事が事だとして、脱力するのも仕方がないだろう。もっとも、それを狙っていたとするならイデア9942は相当な役者である。
「仕方ない、それじゃあ11B。君は何故、ヨルハを抜けようと思ったんだ?」
このままでは埒が明かないと、矛先を変えた9S。
いずれ来る質問だと分かっていたのだろう。イデア9942に視線を移すが、彼は「話してやれ」と目くばせして沈黙を貫いた。彼が言うなら、ワタシは従う。でも、なんだっけ、ああ、そうだ―――。
そういえば彼にも脱走の理由は話していなかったっけ。
彼からもらってばかりだ。だからこいつらが居たとしても、それでいい。
話そう。本当の、ワタシを。
今がその機会なんだから。
「……いつまでも続く出撃。ワタシは、何度も義体を失いつつも作戦を乗り越えた」
驚くほど落ち着いた声で、鈴のような声が森の国に響く。
そのうちに怖くなったのだと、11Bが胸元を右手で締め付ける。
「いつ、この体が論理ウィルスに侵され、ワタシがワタシじゃなくなるのかも分からない。一度そう思ってからは、作戦に出るたびに怖さが増していった。だから16Dっていう防御型の後輩が出来た時、死ななくて済むんだって一度は安心したよ」
「一度…か」
2Bのつぶやきに、11Bが頷く。
「うん、たった一度。結局、その後は訓練と称して16Dを痛めつけて怖さを誤魔化して、実戦では16Dを間に挟んで戦ってた。そんなワタシに反して、経験を積んだ16Dは強くなっていった。それをワタシのおかげだって、褒めて好意を寄せるくらいに」
「好意……」
9Sは、11Bの最期と思わしきあのテキストデータを見せた時の16Dの反応を思い出した。そして、11Bが生きていると知った時の彼女の狂乱の姿も。このことを伝えるべきだろうか。
彼が迷っている間にも、11Bの独白が続く。
「16Dを抱きしめても、表面しか取り繕え無かった。そのうちに怖さと罪悪感が背中を這い登って、ワタシの首を締め付ける気がしたんだ」
苦しさが、限界だった。
逃げ続けているだけでは何も出来ないのに、それしか方法がなかったんだ。
「もう、何もかもがいやになって、バンカーに戻るのも嫌になった。16Dの顔を見るたび、ワタシがどんなに浅はかなのか思い知らされたから」
だから、と彼女は言う。
「安心できる場所を探すために逃げたんだ。撃墜されたように見せかければいいと思って、あえて飛行ユニットの一部に避け損なったみたいにして、長距離砲撃を受けた。結局、思ったよりもずっと深い傷を負ったんだけどね」
最終的に、今までのどんな恐怖をも上回る死を目前にするハメになった。所詮はその程度の器しかなかった。
だけど、死にたくない。死にたくなかった。
最後の最期まで、無様で転げ回って終わるはずだったワタシの命は―――イデア9942と出会って、彼という安心の場所を得て、ようやく始まったんだ。
11Bの話は、そこで終わった。これ以上は語る必要がないということだろうか。
口をつぐむ11Bに代わり、これまでの情報を整理した9Sが再始動する。
「……バンカーへの離反は、重罪。でも不利益をもたらす程でもない……どう報告したらいいんだろう」
11Bには、バンカー、ひいては人類に対するデメリットをもたらすつもりがないというのが十分に理解できた。だからといって、脱走したヨルハの処分の判断は、あくまで末端の自分たちでは決められることではない。
―――対話する事でしか、相互理解は得られない……私はそう思っています。
正直なところ、機械生命体がまつわる事態なだけに、11Bの事を正式に報告してもいいのではないかと思っていた。だが、機械生命体という敵であるはずのパスカルの言葉が脳回路をよぎるのだ。どこまでも冷静で、どこまでも柔らかな発想を持った機械生命体。
イデア9942とは違う、謎の心を開かせる強制力が無いのに、幾つもの精神防壁を越えて響いてくるんだ。
すぐにムキになる僕をあざ笑うかのように。
……実際はそんなはずがないって、分かっているんだけど。
2Bが、僕のことを見ている。
一度この場を仕切り直したからには、僕の決定に従ってくれるということだろう。そう思うと、ますます頭の中がこんがらがっていった。
「9Sくん」
混迷する思考に、一筋の光が紛れ込むかのように言葉が入ってくる。
「良かッたら、これを使って欲しい」
イデア9942が開いた掌に乗せていたのは、一枚のチップだった。
ぞわりと、悪寒が9Sの背筋を駆け巡る。
2Bは小刻みに首を振る。それがどれだけのものか、分かっているから。
「報告:ブラックボックスの部品。だが、発信される信号は11Bのもの。推測:当該部品は複製物であると思われる」
ポッドの言葉を待つまでもない。スキャナーモデルとして、幾度か論理ウィルスに侵された仲間を助けたことが在る。だから、見るだけで分かった。イデア9942が持っているのはブラックボックス……その中でも重要な、人格データが最初に込められている記憶媒体だと。
「ポッド042の言ッたとおり、複製した11Bの信号を放つブラックボックスだ。これをバンカーに持ッていけば、11Bは破壊されたという扱いになるだろう」
「……ブラックボックスを、複製した!?」
何が起こっているのか理解したくないけれど、2Bの叫びは痛いほど理解できる。
こんなもの、あっていいはずがない。
「そんなバカな。それに、稼働中のブラックボックスを取り出さずに、特定個人の人格データを模倣するなんてそんな」
ありえない。その言葉が何度も反響して脳回路を埋め尽くす。
だが、できるかもしれないと裏付ける事実がある。僕とポッド153を含めた演算措置を圧倒的に上回る、イデア9942の演算能力が。
「実を言うとだ、気に入ッているんだ。失いたくはないと思うのは、変なことじャないだろう?」
今ばかりは、このとぼけたように言う機械生命体が恐ろしく見えた。
心をすり抜けてくる、創造主のようなナニカが。
ようやくランキングから消えれたので、これからゆっくり更新していきます
ランキングにずっと居ると謎のプレッシャーで毎日書いてしまうんだよ
謎の強迫観念怖い。
今更ですが、2Bとかの名前は英数字の人名は全て全角でいきます
前までの話の推敲は面倒なのでやりません
あと、イデア9942のキャラが定まりました! 多分!(今更
ほんとこの話どこに向かっていくんだろ。
イデア9942の「超システム面強いよ! なんでも作るよ!」設定がね、
もう完全に某オバロの某超絶頭いい悪魔を超えたメアリー・スー状態。
D・E・M化が進んでいく
最終回をキャラクターたちに書かされる日が超怖い。
ワタシこれ書いてるんじゃないんですよ。キャラクターに書かされてるんですよ。
台詞も行動も、考えてないんですよ 何も
私の意志は前書きと後書きにしかありません だから文章多くなる(結論