イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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前回は11B独壇場だったので今回はイデア9942独壇場。
結構視点移動も多くなってくるので気をつけてください

むしろ今までが物語の進行スピード早すぎた気もする。

※コメント欄より矛盾する文章の消し忘れがあったので修正。ありがとうございます


文書18.document

「アネモネ」

「イデア9942、来てくれたのか」

 

 差し出した右手を握り、微笑を浮かべたアネモネ。

 彼の背後では、銃を突きつけたレジスタンスメンバーがひとりだけ付けられていた。

 

「その、悪いな。形式上仕方がないんだ」

「構わんさ。そのうちその必要もなくなる。機械生命体とアンドロイドが手を取り合う未来は、近いうちに来る」

 

 理想論どころか、到底ありえない未来の話だ。

 きょとんと目を白黒させたアネモネだが、そんな夢も悪くないかと息を吐く。

 

「……ハハ、おまえが言うと、敵のはずなのに何故か説得力があるな。まぁそれはいい、今日はどんなチップを持ってきたんだ?」

「チップだけじャない。信用できないかも知れないが、アンドロイド用に換えのパーツなんかもジャンクから作ッてみた。こッちはサービスだ。存分に使ッてくれ」

 

 その場に片膝を跪き、リアカーから資材を卸していく。

 どさどさと積み上げられた袋から出て来る物資に、興味津々なアンドロイドたちが「なんだなんだ」と集まってきた。

 

「おいおい、こりゃぁ……また良い素材使ってんな」

 

 思い思いにそれらを手にとって眺める中、アイテムショップを営むアンドロイドが、手に取った脚部のパーツを見て感心したように言った。

 「見てみろ」と他の仲間達に受け渡していくと、その交換パーツの一つ一つのコストの高さが、自分たちに今使われているパーツよりもずっと性能が良いことに気付く。これを使えば? 特に戦闘を主にするアンドロイドは、自分たちがもっと良く動ける未来を想像して和気藹々と語り合い始めた。

 

機械生命体(どうぞく)のものを()()して組み直した。論理ウィルスの潜伏は無いから安心してくれ。腕と、神経系統、あと動力炉の冷却防御壁なんかも作ッてみた。興味があれば試してくれ、生存率に関するデータを取りたい」

 

 得意げに言ってみせたイデア9942は、使用の感想なんかは此処に、と記憶媒体を取り出して資材の前に置いた。

 スッとその記憶媒体を、アネモネが拾い上げて懐にしまう。

 

「責任を持ってこれは私が管理しよう。ところでイデア9942、チップはどんなものを持ってきてくれたんだ?」

「今日は生存特化セールだ。『ダメージ吸収』と『耐衝撃制御』、『連続ダメージ防止』だが、不足は?」

「まさか、とんでもない! よかった、これで犠牲者も減るかもしれない。いくらだ?」

 

 大げさに喜んで見せるアネモネだったが、同時に出た言葉を拾ったイデア9942は、そろそろ「ヤツ」が現れるのだろうなと、過ぎ去る時の流れを感じる。

 

「犠牲者……近々大きい作戦でもあるのか」

「あぁ……」

 

 アネモネは辺りを見回した。

 周囲のアンドロイド達は、彼女の視線に気づくや否や、頷きを返してくる。

 

「お前になら話しても良いだろう。実は、アンドロイド軍が太平洋に展開している空母が近々補給のため、水没都市に寄るんだ。毎回、これを好機として大量の機械生命体が集まってきてな……犠牲者も、少なくはない」

 

 だから嬉しいんだと、彼女は続ける。

 

「お前がこうして強力なチップやパーツを提供してくれることで、この近辺だけでも、我々の戦力は着実に上がっている。戦闘だけを目的に作られた兵士の部隊、ヨルハには敵わないが、それでも私達も戦っている。そして、戦いの末にまた、帰ってこられるんだ」

 

 アンドロイドは製造と破壊を繰り返している。だが、誕生とともに破壊されたものが戻ってくることはない。本来はヨルハのような再生成システムのほうが、革新的で異質であるのだ。

 一人ひとりの命を大切に、帰ってくる仲間の顔が減ることはない。これまで幾百幾千もの作戦を経験してきたアネモネには、どうしようもなくその事実が嬉しくてたまらない。

 

「本当にありがとうイデア9942。そして済まない、どこに目があるとも限らない現状、形式上とはいえ銃を向けてしまうなんてな……」

「……悪いな、俺もやりたかねぇ。だけど、アンドロイド軍は『レジスタンス』だけじゃねぇ。交流のために他の部隊のやつが来た時、示し合わせるためにも」

 

 銃を突きつけている、「イデア9942当番」の男も、心底申し訳なさそうにアネモネと謝罪を告げてくる。その顔はゴーグルと防塵マスクで見づらいが、下がった眉の端から困っている、という激しい自己主張が伝わってきた。

 

「何度も言うが、構わない。輝く命、そして意志と活気に溢れている。この身は、此処がとても好ましいと思ッている。そこを守りたいと思うのは、間違ッてはいないだろう?」

 

 イデア9942の本心の言葉だった。

 嫌というほど、アンドロイドたちの心に彼の意志が突き刺さる。同時に、機械生命体という括りが本当にどうでも良くなるほどに、イデア9942は彼らの信頼を一身に受け、それらを返す関係を持つことが出来ていた。

 

 アネモネが、ふっと息をついて笑みを浮かべる。

 

「……何度でも言うよ、ありがとう」

 

 この言葉を何度言っても足りることはない。

 だけども、イデア9942には何度も繰り返しても、言う価値がある。

 

「こちらこそ、君たちが紡ぐ命の一片を見せてくれてありがとう。よければ、これからもその意志をなくさず頑張ッてほしい。月並みな言葉で申し訳ないが、な」

 

 こうして、等身大の敬意と慈愛を以て接してくれる相手を無下にすることなんて出来ない。アネモネという、何よりも優れたリーダーの元に集う「アネモネのレジスタンス」だからこそ、その考えはほぼ全員の共通認識になっていた。

 

「さて、本題だ。機械生命体からメンテナンスを受けたいという奇特な奴は居ないか。今ならスペックデータ割増を約束してやろう。お代は一人につき素材一つだ」

「本当か!? なら、まずは戦闘部隊全員に頼む。こちらから出せるものはしっかりと出すぞ」

 

 リーダーの決定に否を唱えるものは居なかった。

 その場にどっしりと座り込んだイデア9942の前に、戦闘部隊が集って、騒がしい人だかりになった。隣には、イデア9942の腕前からしっかり学ぼうという意志でガン見するメンテナンス屋の姿。

 

「取引成立だな。さァ並べ並べ。君たちの百メートル走のタイムを1秒縮めてやる」

 

 嘘か真か、心惹かれる言葉に戦闘部隊以外のアンドロイドもメンテナンスの行列に並ぶ。一人ひとりにごく短時間で終わるメンテナンスと、軽度の損傷であれば治癒してしまうという手際の良さから行列の人数は凄まじい速度で捌かれていった。

 

「やっと終わったな」

「ええ、でもなんだろうこの騒ぎ……なんだかとても楽しそう」

「……あたしたちには関係ないさ、とにかく、アネモネに報告しに行こう」

 

 そうして盛り上がるレジスタンスキャンプに、2人組の帰還者が現れる。

 真っ赤な髪を揺らしながら、吐息すらも合わせた彼女らはレジスタンスキャンプに足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

 

「その…最後は見苦しいところを見せてしまったな。本当に済まない」

「いいや、だが噂に聞く以上だッたのは確かだ。これがデボル・ポポルという双子モデルのアンドロイド。そして他のアンドロイドたちの反応、か」

 

 決してイデア9942が知識上でしか知り得ない、双子モデルへの迫害。

 最後の一人のメンテナンスを終えた直後だったのは幸運だったか、それとも。イデア9942にはそこの判断は付かないが、彼女らが来た途端、和気藹々とした空気は一瞬で消え去り、イデア9942に謝罪の色を残した瞳で見たアンドロイドたちは各々の持ち場へ戻っていってしまった。

 

 デボルとポポルは、それがいつものことのように悲しげに目を伏せた後、アネモネの元に向かう。そして、人混みの影からようやく見えたイデア9942の姿に、目を見開いて驚愕を示してみせた。

 

 その衝撃はかなりのものだったのかもしれない。今もなお、言葉を発せずに、警戒のこもった視線でイデア9942のことを射抜いている。

 

「うん? まだ話していなかッたのか」

「ああ、その……タイミングを逃していたんだ。あー、デボルにポポル、こいつは悪いやつじゃないんだ。そう、警戒しないでやってくれ。行動力がおかしいパスカルみたいなやつだと思ってくれればいいよ」

 

 どういう紹介の仕方だ、と帽子を抑えて首を振るイデア9942。

 だが、改めてアイサツをしておくのも大事だろうと、彼は立ち上がり、いつものように右手を伸ばした。

 

「どうもご紹介に預かッた、イデア9942だ。君たちアンドロイドに支援物資を不定期に送らせてもらっている身の上だ。今後会うことも在るだろうからな、よろしく頼む」

「あ、あぁ。あたしはデボルだ」

「私はポポルよ。よ、よろしく……」

 

 差し出された右手に、ためらいがちに触れるデボルとポポル。余談だが、11Bのように全身でその右手を受け止めるアンドロイドは今のところゼロである。

 

「そ、それよりアネモネ。任務は終わった、ほら」

「……ああ、そうだな。次の任務は少しかかる、休んでいろ」

 

 アネモネですら、声のトーンが一つ下がっている。

 仕方のないことだった。アンドロイドが持つ本能のプログラム、それが人類を「ほぼ」絶滅させる原因になった双子モデルを憎悪するように訴えかけるのだ。それこそ、イデア9942が発する言葉のように、強く、根深く。

 

 相当な重症だな、と考えると同時、イデア9942は気づいていた。

 先程の戦闘を主にするアンドロイドたちだ。作業の隙間から、此方を伺うように視線を向けている。それも、デボルやポポルを「心配し、謝罪する」ような素振りで。

 

「アネモネ、ついでに診察するか」

「どうした急に?」

「いいから、少し任せてくれ」

「あ、あぁ」

 

 右手を伸ばし、アネモネをハッキングするイデア9942。

 その脳回路の防壁をものともせずに突き進み、イデア9942はこれまでのアンドロイドたちの記憶領域の中に見た、全く同じプログラムという名のオブジェクトを発見する。

 

「アネモネにも、あったか。全く、原因とはいえ生きる命には違いないだろうに、厄介だな。人間の薄汚いところまで模倣してどうするというんだ。過ちを繰り返し、アンドロイドが何かを得るのか?」

 

 アンドロイドは人間と違い、その記憶性能や学習能力は段違いだ。それこそ、人間の上位種と言ってしまって、別物として扱ったほうが早い、というのがイデア9942の持つ持論だった。

 

 よって、ひとりごち、イデア9942は勝手に自分の都合で今までのアンドロイド同様、「双子モデルを憎悪・迫害・排斥し、観察する」という共通認識を破壊する。飛び散ったオブジェクトはポリゴンの欠片となり、他のリソースに吸収されていった。

 

「これで巣食ッていた余計なリソースが無くなッて、運動性能も上がる、か。我ながらあくどい騙し方を思いついたものだ」

 

 誰にも聞かれることのない独り言。

 真実を隠す薄汚い自分のありように吐き捨てながらも、コンマ秒の世界にも到達しない電脳空間から帰還した瞬間だった。アネモネが頭を抑え、信じられないと言ったようにイデア9942を見つめる。

 

「イデア9942、おまえは」

「そろそろ御暇するとしようか」

 

 イデア9942が、アネモネの言葉を遮って立ち上がる。

 その瞬間、アネモネのほうにちらりと視線を向ける。たったそれだけで大凡を察したのだろう。「勝手なやつだ」と仕方なさそうに笑ったアネモネが、衣装を風に揺らしながらその場を立ち去った。

 

「デボル、ポポルといったか」

 

 立ち上がってみれば、イデア9942という中型二足の機械生命体はかなり大きい。上から見下ろしてくる、変わった服装の機械生命体に気圧された双子のうち、デボルがポポルを守るようにして前に出た。

 

「な、なんだ」

「……うん、実際に見てみると想像以上だ。良く、生きてきたな」

「え?」

「誇れ、お前たちはなんと言われようと、生きながらえてきた。今の今まで挫折はあれど、根本から折れること無く。素晴らしいと、言わせてもらおう」

 

 相も変わらず、彼の言葉はアンドロイドの心のなかに吸い込まれていく。

 じわりと、こみ上げてくる熱いものを感じる双子に、追い打ちをかけるように彼はあるものを取り出した。

 

「これを使え。二つに輝く命の鼓動、聞いていてとても心地が良いんだ。そう簡単に失わないようにな」

 

 手を、と両手を出すよう要求するイデア9942。

 おずおずと上に向けられた二人の掌に、チップが一枚ずつ握らされる。

 

「アネモネ、世話になった。また来る」

 

 通る声で、指示を出しているアネモネに言い放つ。

 書類から目を離したアネモネは片手を振り、声を張り上げた。

 

「あぁ! その時はグラビティ・ボールの過去放送でも見て楽しもう。私達のチームは中々強いところをしっかり語らせてくれ」

 

 手を振り、リアカーの持ち手を握ったイデア9942はガラガラと。軽いぶん、音を立てて回る車輪を響かせてレジスタンスキャンプの出口に向かった。

 

 

 

 

 

「ただいまー……あれ、今日もワタシが先か」

 

 帰宅した11Bが、「顔」の欠片が入ったケースと、もう一つの素材が入ったケースをイデア9942の作業場において、ベッドに倒れ込む。

 

「あ」

 

 かと思えば、がばりと起き上がって隣の部屋に向かった。そこは、いつかパスカルを第一の客人として迎えるための応接室である。

 そこにあるのは、作業台に置かれているものはとは違うカレンダー。イデア9942の趣味により、日めくりカレンダーとして制作されたものだ。ちぎった後はメモとして切り取られ活用されているそれを、11Bがバリッとめくる。

 もう、4月も下旬。ふと、彼女の頭にこれまで過ごしてきた楽しい思い出が駆け巡った。

 

「そろそろ5月か。もう、結構経つんだなぁ」

 

 思い出の余韻に浸りながら、浮かび上がるのは号泣したイデア9942の姿。

 自分しか知らないんだぞ、と。

 

 そんな優越感に浸りながら、

 彼女は、

 ゆっくりと、眠りに、

 

「ただいま。家主より先に寝るとはいい度胸――だッ!?」

「おかえり、イデア9942!」

「犬か君は」

 

 つく前に、帰ってきたイデア9942の装甲板に飛び込んだのだった。

 




ということで、皆が11Bの事忠犬だなんだと言うので、
より「わんわんびー」っぽい描写を覗いて見ました。

書いたんじゃないんですよ、覗いてるんですよ。
作者は筆者じゃなくてカメラマンだった可能性が微レ存。

一度「そう」だと決めるとどんどんキャラクターが動き回る。
だからそこから見えた風景を切り取って書くのが私の仕事♡

え、にしては不自然な感情論とか多いって?
所詮一人の素人の脳内が作り出す世界なんてこんなもんですよ……かなしみ

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